彼女たちを守るために俺は死ぬことにした

アサミカナエ

9/28(月) 部田凛々子④

 寄り道して音和とジュースを買い、和気あいあいと虎蛇に戻る。しかしドアを開けると、凍りついて立ち尽くす七瀬が目に映った。


「あ、なっちゃん……」


 すがりつくような目を向けられて、浮ついた心が冷える。
 室内を見渡すと、凛々姉が額に手を当て俯き、その両隣では、詩織先輩といちごが立ってその背中に手を置いていた。


「え、なに。どしたの?」


 俺に気づいたいちごが、震える声で言う。


「実行委員が2人飛んじゃって……。お願いしたことが全然できてなかったって、さっき判明して……」


 っ!? まじかよ……。


「飛んだって言っても学校にはいるんだろ」

「それが、2人ともしばらく学校にも来ていないみたいなんです」

「ごめん、あたしの采配ミスだ。担当人数少なかったし、プレッシャーかけちゃったんだと思う」


 それでも、うまくやるから。


「いやいちごのせいじゃないよ。実行委員の人数は多いし、俺たちじゃフォローし切れないところは絶対に出てくる。それより誰かそれ行ける? 何人いたらリカバリできそう? 俺も行くし」

「今からだと4〜5名は欲しいですね……。各自の進捗報告から数名ピックアップします」


 なあ、俺たち、頑張るから!


「だから、あんたがしっかりしないと、どーしようもないんだよ!!」


 凛々姉の腕を揺すって立たせ、顔を突き合わせた。近くでいちごと詩織先輩が息を飲むのを感じる。


「なんか言ってくれよ……」


 どうして凛々姉は俺たちの方を見てくれないのか。虎蛇メンバーの話を、もっと聞いてやらないのか。彼女の心が、いまどこにあるのかまったく見えない。
 動きはないけれど唯一、凛々姉の目だけがゆっくりと赤く染まっていくのに気づき、思わず息を詰める。そのとき、


「……どうせこんなの、あたしじゃなくてもよかったのよ」


 ずっと黙っていた凛々姉が、呪わしげに吐き捨てた。


「こんな小さなグループでいい気になってた。いのの言う通り、あたしは無能だった。小さな学校ですらまとめられない、誰もついて来てくれない。どうせみんな、心の中であたしのこと最低だとか思っているんでしょう!!」

「おいおい、しっかりしろって」

「なによ、ほらみんなあたしを見なさい! 滑稽でしょう? あはは、あんたたちの会長なんて、所詮こんなに弱いのよ!! ……トラブルくらいはなんとかしようと思った。でも、そうじゃない……」


 投げやりになったかと思えば、わなわなと唇を震わせて自分に言い聞かせるようにつぶやく。
 不安定な感情が目の前でくるくると入れ替わるのを見ていると、ずっと感じていた嫌な予感が、どんどん輪郭を濃く形どっていくように思えた。


「なんであたしじゃないの。なんでいのが決めることが通るのよ。なんで……仲間なのに裏切るの? ねえ! チュン太答えて!?」


 そして強く言い切ると、敵を見つけたように、鋭い目は俺だけをがっちり捉えた。

 それでなんとなく理解してしまった。
 後ろから冷たい手で首を締め上げられたように、熱く前のめりになっていた体が萎縮する。


「離しなさい、全てはあんたのせいよ! あんたが中学のとき、あたしを裏切らなければ……!」


 凛々姉はあのころの傷、癒えてなんかいなかったんだ。


 手から力が抜ける。
 いや、体に力が入らない。

 俺のせいで、生徒会長にしてあげられなかった償いをしたかった。
 だから、虎蛇では凛々姉のことを全部バックアップしたいと思ったんだ。
 だけど凛々姉には1mmも伝わっていなかった。
 ……俺のやり方が間違っていたせいで。



「知ちゃんは……」


 震える声で音和が口を開いた。


「知ちゃんは、裏切ったことない!!」


 口を挟み、あまつさえ凛々姉に意見するのは、彼女にとっては勇気のいることだったろう。だけどその口調は、確信めいた強さがあった。


「……お前にはそうかもしれないけど。俺だってそういうこと、あるんだよ」

「ないよ!! そんなことする人じゃないもん!!」


 強く強く、音和は引かない。


「自分のわがままを押し付けるだけ押し付けて、態度を変えたのはかいちょの方なんじゃないの!?」


 その言葉に、俺と凛々姉がわかりやすく凍った。

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