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異世界なう―No freedom,not a human―

逢神天景@小説家になろう

234話 めぐりあい姉妹、なう

「マス、ター……っ!」

 リャンが一度俺を振り返り、瞳に涙を浮かべる。俺は笑みを作り、彼女の背を押した。

「早く行ってあげて」

「はい! ……シャン!」

「姉さん!」

 リャンは頷き、獣人族の少女の方へ走り出す。その少女も涙をボロボロと流しながらリャンの方へ走ってきた。
 城の廊下ではあるものの、物凄い勢いでぶつかり、抱き合い、泣き出す二人。

「シャン……良かった、無事で……! ああ、シャン……シャン……!」

「姉さん……姉さん、ピア姉さん! ああ、生きてた……! 姉さん、良かった生きてた!」

 膝をつき、妹……シャン? を抱きしめるリャン。普段、割とクールなリャンがここまで感情を表に出すのも珍しい。
 いや、それほどのことだっていうことか。

「ようやく会わせてあげられたよ」

 泣いている二人をそっとしておきながら、俺は志村の方に話しかける。

「シャンの方は気にしている余裕はなかったようで御座るが、本当はヴェスディアンカーのコックピットから見えていたはずなんで御座るがな」

 ああ、あの時か。俺たちが到着してすぐ。確かにあのタイミングなら確認できるか。
ただ少し気になることがある。俺は志村にも当然リャンの妹探しについて話していたのはいたのだが……聞いてると、あの子は結構前から志村たちの仲間になっていたとのことだ。シャンが「姉がいる」と言っていなかったのならまだしも、それは考えづらい。

「なんで? お前がそこに頭がいかないとは思えないんだけど」

「シャンがマールの侍女になったのは結構特殊な事例なんで御座るよ。だから京助殿と言えど、そうそう言えなかったんで御座る」

 ああ……そうか、いくら何でもお姫様の侍女が獣人族です――なんて、いい顔はされない。余計な噂が広まらないように警戒するのは当たり前か。

「だから会いに来てもらうわけにはいかなかったんで御座る。今はこの混乱だからバレないかなーと思って会わせてるわけで御座るが」

 大丈夫だろうさ。

「でも良かった……本当に」

 会わせることが出来て。会わせてあげることが出来て。
 志村がこっそり一部屋どうも借りてくれていたらしく、そこなら人も入って来ないだろうということで……泣いてガッチリ抱き合っている二人をそっと持ち上げて部屋に運ぶ。

「リャン、今日一日はお休みだからね。二人でちゃんとたくさん話しな」

「はい……ありがとうございます、マスター。あと女性の体を運ぶのに何で樽を抱えるみたいに抱えたのかについては明日、小一時間問い詰めますので」

「なんでさ」

 泣きながら俺に苦言を呈すリャンに笑みを向けてから扉を閉じる。そして扉に「清掃中」の札を張り付けて俺と志村はさてと部屋から離れた。

「さて、それじゃあおじゃま虫は退散しようか。今後、どうする?」

「シャンの意思に任せる。ケータイもあるし、会おうと思えば会えるしな」

 リャンを志村の方にやる――つまり、お姫様の側付きにさせる、っていうのは流石にありえないからね。
 Aランク魔物を屠れる戦闘力を持っている獣人族の女性。仮にちゃんと奴隷になっていたとしても王女の侍女に出来るような存在じゃない。

「拙者は男なわけで、やっぱり女の従者がいるのといないのではえらく違うんで御座るよ」

「だろうね」

 想像には難くない。女性しか入れない場所はあるし、逆もまた然りだ。タローと俺で話を進めている公衆浴場が一般化したら、より一層男女で分けて入らないといけない場所は増えていくだろう。

「から、まあ……出来ればそのままでいて欲しいで御座るなぁ」

 ちょっとしみじみとした志村。

「なんかこう……娘が嫁に行く感覚というか」

「なんで結婚もしてないのに娘がいるのさ。……ああいや、マール姫と結婚するんだっけ」

 含み笑いしつつそう言うと、志村の顔が強張る。

「……え? マジで結婚すんの?」

 俺の問いに引きつった笑みを浮かべて首を振る志村。

「いや今日明日の話じゃないで御座るが……正直、逃がしてもらえる気はしないで御座る」

「でも相手は王族なんだし、一般人とは結婚できないんじゃない?」

 志村はどれだけ仲が良かろうとあくまでボディガード。要するに使用人だ。使用人との結婚を認める王族なんていやしない。

「まあそうなんで御座るが、でも王族で御座るからな。しかも次女……拙者をテキトーな貴族にすることくらい簡単に出来るで御座るよ。残念ながら、今回の騒動で拙者にも表沙汰に出来る武功が出来てしまったで御座るからなぁ」

 そうか、志村も魔族倒したからね。王都を侵略してきた魔族を倒した、っていうのはかなりの武功だ。何せ王都を救ったのだから。
 一足飛びに貴族になれるかは分からないが、今代だけとかの条件付きならそれなりの家にしてもらえるのかもしれない。

「それかそこそこな家の養子になるっていうのもあるで御座る」

「そっちの方面は疎いけど……何かそれはそれで面倒じゃない?」

「実際にそれで面倒ごとを抱えたAGを私は知っているぞ」

 タローが背後からそんなことを言って登場した。なんでこんなところに。

「ハロー、タロー。なんでこんなところに?」

「昨日出会った素敵な女性を探しているんだ。メイドだったんだが……せめて名を聞いておけば良かった」

 さいで。
 俺が微妙な反応を返すと、彼はそういえばという風に顎に手をやった。

「ふむ、ミスター勇者には伝えたが……ついでに君にも伝えておこうか。耳を貸せ」

 天川は何故かミスター勇者と呼ばれているのか。ミスター明綺羅じゃなかったっけ。
 タローは声を小さくしたので、俺はそっと耳を近づける。

「とある魔族と交戦した際に、黒髪で『ユーヤ』と呼ばれる青年を取り逃した。彼は魔族についたようだった」

 ユーヤ。
 俺が首をかしげると、志村は神妙な面持ちで「どんな顔だった?」と問う。

「あまり特徴的な顔をしていたわけじゃないが……かなり邪悪な風貌をしていたな。根性の悪さが全面に出ているというか」

「酷い言われよう」

「……そいつを逃がすためだけに命をかけて庇った魔族の女に対して最後に放った台詞が『役立たず』だぞ? 私はここまで品性が下劣で腐った人間は見たことが無い」

 それは酷い。酷いっていうか最悪だ。

「で、ユーヤって誰? 志村」

「……京助が他人に対して興味がないのは知っているが、男子の下の名前くらい覚えてると思ってたぞ」

 正直、苗字さえわかれば相手を呼べるのだから問題無いと思うんだが。

「そもそもさっき一人いなかっただろ」

「ああ、阿辺か」

「ああ、裏切っているのは確定的だと思っていたし……そもそも難波が『阿辺は魔族と通じていた』と報告していたから想像はしていたが」

 これで裏付けが取れたわけか。

「本来であればミスター京助に伝えるべきなのだろうが……そのユーヤという男がミスター勇者の関係者のようだから彼に詳細を伝えた。もし何かあれば彼に聞いてくれ」

 タローはそれだけ言うと去って行った。阿辺のことは確かに天川にしか関係無いかもしれないからね。

「それにしても、阿辺が裏切ったんだ」

「あっさりしてるで御座るな」

 別にどうでもいいしね、阿辺がどうなろうと。
 ただ……。

「あの結界は厄介だ。俺ですら力業で吹き飛ばせなかった」

「京助殿でも、で御座るか……」

 新井を助けた時、阿辺の結界を一撃で葬ったが……あれはあいつが「魔法師として」無能だったからできたこと。
 しっかりと結界を学んでしまったら、もっと俺も魔法師として技を駆使しなくてはいけないだろう。

「あれは面倒だね、味方にすると頼りないのに敵に回すと厄介、っていう典型的なタイプだ」

「いやアレは味方でも面倒だったで御座るが」

 そう言って志村から聞くのは阿辺の悪事。出るわ出るわで途中で俺はギブアップした。なんでこんだけ料理もちゃんとある世界でマヨネーズが無いと思ったのか。

「よくそれで勇者パーティー首にならなかったね」

「そこそこ戦力になっていたことと、天川で御座るからな」

 天川なら味方を切り捨てたりしないか。
 俺はため息をついてから活力煙を咥える。志村も葉巻を取り出したので、俺は指に火を灯した。

「ん」

「……ありがとうで御座る」

 煙を肺一杯に吸い込み、吐き出す。
 ……さて、彼女らはどうなってるだろうか。


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「シャン……良かった、無事で」

 リャンはそう言ってシャンを抱きしめる。彼女もその細い腕でギュッとリャンの体を抱きしめた。
 体が震える、指が震える。喜びが全身に満ち溢れる。
 彼女が浚われ、それを取り戻すために人族の国に入り、そしてリャンも捕まってしまった。我ながら間抜けだとは思うが、あの時は頭に血が上りすぎていた。

「姉さん……姉さん……!」

 彼女の涙でリャンの服が濡れるが、それ以上に自分の涙でシャンの服を濡らしてしまっている。シャンの服を洗濯してくれる人は誰なのだろうか。
 わんわんと……そのまま、どれくらい経ったのだろうか。マスターが二人きりにしてくれてから……一時間も泣き続けたような気もするし、五分しか経っていないと言われたらそんな気がする。
 お互いを呼び続け、泣き続け、やっと涙が枯れ果てた……かと思いきやまた溢れてきて。言葉にならないまま、とにかく無事を喜ぶ。

「シャン……貴方に辛い思いをさせてしまってごめんなさい」

 やっと出た言葉は、謝罪だった。しかしシャンは首を振り、真っ赤になった眼で優しく微笑んだ。

「いえ……姉さん、こそ……! ごめんなさい、私のせいで……!」

 ギュッと彼女の華奢な体を抱きしめる。辛かっただろう、きつかっただろう。そのやせ細った体からは彼女の苦労が――

「……シャン、ちょっと太りましたか」

「う」

 ――記憶にある彼女よりも、少し丸くなっている。太ったとは言ったが、適性体重になったくらいだろうか。もともとかなり痩せた子だったから。

「そ、そういう姉さんこそ……なんか、肌つやが良くなってませんか」

「え」

 言われて自分の頬を撫でる。そういえばこの前……と言っても一か月前くらいか。女性陣で買い物に行ったときに買った化粧水が結構肌に合って……。

「シャン、随分かわいらしい服を着ていますね」

「姉さんは何ですかそのイヤリング。そんな趣味でしたか?」

 冷静になってお互いの服装や状態を見る。完全なる健康体、そしてちょっとお洒落な服。二人とも首に輪っかはついているが、とても奴隷のそれには見えない。どっちかというとアクセサリー。

「これはマスターからいただいたものです。趣味がどうとかそういう問題じゃありません」

「私もこれはナイトさんからいただいた服で……」

 お互いの口から男の名が出る。それだけで姉妹というものは理解し合えるもので……。

「随分……いい、人に巡り会えたようですねシャン」

「姉さんこそ。ピアじゃなくてリャンと呼ばせてるなんて」

 おっと、気づかれていたようだ。

「そうですね、私は……まあ、そう呼ばれています」

「一生結婚しないと言っていたのに」

「……若気の至りです」

 そういえば彼女の前でそんなことを言った覚えがある。無理矢理男どもに襲われかけた帰り道だっただろうか。

「実は彼氏も出来たこと無いのに」

「シャンに言われたくありません!」

 リャンの初体験は、女性AG(獣人族の国では違う名称だったが)にはありがちのもの。泊まり込みの依頼中、お互いの性欲が高まって完全に処理のために抱き、抱かれたというもの。初体験の彼は今、生きているだろうか。どうでもいいが。

「私はまだ十三歳なんだから彼氏いなくてもおかしくないと思うんだけど」

 それはその通り。
 しかも彼女は何故かチラッとアクセサリーのようなものを見せてきた。ナイトさんと言われていたのは……マスターの友人であるシムラのことだろう。
 リャンも負けじとマスターから貰ったイヤリングを見せるが、センスの差で負けている気がする。あのマスターにセンスを求めてもという話だが。

「でもビックリした、姉さんが私を見つけ出してくれるとは思っていたけど……まさかその過程で男を作るなんて」

「わたしの方がビックリしましたよ。あなたが……あなたが、人族と一緒にいるなんて」

 その言葉で、シャンはピタリと動きを止める。彼女はもともと人族が嫌いだった。獣人族として受けた教育が無いわけではないが、最大の理由はリャンが一度人族に攫われかけたことがあるからだ。
 あれは獣人族が裏切ったから起きたことなのだが……彼女にとってみれば実の姉が人族によって最悪の目に遭う寸前だったわけだ。嫌いにならないわけが無い。
 そして結局、自分が人族に攫われたわけで……そんな境遇を経た彼女が、何故人族と一緒にいられたのか。
 そう思っての言葉だったのだが、シャンは少し俯くのみでなかなか返答をくれない。

「その……姉さんは、人族に絆された私は……嫌い?」

「いいえ? わたしもマスターに絆されましたから。絆されたどころか惚れていますからね、この身を捧げてもいいほどに」

「実の姉からそんな台詞は聞きたくなかったけど、うん……姉さん、私の話を聞いてくれる?」

「もちろん」

 そこから彼女が話してくれたのは、ここまでの顛末。どうして攫われたのか、攫われてどんなことをされていたのか。
 そして誰が自分を救い出し、そして――どうして、自分が人族に絆されてしまったのか。
 絆されたことが悪いとは一切思わない。むしろ彼女が人族に連れ去られてからの仕打ち……性的暴力まで含めた虐待。それを終えてなお、絆されたのか。

「姉さん、マールの秘密は誰にも言わないでくれる?」

「ええ」

「キョースケって人にもだよ?」

「善処します」

 ベッドの中で訊かれたら答えてしまうかもしれない。そんな機会は無いだろうが。

「まあ、知ってるかもしれないけどね。……マールは、心が読める。心の声が聞こえる、とかじゃなくて……深層心理まで全て読み取ることが出来るの。彼女に戦闘力があったらたぶん誰も勝てないよ」

 マール姫が心を読めることは知っていたが、深層心理まで全てとは思っていなかった。それはつまり思考だけでなく感情も。彼女の言う通り、戦闘力があったら恐ろしいことになっていただろう。

「だから、きっと彼女は私の中にある人族への恨み、憎しみ……全て、理解していたと思う。そしてそれでいてなお、彼女は私を受け入れようとしてくれた」

 シャンの言葉から感じられるのは、深い深い……愛。

「だから私は……マールだけは信じられると思った。私の心を読まずに名前のことにも気づいてくれたし。そして何より……素直に謝ってくれたナイトさん。彼は、私が獣人族の娘であってもちゃんと一人の人間として対応してくれた。だから彼も信頼出来るかもしれないって思って」

「人を信頼することは良いことです」

 柔らかく、温かい微笑みを浮かべるシャン。彼女がこんな顔が出来る相手と会えた、心を通じ合えたというのなら……ほんの少しだけ、許せる気がする。

(マスターにお願いしようと思っていましたが……)

 もしかするとどこかで野垂れ死にしているかもしれない。シャンを浚った人族は。
 リャンが捕らえられたのは自身の落ち度だ。しかし、彼女は違う。戦闘力が無いか弱き女性を浚うなど言語道断。
 このことをマスターに伝えれば、何も言わずとも即座に狩りを始めることだろう。だが、まあ……

「シャンが笑顔になれる人と出会えたのであれば、それでいいのかもしれませんね」

 生きているのか死んでいるのか分からない人間に復讐するために、マスターの時間を使わせるわけにもいかない。
 シャンは少し首をかしげるが、何となく言いたいことが分かったのかリャンに抱き着いてきた。

「……姉さん、今度は姉さんに何が起きたのかちゃんと教えてください。あの槍使いの人ですよね」

「ええ」

 それからリャンも彼女に語った。前領主の側仕え兼護衛をやらされていた頃のことは極力少なく、マスターとトーコさんなどの仲間が出来てからの話を中心に。
 シャンはというと、最初は楽しそうに訊いていたが……途中から嫉妬するかのように頬を膨らませていた。リャンがとられた気分になったのだろうか。

「姉さんはずるいです。色んな人と仲良くして……」

「ふふ、シャンにもすぐ友達が出来ますよ」

 あのマスターがいつの間にか空気感を変えたアンタレスなら。

「いつでも遊びに来てください」

「うん、姉さんの話を聞いて凄い行きたくなった。……ねぇ、他にもいろいろと話を聞いて欲しいし、話を聞かせて欲しいんだけど」

「もちろん」

 やっと再開できたのだから、もっと話し尽くそう。
 たった二人の家族なのだから。


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「ところで志村」

「なんで御座る?」

「彼女……シャン? だっけ。あの子って奴隷狩りにあってこっちに来ちゃったんだよね」

「で、御座るな。まあ彼女に首輪をつけていた賊は天川がとっちめたで御座るが……」

「末端を、だよね」

「……調べはついてる。いつやる」

「ありがとう。二時間もあれば終わるかな」

 人の自由を奪ったやつを。
 俺は絶対に許さない。


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