彼女たちを守るために俺は死ぬことにした

アサミカナエ

5/19(火) 日野 苺②

 下校時間になった。
 ロッカーから出ると、校門でこっちに向かって手を振る女の子が見えた。そのこけし頭……まさか……。


「知ちゃーんっ!」


 声張ってたから、下校してる生徒みんな振り返ってるけど、全然気にしてねーし……。
 でもありがたいな。なんか力が抜けた。
 そんな音和は、カバンを持ったままうれしそうにぴょこぴょこ駆けてきた。そして俺の前に来て顔色が変わった。その目は俺の隣に向いている。
 って、日野! そうだ、日野が一緒だった。こんな日に女の子連れてるとか俺最低っぽい!!


「て、転校生の日野!」
「日野苺ですっ」


 紹介すると、ぺこりと日野がお辞儀する。


「で、こっちは幼馴染でうちの隣に住んでいる音和。1年生」


 音和は突っ立ったまま日野をじっと見ていた。
 日野はにっこり笑って、


「音和ちゃんって呼んでもいいかな?」と話しかけるが、音和は言葉の途中で俺の腕を引いた。

「帰ろ、知ちゃんっ」


 うおお……。これは……。こいつの人見知りははじまったことじゃないけど、今回はまた一段とひどい。

 家までは2キロないくらいだ。
 学校前の緩やかな坂をくだって商店街を通り抜け、細道を線路に沿って歩き、途中で海側に曲がる。そこから少し進むと目の前に広がるポイントがある。海沿いのお土産屋や食堂が並ぶ通りの一角に、俺の家と音和の家があった。
 それを歩きながら日野に説明すると、パッと顔が明るくなった。


「いつも通ってるところです! うちのアパートはその一帯を抜けてすぐなんですよ」


 どうやら俺んちは通り道で、ご近所さんらしい。


「じゃあいつでも遊べるじゃん。仲良くしてもらえよ音和」


 音和に会話をふると、後ろにいる日野をチラッと見て、俺の腕をとんとんと叩いた。


「知ちゃん知ちゃん」
「なに?」
「お昼ごはん、やっぱり一緒に食べちゃだめかな」


 まったく関係のない話題になる。そしてそれは、何度も断ってきたことだった。


「音~」


 仕方ないヤツだなまったく。こうやって慕ってくれるのはうれしいけど。


「ダメっていうか、昼メシは友だちを作るチャンスだろ?」
「別にいいのに……。あたし知ちゃんと一緒にいたい」


 その素直な言葉が胸を刺す。相変わらず直球を投げてくるよな。
 受け止めたいのもやまやまだけど、俺は保護者的存在でもあるから、心を鬼にしないと。


「良くない。1年なんだから、どんどん周りの人と仲良くならんと」


 頭をポンポンすると、音和は腑に落ちない表情で無言になった。
 この性格だから仲いいヤツが少ないんだろうな。でも、友だちは作ってもらいたい。
 俺も野中と出会ってからがらりと変わった。
 そんな、気の合うヤツと出会えるチャンスが高校には潜んでいるだよ。それを音和には逃してほしくない。

 それから日野と談笑し、音和にも会話をふりつつ歩いていたが、家の前で音和が立ち止まった。


「また明日ね」
「じゃあな」
「またね、音和ちゃん」
「……さよなら、日野さん」


おお、あいさつした。


「えらいぞー」


 頭をなでてやると、くしゃっと笑顔になった。そして玄関に入るまで俺たちは音和の後ろ姿を見送った。


「可愛いですね音和ちゃん」
「だろう。毎朝男女通学してるぜ」
「うらやまけしからんですねえ」
「俺もそう思うわ」


 日野は目を細めて、穂積家を見ている。


「それにしても、音和ちゃん、小鳥遊くんのことが本当に大好きなんですね」


 答えにつまると、日野が顔を覗き込んできた。


「照れてます?」
「ちがっ、これは……!」
「うふ。ステキなことじゃないですか」


 顔を隠す俺にいたずらっぽくそう言うと、彼女はもう一度、穂積家を眺めた。


「大変高校生らしくて、良いと思うんです」


┛┛┛


カラン……。

 アンティーク調の古い扉を開くと、白を基調とした清潔感のある、アンティークのテーブルとチェアが部屋中に規則正しく並んでいる。


「いらっしゃいませ~!」


 奥からウエイトレスが出てきて、にこにこしながら俺たちに近づいてきた。


「ってなにー知じゃん。おかえりー」
「ただいま」


 ここは俺の家の1階『cafe little bird』。

 小鳥遊から取った“小鳥”という名のカフェだが、本来小鳥の綴りは“small biard”のほうが正しいらしい。でも“誰かさん”を意味する“little bird”のほうが可愛いと母親が主張し、この名前になったのだ。母強し。
 そんな名付け親当人は、にこにこと隣の日野に目を移す。


「あららら? 見かけない子ねえ」
「あ、日野苺と申しますっ!!」


 日野がペコリと頭を下げる。


「転校生だよ。うちのバイトに紹介しようと思って」
「そうだったの! 可愛い子ね」
「ん!? あ、いえ、そんな至極ありがたいお言葉、身に余りすぎます!!」


 俺の言葉にも母親の言葉にも驚きテンパった日野の姿が、母親のツボだったようで大笑いしている。


「なになにおもしろい子ね。そういえば知、今日お店入ってくれる?」
「うん、支度してくる。とりあえず日野、その辺に座って待ってて」


 店に客は日野のほかにひとりだし、話すすのにはちょうどいい。俺は着替えるために2階にあがった。

 5分ほどで着替えて下りてくると、日野は俺に気づいて口元を手で隠した。


「え、小鳥遊くん……かっこいいです!!!」
「うるせえ」


 オールバックの髪型に、白いシャツに黒パンツ。長めの黒いギャルソンエプロンという“いかにも”という制服を見られて、つい恥ずかしくて反発してしまう。


「見られたくないから同級生が来ると隠れてるんで。誰にも言うなよ……」
「そんな、もったいない!!」
「うるせえ」


 日野はくすくすと笑いながらも了承してくれた。


「知。話はいちごちゃんに聞いたわ。もし嫌じゃなければぜひうちで働いてもらいたいわ。今、お昼も食べられないんですって!」


 日野の隣に座っていた母親はハンカチを手に泣いていた。マイマザー、マジかよ……。
 1人だった客もすでに姿を消し、客は日野だけになっていた。


「働いてくれるのなら、学校の弁当はうちで作ろう。それから、もし苺さんがよければだが、ご兄弟も小学校が終わったらウチに来るように言いなさい」


 厨房から声がしたかと思ったら、タオルで手を拭きながら父親が出てきた。


「子どもたちの晩ごはんはうちで食べさせよう。その間、苺さんは働いてもらえるとうちも助かる」
「えっ!? でもそれは……」


 目を白黒させて、日野が俺を見る。


「その代わり、俺の分まで働いてもらうから」
「ああ。知はクビだな」
「無理やり働かせてたくせに……」
「そうか。苺さんが仕事を覚えるまでは知実がコーチしてやれよ」


 俺の肩を思いっきり叩いて、父親は厨房に戻って行った。くそう、肩超いてえ……。


「そんな感じでどうだろう、日野」


 振り向くと、日野は涙を溜めて放心していた。


「ひ、の?」


 もう一度名前を呼ぶと、はっと目を合わせてくれた。


「でもあたし、あたしなんてお礼を言っていいのか……」
「なに言ってるのよ~。いちごちゃんが活躍してくれると私たちも助かるわ」


 母親が日野の手を握る。
 日野は何度もうなずいて、涙を一粒こぼした。


「おばさま……、小鳥遊くん……」
「あらやだ! いちごちゃん、うちはみんなタカナシよ(笑)」
「おい……」


 日野が俺を見上げて首を傾げた。


「知……実、くん」


 その仕草にドキドキして、「トモミっていうな!!」ってツッコミのタイミングを逃した俺は、生唾を飲みただ突っ立っていた。

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