彼女たちを守るために俺は死ぬことにした

アサミカナエ

5/29(金) 穂積音和

「おっかえりなさーい!!」
「……ただいま」


 腹減ったのでカフェから入ると、いちごが迎えてくれた。今ではもう、ほとんど毎日バイトに入ってくれている。


「知実くん知実くん、ごはんにするー? お風呂にするー?」


 ぴょんぴょん跳ねながらまとわりついてくる。


「それとも、あ・た・た?」
「お前」
「アタァーーー!!」


 なぜかみぞおちを突かれた。
 いちごは客に呼ばれて行き、俺はその場にうずくまって生死の境をさ迷っていると


「知実くん、知実くん」と、声をかけてくれたのは常連のお客さんだ。


 ひとりで来ていたその人の席の前によろよろと立つ。


「あ、どうも。いつもごひいきにありがとうございます」
「いやー知実くん、あの女の子誰だよ!」
「いちごですか? 最近入ったんです」
「可愛いよねー。君の彼女?」
「いや、同級生っす……」
「そうなのぉ? いい子見つけたね、よっ色男ッ!」
「ああ、どもっす」


 いちごは笑顔で席をくまなく回っていた。本当によく働く子だ。


「で、付き合ってないの?」
「はは。俺には勿体ないんで」
「ふーん、じゃあおじさん狙っちゃおうかなー☆」
「絶世の美女ゆかりさんって、おおらかなんですねえ」
「つ、妻の名前をここで出すのは反則だよ!!!!!!」
「あれれ~? おじさんビールもうないですよ。いちご! 瓶追加で」


 瓶を振って空アピールをする。


「はーい、ありがとうございますっ」


 店の奥でいちごが声をあげた。


「あっ、もう終わりにしようと思ったのにー」
「ゆっくりして行ってくださいね」
「君にはかなわないよまったく」


 俺はにっこりと笑って席を離れた。
 そのまま厨房に顔を出すと、手を拭きながら母親が心配そうに近づいてきた。


「知、病院大丈夫だった?」
「うん。今日は体調いいし」
「良かった。つらくないなら良かった」


 母親はタオルで涙をぬぐった。……心配かけてるな、俺。


「満席だけど手伝おうか」
「いいわよ、座ってて。悪いけどごはんは少し落ち着くまで待ってくれる?」
「大丈夫。やっぱり手伝うわ」


 母親にそう告げ厨房を出た。
 家につながるドアを開け、階段を上がり扉を開けると、リビングで子どもが三人でもつれ合って遊んでいるところだった。


「ってなに馴染んでるんだよ音!」
「はっ!」


 日野家のご子息ご令嬢が、あの音和に馬乗りになっていた。
 しかし、俺の姿を見るなりまた固まるちびっ子たち。


「ほら知ちゃんが大きな声出すからー」
「あ、ごめん……。ただいま」


 やっぱり自分ちなのに気を使う俺。
 子どもたちは音和を見上げる。


「いい? 知らない人にはまずあいさつからだよ」


 自分ができないこと教えててなんかシュール。
 子供たちは顔を見合わせて、俺を見上げた。
 うーん。でかいから怖いのかな……。
 俺はひざを折って子供たちの前にしゃがみこむ。


「小鳥遊知実です。16歳です。よろしくお願いします」
「ひのしゅうです、5さいです。よろしくおねがいします」
「ひのあんずです、5さいです。よろしくおねがいします」
「よしよし。柊と杏か、いい子だ」


 微笑みながら両手を二人の頭に置いて撫でてやると、二人はようやく笑顔を見せてくれた。可愛いは正義だけど、さっさと支度しないとな。


「音和。悪いんだけど、店が落ち着くまで手伝ってくるから待ってて」


 音和は頬を膨らませた。


「今日のことちゃんと話さないと、あとでボコす」
「おいお前ら聞いたか? このお姉ちゃんのほうが俺より怖いぞ」
「ちょっとやめてよ知ちゃん!! みんなであの人ボッコボコにしようねー!」
「「はーい」」
「はーいじゃねーから!」


 音和に教育を任せたらだめだ。バイオレンスな子になってしまう!
 俺は立ち上がってかばんを抱え、部屋に戻った。
 携帯の電源を入れると、音和からの新着メールは1時間前で途切れていた。


┛┛┛


 21時に日野とふたりで仕事をあがった。
 日野はちびっ子を連れてすぐに帰ったので、リビングには音和と二人きりだ。
 音和はテレビを見て、俺はメシを食っていた。


「ねえ知ちゃん」
「うん?」


 食いながら返事をする。音和はテレビから目を離さずに続けた。


「あたしのこと、避けてないよね?」
「うん」
「でも、今日だってひとりで帰った」
「……ちょっと用事があったんだよ」
「ひとりで?」
「ひとりで」


 ……納得してなさそうな顔してんなー。


「……日野さんが来てから知ちゃん変わったよ」


 小さくつぶやく声に、俺は箸を置いた。
 その音に反応して、音和もテレビを見るのをやめる。


「こないだ休んだろ。あれの薬をもらいに病院に行ってたんだよ。おじさんにも会ったから聞けばいいよ」
「だったらあたしもついて行くのに!」
「音和」
「……怒らないでよ。心配なの。貧血、大丈夫?」
「とりあえずはな。だから意味なく日野を毛嫌いするなよ。お前イヤなやつだぞ?」
「……ごめんなさい」


 さっき日野が上がってきたときも、目も合わせようとしなかった。
 こいつの人見知りは人見知りじゃなくて、自分から歩み寄ろうとしないだけだ。
 だから心を許す俺に依存してしまう。
 今、依存されるのは別にいいけど、俺がいなくなったとき、コイツはどうするんだろうか。
 音和の目に涙が浮かぶ。


「明日、日野さんにちょっとだけ謝る」
「ちょっとだけってどんなだよ(笑)。でもいい子だ」


 頭をぐしゃぐしゃと撫でてやる。涙をこぼしながらもえへへと笑った。
 まったく……小学1年生と同レベルだな。
 それでも、自分から謝ろうとする姿勢は素直にほめたかった。

 お前は何様だって思われるかもしれないけど、こいつには叱ったり褒めたりする人がいない。だから俺がその役目をしてきた。
 それだけなんだ。

コメント

コメントを書く

「学園」の人気作品

書籍化作品