彼女たちを守るために俺は死ぬことにした

アサミカナエ

7/19(日) 葛西詩織⑫

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 葛西先輩の虎蛇存続を聞いたあとは、「じゃ、家族の話は家族でどうぞ」と言い残し、凛々姉は颯爽と部屋を出た。自然に俺も出ることになったけど、もう不安はなかった。

 肩の荷もおりたことだし、ひとりでテラスに出て海を眺めていた。
 深い闇に包まれた海の音。足もとの蚊取り線香の香り。普段から目にするものばかりだけど、いつもと少し違う空気が気持ちいい。今は何も考えたくなかったからちょうど良かった。

 しばらくすると、庭の車のライトが光り、そのまま車道に消えて行くのが見えた。
 先輩……。体調が落ち着いたらふたりで話したいな。あと土下座してでも、ちゃんと許してもらわなきゃだな……。


「小鳥遊くん」


 そんなことを思っていたところに、背後から声をかけられた。振り返ると、いちばん話したかった相手が、薄手のショールを肩にかけて立っていた。


「具合はいいの?」

「小鳥遊くんの姿を見かけたから、ちょっとだけと思って……」


 夕方と同じ位置に、先輩と並んで立つ。


「あれ、なんか雰囲気変わった?」

「汗かいちゃったんで……シャワー浴びてきたんです」


 照れて頬を両手で押さえる仕草が可愛らしい。


「話せてよかった……」


 先輩のつぶやく小さな声もよく聞こえるほど、静かだった。
 あ、違う。夕方より少しだけ、距離が近くなってるんだ。


「あれから、お父さんとお母さんの方は?」

「あまり本調子ではなかったんですけど、思っていること、ちゃんと話しました。すごくスッキリしました」


 目は少し腫れてるけど、本当に晴れやかな声だった。


「そか。もう大丈夫だな」


 時間はかかるかもしれないけど、これから先輩は虎蛇でもっとうまくやれるし、家族ともきっと仲良くなれるんじゃないかな。


「あと……」

「? あと?」

「小鳥遊くんのこと、気に入ってましたよ」

「ぶっ!!!」


 牛乳飲んでたら鼻から出てたな! でも、人に好かれるのは悪い気がしない。


「うちにお嫁にきます?」

「ふぇっ!?」


 せせ、せんぱい!?!?


「うちの本家大きいですし、玉の輿だと思います。ただ、鹿之助がちょっとうるさいかもですけど」


 脳内に突如、鹿之助さんに尻にしかれる俺!の絵が浮かび上がって震え上がった。


「くすくす。顔に出てますよ? では冗談はここまでにして」


 冗談かよ!
 でも万が一そんな未来が本当に来たら、なんだかんだ幸せなんだろうな。


「では、もうひとつの昔話、聞いていただけますか?」


 と、俺を伺うように見上げる。


「え……うん。もちろん」

「ありがとうございます」


 彼女は安心したように、肩からかけていたショールをかけなおした。


「ここに住んでいた話、しましたよね」

「うん」

「なにせ小さかったもので曖昧だったんですけど、夏休み前の虎蛇会で、小鳥遊くんと野中くんの会話を聞いて私も思い出したんです」

「幽霊のカタちゃんの話?」

「はい」

「あれの正体、野中だったんだって。先輩も野中に会ってたの? ということは、初恋って野中!? まーあいつイケメンだしな。あ、じゃあ俺と先輩もあのころ、どこかで会ってたかもだな~!」


 興奮して喋りまくる俺とは対照的に彼女は薄く微笑んだままだった。


「……先輩……?」


 どうしてそんなに、悲しそうに笑うんですか。

 “フラッシュバック”。

 ……なにかが頭の中で通り過ぎた気がした。


「……えと。もしかして俺たち、本当に以前会ったことが?」


「うん」、って。でも悪いけど、俺、女の子とは音和としか遊んだ覚えがない……。


『昔はショートパンツにキャップで』


 ……あれ?


『“詩織”って呼ばないでください』


 は? まさか、嘘だろ……。


 驚きのあまり腰がくだけるように崩れて、テラスの床に座り込んだ。
 そんな俺を上からぼんやりと見つめていた先輩が、そっと手を差し出す。

 恐る恐る自分の手を伸ばす。指の腹が彼女の小さな爪にコツンと当たった。

 初めて握った手は、思った通り小さくて薄く、冷たくて儚い。でも、確かに存在している。
 先輩が生きてることを、初めて感じられたんだ。




『おいお前! なんて名前なんだ?』

『かさいしおり』

かたい・・・? ふうん。じゃあ、カタちゃんな!』





「カタ……ちゃん?」

「やっと思い出してくれました?」


 先輩の満足げな顔を見て、数年前の記憶の片鱗やっと見つかった気がした。

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