彼女たちを守るために俺は死ぬことにした

アサミカナエ

5/19(火) 日野 苺①

 そういえば忘れてたけど、今日野中いねーじゃん。てことは。


「あっ、小鳥遊くん!」


 昼休み。屋上の扉の前で、階段をのぼる俺に日野がぶんぶんと手を振る。音和は今日は自分の弁当があるから、意図せず二人きりになってしまった。


「見つかるから大人しくしろ。シー!」
「ご、ごめんなさい……」


 苦笑いしながら日野とすれ違い、屋上の扉を開放する。飛び込む新鮮な空気を今日も堪能するのだ。


「わ、わ、カギなんて持ってるんですね! 委員会とかですか?」
「うんまあそんなところです(棒読み)」


 職員室のカギをコピーしていることは内緒。


「ここなら人来ないから存分に食うが良い。じゃあ」


 そう告げると、日野を置いてさっさと給水塔にのぼった。定位置に座って、いつもより小さな弁当を広げる。


「うわあ、景色すごーい! やっほほー!!」


 耳元から聞こえるデケー声にびっくりして体を半分後ろにひねると、日野が給水塔のへりからちょこんと顔を出して海を見ていた。


「ちょ、日野さん天然だから落ちるよ……」
「あ大丈夫です、高いところ大好きなんで!」


 はいはい、なんとかは高いところに登りたがるっていうもんね。現在二名ほどいますけど!


「隣いいですか?」
「えっ、ここ?」
「えと、おひとりよりおふたりのほうが、ごはんがおいしくなるはずですから!」
「うち飲食やってるから弁当うまいけど」
「そーいう現実的なことじゃなくて、情緒ですよ情緒。それともパン耳しか食べないあたしが小鳥遊くんのごはんを横取りするとか思ってるんですか? それって失礼じゃないですか?」
「そこまで言ってない言ってない!」
「いいえ言ってるのと同じです! ばっちり聞こえましたね心の声が! ……あれ。本当に小鳥遊くんのお弁当、おいしそうですね……」
「って、自分の発言を一瞬で覆すな!!」


 日野の目は俺の弁当箱の中身に釘付けになっている。
 おい……。なんだこのコントは……。


「黄色い……卵焼きなんて久しぶりに見ます……」


 なに色の卵焼きを見て生きてきたのこの人!!


「あ……でもだめ。あたしには、パンが……ああっ」


 貧血を起こしたのか、小さな頭がふらりと揺れた。つか日野さん、はしごのぼりかけでなにやってんだー!!


「あぶねえっ!!」


 バランスを崩しはじめていた彼女へ手を伸ばし、身体を支えた。
 はっと意識を取り戻した日野も、自分でしっかりとはしごを握り直す。


「あ……あわわわわ。ご、ごめんなさいごめんなさい……。あたししばらく栄養とってなくてその……」
「わかったわかったから。とりあえずのぼりきってください……」
「はい……」


 しょんぼりしながら日野も給水塔の脇に無事身を落ち着けた。弁当箱を差し出しながら俺は疑問をぶつける。


「で。なんでいつもパンの耳食ってんの?」
「あの、卵焼きが」
「ああ食え。どうせ今日も野中の分も入ってるからいいよ半分くらい。その代わりちゃんと理由をだ……」
「あ……ふええーーーん!!」


 せきを切ったように急に、日野はその場で泣き崩れた。

 彼女が落ち着くまでメシも食わずにしばらく待った。漂白されたように白い大きな雲がゆっくりと流れている。天気がいい。


「ぐす、ごめんなさい……もう大丈夫です」


 ハンカチをポケットにしまって、日野は顔を上げた。


「うわ、目が赤っ」
「!? がまんしてください!」
「なにをだよ(笑)」


 思わず笑うと、日野もつられて笑った。


「えへ。泣いたらおなかすくから、泣いちゃダメですよーって下の子たちには言ってるんですけど。ダメなお姉ちゃんです」
「へえ、下に兄弟いるんだ」


 なんか意外だな。


「長女なんですよ。小学1年生の双子の弟と妹がいます。小鳥遊くんは?」


 パン耳をつまんで首を振る。


「いないよ。一人っ子で」


 それこそ音和が妹みたいなものだったから、特に寂しいと思ったこともなかったんだよなあ。


「そうなんですね。うち……お察しの通りとても貧乏で。今年、下の子たちが小学校にあがったので貯金もなくなって。私のお仕事が見つかるまで、パン耳生活なんです」
「日野さんがバイトするの?」
「はい! こう見えて結構しっかりしてるんですよ☆」


 み、見えないんだけど……。


「あっ、その顔。信用してませんね! あたし本当に料理とか超得意なんですよ! だいたい小鳥遊くんはよくその顔してあたしを見てますよね?」


 ジト目が送られる。俺、失礼な顔してんのかな……。


「わかりました! 今度あたしが小鳥遊くんのお弁当を作って……」


 顔の近くまでずいと迫って来て、日野は苦笑いする。


「……これませんね。パンの耳じゃあ無理でした、てへへ……」


 元の位置に戻ると寂しそうに、またパンの耳をかじった。


「んで、アルバイトってなにするの?」
「とりあえず、新聞配達かな。あと学校終わってから、晩ごはん前までに帰れるものがいいんですけど……」
「夜はせいぜい2時間だな」
「ですよね……。でも3人暮らしだから、夜は下の子たちのごはん用意したり、宿題も見ないと」


 親、いないのか? 思ってたより家が複雑そうだな。
 でも高校生だし、深夜のバイトもできないよな。こっそり水商売をやるにしてもこの小さな街ではそんな店限られてる。すぐにバレて退学になるのがオチだ。


「難儀だなあ」
「いえ。どうにかします。だって、楽しいですから!」


 は? 今の会話のどこに楽しさあった?


「楽しいって……?」
「家族で仲良く暮らせるって本当に幸せなことなんですよ。みんな可愛いし」


 と、あっけらかんと答えた。


「んー。卵焼きおいしー!」


 なんで卵焼きおかずにパン耳を食べるっていう些細なことで幸せそうな顔できるんだよ。
 どれだけ苦労してきたのか、俺には想像できない。
 でも、思いついたこともある。


「あのさ、かなり理想的に働ける場所を紹介できるかも」
「え?」
「その代わり、条件があるんだけど」


 海老フライをつまんで笑ってみせる。


「まあ、食って食って」

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