彼女たちを守るために俺は死ぬことにした

アサミカナエ

5/18(月) 転校生④

 4つの授業を終えて、チャイムが昼休みを告げる。


「狩りに行ってくる」
「りょー。健闘を祈る」


 購買勢と一緒に教室を出ていく野中に手を振って、俺は自分の弁当を机の上に出した。


「なっちゃーん☆」


 呼ばれて顔を上げると、クラスのギャル3人組に席の周りを囲まれていた。


「ねーお昼どこで食べるの? ウチらも行っていい?」


 おっとモテ期到来!?


「なっちゃんともっとつるみたーい。野中くんもいるんでしょ?」
「2人のやりとりケるよね。隣のクラスにまでバズってるっぽいぞww んで、野中くんは先行ってる感じ?」


 なーんて。俺狙いじゃないのはわかってますよ(涙)。
 愛想笑いしながら3人の前に手の平を突き出し、止まらない言葉の弾幕を制止した。


「あー、昼飯は2人で食うんだ。ホラ、あいつ俺が他の女の子と話してたら、ヤキモチ妬く……っていうか?w」


 下品なギャハハ笑いが頭にキーンと響くが、笑顔は崩さない。不快さを見せないのがエンカツなニンゲンカンケイを築くコツなのだ。


「だからごめんネ。こんな俺たちをそっとしといて♡」


 ごめんねポーズを見せてから弁当箱をひっ掴み、教室を飛び出した。

 なにが「野中は先行ってるの?」だよ、行ったの見てから俺に声かけたくせに。ばかにしてんじゃねえ。


┛┛┛


 廊下で日野を見つけた。
 かばんを抱きしめ、中をのぞいてはため息をつき、のぞいてはため息をつき……を、繰り返している。
 あいつ……なにやってんだろ。もしかしてメシ食う人いなくて途方にくれてるのか? 七瀬め、よろしくつったのに放置かよ。
 ……しょうがないな。声かけてやるか。


「日野さーん! よかったらお昼一緒に食べない?」


 俺の後ろからクラスの女子2人組が現れて、日野に駆け寄って行った。
 ふいに声をかけられて驚いたらしく、日野はビクッと小さく跳ねて、かばんを素早く閉じた。

 和気あいあいと話している日野の横をそのまま通り過ぎる。よかったよかった。
 さてとー。今日は1年に寄って行く日、だな。


┛┛┛


 暗い階段を通り抜け、屋上の鍵を開けた。
 扉が開くと同時に新鮮な空気が一気に流れ込み、風に前髪がさらわれる。
 立入禁止の屋上は誰も近づかないから、昼休みはほとんどここにいる。

 屋上の地面は雨風にさらされ、直に座ると制服が汚れる。だから俺たちはここではメシを食わない。扉の裏手に回ればはしごがあり、それをのぼれば定位置だ。
 給水タンクも置いている小高いこの場所は、去年の早いうちに野中が見つけた。間違って屋上に誰かが入って来てもすぐに見つかることはない。
 人が座るスペースも十分にある。暑すぎる日はタンクの陰に隠れればいい。
 山の上にある学校の中でも一番高い場所だ。海がよく見えるところも気に入っていた。


「知ちゃんお腹すいたー」

 1年棟で拾ってきた音和が横で俺の弁当を狙っている。


「野中がもうすぐ来るから待ちなさい」


 野中 という単語に反応し、一転して渋い顔を見せる。


「たかおみなんていいよ、あんなでくの棒」
「なんだいハニー。そんなにツンツンしないでくれよ」


 洋画の吹き替えのような声色が背後から聞こえた。音和が飛び退くと、そのすぐ後ろではしごを上りかけの野中が顔だけ出していた。


「あーじめじめする。音和もっとそっち寄れ」


 野中が上がり込む。


「言われなくても寄るもん! 知ちゃん抱っこ」
「だ!? 抱っこじゃねーよ! お前はここ。ほら箸」
「あー、抱っこね抱っこ。……ぷっ」
「野中、てめえ余計なことは言うなよ」


 野中に釘を刺すと、隣にハンカチを敷いて音和を座らせ、箸を渡す。今日は音和と弁当をシェアする日で、弁当がばかでかいのはそのせいだ。
 音和の家は母親がいない。看護師のおじさんと二人暮らしをしている。
 おじさんのシフトはなぜか毎月律儀にうちにシェアされていて、おじさんが弁当を作れない日は隣のよしみでうちが2人分の弁当を用意し、音和と一緒に食うことになっている。
 音和は「コンビニパンでもいい」と言うけど、食にうるさく音和ラブなうちの両親がそれを許すはずがなかった。


「でも確かにこれから雨でも降るのかな」


 頭が重い。指先でこめかみを揉みながら空を見上げると、頭上を灰色の薄い雲がゆっくりと流れていた。


「よいせ!」
「っだああ!?」


 気を抜いていると野中がふところに飛び込んできて、後ろに倒れそうになるのを慌てて踏ん張る。


「あっ、たかおみずるい!!」
「トモミは俺のだから」
「だっからてめえはトモミ言うなー!!」
「くそー、たかおみぶっころす!」


 箸を置いたかと思うと、音和も俺に飛び掛かってきた。だから、お前らやめろーー!!


「知ちゃんから離れろ馬のほねっ!」
「えー無理無理。なっちゃんと俺は一心同体だから」


 頬に湿っぽい感覚。
 げ。わざと見せつけるようにキスしやがったコイツ!


「ぎゃあああ!! 知ちゃんの顔がばっちい!! うー、あたしだって!!」


 我を忘れ、飛びかかって来た音和の顔が近い。
 あぶねええ! 慌てて片手を伸ばして捕らえた。


「いや、ちょっ、お前はダメだろーーっ!」
「なんで! あたしは一心同体じゃないの?」
「悲しそうな顔してもダメ! お前がするとシャレにならんからだ! 野中は悪ふざけがすぎる。ひとりで座りなさい! みんなメシを食え!」


 騒々しい2人をどうにか引っぺがして座らせ、各自、食べ物を持たせる。


「なっちゃんがお母さんに見えたわ……」
「手がかかる大きな子どもばかりでコマリマスワ!(裏声)」


 野中の前にお茶を置いて音和に箸を握らせて。
 ……でも俺、別に、こういうの苦じゃないんだよな。この2人がいると、にぎやかだけど、楽しいし。


「あーー! だからたかおみ汚いっ!」
「うるせえな。なっちゃんはいつも卵焼きくれんだよ」
「手づかみとかなにさらしとんじゃー!!」

「……だっからお前らああああ!」


 ああもう、またはじまった!!
 撤回。お前らにぎやかすぎるっつの!

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