異世界転生チートクソ野郎を原住民がぶちのめす~ただそれだけの物語~

雪月 桜

想像の斜め下

「こんな……こんなことって……!」

精霊が住処としていた山頂の小屋。

その扉を開け放ったソフィーは、目の前の光景に絶句した。

この小屋の主である精霊は既に、この場にいない。

あの戦闘の後、ミツルと契約を交わした精霊は、彼に付き従って姿を消したのだ。

どうやら、ミツルが最後に放った魔法は、相手の意識を奪い、洗脳する効果を持つものだったらしい。

そして、ソフィーは、精霊が何故ここに留まっていたのか確かめるため、一人で残ったのだ。

他のメンバーは、ミツルの監視を継続している。

しかし、この小屋で進行する事態に対処するなら他のメンバーの力も必要だったかもしれない。

いや、正確には既に終わり掛けている事態だが。

「大丈夫ですか!? 今すぐに治療を……って、これは……!?」

「……ハァ……ハァ……」

何一つ家具がない殺風景な一部屋。

その中央に積まれた藁に寝かされている、一人の少女。

彼女は、誰が見ても明らかな程、衰弱していた。

そして、改めて症状を診察してみれば、それは精霊が関わる特殊な病だと分かる。

これでは、例えイブキ達の助力があっても助けるのは不可能だろう。

とはいえ、そんな事実が判明したところで、なんの慰めにもならない訳だが。

「この病は……あの精霊が? ……いや、違う。むしろ、その逆……。あの精霊が治療していたんだ。彼に囚われる、その瞬間まで……」

少女が横たわる藁の、更に下。

その床には複雑な陣と魔法文字が刻まれている。

これは刻印魔法が使われていた痕跡だろう。

その術式を注意深く解読した結果、少女の病を治すために組まれた、専用の魔法だと分かった。

ちなみに、刻印魔法とは、特別な図形と魔法文字を描いて発動する魔法の総称だ。

形が崩れやすく場所も限定される代わりに、隠密性に優れ、通常の魔法よりも高い効果を生むメリットがある。

また、魔法陣が崩れず、魔力の供給さえ行えるなら、術者が側にいなくても発動・維持ができる。

精霊が、こんな場所で治療に当たっていたのは、刻印魔法の使用に都合が良かったからだろう。

山の頂上なら滅多に人が来ないため、魔法陣を崩される心配も殆ど無い。

精霊である自分が縄張りを主張すれば尚更だ。

そして、ミツルとの戦いで使用した魔力が少なかったのは、この刻印魔法に魔力を費やしていたのが原因だろう。

精霊から感じる圧力と、使用している魔法の差に少しの違和感を抱いていたソフィーだが、これで納得がいった。

「あなたは、この子を救おうとしていたんですね……。自分が殺されるかもしれないという戦いの中でも」

しかし、その願いは精霊の敗北とともに断たれてしまった。

例え、ソフィーが、この刻印に魔力を供給しても治療の継続は不可能だ。

術式の内容を読み取れば、治療には精霊本人の魔力が必須であると分かる。

「どうすれば……あなたを救えたのかな」

意味のない問いかけと分かっていても、口にせずには居られなかった。

……ミツルに事情を話して、引いて貰えば良かったのだろうか?

いや、これまでのミツルの言動を見る限り、全てを知った所で、諦める事はないだろう。

むしろ、精霊の枷となる少女など、自分から進んで始末した可能性もある。

……ならば、精霊に協力して、ミツルを倒せば良かったのだろうか。

いや、仮にイブキ達を含めた総力戦を仕掛けたとしても、現時点でミツルに勝つのは不可能だろう。

なにせ、強大な力を持つ精霊を遊び半分で倒してしまう化物だ。

その精霊もまた、全力を出せていなかった訳だが、どのみちソフィー達が加わった所で焼け石に水である。

……敢えて可能性を上げるなら、ミツルが接触する前に情報屋を始末すれば、この事態は避けられたかもしれない。

しかし、何の罪もない人間を殺したのでは亡霊が憎む転生者と何も変わらない。

つまり、この流れを避ける方法は無かったということだ。

コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品