彼女たちを守るために俺は死ぬことにした

アサミカナエ

11/4(水) 日野 苺⑥

「いちごもういいんだよ。試さなくてもいい。どんないちごがなにを言ったって、虎蛇会は大丈夫だから」


 知実くんの優しい声に、止まりかけた涙がまた溢れた。


「いやだ! こんなにダメでくそ野郎で、自己中で……。こんな自分、虎蛇会のみんなと釣り合わないんだよ! うあああぁーーーーっ!!」


 ずっと心につっかえていた音和ちゃんの腕のなかで、なんでこんな本気で、安心して泣いてるんだろう。
 どうしてあんなにも言われたのに、音和ちゃんはあたしに優しくしてくれてるんだろう。
 全然なにがどうなってるのか、わかんないよぉ!


「いちご、ジョハリの窓って知ってる? 人って4つ、自分の性格を持ってるんだって」


 唐突な知実くんの言葉に、泣きながら首を振った。


「『自分が知っているけど、他人は知らない自分』、『自分が知らないけど、他人が知ってる自分』、『自分も他人も知ってる自分』、『自分も他人も知らない自分』。だから、いちごが嫌だと思っている本来の自分ってやつも自分のたった一部で、全部ではないんだよ。みんながいちごを優しいって言うように、お前は気づいてないかもしれないけど、愛されてるいちごも確かにいちごなんだ」
「っ! ふっ、うぅ〜〜〜〜!!」
「まだ気づいていない未知な部分もあることだし、ひとつの面だけ見て、自分を否定しなくてもいいと思うよ」


 音和ちゃんが強く抱きしめてくれて、こんなに泣いているのにあたしは崩折れることなく立てている。


「あ、たし……っ、高校生活諦めてた。なのに諦めさせてくれなかった知実くんは、すごく嫌な人だよ! 青春ごっこ、本当に楽しすぎて。作った自分がそんな楽しいことしてるのが、すごく悔しかった……!」


 これだけは嘘はついちゃだめだって思った。知実くんが青春をくれて、本当にうれしかったから。


「それでも無理だよ。いまだに別の学校で疎ましがられている素の人格は、やっぱり直視できない!」


 自分を認められないのは自分の問題。呪いは解けることがないから呪いなのだから。


「いちご、それが今日の本題だったんだ。そこに関してはもう大丈夫。学校行って、もうつきまとわないようにお願いしてきたから。な、野中」
「言質も取ってきた。なっちゃんが結構脅してたし、もうあっちからの接触はないだろ」
「……っ!? もしかして怪我って」
「だからこれはチャリだって」


 あの人たちがあたしのせいで、知実くんたちにまで手を出したなら、あたし、なんてこと……!


「日野、男にはケガの理由を聞いてはいけないっていう、暗黙のルールってものがあるんだよ」


 自分もケガしているのに、野中くんが明るく言ってくれる。
 だって、どうやってあの人たちを説き伏せられたの? 今まで誰も立ち向かえなかったんだよ?

 でも……知実くんたちならやっちゃうんだろうな。
 ねえこの謎の信頼感、なんなんだよー!


「大丈夫ですか?」


 しおり先輩が肩を支えてくれる。音和ちゃんの肩越しにこくりと頷いた。


「ファンスタでそいつらに捕まってたこと、気付かずにごめん。それでも、そんな様子も見せずに頑張ってたんだな」
「っ、みんな楽しそうだから……雰囲気壊すとか無理だし……」
「そうなんですね。ずっと一緒にいた私たちも、守れなくてごめんなさい」
「ううん、誰のせいでもない。からっ……大丈夫っ」


 ふらふらになりながら、音和ちゃんとしおり先輩から離れて自立してみる。
 二人とも最後まで心配してくれてるのがすごくわかる。


「それで日野。あたしたちはあなたの友だち……としてはまだ役不足かな」


 一歩下がってみんなを見ていた会長が、控えめに尋ねた。


「確かに大人になったら別々の道を歩き、生活も違えば合わなくなることもあるかもしれない。だけどあたしは、体育祭でバトンをつないだこと。夏休み一緒にお風呂に入ったこと。文化祭前に早起きしてあいさつ運動したこと。あなたたちが支えてくれたこと……こんなにも美しい経験、絶対に忘れないわ!」


 生真面目で馴れ合いが苦手な会長が言い慣れてない言葉を口にしてくれて、体を羽でなでられるようなくすぐったさが駆けあがる。

 そっか……。友だちと会わなくなっても、それはさようならじゃないんだ。
 あたしたちが本気で感情を共有した時間は、大人になってからも振り返られる、人生の一部になるんだ。


「なん……で? 『青春』は一生モノだなんて、聞いてなかったよぉー!」


 転校したばかりのとき、おもしろい人たちに出会えて、いいなって思った。

 その分、絶対に嫌われたくないとも思ったから、玄関の間口だけはひとまず広げておいて、心の奥は閉ざすことにした。
 作り物の自分で、どうにか好かれるようにと頑張った。

 本当はそのままの自分を好きになって欲しかった。
 本当はそのままの自分で認められたかった。
 でも失敗し続けていたから、また壊れてしまったらと思うと怖くて。
 それを望むことは、とんでもなく贅沢だと思ってた。


「こんなダメなあたしで……それでもよかったら。どうかあたしと、本物の友だちになってくださいっ」


 みんなが泣き顔で、お互いに顔を合わせて笑う。
 言葉にならないそのやり取りがとても自然で、心地よくて。


「「「こちらこそ、よろしくお願いしますっ!!」」」


 みんながあたしに向かって飛び込んできてくれるのが、嘘みたいにキラキラしていて。
 それはまごうことなき、あたしの欲しかった青春だった。

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