鬼さんこちら

西順

日常

 ここに大きな門がある。天国と地獄を隔てる門だ。


 そこに一匹の小鬼が住み着いていた。


 背丈は女童と言った風体だが、ボロを纏った身体には無数の傷があり、額の角は片方折れていた。目付きは鋭く、何よりの異様は、身の丈に合わない大金棒を持ち歩いている事だ。


 小鬼が何故天国への門の前を住処としているかと言えば、誰も知らない。噂では不当にその門を通り、天国へと渡ろうとする魑魅魍魎どもを、その大金棒で打ちすえる為、天国より遣わされたとも言われている。


 小鬼を善鬼と呼ぶ者も少なくないが、小鬼が門を住処とするのは、ある目的の為であった。


 小鬼は己が片角を折った男を探していた。男は小鬼が初めて地に膝を付かされた相手であり、いまだかつて唯一小鬼に敗北を味合わせた男であった。その男がいつかこの門を通ると確信し、小鬼は門で待ち構えているのだ。



 今日も今日とて門を通ろうとする者は多い。門は固く閉ざされているが、千を超え、二千を超え、万に届く数が押し寄せ、門扉はいつも揺れていた。


「全く、度し難い」


 小鬼がそう言って大金棒を片手で一振りするだけで、数百という魑魅魍魎が八つ裂きに処されていく。


 そうして一時間も大金棒を振れば、万といた魑魅魍魎たちは全て屍山血河へ様変わりする。とは言えここは地獄。丸一日も経てば魑魅魍魎どもはまた復活して、天国への門を目指すのだが。


 しかしてこの魑魅魍魎どもも、小鬼にとって準備運動に過ぎない。


 小鬼が己が倒した魑魅魍魎の山の上で大あくびをしていると、大きな天国への門より更に大きな男が、彼方よりズシンズシンと現れた。


「小鬼よ、ここで逢ったが百年目」


「そんな昔の事は忘れたわ」


 小鬼はつまらなそうに立ち上がった。長年門番のような事をやっていると、同じ台詞を何千回と聞いてきたのだ。もう最初に誰が言い出したのか知らないが、言い出しっぺを粉微塵にしてしまいたいと小鬼は思う。いや、もう既にしているかも知れない。


「さあ死ね!」


 挨拶もそこそこに、大男は拳を握ると、豆粒のような小鬼に向かってそれを振り下ろした。


 しかしそれは小鬼に届く前に大金棒によって受け止められてしまう。


「おのれぇ!」


 大男はそれに怯む事もなく、何十、何百、何千と小鬼へ拳を振るい続けたが、全て小鬼の大金棒に受け止められてしまった。


「はあ……はあ……」


「何だ、もう終いか?」


 一向に通らない攻撃で息を切らせた大男を、小鬼が一睨みする。それだけで大男は震え上がってしまい、尻餅を撞いて小鬼から後退る。


「す、すまなかった、もうこの門に手出しはしない。許してくれ!」


「お前が何に対して許して欲しいのか私には分からない。だがお前は私の気分を害した。その報いを受けろ」


 小鬼はそう言ってにこりと嗤うと、大金棒を振りかぶり、特大の一撃を大男に食らわせる。大金棒を食らった大男は、ブチュッと言う音を残して弾けて消えた。


「ふう」


 流石に大男を相手にして少し汗をかいた小鬼は、額の汗を拭う。とそこへ、


「おおい、小夏やぁ」


 小鬼の名を呼ぶ者がいた。小夏と呼ばれた小鬼は、先程までの凶悪な笑顔はどこへやら、正に童のような笑顔を湛え、声の主の元へと歩を進めた。


「何だ爺?」


 小夏を呼んだのは、門衛をしているヨボヨボのお爺さんであった。いつから門衛をしているのか誰も知らない門衛のお爺さんは、手に持っていた串団子を小夏に差し出す。


「ほれ、団子だ。食え」


 門衛のお爺さんから団子を貰った小夏は、それを一口で頬張ると、更に手を差し出す。もっとくれとの合図だ。


「小夏は団子が好きだなあ」


 そう言って更に団子を差し出す門衛のお爺さん。彼らはこんな事を一億と二千二十年続けていた。小夏と門衛のお爺さんがこの天国への門を守護するようになってから、門を突破した者は一人としていない。


コメント

  • ノベルバユーザー603848

    今は立派に育って主人より言葉を理解してますし…
    デキる鬼さんかっこいいです。

    0
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