転生までが長すぎる!

兎伯爵

ヘブンズブートキャンプ

 そこは地獄だった。
 昔、映画か何かで新兵が訓練を受ける場面があり、「死ぬ死ぬ」言って大袈裟だなぁ、と笑っていた俺だが、実際に現場に叩き込まれて理解した。


 やばい。
 これは死ぬ。
 ……もう死んでるけど。


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 朝。
 訓練はまず朝礼から始まる。


「傾注!」


 眼帯をつけた教官が、数十人の男たちの前で、声を張り上げた。


 軍服を着こんだ、ムキムキの男性だ。
 一応、背中から白い翼が生えているあたり、天使の一種なのだろう。


 俺をここに送り込んだ、あの悪魔みたいな天使の仲間だ。


「貴様らはウジ虫だ! ゴブリン一匹殺せない、蠅未満のムシケラだ!」
『はい!』


 野郎どもの野太い声が響く。
 俺より先に訓練を施された転生候補者たちは、見事に、ここの色に染まっていた。


 どう考えても軍隊の色だ。


「貴様ら! 異世界に行きたいか!」
『はい!』
「ドラゴンを倒したいか!」
『はい!!!』
「勇者として、色んな相手からチヤホヤされたいか!」
『はい!!!!!!』
「馬鹿野郎!」


 教官の近くにいた一人が、ぶん殴られた。


 理不尽だが、ここのルールは教官だ。
 誰も文句ひとつ言わない。


「そんな甘い考えで、生き残られると思うな! 何度でも言う、貴様らはウジ虫だ! そんなムシケラが、一丁前に夢を見るな!」
「ありがとうございます!」


 殴られて鼻血をこぼしながら、訓練生が礼を言う。


 やだなぁ……
 完全に調教されてるじゃんか。


 俺もいつかああなるのだろうか。


「自分たちの立場は理解したな!? では、訓練開始!」


 そして地獄が始まるのだ。




 もう朝礼の時点で分かり切っていたが、ここは完全に軍隊の訓練所だ。


 俺たちは転生候補者という名の、素人新兵。


 だから、まずは体力作りから始まる。
 文字通り、死ぬまで走らされるのだ。


「足を止めるなァ! 巨人の指に尻の穴を貫かれるぞ!」


 それが終わったら、戦闘訓練だ。
 刃引きした剣を持った教官たちに追い回される、リアル鬼ごっこである。


「オラオラオラ! どうした!? そんなんじゃゴブリンにも勝てないぞ! 小鬼にケツ掘られたいか!」


 そして最後の締めに、再びマラソン。
 剣を持った教官に、尻を突かれながらの走り込みだ。


「遅い! そんな動きじゃ、ユニコーンの角でケツに穴が開くぞ!」


 異世界のモンスターはケツしか狙わないのか。
 そんな突っ込みを入れる余裕もなかった。




 転生候補者、というか、訓練生は一つの宿舎に押し込められている。
 他の訓練生三人と相部屋で、しかも外出も許されていない、囚人じみた待遇だ。


 それでも、休める場所があるだけありがたい。


 ようやく一日を終え、俺は布団に倒れ込んだ。


「死ぬ……というか、何度か死んだ」
「ははは、大丈夫ですよ」


 声を掛けられ、顔だけそちらに向ける。


 相部屋の一人だ。
 メガネをかけた、イガグリ頭の青年である。


 俺よりも先に訓練を受け始めた仲間は、爽やかな笑顔で教えてくれた。


「訓練が始まる前に、天使から説明を受けたでしょう? 今の私たちは不死身です。どんなことがあっても死にません。実際、事故って頭が半分になった訓練生がいましたが、次の日にはケロッとしていましたよ。記憶は飛んでましたが」
「怖ぇよ! 生き返るのもそうだけど、頭が半分になる事故って何だよ!」
「ああ……あなたはまだあの訓練を受けていないんですね」
「あの訓練!? やめろよ! これ以上、俺を不安にさせるな!」
「どなどなどーなー」
「やーめーろー!」


 お先が真っ暗過ぎて泣きたくなった。


 おかしい。
 異世界転生って、こんなのだっけ。


「いえ、まだ転生すらしてませんし」
「そうだったわ……」


 転生までが長すぎる。



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