彼女たちを守るために俺は死ぬことにした

アサミカナエ

かのじょたちをまもるためにぼくは——

 知らない天井を見上げて、ぼくは叫んだ。
 目の前のものを理解しようとするけど、なにもわからない。
 叫んでいると、動く白いなにかがたくさんやってきて僕を取り囲んだ。
 それらが僕をベタベタと触って、うでとかを引っ張る。あまりの恐怖に意識を失った。


 それが目覚めた最初の、自分の記憶——。


 2021年8月20日。わざわざ真夏日のくそ暑い日に、東京の病院から田舎の病院に転院した。東京にも何度か見舞いに来てくれた、“父親”と“母親”が住んでいる街へ。
 東京のデカイ病院でも「メズラシイ ショーレー」とか言われてかなり引っ張り回されたけど、こっちでも転院早々いろんな先生と面談があってうんざりだった。気晴らしに面談が終わってすぐ病院内を徘徊していたら、先生にめちゃくちゃ怒られて病室に連れ戻された。部屋にいてもやることがないんだけど……と不満が溜まる。

 せめてと思い、少ししか開かない窓を開けて外を眺めた。蒸し暑い熱気が窓から流れ込む。
 東京とは違う、ミンミンとかジージーとかの虫の騒音に懐かしい気持ちになった。
 外は暑そうだけど早く歩きたい。早く海を見たい、と思った。

 ドアがノックされた。
 次は誰だよと思って振り向くと、ドアを開けたのは赤いリボンのおさげをぶら下げた女の子だった。


「と、知実くん!!」


 目に涙をためた可愛らしい女の子に、愛おしそうに見つめられてしまいちょっと照れる。


「久しぶり! 良かった……。って、あたしのことわかるのかな?」


 そう言って肩をすくめながら、おずおずと部屋に入ってくる。白いノースリーブに赤いチェックのスカート。その子がいるだけで、部屋の空気が明るく変わった気がした。


「…………誰ですか?」


 女の子の動きがぴたりと止まり、動揺するように半分開いたままの口を震わせた。
 けれど、その子はすぐににっこりと微笑む。


「あっ、不躾にごめんなさい。あたしは日野苺っていいます。高校3年で、知実くんと同い年で……その……、良かったら、仲良くしませんか!?」


 何もわからない俺に合わせて、真面目な顔で自己紹介をしてくれた。
 相変わらず、いちごは優しくて芯の通った女の子だった。


「うん、まあ知ってるけど」
「……え、あれ?」
「記憶喪失ジョーーーク!」


 彼女の笑顔がみるみるうちに驚きからしかめっ面へと変化していく。


「あれ、母親から聞いてない? 記憶、ほとんど戻ったっぶふうう!!」
「……聞いてたっ! ぜんっぜん笑えない! バカ!!!」


 手に持っていた紙袋を顔面に投げつけられた。中身はなにかな、重量感のあるものが歯に当たりましたぁ。


「もーーやだ! 知実くん、知実くんーーー!!」


 飛びついてきたいちごを受け止める。人の重みや温かさに、胸がいっぱいになる。


「ただいま」
「おかえりなさいっ!」


 目の前の愛しい女の子の存在を、しっかりと確かめるように抱きしめた。


「良かった、あたしのこと覚えててくれてうれしい。知実くん、すごいことだよー!!」


 いちごも同じように抱き返してくれた。
 その行為がとてもうれしくて、思わず目頭が熱くなる。


「あれだけひどく糾弾きゅうだんされたからなぁ。みんなを思う気持ちが記憶を引っ張ってくれたんだと思う」
「ん? えっ?」
「音和を愛しい気持ち、凛々姉を尊敬する気持ち、詩織を慈しむ気持ち、七瀬を見守りたい気持ち、それからいちごを愛する気持ち……。記憶が消えても心は消えていなかったから、そのおかげで今の俺があるんだって勝手に思ってる。だからいちご。存在してくれてありがとう!」


 奇跡は起こらないからそう呼ぶんだと思ってる。だから、起こってしまったこれは奇跡じゃなくて、みんなからもらった必然ってことでどうだろうか。
 盛り上がっていると、コホンという咳払いがドアの方向から聞こえてきた。


「……そんな尊敬する凛々子の前で、いくらカップルだろうけどそういうのはどうなのって思うけど」
「えっ、凛々姉!? なんで!?」


 ドアの向こう側に、凛々姉を筆頭に詩織と音和、七瀬と野中という虎蛇会の面々が……。え、いつから……いたの。


「あっそうだ。みんなで来ていて、ひとまずあたしから様子を見て来いって入らされたんだった!」


 腕の中で、けれど離れようとせずいちごがてへぺろ破顔する。はい、可愛い5億点。
 それにしても久々に見るみんなの顔が、まさかの失笑多めなのが笑える。あら嫌ね。俺たちって、なんでこういつも締まらないんだろうねえ?



 2021年8月20日。くだんの虎蛇会のメンバー全員と、会うことができた。


 俺……いや、僕は、厳密に言うと前の自分と少し違って、手術が終わってからできたほぼ記憶が戻った僕・・・・・・・・・という人格だ。
 前の人格の記憶は紙芝居のように断片的で感じることができるけど、僕自身がそれを体験した実感がないのは確かだ。

 けれど心が方向を示してくれるから、小鳥遊知実を引き継げると思っている。
 彼の愛する、そして彼を愛する人たちと実際に会ってみて、僕が彼を大切にしてやるかという気持ちは強くなった。
 次の人格にバトンを渡すことを、苦しみながら決心した彼の心情もよく知ってることだし。

 だから——

 彼女たちを守るために僕は、生きることにした。



end.

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