彼女たちを守るために俺は死ぬことにした

アサミカナエ

2017年 冬⑤

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「凛々子ちゃん。これお店からのサービスよ」


 カウンターテーブルにアールグレイのシフォンケーキと紅茶が置かれて、ついつい顔がほころぶ。隣には、おとなしくなった小鳥遊くんが座っていた。


「プリ◯ュアも強いほうが都合が良さげだったから気づかなかった……」

「別にプリ◯ュアも日常編で怪力自慢はしてないでしょう」


 観たことないから知らないけど。


「セ◯バーは力を欲しがってたのに?」

「いや誰よ……。もー、本当にさっきからあー言えばこー言ってうるさいな。あんた本当にスズメみたい。チュン太でいいわ」

「え、やだよそんなカッコ悪い通り名!」

「通り名じゃない!」

「もっとあるでしょ、“震威《しんい》の語り手”とかさあ!」

「よくポンポンと出てくるわね。普段からそんなことばかり考えてるの?」

「ううん、思いつき〜!」


 頭にチョップを落とそうとして、直前で手が止まる。肩をすくめて頭を抱え、片目でこちらを伺い見ている小鳥遊くん。
 この子、ちょっとは弁が立ちそうね?


「まあいいわ。ねえチュン太って、学校どう? その、クラスとか、友だちとか……」


 小鳥遊くんはおそるおそる腕のガードを解いて、顎に手を当てて考え込む。


「んー、男子とは結構みんなと仲良いかなー。女子も話すことは話すよ?」


 あたしよりもきちんと友人関係を築いてそうね。ちょっと癪だけど。


「そう。じゃああなたに指令があります」

「え、指令?」

「3月。生徒会長の選挙があるんだけど、あたしがそこに立候補します」

「うん」

「そこで、あなたにあたしの応援演説をして欲しいの」


 平常心を装って、一気に捲し上げた。


「? 何すんのそれ」


 1年だからわからないか。でもここは断られないように、慎重にそれっぽい説明を……。


「全校生徒の前で、いかにあたしが素晴らしいかを説くのよ」


 小鳥遊くんは少し黙って考えたのち


「えーーーーーーー!?!?!?」


 本日二度目の絶叫をした。


「え、なんで俺? しかもお願いじゃなくて命令!?」

「そうよ」

「だって、俺1年生だし、選挙?も初めてだからどうしたらいいのかわかんないよ!」

「知ってるわよ。でも2年生だって去年一度しか体験してないからみんなやり方なんて忘れてるし、どうしたらいいのかわからないのは一緒よ」


 対抗安達くんの応援演説の人は、経験豊富だけどね……。


「やだよーーー無理だよーーー」

「もちろんあたしもお礼はする。チュン太にお願いしたいの!!」

「えー、なんで俺なの? 1年なんか出たら凛々姉が笑われちゃうよ!」

「っ!」


 あたしにはお願いできる人がいなくて、仕方なく、小鳥遊くんを誘った。けど、小鳥遊くんは自分が嫌だからじゃなくて、あたしのことを考えて断ってくれてたんだ。
 ちょっと悪かったかも……。でも、だったら改めて、この人にお願いしたい。


「……わかった。ちゃんと理由を話す。聞いて?」


 こうなったらあたしもカッコつけていないで、きちんと自分を見せて向き合ってみよう。

 あたしが生徒会長になりたかったこと。
 中学に入ってからはそれだけを目標に頑張ってきたこと。
 自分の成長ばかり優先して、友人関係をおろそかにしていたこと。
 こんなとき、頼れる人が一人もいないこと。

 全て正直に、小鳥遊くんに話した。
 怖くて手が震えている。
 それをもう片方の手で止めようと握りしめるけど、体全体が震えているから、止まるはずがない。


「小鳥遊くんに頼みたいと思ったのは、あたしのことを知ってくれているし、心に届く話し方をするなって感じたから。あたしに持っていないものを感じたの」


 小鳥遊くんはなにも言わない。
 ただちょっと困ったような表情で、目の前のお茶をもてあそんでいた。


「……でもなんかごめん。久々に会って、話重すぎるか。ほんと、さっきまでそんなつもりはなかったのよ。だけど少し話してみて、学年とか関係なくて。思い上がりかもだけど、あたしのことを少しでも考えてくれる人に、応援演説をお願いしたいなって思ってしまったんだ」


 人んちでテンション上がって、自分のわがままを押し付けて。恥ずかしい。


「あ、あたし帰る。今日のことは忘れてっ」


 急いで立とうとすると、ぎゅっと腕を掴まれて引き戻された。


「忘れねーし。じ、事情はわかったよ、凛々姉」


 腕を掴んだまま。ぶっきらぼうな声で、顔は前を向いていてよく見えない。


「凛々姉が俺がいいって思ってくれているなら、ちょっとでも助けになりたいかなって、思ったかも」

「……うそ。いいの? ほんとに?」

「でも俺、作文書くの苦手だからね! 先に言っとくけどっ!」

「いいよっ、一緒に考えようっ。ありがと、ありがとう……っ!」


 いつの間にか体の震えも止まっていた。なんとか動けると思ったら、急にホッとしたのかも。
 スウェットの胸を引っ張って、目元を拭った。


「よし、あたしは文武の才を持つ女。絶対に負けない! よろしくね、小鳥遊くん」


 小鳥遊くんはニコリと笑った。


「なんだよもー。チュン太、なんだろ?」

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