彼女たちを守るために俺は死ぬことにした

アサミカナエ

9/30(水) 部田凛々子③

「……ちょっと、とんでもなく無理なことを言ってみても?」


 なんだそのアナ雪みたいなセリフ。


「あ、うん。無理でもなるべく可能なことなら聞くけど」

「あれ、やって欲しい」

「最新モノマネのことかな? やべえな。体育の池田くらいしか……イエーーーーー!!! ボコオ!!! サンシャイーーーーッンン!!! イッケーーーダッ、ウアーーーー!!」

「モノマネっていうかそれは池田先生のネタよね。似せてもないしうるさい」

「正論つら!!」


 視線が死ぬほど痛い。もっとおもしろギャグ用意しておけばよかった。猛省。


「で、あれって何?」

「……今ここで、応援演説、して欲しい」


 は? マジで言ってんの!? はっずうううう!!!!
 さっき「ラブレターみたい」って言ったばかりよね!? なんなの凛々姉、乙女なの!?


「……嫌なの?」

「いえいえめっそうもない! 凛々姉のことならなんぼでも褒められるわ〜容易いことでよかったな〜!! ……でも、いいの? 思い出してしんどかったり」

「ううん。あれはきちんといい思い出だから。だからもう一度、聞かせて欲しい。もう一度、あそこから気持ちをやり直したい」

「それなら」


 俺はえりを正して、凛々姉と向き合った。
 にこりと笑って、一礼。


「えー……2年A組。小鳥遊知実です。彼女はいません! あ、部田凛々子さんの応援をします!」


 凛々姉が笑う。
 さて、何を話そうかなあ……。


「高校生の虎蛇会の凛々子さんは……相変わらずとても怖いです。
 中学からアップデートして、今では魔王めいていると感じています。
 あの、演説中は足を踏まないようにね!
 ……アップデートはほかにももちろんあります。
 今は、たくさんの友だち、そして仲間に囲まれて、
 虎蛇会会長として、学校を引っ張ってくれています。
 それは彼女に知性があるから? 天性のカリスマ性? 誰もが羨むほどの美貌のおかげ?
 ……彼女はそんなものに一度も頼らなかった。
 すべて彼女が積み上げてきた、純度の高い努力で成したものだ。
 だから、天才でも魔法使いでも、一朝一夕で虎蛇会は作れません。
 それは、たしかに彼女が人生に粉骨砕身した賜物なのですから」


 まっすぐに見てくれるたったひとりの聴衆に。優しく、続ける。


「上に立つ者はいろんなものを背負わなきゃいけないのかもだけど、もうひとりじゃないよ。いつでも凛々姉が背負ってるものごと背負うから。もうあのときみたいにガキじゃないし、女の子ひとり背負うくらいわけないからさ」


 言い終わってしばらくしても、凛々姉が何も言ってくれなくて、ちょっとずつ恥ずかしさが押し寄せてくる。


「あー……うん。そういうことで、応援演説っぽいものを終わります!!」


 さっさと締めようとすると、やっと、くすくすと笑い声が聞こえた。


「ほら。ラブレターじゃん?」

「ちちちち、ちがいますけど!?」

「……はあ。クサくて笑えて、涙が出そう」

「ちょっと!! 本当にひどい!!」


 本当にひどい!!!(心の中で二度目)


「はいはい!! 今日も疲れたし、早めに帰って休もうね、そうしよう!」


 はい、話を変えようと必死ですよ……。
 くるりと手すりに背中を向けると、凛々姉がぽつりと呟いた。


「……てもいいけど」

「え、なに??」


 ささやく声を拾えなくて聞き返す。
 凛々姉は少しだけ黙ってからもう一度、


「今なら……ハグ、してもいい」


 風になびく髪を押さえる彼女の表情を、暗闇が隠した。


「疲れてるし……」

「!?」


 あ、ハグでストレスがなくなるってやつね。
 あれ冗談だったんだけど、よく覚えてたなー。スベって恥ずかしかったから忘れてほしかったやつだ……
 ってか、ええーーーーーーーー!?
 い、いいいいい、えええええ!?
 やばい、知性が消滅した。
 えっ、こういうとき、男はどうしたらいいんですか??


「……あんたが来なさい」

「はい!! ありがとうございます!」

「なんかむかつくわね」


 5歩の距離のあと、凛々姉の体に恐る恐る腕を回した。
 密着して、彼女が腕に力を込めてくれているのがわかった。

 あはは、そうだよね。
 人類最強だと思っていた人は、腕の中では普通の女の子だった。

 いくらでも、あなたが笑って過ごせるなら。いつでも、応援をしよう。

 ふう。というため息のあとに。


「……小鳥遊知実は、あのときからずっとかっこよかったよ」


 俺のミューズの声が耳元で心地よくはじけた。

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