彼女たちを守るために俺は死ぬことにした

アサミカナエ

5/20(水) 日野 苺

♫ 音♫
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帰ったらメッセぷりぃず
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16:57


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       アタシトモチャン。

       今、アナタノ
         
       後
       ロ
       ニ
       イ
       ル
       ニ
       ョ
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       18:21
       既読


 メッセージを送信してスマホのタイムウォッチ機能に変える。そしてちょうど10秒後、「きゃあああああ!!」という叫び声が隣んちから聞こえた。
 ガラッとベランダの窓が開き、2階から半泣きの音和が顔を出す。


「知ちゃんひどい!! なにあれびっくりする!」
「ひどいのはどっちだ。俺の名前がちゃんと出ているだろうが。語尾も可愛いのに」


 うう。と言葉を返せずにいる音和は、足元にあったのだろう植木鉢を投げつける。
 そいつは俺のわずか10センチ横で破裂した。


「こら、モノを投げてはだめでしょう! しかも鉢植えおじさんのじゃないの!?」
「知ちゃんが悪い! ちょっと待ってろファッキン」


 物騒な捨て台詞の後、すぐに玄関から音和が出てきて俺の腕に飛びついた。


「今日は知ちゃんち行くっ!」


 ……。
 いつもなら「ばかやめろくっつくな!」とさっさと手を払いのけるのだが、今それをやると告白を意識しているように思われるんじゃないかという自意識が邪魔して、動けない。


「どしたの?」
「いや、なんでもない。ちょっと頭痛がして」
「また? 病院行った?」
「行ってねー。おじさんには内緒な。つうことでお前は俺の身体を支えてろ」
「え? あ、うん」


 まあ、今日はちょうどいいか。
 ふらふらとした足取りで、隣の我が家に帰った。


┛┛┛


「しゅうのばかー!!」
「なんだよおれのだ!」
「ちがうし、あんずがもらった!」
「こえだちゃんはおれのよめだ!」
「ぎゃーーん!!」


 静かなはずのうちが、ちびっ子たちでカオス化していた。
 何も知らない音和は、ぽかんとして固まっている。
 そんな俺たちに気づいた男の子も、固まった。


「た、ただいまっ」


 さわやかな笑顔で挨拶する。


「お……おねえちゃああああん!!!!」
「おねえちゃんどこーーーおねえちゃーーー!!!」


 二人は走って階段をおりて行った。


「……」
「この世の終わりみたいに泣いてた」
「うっせーな! なんで俺のエンジェルスマイルが効かないんだよ!?」


 なんだよあいつらマジ失礼!

 リビングのガラス扉をスライドさせるとすぐ階段で、下りて右にカフェにつながる扉、まっすぐ進めば玄関がある。

 おりて行った子どもたちを探そうと階段の下をのぞくと、カフェへの入り口から母親も顔を出した。


「お帰り知。あ、音和ちゃんいらっしゃい」


 リビングから顔を出しながら音和もあいさつする。


「こんばんはサチおばちゃん。子どもいたけどどうしたの?」
「いちごちゃんの弟さんと妹さんで、しゅうくんとあんずちゃん。小学1年生よ。ホラおいで」


 母親の後ろからこっそりと、小さいのが俺たちを見上げる。
 なんか、俺たちがよそ者みたいだな……。


「知、ごめんね。お店入れるかしら。ちょっとお客さんがいっぱいで……」
「わかった。んじゃ音和、いつものようにカフェにいる?」


 音和が俺の服の裾を引く。


「知ちゃん、体調悪いんじゃ」
「1時間前に薬飲んだし、もう大丈夫。ありがとな」


 音和を置いてそそくさと自分の部屋に帰った。
 頭痛は引いていなかった。

 エプロンを巻いてカフェに下りると、平日なのにまあまあの客入りだった。
 客層は、地元の人と観光客が半々くらい。カウンター席の客はひとり。不機嫌そうな音和が座っている。


「よう、どうした」
「だって聞いてない」


 音和が指す方向を見ると、日野がトレーを持って立っていた。
 そして俺を見つけるとうれしそうに駆け寄ってくる。


「あ、知実くん! お帰りなさい。頭大丈夫ですか?」
「さっそく、頭オカシイみたいな言い方すんなよ」
「??」
「いいよもう……」
「それよりどうでしょうか? オーナーがご丁寧に、わたしの衣装を用意してくださったんです」


 そう言って、その場でくるっと1回転してみせる。
 ピンクのワンピースに白フリルの可愛らしいエプロン。少しヒールのあるエナメルの赤い靴が細い彼女の脚をさらに長く見せていた。
 胸くらいまであった髪の毛はツインテールにまとめ、頭には……。

 頭には……。


「おい、誰がこの子にうさ耳をつけたーっ!!」


 厨房に声をかけるも父親も母親も出てこないし、肩を震わせている。
あいつら〜〜!


「しっぽもあるんですよ! ぴょーん☆」


 エプロンの後ろのひもにしっかりと、小さな丸いしっぽが縫い付けられていた。
 気に入ってんじゃねーよ……。
 頭を押さえてうなだれていると、


「ウサ耳じゃなくてパン耳つければいいのに」という音和のブラックなつぶやきが聞きとれた。


┛┛┛


「日野! 3卓お願い」
「かしこまりましたっ」


 自画自賛していたとおり、彼女の仕事の飲み込みは早かった。想像よろしく、ズッコケて中身をぶちまけることもあったが、愛想もいいし筋もいい。初日にしては期待が持てる仕事ぶりで感心した。


「知実くんお忙しいところすみません、お伺いしてもいいですか?」
「あのなぁ。忙しいのはみんな一緒なんだから、胸張って聞けばいいんだよ」
「はい! 全然わかりません!」
「おう、開き直ったな!」


 父親も母親も、明るい彼女が気に入ったようで、ホールは俺と日野にまかせて二人して厨房からほとんど出てこなかった。
 だから気づかなかった。
 いつの間にか、カウンターから音和が消えていたことに。


┛┛┛


「お疲れさま二人とも。着替えてごはん食べに下りていらっしゃい」


 母親の言葉で22時が来ていたことに気づいた。
 時間が経つのがあっという間で、俺たちは顔を見合わせる。


「お疲れ。俺いなくても大丈夫そうじゃん」
「そんなことないですっ! 先輩にはまだまだ学ぶことばかりです!」
「分かった……。そこまで言うなら、俺がお前を立派なウエイトレス王にしてやるよ! 道は険しいぞ! ついてこれるか!?」
「ウエイトレスなのに王なんですか? 性別矛盾してますけど……」
「そこで素に戻るなよ」
「ホラホラ、早く行って。邪魔よ~」


 母親に追い出され、俺たちは階段へと向かった。


「さて、柊も杏もいい子にしてるかなっ」


 足取り軽く階段を上る日野。そのあとに続こうと一歩踏み出したとき、
 パチンと。
 電気を消すくらい簡単に。
 意識が消えた。


 最後に覚えているのが、日野の声と両親の声。
 あと、日野のパンツがイチゴ柄だったことは、今でも思い出すと笑える。

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