彼女たちを守るために俺は死ぬことにした

アサミカナエ

11/3(火) 日野 苺⑧

「言っておくけど、男二人がかりで来たあんたたちが悪いんだからね」


 咳き込むと、口の中を切ったらしく地面に鮮血が飛び散った。


「日野は疫病神なんだよ。あいつの代わりに痛い目に合うって、どんな気分です、かっ!」


 また容赦なく顔面を蹴られ、目と鼻を押さえてのたうちまわる。


「もうやめろ!」


 久しぶりに野中のこんな切実な声、聞いた気がする。だけど標的にならないよう、できるだけ目立たないでいてね……。


「やめる? あんたたちが日野に関わりさえしなければいいことなんだけど」
「いいんだ……気が済むまで……」


 ゴホッと喉にひっかかっていた血の塊を吐く。


「だけど金輪際……いちごに関わらないって、約束は、守ってもらう」


 側頭部を地面につけたまま野田原をにらむと、彼女の頬がぴくりと痙攣するのが見えた。


「……そっちも頭下げな」


 野田原の声が遠くなる。その視線は野中に向いていた。


「っ……! 俺だけでいい、だろ!」


 彼女の脚を掴んで、ひきずるようにして上体を起こす。
 だけど頭が重く、地面に引き寄せられるように落ちた。
 脚を掴んでいた手を別の脚で踏まれて、情けない悲鳴を上げる。
 野中は付き添いで来ただけだし、これ以上手は出させない。俺に攻撃を集中させておけば……!


「っ!」


 隣に座る気配がした。

 ……嘘だろ。
 心臓がばくばくと音を立てる。
 野中は理不尽なことが嫌いで、自分が悪いと思っていないのに誰かに頭を下げるなんて、相手が教師でも警察でも曲げなかった。
 自分ダサいと思うことは絶対にしない。そんな哲学を持っているところを尊敬していた。
 なのに……。

 おそるおそる横目で見ると、野中が地面に頭をついていた。
 眉を痙攣させながらも、しっかりと目を閉じて、額を地面にこすりつけている。
 野中……くそっ!!

 野田原が野中の真正面に座り込む。
 フェンスに立てかけていた自分のラケットを持ち、野中めがけて振り抜いた。
 野中は少しだけ体を傾けたけれど、そのまま動かなかった。


「ふん。エマ、あんたこいつら頼むわ」
「えっ!」
「日野の代わりに償うつってんだから、そっちのイケメンでもボコせば? まあもうすぐ彼氏くるし、そしたらこいつらどっか連れてってもらうけど」
「あたし、男に暴力は……」


 女子2人が話してるとき、スマホが震えた勢いで胸ポケットから落ちた。
 意識朦朧と土下座しながら、光るスマホの画面が目に入ってきて、そのまま目を見開く。


「……くくく……」
「!?」


 こんな状況にも関わらず、笑いがこみ上げてきて止まらなかった。
 

「こいつ気でもおかしくなった?」


 無視して体をひきずるようにして起こした。正座のまま頭を垂れ、手元のスマホを見つめる。
 野中も少し頭を上げて、こっちを伺った。


「! おい、誰が頭上げていいって……」


 野田原いのりに首元を掴まれる。
 だけど俺は。


「070、0012……」


 スマホに書かれている番号を読み上げると、野田原いのりは言葉を止めた。
 顔を上げて薄ら笑いを浮かべる。


「例の……SNSの個人情報、抜き取れたんだけど……この番号って誰のだ?」


 みるみると野田原の顔が真っ青になっていくのを見て、確信を持つ。


「なんっ……どうやっ……、ありえない、そんなの犯罪かよ!」


 そこに、さっきまでの余裕はない。ただ大声で不安をごまかそうとしているだけだ。


「知ってる? SNSでの名誉毀損の判例に、10〜50万円の罰金ってのがあるんだけど」
「!」
「……どうする?」
「チッ」


 掴まれていた胸元を乱暴に離して、野田原いのりは成海恵麻の元へと下がった。ようやく野中も顔を上げ、一緒に立ち上がる。
 苦虫を噛み潰したような表情の野田原と不安そうな成海。もうここからは俺たちのターンだ。

 しかしそう思ったのも束の間、野田原がふっと笑った。緊張感から解き放たれたような安堵の表情。

 なんだ……? あっちは今、圧倒的状況不利なはず……。

 その時。後ろから砂利を踏む音が聞こえて、野中とともに振り向いた。

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