転生までが長すぎる!

兎伯爵

兄欲

 突然のことだった。
 訓練が終わり、部屋で時間を潰していた時のことだ。


「我は――もう駄目かもしれん」


 深刻な声音で、ゴリラさんが言った。
 珍しく、真剣な表情だ。


 暇潰しにやっていたオセロを中断し、俺とイガグリは顔を上げた。


「駄目って、何がだよ」
「ええ。今更、訓練に耐えられないということもないでしょう」


 少なくとも、体力だけなら人一倍あるゴリラさんだ。
 今更、訓練がキツくてやめたいなどと言うはずもない。


「駄目なのだ。教官のしごきなど、この衝動に比べればそよ風に等しい。胸の奥から湧き上がる、このパトスに比べれば……!」
「なに? 恋でもしたの?」
「……近いかもしれん」


 マジかよ。
 俺たちが関わった女性なんて、ほとんどいないはずだが。


「え? 誰? 天使?」
「いや、アレはない」
「本人に聞かれたら殺されるぞ」
「食堂のおばちゃんですか?」
「年上はNGだ」
「ロリコンだもんな」
「違う。お兄ちゃんだ」


 気持ち悪いなぁ。
 もういいから、さっさと話を進めよう。


「ただの恋なら、こんなに悩まない。……問題があるのだ」
「問題って」
「我だって……! 我だって、それがいけないことは分かっている! だが、このままだとダメなのだ!」
「だから、何がだよ」
「最近――マメシバを見るとムラムラするんだ」


 え?




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 一秒、二秒、三秒。
 衝撃の告白に、場の時間が止まった。


 これ、マジで駄目なヤツだ。


 恐ろしい事実が判明した。
 仲間の一人(♂)が、仲間(♂)に欲情しているらしい。


「イガグリ。警察」
「はい」
「早まるな」


 残念ながら、天界に110番はなかった。
 一応、対象の動向に警戒しつつ、話を聞く。


「言い方が悪かったな。決して、マメシバに邪な感情を抱いているわけではない」
「いや、でも今、ムラムラって」
「言葉の綾だ。結論から言おう。我の兄欲が限界に近いのだ」


 兄欲。
 不思議な単語が飛び出した。


 おそらく、真っ当に生きていたら絶対に耳にしない言葉だ。


「兄欲とは妹を求める兄の心。一人っ子だった我は、ずっと昔からその感情を胸に秘め続けてきた」
「一人っ子の時点で兄っておかしいよな」
「これはもはや三大欲求の一つとして数えられてもおかしくない」
「つまり性欲だよね」
「生前は近くの幼稚園に住む子供たちを脳内で妹認定し、兄欲を発散していた」
「やべぇヤツだ」
「だが、ここには幼女がいない。あまりにも、過酷過ぎる環境だ……」


 訓練生は全員が男だし、教官も同じくだ。
 数少ない女性は、天使と食堂のおばちゃんくらい。


 女日照りであることは認めるが、それはそれとして。


「……だからマメちゃんに欲情を?」
「違う。欲情ではなく、あくまで兄欲だ。最近、マメシバが妹にしか見えない」
「病気だよ。脳の」
「分かっている、自分が正常でないことくらい。それもこれも、妹たちから引き離されている現状が問題だ」
「そのイマジナリー妹がまず問題だからな?」
「イガグリ。貴様なら分かるだろう。もしケモナーの貴様が何か月もケモノに触れ合えなかったら、禁断症状の一つも出るだろう」
「なるほど。分かります」
「分かるなよ」


 俺を置き去りにしないで欲しい。
 変態二人を同時に相手にするのは、流石に荷が重い。


「しかし、これは由々しき事態ですね。確かに刑務所ではそうなりやすいという話を聞きますが……このままだと我々の身すら危ないかもしれません」
「たわけ。貴様らに欲情などするか。生まれ変わって出直せ、Y染色体」
「なんだと男色ゴリラ」


 マメシバは今、部屋にいない。
 風呂に入りに行っているからだ。


「とにかく、我のリビドーは限界まで来ている。今、我はマメシバを妹として可愛がりたくてたまらないのだ」
「せめて弟扱いなら……」
「馬鹿め。赤の他人を弟として見るなど、頭がおかしいだろう」
「赤の他人の男の子を妹として見る方が頭おかしいんだよ!」


 突っ込みを入れて、イガグリと相談する。


「どうする? これ、ホントにヤバいヤツだぞ」
「ですね。天使に相談しますか?」
「駄目だろ。あの女、たぶん『じゃあアレを切り落としましょう』とか言い出すぞ」
「ああ、言いそう」


 他に相談するとしたら、教官くらいか。
 けど、その結果、「ならそんな余裕なくしてやる!」とか言われて、今以上にしごきが増したら嫌だな。


「ただいまー」


 などと、俺たちが尻込みしているうちに、当事者の片割れが帰ってきてしまった。
 どうしたものか。



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