異世界の死の商人
第三十話 彼女と俺の動揺
「作戦目標達成。これより帰還する。」
明るくなった空に偵察兵の声が響く。王国正規軍は国民の血税を惜しみなく投入されているだけあって遠距離から攻撃が可能だ。馬には乗っているがただの騎兵では無い。魔法スキルを組み合わせて効率的な火力投射システムを構築していた。
「ユータ様、ユータ様。」
ミーラの慟哭が草原にこだまする。やがて照明弾の明かりは消えて、辺りは再び闇へ戻った。彼女にはそれがユータの命の灯火が消えているように見えた。彼女の大粒の涙が地に落ちる。
「私のせいだわ……私が油断してしまったから……。」
アイスは彼なら炎の矢など迎撃してくれるとユータのスキルを信じていた。それはアイスが彼を信頼し始めた証でもあった。
「諦めたら終わりよ。私、神官を連れてくるわ。」
アイスは絶望的な状況を見てもなお諦めなかった。彼女は重力を使って城塞都市へ向かおうとする。
「その必要は無いよ。ユータはこの程度じゃ死なない。」
「百希さん、現実を見なさい。今何もしなかったら彼は死ぬわよ!」
現実を突きつける冷たい言葉によってミーラは正気に戻った。ただ百希には届かなかった。
「そっか君たちは知らないよね。僕は至って正常だよ。ユータの左手を見てみて。」
左手に描かれた文字。
スキル
武器召喚
武器使役
特性
不老不死
「特性……?こんな物が存在する筈無いわ。」
「…………ユータ様は助かるんですか?」
「ほら聞こえるよ。耳をすましてみて……。」
ジェットエンジンの音が闇夜を切り裂く。ユータが発した命令がようやく実行されたのだ。スキルが動いているそれすなわち、彼は生きている。
F/A-18(艦上戦闘機)の編隊が敵へ向かっていく。翼端灯が輝いて星が高速で移動しているようだった。そして空爆が始まる。
「ね?僕が言った通りでしょ?」
平原に偵察兵をピンポイントに狙った爆撃が光る。
「こちら特殊作戦部隊から国王へ。現在、我々は空からの攻撃を受けています。敵は空からの攻撃手段を保有しています。繰り返します。敵は……っ」
偵察兵の通信はここで途絶える。
意識が覚醒すると全てが終わっていた。敵は倒し終えていたし俺も五体満足だ。死にかけていたとはとても思えない。
ただ目はまだ開けていない。この重みは何だろう?少し息苦しい。ただ温かいし心地よくもある。一人?二人?誰かが俺の上で寝ている。
まぶたを上げて首を動かす。ミーラと百希が俺の上で眠っていた。おそらくここは宿の一室だろう。
「起きたのね。」
「アイスが運んでくれたの?」
彼女は人差し指を口に当ててうなずく。声量を落とせということだろう。百希とミーラが寝ているから配慮すべきだった。
「ありがとう。」
「良いのよ。本当は私の方こそ謝らないといけないの。」
?彼女が謝る理由は無いように思える。俺の慢心がこの事態を引き起こした。
「ねぇ……私がこれから言うことを聞いても嫌いにならないで……お願いよ。」
アイスがすがるような目で俺を見てくる。俺が寝ていて彼女が座っているからそんなふうに見えただけかもしれない。
「私の家、メラージ家は結婚によって発展してきたの。まだ生まれてもいなかった私にたくさんの婚約者候補がいたらしいわ。」
「ユータは結婚相手が決まってたらどうする?私は気づいたら家を飛び出して冒険者になってたわ。」
「……相手次第かな。褒められた答えではないけど……。」
「そうかしら?私は相手すら見なかったわよ。」
何となくだけど彼女がいつも俺達と一緒にいた理由が分かった。彼女は俺と結婚をしに来たんだ。
「アイスはどうして俺と一緒にいるんだ?」
ビクッと彼女が震える。確認のためだったけど意地悪な質問をしたかもしれない。
「ごめん、追及とか責める訳じゃなくてアイスなら冒険者として無理やり生きる道もあったと思うんだけど。」
「………………そうね、島国の連合王国でならそんな生き方も出来たかもしれないわね。ただ私にはそこまでの勇気は無かったわ。」
彼女はむしろ進んで新しいことをやるタイプだと思っていたから意外だ。
「ユータ、あなたは知ってるわね?」
「何を?」
「私が謝りたいことよ。」
「いや、知らないけどそれって謝ることじゃ無いと思うよ。」
「きっとそれって俺と血縁を結ぶ事でしょう?」
「この時代なら何も悪いことでは無いよ。」
アイスは時が止まったかのようにポカンとしている。むしろ普通なら逆の立場だと思うが……彼女が珍しいのか?
「転移者は政略結婚を嫌うって聞いてたけど違ったみたいね。」
「この世界でそれが正しい事なら従うよ。」
彼女は長い間長考してから俺が動けない事を良いことにこう聞いてきた。
「あなた個人としてはどうなの?」
「俺?ミーラがこの場にいるのに答える訳ない。」
自分で言って気づいた。これだとまるで後ろめたい事があるから言いたくないってことだ。無意識にこんな言葉が出るって事は事実なのだろう。
「彼女は寝てるわよあなたの上でね。」
俺は沈黙した。もしも彼女が起きていたら何と弁明しても悪い事態を避けられない。彼女は口ではアイスを認めてくれるだろうがそれは論理からで感情からではない。心の底からは認めてくれないだろう。でも俺は自分に嘘はつけない。
「俺は……断われない。」
「そっ……そう。」
アイスはそう言うとすぐに立ち上がって部屋から出てしまった。ドアを閉める音が部屋に響く。
彼女が動揺しているように俺もまた動揺している。世界が変われば倫理も変わることは分かってはいるがそれでも罪悪感を抱かずにはいられない。
俺は上体を起こしてミーラを見る。彼女は目をこすっていてまだはっきりと起きてはいなかった。
「あれ……ユータ様起きてたんですか?」
「ごめん起こしちゃった。」
「全然大丈夫です。むしろ早く起こして欲しかった位です。」
ミーラが俺に好意や善意を向ける度に罪悪感が増すのが感じられる。
「ユータ様が無事で本当に良かったです。」
「ミーラは大丈夫?」
「はい。問題ないです。」
そして彼女は数秒俺と目を合わせてから目を細めてこう聞いてきた。
「ユータ様、何か私に隠して無いですか?」
俺よりもミーラは俺の事を知っている気がする。教会に行ったあの日の夜、彼女は俺に他の女性に好意を向けられたらどうするかと聞いてきた。その時俺は誤魔化そうとしたが全く出来なかった。あの時の『断われない。』という答えはまだ笑えたが今は全く笑えない。
「…………いや何も。」
彼女はまだ俺を凝視しながら俺の首に片手を添えてきた。しばらくの静寂の後彼女は何かを期待するような顔になった。
「どうしても言いたくないならそれで良いです。」
本当に彼女は嘘を見抜くのが上手だ。まだ一度も彼女を騙せた試しがない。
「もしかしてサプライズですか?」
無邪気に期待する彼女に俺は何も言えずただ彼女の猫耳をなでていた。
「あ、そういえばリベレから明日の昼に俺の所に来て欲しいって伝言がありました。後……護衛をつけて欲しいって。」
「うん分かった。」
護衛か……無人島に引きこもって軍事力を拡大し続けるのが安全への近道だけど流石にその選択はありえないな。
「ミーラって護衛出来たりする?」
この質問をすると葛藤があるのか彼女はずいぶんと悩んでいた。
「出来ますけどユータ様だと集中出来なくて護衛にならないと思います。」
「そっか……。」
「あ、でもでも二人いればどっちかが気づくと思いますよ。私、アイスさんに相談してみます。」
「!ありがとう。」
嬉しい気持ちと罪悪感が俺が頭の中で巡る。本当にどうすれば良いのだろうか。こっちを聞けば良かった。
明るくなった空に偵察兵の声が響く。王国正規軍は国民の血税を惜しみなく投入されているだけあって遠距離から攻撃が可能だ。馬には乗っているがただの騎兵では無い。魔法スキルを組み合わせて効率的な火力投射システムを構築していた。
「ユータ様、ユータ様。」
ミーラの慟哭が草原にこだまする。やがて照明弾の明かりは消えて、辺りは再び闇へ戻った。彼女にはそれがユータの命の灯火が消えているように見えた。彼女の大粒の涙が地に落ちる。
「私のせいだわ……私が油断してしまったから……。」
アイスは彼なら炎の矢など迎撃してくれるとユータのスキルを信じていた。それはアイスが彼を信頼し始めた証でもあった。
「諦めたら終わりよ。私、神官を連れてくるわ。」
アイスは絶望的な状況を見てもなお諦めなかった。彼女は重力を使って城塞都市へ向かおうとする。
「その必要は無いよ。ユータはこの程度じゃ死なない。」
「百希さん、現実を見なさい。今何もしなかったら彼は死ぬわよ!」
現実を突きつける冷たい言葉によってミーラは正気に戻った。ただ百希には届かなかった。
「そっか君たちは知らないよね。僕は至って正常だよ。ユータの左手を見てみて。」
左手に描かれた文字。
スキル
武器召喚
武器使役
特性
不老不死
「特性……?こんな物が存在する筈無いわ。」
「…………ユータ様は助かるんですか?」
「ほら聞こえるよ。耳をすましてみて……。」
ジェットエンジンの音が闇夜を切り裂く。ユータが発した命令がようやく実行されたのだ。スキルが動いているそれすなわち、彼は生きている。
F/A-18(艦上戦闘機)の編隊が敵へ向かっていく。翼端灯が輝いて星が高速で移動しているようだった。そして空爆が始まる。
「ね?僕が言った通りでしょ?」
平原に偵察兵をピンポイントに狙った爆撃が光る。
「こちら特殊作戦部隊から国王へ。現在、我々は空からの攻撃を受けています。敵は空からの攻撃手段を保有しています。繰り返します。敵は……っ」
偵察兵の通信はここで途絶える。
意識が覚醒すると全てが終わっていた。敵は倒し終えていたし俺も五体満足だ。死にかけていたとはとても思えない。
ただ目はまだ開けていない。この重みは何だろう?少し息苦しい。ただ温かいし心地よくもある。一人?二人?誰かが俺の上で寝ている。
まぶたを上げて首を動かす。ミーラと百希が俺の上で眠っていた。おそらくここは宿の一室だろう。
「起きたのね。」
「アイスが運んでくれたの?」
彼女は人差し指を口に当ててうなずく。声量を落とせということだろう。百希とミーラが寝ているから配慮すべきだった。
「ありがとう。」
「良いのよ。本当は私の方こそ謝らないといけないの。」
?彼女が謝る理由は無いように思える。俺の慢心がこの事態を引き起こした。
「ねぇ……私がこれから言うことを聞いても嫌いにならないで……お願いよ。」
アイスがすがるような目で俺を見てくる。俺が寝ていて彼女が座っているからそんなふうに見えただけかもしれない。
「私の家、メラージ家は結婚によって発展してきたの。まだ生まれてもいなかった私にたくさんの婚約者候補がいたらしいわ。」
「ユータは結婚相手が決まってたらどうする?私は気づいたら家を飛び出して冒険者になってたわ。」
「……相手次第かな。褒められた答えではないけど……。」
「そうかしら?私は相手すら見なかったわよ。」
何となくだけど彼女がいつも俺達と一緒にいた理由が分かった。彼女は俺と結婚をしに来たんだ。
「アイスはどうして俺と一緒にいるんだ?」
ビクッと彼女が震える。確認のためだったけど意地悪な質問をしたかもしれない。
「ごめん、追及とか責める訳じゃなくてアイスなら冒険者として無理やり生きる道もあったと思うんだけど。」
「………………そうね、島国の連合王国でならそんな生き方も出来たかもしれないわね。ただ私にはそこまでの勇気は無かったわ。」
彼女はむしろ進んで新しいことをやるタイプだと思っていたから意外だ。
「ユータ、あなたは知ってるわね?」
「何を?」
「私が謝りたいことよ。」
「いや、知らないけどそれって謝ることじゃ無いと思うよ。」
「きっとそれって俺と血縁を結ぶ事でしょう?」
「この時代なら何も悪いことでは無いよ。」
アイスは時が止まったかのようにポカンとしている。むしろ普通なら逆の立場だと思うが……彼女が珍しいのか?
「転移者は政略結婚を嫌うって聞いてたけど違ったみたいね。」
「この世界でそれが正しい事なら従うよ。」
彼女は長い間長考してから俺が動けない事を良いことにこう聞いてきた。
「あなた個人としてはどうなの?」
「俺?ミーラがこの場にいるのに答える訳ない。」
自分で言って気づいた。これだとまるで後ろめたい事があるから言いたくないってことだ。無意識にこんな言葉が出るって事は事実なのだろう。
「彼女は寝てるわよあなたの上でね。」
俺は沈黙した。もしも彼女が起きていたら何と弁明しても悪い事態を避けられない。彼女は口ではアイスを認めてくれるだろうがそれは論理からで感情からではない。心の底からは認めてくれないだろう。でも俺は自分に嘘はつけない。
「俺は……断われない。」
「そっ……そう。」
アイスはそう言うとすぐに立ち上がって部屋から出てしまった。ドアを閉める音が部屋に響く。
彼女が動揺しているように俺もまた動揺している。世界が変われば倫理も変わることは分かってはいるがそれでも罪悪感を抱かずにはいられない。
俺は上体を起こしてミーラを見る。彼女は目をこすっていてまだはっきりと起きてはいなかった。
「あれ……ユータ様起きてたんですか?」
「ごめん起こしちゃった。」
「全然大丈夫です。むしろ早く起こして欲しかった位です。」
ミーラが俺に好意や善意を向ける度に罪悪感が増すのが感じられる。
「ユータ様が無事で本当に良かったです。」
「ミーラは大丈夫?」
「はい。問題ないです。」
そして彼女は数秒俺と目を合わせてから目を細めてこう聞いてきた。
「ユータ様、何か私に隠して無いですか?」
俺よりもミーラは俺の事を知っている気がする。教会に行ったあの日の夜、彼女は俺に他の女性に好意を向けられたらどうするかと聞いてきた。その時俺は誤魔化そうとしたが全く出来なかった。あの時の『断われない。』という答えはまだ笑えたが今は全く笑えない。
「…………いや何も。」
彼女はまだ俺を凝視しながら俺の首に片手を添えてきた。しばらくの静寂の後彼女は何かを期待するような顔になった。
「どうしても言いたくないならそれで良いです。」
本当に彼女は嘘を見抜くのが上手だ。まだ一度も彼女を騙せた試しがない。
「もしかしてサプライズですか?」
無邪気に期待する彼女に俺は何も言えずただ彼女の猫耳をなでていた。
「あ、そういえばリベレから明日の昼に俺の所に来て欲しいって伝言がありました。後……護衛をつけて欲しいって。」
「うん分かった。」
護衛か……無人島に引きこもって軍事力を拡大し続けるのが安全への近道だけど流石にその選択はありえないな。
「ミーラって護衛出来たりする?」
この質問をすると葛藤があるのか彼女はずいぶんと悩んでいた。
「出来ますけどユータ様だと集中出来なくて護衛にならないと思います。」
「そっか……。」
「あ、でもでも二人いればどっちかが気づくと思いますよ。私、アイスさんに相談してみます。」
「!ありがとう。」
嬉しい気持ちと罪悪感が俺が頭の中で巡る。本当にどうすれば良いのだろうか。こっちを聞けば良かった。
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