彼女たちを守るために俺は死ぬことにした

アサミカナエ

6/7(日) 体育祭③

 そして俺は、ロングのヅラとミニスカートのドレスを身にまとい、スタートラインに立っているわけだ。


「や、ばい。知実くん、抱きしめたいっ……!!」
「あとでいくらでも抱きついてやる!!」


 目をキラキラと輝かせているいちごに言葉でセクハラする。
 外野からも可愛いの野次が飛ぶが、ほぼヤローだ。そんなの俺は求めていない!


「あーっはっはっは! いい眺めよチュン太ちゃーん!!」


 走者側で野次を飛ばす生徒会長の思惑通り、つまらなそうなリレーも女装の変態こと俺の登場で、生徒全員の目が釘付けだった。
 隣を見ると、鈴見がニヤニヤしながら俺を見ていた。
 気持ちわりい。余裕ぶっていられるのも今のうちだ。


「位置について!」


 ピストル係が手を上げる。
 クラウチングは無理だからスカートの裾を握り締め、せめて低姿勢を取った。

パアアン!!

 スタートの合図と同時に駆け出す。
 自分の走る前に、鈴見はいなかった。

ワアアアアアア!!!

 外野がわく。このままトップを死守してやる!
 長い毛が顔に貼りつくのを耐えながら、がむしゃらに前に進む。


「っ!?」


 頭が軽くなり、冷たい空気に髪の毛が触れた。

ワアアアアアア!!!

 外野がさらにわき上がった。


『おっとー文化祭実行委員(仮)のカツラが取れて、生徒会走者に直撃したーーっ!!』


 どうやら俺のウィッグが鈴見の邪魔をしているらしい。超ラッキー!!
 上体を斜めにし1周目最後のコーナーのなるべく内側を駆ける。いちごがスタートラインで俺を待っていた。


「知実くんこっちー!!」


 ぴょんと飛んで叫ぶと身体を前に向けて全速力で走り出した。

 おいマジかよ早くね!? くそ、追いつけるか!?
 俺も最後の力を振り絞り、走った。
 テイクオーバーゾーンを過ぎてバトンを渡すと失格になってしまう。懸命にバトンを持った右手を前に突き出した。


「うおおおおおおおおおおおっ、いちごっ!」


パシッ!!

 バトンはいちごの手に吸い付くようにして渡った。そのとたん、歓声が上がる。


「ハア、ハア、ハア……」


 立ち止まって息を整えていると歓声がさらに大きく、割れるほどに響いた。
 顔を上げて周りを見回すと、トラックの最終コーナーをもういちごは駆けていた。


「うそだろあいつ……」


 生徒会には半周も差をつけていた。七瀬も急いでスタート地点に向かっている。


「くっそー、休みなしかよ!」


 俺はそう言い捨てて、スタート地点に走った。
 笑顔がこぼれる。
 そしていちごから七瀬にバトンが渡った。


 ヅラでペッタリしていた髪をかきむしりながらスカートを脱ぎ捨て、走者が待機するグラウンドの内側に戻ると、会長といちごが七瀬の姿を目で追っていた。
 俺もすぐに状況を確認するが、七瀬の走りはやっぱり普通の女子より少し遅いようだった。顔はすでに上を向き、呼吸が聞こえてくるほど苦しそうだ。


「……っ!」


 せっかく開いていた差がどんどんと詰まっていく様子を見て、会長が苦い表情になる。たまらず俺は会長の隣に入って叫んだ。


「会長、七瀬は……!」
「頑張ってるね、芦屋」
「!」


 一瞬だけ俺を見た会長の目に、責めている様子はなかった。


「七瀬ちゃんがんばーー!!」


いちごが一生懸命叫ぶ。


「七瀬ちゃーーん!!」
「芦屋ーーっ、あと少しーー!!」


 会長も口の横に両手を当てて大声を出した。
 その声が届いたのかどうかは知らない。でも、苦しそうな顔で走っていた七瀬は、ぐっとあごを引いて前を見据えた。


「七瀬ー! がんばれーー!!」
「大丈夫、いけるぞ七瀬!!」


 クラスからも声援が飛ぶ。
 しかし同じように、どんどん詰め寄る生徒会の応援も盛り上がっていた。

 俺も声援を飛ばしながらスタートラインに立った。あとは七瀬が来るのを待つだけだ。
 隣を見ると副会長の八代が屈伸をしていた。


「さっきはヒーローだったじゃないですか」


 走者と俺を交互に見ながら八代が話しかけてきた。


「……女装服を常備している生徒会おたくってどうなの」
「生徒会長の趣味でね。女顔のきみのことを、いたく気に入ったようで」
「それは迷惑な話だな」


 最終コーナーに七瀬が入った。


「……音和の借り、返すから覚悟しとけよ」


 そう言って、八代を睨んだ。


「言っている意味がわからないですね」


 走者を目で追っていた八代も俺と目を合わせてうすら笑う。

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