彼女たちを守るために俺は死ぬことにした

アサミカナエ

11/2(月) 日野 苺④

 いやな予感を的中させるように、いちごが高速で首を振った。


「っ! 知実くんっ!!」
「え、なに? ど、どうしたの?」


 食い気味に叫ぶから面食らってしまった。いちごの顔色はもう、かわいそうなくらいに青かった。


「あたし、せ、先週、すっごく寝不足で! 実はあんまり、覚えてなくて……」


 クッキーのお礼を何がいいか聞いたときと、同じような違和感。
 苦笑いして目を伏せるいちごが、なにを言いたいのか察してしまった。


「サチさんに起こされて気づいたんだけど、あたし保健室のベッドでうたた寝してたよね、迷惑かけちゃったかな」
「ううん、それは大丈夫だけど」
「精神的にもあの日、変、だったから」


 いちごは天然だけど普通の子で、青春を叶えることだって誰よりも楽で、全然、手のかからない子だった。


「あたし、知実くんと、みんなと。ずっと今みたいに仲良くしていけたらいいなって。だから、できればアレ・・は…………気にしないでいてもらえたら嬉しい、です……」


 テンションに任せた過ちだったかと一瞬、目の前が暗くなりかけた。
 けど、その考えはすぐに消えた。
 ちがう、そうじゃない。
 アスファルトを見つめて、肺の中の空気を全て絞り出すようにして言葉を発した彼女を見て。ただ誰にも気づかれないように、今までずっとひとりで何か抱えていたことを初めて知った。
 唇を噛んでうつむく目の前の女の子のことを、俺は、なにもわかっていなかったのだ。

 彼女とうまくやれていると思い上がっていた。
 それは自分の要領がいいからだとすら思っていた。

 彼女にとっては俺の行動なんて、所詮ままごとのようなものだったんじゃないか。俺の喜ぶ正しい解答を上手に打ち返していただけ。
 ……接待テニスかよ。
 だけどそれに今気付いたからって、もう今さらでしかなかった。

 俺が、今ここでできることは、いちごの青春を改めて回収することでもないし、いちごの気持ちを無理やりに聞き出すことでもない。
 彼女の闇をどうにかしようと思うのを、諦めること。

 手を伸ばして、頭を優しくぽんぽんと撫でた。


「そっか。言いづらいこと言わせてごめん」


 できるだけ穏やかに伝える。


「……っ!」


 いちごは顔をあげず、力なく首を振った。
 ゆっくりと時間が流れる。


「ただ、あのときいい加減な気持ちじゃなかったのは、伝えたかったから……」


 叶わなかったけれど、一番の理解者でいたかったんだよ、俺。
 結構お前のこと、好きだし。
 病気のことも……話したかった。


「大丈夫。俺も友だちでいたいと思っていたから、気にしないで。これからも仲良くしよう」
「っ!」


 いちごは弁当箱をつかむと立ち上がって、何も言わずにはしごをおりて行ってしまった。
 ひとりぼっちになった給水塔のたもとで、俺は空を見上げることしかできなかった。

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