彼女たちを守るために俺は死ぬことにした

アサミカナエ

6/7(日) 芦屋七瀬②

「……で、なにやってんすか七瀬さんは」


 発掘現場で、先日崩れてきた岩の上に座り込んで作業をしていた女子の背中に声をかけた。


「危ないから避難しろと言ったハズだけど」


 七瀬の声は落ち着いていた。落ち着きすぎて怖いくらいだ。


「爆発ってどういうことだよ」
「この岩のせいでもーぜんぶ台無しよ。だから壊す」


 岩の上に立ち上がって周りをきょろきょろと始めた。足元に木箱があるのが見えた。


「……爆破させればきっと、岩も粉々になるはず」


 再びしゃがみ込んで、作業を続ける。


「えっと、それって化石まで全部吹っ飛ぶんじゃないのか?」


 その肩に手をかけて引こうとするが、ものすごい力ではねのけられて面食らってしまった。


「うるさいうるさい! そのときはそのときよ! おじいちゃんとあたし以外が最後の化石見つけるなんてゆるさない、ざまーみろよ!」


 振り返った彼女は、さっき一緒に喜び合った人とは別人のような形相をしていた。俺のことを威嚇しながら、ポケットからごつめのライターを取り出す。


「もう疲れたよ……。おじいちゃんはすごいね……」


 カチッと音を鳴らして炎を発生させる。俺は思わず手を伸ばし、その腕を握った。


「離して!」
「ヤケになるな!」
「なってない。今日は校舎には誰もいない日だから絶好でしょ」
「違うって、自暴自棄になるなってことだよ!」


 力ずくでライターを奪い、それを取られないよう上に掲げる。


「なに……それっ」
「根性だけはあるって、お前さっき言ってたじゃん、諦めるなよ!」
「でもっ! さすがにこれは無理だよ、絶対探せないよ!」


 たしかに、ここから探し物を見つけるのは簡単じゃない。


「だけどお前のじいちゃんはこんな広い山で化石を見つけたんだろ? その孫がなに弱気なってんだ」
「そんな、でも時間がっ……」
「まだ生きてるだろうが。見つかるかもしれない可能性をお前が壊していい理由にはならない!」
「も……無理だよ……」
「それに何度も言うけど、お前の力になるから!」


 見つけるまで、とは約束できなかった。自分の寿命が今回ばかりは恨めしい。


「なんで……そこまでしてくれるの……」


 七瀬の手が伸びて俺の体操服を握る。母親と離れるのを不安がる赤ん坊のように、ぎゅっと、強く。


「虎蛇会の仲間だからな」


 大きくわかれた前髪からのぞく額を、指で軽く突く。


「それに俺は、生きている間に見つからなくてもいいと思ってるんだよ」
「はっ?」


 患部を押さえながらさっそく難色をしめしている。分かりやすいやつだ。


「お前の言うことももっともだと思う。でも、七瀬が諦めずに頑張ってるって事実だけで充分じゃないか」
「だめだよそれじゃあっ」
「じーちゃんなら、お前が絶対見つけてくれるって安心するでしょ。心残りって、信頼と希望でも解消できると思うんだ」


 おとなしくなった七瀬の頭をくしゃっとかき乱して、岩を見た。
 あんな木箱ひとつでまったく……。
 ってあれ? 俺、ライターどうしたっけ?


「あ」


 持っていたはずのライターが足もとに落ちていた。
 そして偶然にもそこに七瀬が持っていた導火線も落ちていた。

ジジ……

 わあ、嘘みたいに燃えてる。
 音を立ててヘビのようにうねって進むそれに一瞬見とれてから、七瀬の手を取った。


「ごめんなさい」
「ええっ?」


 爆発までに退散、間に合うかな!?!?


┛┛┛


「つ……ついたぞ……降りろ……」


 脱出する途中で、ひねった足が痛いとゴネるクソ女をおぶって走り、ぶじ、校門に辿り着くことができた。


「ご苦労~! さすが男子、早かった~!」
「うるせえ、誤魔化されねえからな!」
「なによ。背中で豊満な弾力を楽しんでいたくせに」
「え、マジでごめん。それなんの話?」


 後ろでボカボカと殴る七瀬を下ろし、ぺたんと座り込んだ。息が切れて、死にそう。


「で、なんだよ、あの木箱」
「爆弾」
「いや、サラッと言うけど! そんな物騒なのどうやって調達したんだよ」
「ネットや倉庫舎の書庫の本で勉強して作ったのよ」
「は!? お前そんな頭よくねーだろ」
「失礼ね、理数系は得意だっつの。でも、さっきのは半分嘘」
「嘘かよ!」


 山を気にしていると引っ張り起こされた。そして七瀬は前を歩きだす。


「おじいちゃんのアトリエで見つけたのよあの箱。もちろん、どういうものかとか使い方はちゃんと調べたよ」


 そしてあごに手を置き、首をかしげた。


「量の加減とかまったくわからなかったから、多めにしたんだけどねー」
「……それで七瀬」
「うん」
「いつ本体に火がつくの」
「……爆発しない、ね」


 二人で山を見上げた。
 あれから10分以上は過ぎているはずなのに、裏山はいつも通り、平和そうに鎮座している。


「どういうこと……?」


 七瀬の足が止まった。


「導火線もチェックした……。中身だって、問題ない……」


 ブツブツと下を向いてつぶやいている。
 そんな彼女に声をかけようとしたとき。


「お前らなにしてる!?」


 大声とともに男性教師がひとり駆け寄ってきた。


「2年か。裏山の爆発予告があったんだ。いたずらだと思うが、あぶないからお前たちもグラウンドに避難しなさい」
「はい……行こう七瀬」


 教師に悟られないよう、怖がるふりをして肩をすくめた。


「なっちゃん……どうしよう……あたしおじいちゃんの、またダメにした……」


 俺を見上げる七瀬の顔は青ざめていた。
 すぐに否定しようとして、教師が不審そうに俺たちを見ているのに気づいた。視線から逃れるために七瀬の腕を引き、教師に背を向けて無理やり歩き出す。失敗に震え、足もとがおぼつかない彼女に言葉をかけるかわりに、力強く前を歩いた。

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