異世界の死の商人

ワナワナ

第十九話 ミーラのifの話

「俺もだよミーラ。」
 俺はそう答えた。多分、今日が人生で一番勇気を使っていると思う。お互いの心臓の音が聞こえる。
 秒数にすれば10^-18秒、単位にするなら刹那、確かにミーラの唇は俺の頬に触れた。そしてキスが終わったあと十分程互いの目を見ていた。彼女は心の底から笑っていた。彼女の少し赤く染まったほっぺやブンブン揺れる尻尾は今でも覚えている。しばらく無言で見つめ合っていると邪魔が入った。


「あ〜、盛り上がってるところ悪いんだけど……。」


 リベレが俺に話しかけてくる。そういえば、リベレに連れられてここに来たんだった。彼女の笑顔には状況を忘れるぐらいの破壊力があった。


「これ持って帰れるか?」


 リベレは部屋に山積みにされた金貨十万枚を指差す。俺の気が遠くなる。この量を運ぶのは無謀だろう。というか十分の一で良いと言ったんだが……。


「いや無理だな。」
「だろう。そう言うと思ってこれを持ってきたんだ。」


彼は銀貨十枚を差し出してくる。何の冗談かな?だけどよく見ると俺の持つ銀貨とは少し色が違う。手にとって見ても同じ大きさなのに銀貨の二倍は重い。


「そいつは白金貨だ。一枚で金貨一万枚の価値を持つ。貴族でも滅多にお目にかかれない。」
「これが?銀貨にしか見えない。」
「俺も最初はそう思った。」
「所でその十分の一で良いといった気がするんだが……。」
「また注文したときに贔屓にしてくれ頼んだぜ。」


 これは絶対間違えるやつだ白金貨は銀貨に似ている。まぁどうでもいいか。俺は白金貨を十枚適当に財布に入れる。お札がないからコインを入れるところばかりが膨らむ。


「ありがとう。これで契約も終わりだ。また追加注文をするかもしれないがな。」


 俺はリベレと握手をして別れた。彼女は変わらず隣にいる。良かった……。何だろうかえもいわれぬ高揚感が胸にこみ上げる。物理的な距離は昨日とさして変わらないのに今日は彼女がどうも近くに感じる。


 彼女としばらく通りを歩く。城塞都市は戦火を乗り越えて再び活気を取り戻していた。すれ違う人々の顔が笑顔であることに港湾都市の少年に言われた事は正しいと再確認した。


「ユータ様、教会に行きませんか?」


 ミーラが俺に問いかけてくる。特に特定の神を信じてはいないが教会に行ってもいいのだろうか?ただ彼女が随分と真剣な様子なので俺はこう聞き返す。


「良いけど、俺は特に神を信じてないよ。」
「……?でも絶っったい行くべきです。」


 彼女は強い口調で断言する。何が彼女をここまで突き動かしているのだろうか?


「何するの?やっぱり祈るとか?」


 彼女は少し顔を赤くして周りを気にしながら俺の質問に答える。


「え、えっと……その恋人が出来たら神様に言わないと。」


 俺の顔まで熱くなる。彼女の顔が直視できなかった。


「う、うん分かった。ごめん変なこと聞いて。」


 彼女に連れられて教会へ向かう。教会では前の世界とは違い十字架ではなく真円が飾られていた。俺とミーラの様子を見てシスターは何やら笑いながら尋ねてくる。


「ご報告ですか?」
「は、はい!」
「ふふっ。あなた方に幸あらん事を。」


 俺ではなく彼女が答える。シスターは教会の中へ俺とミーラを案内してくれた。真円に向けてミーラが祈りを捧げ始めた。俺は作法など何も分からないのでとりあえず隣の彼女を真似ていた。










 ここはどこだ?辺りはひたすら暗く本当に何も見えない。宇宙の果てもこんな場所だろうか?不思議だ。


『君との契約通り、最低限の情報を伝える。』


 上から文字が落ちる。余りにも非現実的な光景で俺はただそれを受け入れた。


『君が自分から記憶を消して欲しいと願うのは想定外だった。』


『お望み通り君の二千ニ十年から先の記憶は消しておいたよ。』


『君はただ契約の通り隕石を迎撃してくれれば良い。』


『名前すら忘れ、歴史しか覚えていない君は確かに死んでいるね。凄いよその方法で死なれるのは予想外だった。』


 神とかそういう類の物は信じた事が無かった。でもこういう超常現象を見ると不思議と神を信じたくなる。




『こちらとの契約を守りなおかつ自らの信念を貫く何て尊敬するよ。今の君にはさっぱり分からないだろうけど。』


『もう一度言おう。』


『あれだけサービスしたんだ、隕石の迎撃ぐらいやってくれよ。』


「待て……急にそんな事を言われても……。」


『これは契約だよ。必ず守ってね。君の自由意志に敬意を払います。』




 視界が戻る。非現実的な光景でとても本当の様には思えなかった。もし本当に隕石の迎撃が必要でもそこまで心配する事では無いだろう。手段を選ばなければいくらでも方法はある。ミーラは祈り終えたのか俺に話しかけてくる。


「ユータ様、帰りましょう。」
「うん。これからどうする?」
「そうですね……特にしたい事は無いですね。」


 ミーラははにかみながらそう言う。ただ彼女の尻尾を見るとどうも本心の様に聞こえない。


「本当に?」
「…………!?その、手を繋いで欲しいです……。駄目ですか?」


 彼女は思いついた様に俺に手を差し伸べる。


「全然駄目じゃないよ。」


 俺は彼女の手を握る。こうやって手を握るのは俺がこの世界に来て間もない時以来だ。あの時も夜で辺りは暗く何も見えなかった。彼女と城塞都市を歩く。辺りはすっかり暗くなり、夜空に星が瞬いている。


「ミーラの手は暖かいね。」
「ふふっ。よく言われます。」


 自然と二人で宿の方向へ向かっていた。すると何やら道の端に張り紙がしてあり、まばらだが人だかりもあった。


「統治権以外の全ての貴族の権利を平民に与えるって書いてあるね。」
「貴族の権利は……名字がありますね。ユータ様はどんな名字します?」


…………本当は多分俺は名前がある筈なんだ。あの変な夢でも名前すら忘れ歴史しか覚えていないと俺の事を言っていた。俺の本当の名前を確かめるすべはもう無いみたいだな。まぁ俺の事はどうでもいい。肝心なのは今だ。


「特に良いかな……。ミーラは?なにか名乗るの?」


 少し暗くて顔は分からなかったが手から彼女の羞恥が伝わる。何を言うつもりだろう?


「私は……ユータ様と同じ名字がいいですね。」


 ど、どうしようここまでの不意討ちは想定してなかった。もし太陽が出てたら恥ずかしくて死んでいた。彼女の顔を直視出来ない。


「あ、ありがとう。」


 もっと気の利いた事を言えれば良いのにな……。自分の事を不甲斐なく感じる。いつかミーラを驚かせてあげたいな……。


「ほ、他に貴族の権利ってあるの?」


 話題を変える。まさか貴族の権利が名字だけ何て事は無いだろう。


「そうですね……他には重婚と……後は何でしょう?」
「ごめん俺も知らない。でもそれなら俺に関係するのは名字だけかな……。」


 俺を好きになる人間何て多分後にも先にもミーラだけだろうな。あれ?そういえば彼女は何故俺なんて好きになったんだろう?いや怖いからやめておこう。これ以上考えるのはやめよう。その方が身の為だ。


「…………。」


 何やらミーラが考え込んでいる、一体どうしたんだろう?彼女はいつに無く真剣な様子だ。


「ユータ様、もしですよ。もしもの話です。」
「うん。それで?」
「貴族であなたに惚れた人がいたとします。」


 貴族の知り合いは……アイスぐらいしかいないな。彼女は全く貴族らしくないから時々立場を忘れそうになる。まぁアイスに限ってそれはありえないだろう。本当に可能性の話なんだろうな。


「それでその人は私に協力を取り付ける代わりに重婚をする事にしました。」


 多分、俺とその人とミーラが結婚する事をゴールとして協力するって事だな。色々ツッコミどころはあるけどもう少し聞いてみよう。


「でも平民でも重婚できる様になってしまいました。」


「この場合、あなたはどちらを選びますか?」


「私は約束通りその人に協力します。その上で私だけかそれともその人と私両方にしますか?」


 ……?クエスチョンマークしか浮かばない。可能性の話にしては随分とよく出来てる。ミーラは実はそういう才能があったりしそうだ。


「その人だけっていう選択肢は無いの?」
「……悲しいです。」
「あぁごめんミーラそんなつもりじゃなくて……。」


 無意識のうちに彼女はその選択肢を消したんだろうな。それよりどうしよう……結構難しい質問だな……。はっ!?まさかこれはミーラは俺を試してるのか?


「もちろんミーラだけだよ。」
「嬉しいですけど……本心で答えて下さい。ユータ様は嘘をつくのが下手すぎます。」


 …………。隠し事はやめよう。何でも見抜かれる気がする……。少し現実逃避に空を眺める。星星が綺麗だ。天の川が空を縦断している。いや、天の川では無いか。正しい表現は星の川かな?全く関係ない事を考えていると視線を感じた。多分ミーラだろう。


「そろそろ答えて下さい。」
「多分……後者を取ると思います。すいません。」
「男の子ならそれが普通ですよ。謝る事は無いです。」


 天使かな?俺はどうやら現人神を見ている様だ。彼女と意味ありげだけど実はなんの意味も無い会話をしながら宿へ向かった。その道中でも視線を少し感じたが暗くてミーラだということに確信を持てなかった。でも多分ミーラだろう。

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