彼女たちを守るために俺は死ぬことにした

アサミカナエ

5/18(月) 転校生③

 黒板にカツカツと、担任の手で名前が書かれる。

 日野 苺ひの いちご――。

 俺、子供に可愛い名前を付けるのは正直博打だと思っているんだ。
 将来どんな人間になるか分からないのに、そのときのテンションで命名する思い切りの良さは、白シャツでカレーうどんを食べるようなもの。

 だって怖い顔のオッサンがもし、もしよ? 仁義を切るとき……

「へい! てまえ生国しょうこくと発しまするは、紀伊国きいのくに。東組の“狂犬”ことォ、田村猫乎(にゃんこ)と申しますゥ!」

……。
…………。


「ぶふうううう!!! 犬か猫かどっちだよ!!」
「んー? どしたー小鳥遊ー。いつから宇宙と交信できる設定だー?」
「あ、すみませんなんでもないです」


 気持ち悪いものを見る目つきの担任やクラスメイトから目を逸らし、俺は再び前を見た。
 まあ、そんなわけで。
 可愛すぎる名前はときに自爆装置にもなりえるのだが。

 卵型の顔に愛らしい丸い瞳。色白の肌と赤い唇。下ろした明るい栗色の髪の毛は胸上まで伸び、胸元のリボンにかかっている。身長は低くはないけれどどこか可愛らしさをまとう彼女は、苺という名前がよく似合っていたので俺は感心した。
 彼女なら年を取っても違和感がないのだろう。そんな柔らかい空気を感じる。


「じゃあ席は、顔見知りということで芦屋の隣がいいかな」と、担任が俺と野中を見た。
 ……ここ!?
 突然身に降り注いだ横暴な仕打ち、男なら黙っていられますかい。俺は抗議することにした。


「いや、この席気に入……」
「小鳥遊が芦屋の後ろの席に代わるのはどうだ?」


 なにィ!? いちばん後ろの席だとォ!!?


「どうぞ日野さん。僕の汚い席でよければお使いください!」


 交渉は成立した。

 抱き枕代わりに抱いていた野中をぺっと追いやると、野中は不服そうにしながらも自分の席に戻っていった。
 担任は教卓に手をつき、野中が戻っていくのを見守ってから教室全体を見渡した。


「じゃあみんな、学校のこと教えてやってくれよ。日野、もう立てるか? あのキノコみたいな顔の男が座ってる席に行ってくれ」
「えっ、そんなに俺ってキノコ顔なの!?」


 みんなが呑気に笑う中、とりあえず机の中身を後ろに移動させることにした。
 ゴソゴソと片付けをしていると、頭を押さて俯いたまま歩いてきた日野が俺の目の前で止まる。


「おう。もーちょっと待ってね」


 顔も上げず、手早く片付けをしていた俺の膝に、急に野中のゴツゴツした尻とはちがう、気持ち良い弾力が、って、


「ちょ…………日野……さん?」
「はい」


 涙目の日野と目が合う。
 その距離が大変近い。
 そりゃそうだ。


「なんで俺の上……に」
「え? え? ……ここに、2人で座るのでは? だって先ほど……」


 視線の先には野中。


「ちがっ、落ち着いて。俺は椅子じゃないから。ね? アイムヒューマン」


 自分に人差し指を向け、なるべく自然に微笑んで見せた。 
 それでやっと理解したのか、日野の口がぱくぱくと動きはじめた。
 彼女の顔がみるみるうちに赤くなり、名前と同じ“苺”色になったところで顔を覆い、目を閉じたかと思った次の瞬間、


「きゃあああああ!!」


 悲鳴が教室にこだまする。
 えっと……。
 クラスのみんなが俺をジト目で見ているんですけど。


「いやいやいやいやいや、事実無根!」


 両手をあげて必死にアピールするが、膝には気持ち良い既成事実があるので説得力はゼロだ。


「ゴメンなさいあたしったら! 汚いものを押し付けて、本当に本当にすみませんんんん!!」


 勢いよく立ち上がってしゃがみこんだのちの、半泣きである。


「いや、汚いモノを押し付けていたのはむしろ俺のほうなんだけどさ!」
「え?」
「なんでもないですーー! はいどうぞ!」


 失言を重ねてしまう前に、日野を残して俺は七瀬の後ろの席に逃げた。

 涙をぬぐいながら元俺の席に座り、チラチラと様子を伺ってくる日野。
 もうそれはお前のものだ、というジェスチャー(手の甲を見せて追いやる)をしていると、七瀬が後ろを向いた。


「ヤバい、いちごちゃんウケる」


 ツボったのか、口元を押さえてずっと笑っている。
 ああ、お前は他人ごとだろうよ。
 俺はぐったりと机にふせった。


「あとはお前にまかせるわ……」
「なによ! 付き合ってもないのにお前呼ばわりはやめてよねっ」


 プンと前を向かれた。こいつはこいつで怒るポイントがおかしい……。

 まったく朝からドッと疲れたな……。
 神よ、どうか俺の人生にもうちょっと安穏な生活を与えてくれたまえ。

 ……なんつってねえ。

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