彼女たちを守るために俺は死ぬことにした
11/17(火) 小鳥遊知実②
「なっちゃんって勘はいいけど、でもやっぱ詰めが甘いっていうか……」
「なにが?」
隣の七瀬に聞いていると、ドアが開いて血の気が引いた。入ってきたのは、詩織先輩ラブの鹿之助さんだった。
「小鳥遊……貴様、お嬢さまを泣かせるとは……万死に値する」
「ひっ!?」
鹿之助さんの後ろには、顔を埋めて泣き続けている詩織先輩がくっついていた。その姿を見ていると、鹿之助さんが言った万死は結構本気なのかもしれない。
「詩織はあんたがいなくなった日からかなり落ち込んでたのに、それで今朝のメッセでしょ。今日は学校休んだわよ……」
視線は詩織先輩にあるけど、凛々姉の言葉は俺に向けられていた。
何も言えずうつむくと、ベッドの足元にいるいちごの横で黙っていた音和が、俺にすがるような視線を向けた。
「見てないところでも、みんなちゃんと心を痛めてるよ。伝えなければ苦しくないなんてそんなことない。知らないから苦しむことだってあるんだよ。あたし、知ちゃんがそれでいいなんて思う人でいてほしくない」
みんな、と言われて胸がきしんだ。
もしかしたら凛々姉や七瀬も今は合わせてくれたけど、二人きりだったら詩織のように泣いたり、もしかしたら責めたりもしたかったのかもしれない。
そういう音和にも、我慢させることは多かった。
「そっか……。お前にも泣くなとか、結構辛いことを強いてたんだよな。ごめん」
音和はきゅっと口を一文字に結ぶと、頭を振って俯いた。
ハンカチで目元をぬぐっていた詩織先輩が、鹿之助さんの背中から片目だけ覗かせて鋭い視線を向けてくる。
「っ私たちには……心を開いてぶつかるように言うのに、自分のことはいつものらりくらりですよね。本当に、そのことがどれだけ私たちを心配させたかっ。本当のカッコ良さってそうじゃないと思いますよっ」
泣きながら文句を言う詩織先輩の、青白い肌と充血した目のコントラストが際立った。鹿之助さんの裾を握りしめる力の強さは、俺への怒りそのものだ。
「別に言いたくないことは無理しなくて言わなくてもいいと思うよ。けど……なっちゃんの本音を聞きたい」
七瀬まで真面目な顔をして、俺の手の上に自分の手を置いた。
彼女たちはきっと、もうなあなあにしてくれないのだろう。
なぜって、それが俺が作ってきたみんなとの絆だから。
「みんな、ごめん……」
布団に顔がつくほど頭を下げた。
病室に森閑とした空気が訪れる。下を向いて周りが見えない分、生きているのは俺だけだと錯覚するほどの静けさ。
けれどそれが冷たい拒絶の類ではないのを、この半年で俺はたくさん知らしめている。
「本当はもしかしたら……今日がみんなと会う、最後の日になるかもしれない。それでも俺は未来に賭けたくて、いちごと相談して手術を受けることにしたんだ」
頭をあげると、みんな揃いも揃って神妙な顔つきをしていた。本当はもっと前に、こんなギリギリで追い詰められてからじゃなくて、言わなければいけないことだった。
「虎蛇は、温かい居場所だった。力を抜いて笑える場所なんだ。だからみんなを暗い気持ちにさせたくなくて、病気のことなかなか言えなかった。そう思ってた。けど、本当は……病院の自分と虎蛇の自分を別で捉えて、現実逃避をしてたのかも。そっちの自分でいれば、辛くないって思いたかった。それくらいみんなの明るさに救われて、俺にとっての希望だったんだよ」
結果、俺はまたカッコつけそびれてしまった。
結論、カッコつける必要はもう、俺たちの間にはないんだろうな。
情けなく声を掠れさせる俺に、床をキュッと踏み鳴らしたのは凛々姉だった。
「もう……そんな顔されたら、何も言えないじゃない!」
凛々姉はそう言うと、詩織先輩の腕を無理矢理引いてベッドの近くまで連れてきた。
「居場所って言うがー、虎蛇もさー、なっちゃんが必要不可欠なんだけど!」
ベッドに浅く腰掛けた七瀬が、人差し指で頬をつついてくる。
「……いつも手を差し伸べてくれましたよね……っ。でも、今度は私たちの手を取ってくれてもいいんですよ?」
まだ涙は止まらない、詩織先輩が差し出す手を静かに取った。その冷たい体温から、夏の夜に一緒に見た美しい星空が脳裏に浮かぶ。
「そうだよ、こんなの最後じゃない。だからあたしは泣かない」
感情を押さえ込もうとして、頭をでたらめに振り続ける音和の肩を抱いて、いちごがお手本のような微笑みを向ける。
「前に、『全部うまくいくなんて無理だ』って言ったけど、信じてないよ。それでもうまくいくことを期待させるのは知実くんの自業自得なんだから。あたしは諦めてないし、諦めさせないからね?」
俺のどうしようもないおせっかいを、これからいちごが引き継ぐのだろうなと思うと笑えてきた。
約束がまた増えてしまった。
こうなると、絶対に叶えて戻ってこないと「小鳥遊知実はカッコ悪い」の烙印を押されてしまうのだ。
そんなのスーパー最悪だわ。
「なにが?」
隣の七瀬に聞いていると、ドアが開いて血の気が引いた。入ってきたのは、詩織先輩ラブの鹿之助さんだった。
「小鳥遊……貴様、お嬢さまを泣かせるとは……万死に値する」
「ひっ!?」
鹿之助さんの後ろには、顔を埋めて泣き続けている詩織先輩がくっついていた。その姿を見ていると、鹿之助さんが言った万死は結構本気なのかもしれない。
「詩織はあんたがいなくなった日からかなり落ち込んでたのに、それで今朝のメッセでしょ。今日は学校休んだわよ……」
視線は詩織先輩にあるけど、凛々姉の言葉は俺に向けられていた。
何も言えずうつむくと、ベッドの足元にいるいちごの横で黙っていた音和が、俺にすがるような視線を向けた。
「見てないところでも、みんなちゃんと心を痛めてるよ。伝えなければ苦しくないなんてそんなことない。知らないから苦しむことだってあるんだよ。あたし、知ちゃんがそれでいいなんて思う人でいてほしくない」
みんな、と言われて胸がきしんだ。
もしかしたら凛々姉や七瀬も今は合わせてくれたけど、二人きりだったら詩織のように泣いたり、もしかしたら責めたりもしたかったのかもしれない。
そういう音和にも、我慢させることは多かった。
「そっか……。お前にも泣くなとか、結構辛いことを強いてたんだよな。ごめん」
音和はきゅっと口を一文字に結ぶと、頭を振って俯いた。
ハンカチで目元をぬぐっていた詩織先輩が、鹿之助さんの背中から片目だけ覗かせて鋭い視線を向けてくる。
「っ私たちには……心を開いてぶつかるように言うのに、自分のことはいつものらりくらりですよね。本当に、そのことがどれだけ私たちを心配させたかっ。本当のカッコ良さってそうじゃないと思いますよっ」
泣きながら文句を言う詩織先輩の、青白い肌と充血した目のコントラストが際立った。鹿之助さんの裾を握りしめる力の強さは、俺への怒りそのものだ。
「別に言いたくないことは無理しなくて言わなくてもいいと思うよ。けど……なっちゃんの本音を聞きたい」
七瀬まで真面目な顔をして、俺の手の上に自分の手を置いた。
彼女たちはきっと、もうなあなあにしてくれないのだろう。
なぜって、それが俺が作ってきたみんなとの絆だから。
「みんな、ごめん……」
布団に顔がつくほど頭を下げた。
病室に森閑とした空気が訪れる。下を向いて周りが見えない分、生きているのは俺だけだと錯覚するほどの静けさ。
けれどそれが冷たい拒絶の類ではないのを、この半年で俺はたくさん知らしめている。
「本当はもしかしたら……今日がみんなと会う、最後の日になるかもしれない。それでも俺は未来に賭けたくて、いちごと相談して手術を受けることにしたんだ」
頭をあげると、みんな揃いも揃って神妙な顔つきをしていた。本当はもっと前に、こんなギリギリで追い詰められてからじゃなくて、言わなければいけないことだった。
「虎蛇は、温かい居場所だった。力を抜いて笑える場所なんだ。だからみんなを暗い気持ちにさせたくなくて、病気のことなかなか言えなかった。そう思ってた。けど、本当は……病院の自分と虎蛇の自分を別で捉えて、現実逃避をしてたのかも。そっちの自分でいれば、辛くないって思いたかった。それくらいみんなの明るさに救われて、俺にとっての希望だったんだよ」
結果、俺はまたカッコつけそびれてしまった。
結論、カッコつける必要はもう、俺たちの間にはないんだろうな。
情けなく声を掠れさせる俺に、床をキュッと踏み鳴らしたのは凛々姉だった。
「もう……そんな顔されたら、何も言えないじゃない!」
凛々姉はそう言うと、詩織先輩の腕を無理矢理引いてベッドの近くまで連れてきた。
「居場所って言うがー、虎蛇もさー、なっちゃんが必要不可欠なんだけど!」
ベッドに浅く腰掛けた七瀬が、人差し指で頬をつついてくる。
「……いつも手を差し伸べてくれましたよね……っ。でも、今度は私たちの手を取ってくれてもいいんですよ?」
まだ涙は止まらない、詩織先輩が差し出す手を静かに取った。その冷たい体温から、夏の夜に一緒に見た美しい星空が脳裏に浮かぶ。
「そうだよ、こんなの最後じゃない。だからあたしは泣かない」
感情を押さえ込もうとして、頭をでたらめに振り続ける音和の肩を抱いて、いちごがお手本のような微笑みを向ける。
「前に、『全部うまくいくなんて無理だ』って言ったけど、信じてないよ。それでもうまくいくことを期待させるのは知実くんの自業自得なんだから。あたしは諦めてないし、諦めさせないからね?」
俺のどうしようもないおせっかいを、これからいちごが引き継ぐのだろうなと思うと笑えてきた。
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