彼女たちを守るために俺は死ぬことにした

アサミカナエ

9/12(土) 小鳥遊知実

 受付を終えて部屋へと向かっている途中で、聞きなれた声に名前を呼ばれた。


「なっちゃん、お久しぶりです〜!」

「あ! エミちゃん!」


 わーいと、廊下の真ん中でハイタッチをする。


「学校はどうですかー?」

「うん、調子いいしめっちゃ楽しい。聞いてよ、もう少しで文化祭なんだけどさ〜」

「あ、それはあとでゆーっくりと聞きますね♡」


 エミちゃんが平手を俺の前にずいっと差し出した。そしてたじろぐ俺に、片目をつむって見せる。


「私、なっちゃんの土日のお世話担当に立候補したんですよ」

「え……そうなんだ?」


 そのときの俺、笑顔が少し引きつっていたかもしれない。



………………

…………

……



 部屋に美原さんが訪れて、退院後のスケジュールを説明された。隔週の土日は病院に宿泊して投薬治療。投薬をしないときも土日どちらかで通院しないといけないらしい。


「俺の自由とは……」

「あんたの優先は文化祭でしょ。他のことは知らん」


 ピシャリと言われてしまった。


「ところで学校では具合は悪くない?」

「会長にイラついて具合悪いくらいですね……体調は平気ー」

「ああ、なんか変わった会長なんだっけ?」

「ちょっとだけ美原さんに似てますよ。美原さんから無邪気を抜いたあとみたいな感じ」

「なんだそれ。写真ないの?」

「……ないです」

「その溜め、持ってるな? んじゃ、数値見たいから検査と一緒に治療に入るわね。ほら、寝な」


 美原さんがエミちゃんに指示を出しているのを見ながら、ベッドに横たわる。


「用意している間に、写真出しときなさいよ」

「!!?」


 容赦ねえー!!
 写真つっても、ファンスタのしか持ってないし。あれ見られるくらいだったら、俺舌噛む!!
 しかし数分後、まんまと女子のパワーで無理やり写真を見られ、めちゃくちゃにからかわれたのであった。



 ┛┛┛



 投薬治療は結構エグい。土日フルで時間を取られる。
 日曜は回復の予備日。急変しても対応ができるように病院に泊まる。
 病院は好きじゃないけれど、帰ると強く言わなかったのは、家にはいちごや柊杏もいるからだった。

 午前中の治療を終えて、ようやく少し身動きが取れるようになる頃には、空はすっかり暗くなっていた。
 できれば動きたくないけど、トイレには行きたい。その思いで体を起こした。枕元の時計を見ると、20時前だった。
 すぐにドアからエミちゃんが顔を出した。


「なっちゃんお待たせ〜。トイレかな?」

「うん、ごめんね」

「いいんだよ、支えるね〜」


 エミちゃんの手が腰を支えてくれて、ふらつきながら、立ち上がった。


「ここでしちゃえばいいのに。面倒見ますよ?」

「花の男子高校生なんで、本当に、むり……」


 スリッパをはくと、意外に立てた。車椅子は必要なさそうだ。エミちゃんもついてくれてるし、歩こう。

 一歩一歩がふらつくため、トイレへの道が長く感じる。
 だけどエミちゃんが腕を絡ませて、近くで支えてくれたから安心して歩けた。


「なっちゃんの治療初めて見たんだけど、結構アレだなーって……」

「えぐいっしょ」

「えぐかった〜」


 正直に苦笑いしていた。静かな廊下に、俺たちの足音が響く。


「でもエミちゃんがいたから、あれでも耐えてたほうよ」

「そうなの? そんな、無理しなくてもいいのに」

「そんなわけにも」

「でも、美原先生には見せてるんでしょ、なっちゃんの弱いとこ」

「まあ……」


 初めての治療のときはひどかったな。顔が吐瀉物と涙でべっちょべちょで。あれ見られたら、もうなんでもいいわって感じになってしまった。


「遠慮しないでくださいね。私も成長したくてなっちゃんの担当に立候補したから。君ってポジティブだから、一緒にいると、私までがんばろうって気になれて」

「え……?」

「二人で過ごす時間も増えるでしょ。もっと頼れるお姉さんになるから、ね!」


 見た目中学生の成人の子が胸を張っているのは、おもしろすぎるし微笑ましい。
 けれど。


「あっ、ごめんエミちゃん……吐く」

「あらあら! ありますよ、こちらにどうぞ〜」


 全然余裕がない俺だった。

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