彼女たちを守るために俺は死ぬことにした

アサミカナエ

8/12(水) 月見里 蛍④

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 目的の駅で降りて、またタクシーに乗り、30分ほど走った山の中で降りた。
 田舎道を二人、手をつないで歩く。道はあるが、舗装は適当なものだ。
 ほたるはかわいらしいワンピース姿だが、ちゃんとスニーカーを履いてるあたりえらいな。
 ニューバランスのスニーカー。その真新しさに、今までろくに使われていなかったことを感じて、思わずぎゅっとほたるの手を握りしめた。
 ほたるが俺を見上げた。


「しんどくない?」

「うん」


 穏やかな表情で、しっかりと頷いてくれた。
 初めて会ったときはずっと無表情だった彼女が、こんなにも豊かな表情を見せてくれるとは思わなかった。本当に、うれしい。

 少しだけ空の色がくすんできた。夜が始まる前に着くだろうか。
 スマホを開いて地図を確認する。電波は1本と2本の間を行ったり来たりしている。頼りないぜ……。
 帰りが辛いから、夜がふけないうちに着いておきたいのだが。


「……しあわせ」


 ぽつりと、隣でほたるがつぶやいた。つないだ手を、親指で何度もなぞっている。


「もう病院から出ることはないと思ってた」

「そうかい」

「ん。彼氏に、なってくれる人も」

「そんなことないよ。ほたるはかわいいし」

「……恋人バカ?」

「そっ! ……うかもー」


 否定しかけてやめた。和やかな空気を壊すようなことでもない。
 幸せな時間をゆっくりと歩くのは気持ちよかった。


「ごめんな、この辺のはずなんだけど……」


 目的地はもうすぐのはずだけど、全然、看板が見えない。
 空が暗くなるにつれて焦りが襲ってくる。


「……こんなところで、何するの?」

「それは着いてからのお楽しみ」

「死ぬ、以外?」

「だよ!」


 これで、ほたるの顔は大マジだから困る。


「……そか。幸せのうちに、死にたかった」

「残念そうな顔するなよ……」

「ん……」


 その足取りが急に重くなる。
 ほたるに喜んで欲しくて、選んだのに。
 ……仕方ないな。


「蛍、見たことある?」

「?」

「ああ、ほたるじゃなくて、本当の蛍」

「……ううん」

「普通は6月がピークなんだけど、この変わった時期に蛍が見られるところも少しだけあってね」


 ちょうど見つけた看板を指差すと、ほたるの目がそれを追った。
 そして、ぴたりと。彼女の足が止まった。


「ん? どした?」


 手を引くが、かたくなに動かない。


「ほた……」

「私」


 つないでいた手が振りほどかれた。ぽかんと、軽くなった手を見て、ほたるに目線を移した。


「自分の名前、嫌いなの」

「……え?」


 ……予想外すぎた。
 ただ、元気づけようと思っていた。


「小鳥遊くんは蛍の、寿命、知ってる?」

「えっ……」

「1週間」


 まずい。


「……皮肉だよね。なんでこんな、短い寿命の虫の名前なのかな? 私」

「……ほたる」

「そのせいで、こんな運命なんじゃないかなぁ!」


 連れ出すべきじゃなかったのか。
 苗字では盛り上がったし、もっと喜んでくれると思ってた。
 いや、喜んでくれることしか考えてなかった。
 どうしよう。
 それがまさか、地雷だったとは……。

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