彼女たちを守るために俺は死ぬことにした

アサミカナエ

6/7(日) 芦屋七瀬⑤

 眠っていたじいさんのまぶたがぷるぷると震え、ゆっくりと開いた。そして老人は呼吸器を外すようにと、目で訴えた。


「……ふう」
「お、じいちゃん、これっ」
「話すのに、邪魔だから、な」


 呼吸器が外され、ニヤリと片方の頬を吊り上げる。


「お父さん!」
「みんな揃って……悪いな……。遺言は、あとりえの……ばあさんのミニ仏壇の中じゃ。シクヨロ、な」


 長男らしきおじさんにゆっくりとした動作でウインクをする。次にその瞳は七瀬を捉えた。


「ナナ、ちゃん……聞き捨てならないから……生き返ってしまったわ」
「おじいちゃんごめんね、ごめん。あたし、おじいちゃんを喜ばせたくて化石探してたけど、見つかってなくて!!」


 早口でそう話しながら、七瀬はじいさんの手をぎゅっと握った。じいさんはかすかにうなずきながら、七瀬を見つめる。


「そ、それで、落ちてきた岩を粉砕しようと思って、アトリエにあった爆薬に火をつけてみたんだけど……爆発しなくて。おじいちゃんの爆薬も、あたし、ダメにしちゃったぁぁぁ」


 そして握っている手に額を寄せて、彼女は泣いた。
 親族たちはぎょっとした顔をしていたが、先ほどごちゃごちゃ言っていた男は俺の隣で「チッ」と分かりやすく舌打ちをしたので、もう一回睨んでおいた。

 告白を聞くと、じいさんは目を瞑って大きく深呼吸をした。それが亡くなる前の最後の呼吸なのかと、全員が息を飲む。
 しかし、じいさんの呼吸は止まらなかった。そればかりか、心底うれしそうに笑った。


「ふふふふ……ふふふ」
「おじいちゃん……?」
「ああ。ごめんねナナちゃん。……おじいちゃんは、嘘をついていたんだ」


 優しい視線が孫に注がれる。


「アトリエの爆薬は、爆発しないんだよ。なにせレプリカ……だからな……」


 七瀬は何度も瞬きをしていた。


「ど、どうしてそんなものが、アトリエに……」
「ちょっと、悪い仲間との……趣味の遊び、かな」


 くすくすと笑って長男のおじさんを見た。


「恥ずかしいことだ。……本当は最後の化石なんかを探していたんじゃない」


 ふうとため息をつき、ゆっくりと言葉をつなぐ。


「……本家仏壇の奥だったかな。そこに化石も隠してある。……それもよろしくな」
「と、父さん! なんで隠していたんだ!! 世界にとっての大発見だというのに……!!」


 おじさんがじいさんに詰め寄っると、ばつの悪そうな顔をして白状した。


「……あそこを掘り続ける理由が……必要だったんだ」


 隣の男も口を開けていた。部屋にいた全員があっけにとられてじいさんの次の言葉を待つ。そしてじいさんは続けてその名称をつぶやいた。


「指輪、だ」


 じいさんの手を見る。指輪はもちろんはめていなかった。


「ばあさん……との指輪を、あの事故で落として……な。それをばあさんに隠して、化石を拾いに行くと言って……ずっと探していたんだよ」


 愉快そうに笑うじいさんの声だけが病室に響く。


「……悪ふざけは……もう、おしまいだな。天国で正直に……ばあさんに謝るよ」
「おじいちゃん!!」
「じいさん!」
「お父さん!!!」


 はっとして俺は肩にかけていたかばんから麻の採掘袋を取り出した。
 っていうか。


「……じいさん、指輪ってコレ?」


 くすんだシルバーのわっかをつまんで見せた。
 じいさんの目が丸く見開き、それに釘付けになる。


「それなら七瀬がバッチリ採掘しました」


 そして指輪を七瀬に渡す。


「……あ、これっ」
「掘ってるときに出てきたものとりあえず袋にぶち込んでたじゃん。その袋に入ってたの」
「でもこれ、なっちゃんの袋に……」
「俺は掘り出した記憶がないから、お前しかいない」


 ぽんと背中を叩いてやる。七瀬は体操服の裾できゅきゅっと指輪を磨くと、
じいさんの手に、汚れて形も歪んでしまったそれをのせた。
 指輪を顔の近くに寄せる力もないのだろう。仰向けで目を瞑ったまま、その、手触りを大切そうに確かめていた。


「……ああ、生きているうちに戻ってくるとは。よく、この手の中に……返ってきてくれたね……」


 つつと、老人の目の端から涙が流れた。


「ふふっ。世界的な発見よりも、わしにとって、なによりも価値がある……。ありがとう、ナナちゃんと……いけめん、くん……ゴホッ!!」


 じいさんの身体が少し浮いたと思うと急に咳き込みはじめた。


「看護師さん呼んで!!」
「ちょっとみんな部屋から出て!!」


 中にいた人々が狼狽しながら移動をはじめる。


「おじいちゃんっ!!」
「大丈夫、また落ち着くさ」


 名残惜しそうに病室の中を見る七瀬の手を引いて廊下に連れ出した。
 かわりに看護師さんと医者が入り、目の前で病室の扉が閉まった。

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