彼女たちを守るために俺は死ぬことにした

アサミカナエ

10/2(金) 穂積音和①

 翌朝、モーニングコールしても音和は出なかった。
 いちごには先に行ってもらって、穂積家のインターホンを鳴らすと、出てきたのはおじさんだった。そのやつれた様子を見ると、家でも彼女が何かしらやらかしたんだなと推測できる。


「おはようございます。音和、連絡がつかないんですけど」

「知くんすまないね。何度か声をかけたんだけど、起きてこなくて」

「あいつ本当に文化祭行かないつもりなのかな……」

「知くん」


 二階を見上げていたところ、おじさんに呼び戻される。


「話したんだね」

「ああ、はい」


 さらっと返事をすると、おじさんは「そうか」と深刻そうに頷く。


「こんなときに、音和が苦労をかけて申し訳ない……」

「おじさん、今日はお休みですか?」

「ああ、休みだよ」

「文化祭来られます? うち一般公開してますよ」

「……」


 困惑して頭をかくおじさんの背中をもう一度だけ押す。


「音和、劇で主役なんですよ。ちょっと考えといてください。俺起こしてくるんで」


 と、家主を玄関に残してお邪魔した。


「入るぞ音和」


 二階の音和の部屋をノックすると中から


「だめ!」


 と、悲鳴が上がった。


「いや、ダメじゃないから。行くから」

「やだ。絶対に入って来ないで!」

「なんだよ。寝起きの顔なんて何度も見てるだろ」

「見せると見られるは違う!」


 お前は哲学者かよ。


「お前が行かないと俺も文化祭行けないんだけど」

「……行かないでえぇ」


 泣き声になっていた。


「いや、俺は文化祭にめちゃくちゃ行きたいっす」

「ふええええ……」


 ……高1の部屋だよな? ここ。
 強行突破することにした。

 鍵のない扉は簡単に開いた。ベッドの大きな膨らみをめがけて布団を引き剥がすと、中に丸まって本体が入っていた。


「……鬼」

「俺に後悔を残させるなよ」

「……っく。うぅぅ、ぐすっ…………わかったぁ」


 ……ちょっと卑怯な言い方だったかな。
 音和がのそのそと動き出したので、俺も黙って部屋の外に出た。


「んじゃ玄関にいるからなー」


 ドアを閉めて、中にいる音和に声をかける。
 今日は早めに行くつもりだったけど、これだといつもの時間だな……。凛々姉にメッセ入れとこ……。
 一階で靴を履いて玄関に座っていると、後ろからおじさんがやって来た。


「……本当に、僕なんかが行ってもいいのかな?」


 不安げに、額に玉の汗をいくつも浮かばせていた。


「え、当たり前じゃん。おじさん音和が小学生のときもこっそり来て帰ってましたよね? もっと自信を持ってくださいよ、音和のたった一人のお父さんなんだから」


 軽く言って、ぐっと親指を立てる。おじさんは曖昧に2回ほど頷いて、回れ右してリビングの方へ消えた。


「知ちゃん、できた……」


 入れ違いに音和が下りてきた。男子高校生並の支度の早さだな……。
 んじゃ、メシは学校で食わせるとして。


「おし、忘れ物はない? 行くぞ」


 手を引いて外に出た。手をつないでいるというより、連行感が強かった。


「今日おじさん来るといいな」

「……来ないよ。あたしのこと興味ないんだから」

「そんなことないと思うけどなあ」


 先を早歩きしながら、コンビニかパン屋か。音和の朝メシの店を考える。


「俺は必ず観に行くから。音和がクラスで頑張った姿見たいし」

「……うん」


 わははは。わかってはいたけど、全然元気ないなあ〜〜〜〜〜。う〜〜〜〜〜。


「音和ちゃん、アゲで行かない?」

「……今、どうしたらいいのかわからない……」


 うわ、綾波レイみたいなこと言ってんな。
 心が追いついていないのか。まあ俺も最初はそうだったしなあ。
 仕方ないとはいえ、打ち明けるタイミングを完全に間違った。

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