異世界なう―No freedom,not a human―

逢神天景@小説家になろう

197話 救援要請なう

 志村の電話を切ると、冬子たちが心配そうにこちらを見ていた。


「どうしたんだ京助」


「実はかくかくしかじかで」


 王都に魔族が襲来していること、どうやら人々が魔物に虐殺されていること、結界を破壊するめどが立っていないことなどを皆に説明した。


「京助……それは本当か?」


「流石にこんな嘘をつくようなやつじゃないよ」


「その勇者とやらでも破壊できないとなると……マスター、かなり強固な結界なのでは?」


「しかし破れない結界……のぅ。それを王都全域に張るなど……流石に妾でも出来ぬぞ」


 キアラが顎に手を当ててぽつりとつぶやく。


「まさか神器……? しかしあり得ぬ。此度は枝神として妾達は送り込まれておる以上、魔族が神器を手にすることなど敵わぬ」


「キアラがその結界を作れないって言ったのは技術的な意味で? それとも出力的な意味で?」


「出力ぢゃな。Bランク魔物の魔魂石が百個もあれば同じものを用意して見せよう」


 なるほど、だから神器を疑ったのか。基本的に魔力が無限なのが神器だから。
 隣でシュリーが「ヨホホ、やっぱ一番人間やめてるのはキアラさんデス」とか言ってるけど、いやキアラはそもそも神様だからね。
 逆に言うなら、その神様であるキアラと同等以上の魔法スキルを持っている敵がいることを憂慮すべきだ。


「何にせよ、だ。依頼を受けちゃったからね」


 報酬はマール姫お手製のアップルパイだ。


「キアラ、王都までテレポート出来る?」


「余裕ぢゃな。妾を誰と心得ておる」


 いつも通り自信満々の笑みを浮かべるキアラ。


「リャン、シュリー。夜戦で……且つ、補給出来るか分からないミッションになる。金は渡すから準備をお願い」


 二人に大金貨を十枚渡す。シリウスとはいえこの時間だ、お店は開いてるかな。


「大丈夫ですよー。最低限のものならギルドでも揃えられるようになってますからー。ギルドはまだ開いてますしー。だから私も行きますねー」


「そっか、ありがとマリル。……って言っても、今回はお留守番だけど」


「ええ、皆さんが行っている間、こっちのことはやっておきますー。具体的にはギルドへの報告とか、増援の準備とかー。やれることはいくらでもありますのでー」


 相変わらず頼もしいよ。
 俺のパーティーは脳筋ばっかりだからね。
 志村から言われた結界の特徴をサラサラとメモ帳に書き、キアラに渡す。


「これが敵の結界。冬子、俺はちょっと行くところがあるから武器の手入れとかは頼むね」


「それはいいが、どこに行くんだ?」


「助っ人を呼びに。王都は広いよ」


 あいつならこういう頼みは断らないだろう。




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「というわけなんだ。報酬はマール姫のアップルパイ」


「……ミスター京助、君が突飛なことをするのはいつものことだがまさかアップルパイで王都を救えとはな」


 苦笑いするタロー。ちなみにこいつが泊まってるホテルは俺のところよりも更にグレードが高いところだった。普通にムカつく。
 タローの泊まっているホテル自体は彼から聞かされていたので特に困ることなくたどり着けたけど、何故かタローが部屋に入れてくれなくて大変だった。
 扉越しに「王都が危機だ」って言ってやっと入れてくれるなんて……まったく、何をしていたんだか。


「嫌なの?」


「いいや? 何歳いくつだろうとレディはレディ。レディの手料理を食べれるならばはせ参じねばなるまい」


 相変わらずキザな物言い。
 タローは少し窓の方を見ると、ため息をついた。


「ギルドへ特に報告は無かったようだが……」


「陸の孤島状態になってるらしいからね。明日まで一切連絡が無ければ誰かが気づくだろうけど。今はマリルが行ってる」


「ふむ、となると何故ミスター京助がSOSをキャッチ出来たのかが気になるところだが……」


「そこは秘密。けど信頼性の高いソースからの情報だってことだけは言っておくよ」


 タローは腕を組んでから、少し黙考する。


「もう一度訊きたいが、敵の規模は」


「魔族四人に空を埋め尽くすほどの魔物。Aランク以上は多数だけどSランクはいない」


「魔族四人? その程度なら第一騎士団が――いや、そうか。なるほど、バッドタイミングだ」


 舌打ちするタロー。その通り、式典のせいで現在国王がこちらへ向かって来ている。第一騎士団はその護衛としてついて来ているらしい。
 国王の護衛だ、精鋭揃いだろう。逆に言うなら――その精鋭が今王都にいない。


「理解した。すぐに準備をする。……それはそうと」


 タローは手に一本の矢を持つと、それを俺に向かって投げつけてくる。


「っと」


 手投げとはいえ、SランクAGが放った矢だ。ほんの少しの緊張感をもってそれを受け止める。


「何するの」


「……いくら朴念仁でデリカシーが無くて女心を微塵も汲み取る器の無い君とて今の状況は流石に見ればわかるだろう? 私の機嫌が少し悪い理由が」


 物凄い言われようだ。
 ……タローは上半身裸でベッドから半身を起こしている。そしてシャワールームから一人、クローゼットから一人気配がするね。
 殺気も無いし、そんなに強そうじゃないので放っておいているんだけど……。
 ちなみにタローのかぶっている布団の中に更にもう一つ気配が。


「よく分からないけど。タローって寝るときは服を脱ぐ派なの?」


 俺の名推理に、タローが呆れたように口を開く。


「……君は呆れかえる程のバカなんだな。はぁ、まあいい。すぐに行く、待っていてくれ」


「ん、了解」


 俺はそう言ってから、タローの部屋のドアに手をかける。


「一分以内にお願いね。時間が無い」


「分かった分かった、さっさと行ってくれ」


「あとさ」


 俺は扉を閉める寸前、フッと鼻で嗤ってやる。


「首筋にキスマークつけてカッコつけてるのマジで滑稽だよ、タロー」


「分かっているならさっさと出て行け!」


 珍しく余裕のないタローの矢が扉に突き刺さる。咄嗟に閉めた扉を貫通した。おお、怖い。


「っていうか、あの体勢からただ投げただけの矢が何で木製のドアを簡単に貫通するんだよ」


 しかも女を三人も連れ込んで。あんまり詳しくないけど、あの動揺っぷりからしてプロじゃないんじゃないかな。


「私に群がる蝶は多い、か。流石のプレイボーイ」


 焦るタローという珍しいものを見れたのでホクホクとした気分で歩いていると、前の方から女性が一人歩いてきた。
 あの人もタローの部屋に行くのかな。


「まあいいか」


 そうのんびりもしていられない。




~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~




 俺たちが泊まるホテルの屋上にタローと『頂点超克のリベレイターズ』が揃った。


「ミスター京助、一つ頼みがあるんだがいいか?」


「俺に出来る範囲なら」


「この場所に少しだけ寄って欲しいんだ」


 そう言って示されたのはとある領地。俺個人としては行ったことはないが……確かキアラが名前を出していたと思う。
 ……何の用があるんだか。


「構わないよ。どうせ冬子とリャンも一度アンタレスに寄るし――キアラが良いって言うのならだけど」


 そう言って彼女の方を見ると、キアラは意に介さず煙管を吹かしていた。
 俺も活力煙を咥え、火を点ける。


「準備はOK?」


「大丈夫だ」


「大丈夫です」


「ヨホホ、大丈夫デス」


「大丈夫ぢゃ」


「問題ない」


「じゃあ行こうか。まずは冬子とリャンを一度アンタレスに」


 キアラが頷き、ヒュンと転移させる。
 彼女たちはヘルミナが作ってくれているはずの――ソードスコルパイダーを元にした武器、それを取りに行ったのだ。
 何が起きるか分からない戦場だ、装備は少しでも良い方がいい。


「それで次はここらしいけど……キアラ、大丈夫?」


「うむ」


 そう言った次の瞬間、俺たちは空に投げ出されていた。
 咄嗟に筋斗雲を発動し、シュリーを抱き留める。


「っと。シュリー、大丈夫?」


 お姫様抱っこをする形になった彼女にそう問うと、何故か目を瞑って唇を突き出してきた。


「……んー」


「シュリー、離すよ? じゃない、放るよ?」


「ちょっ、待ってくださいデス。ふざけたのは謝りますから、手だけは離さないで欲しいデス!」


 必死に首を振るシュリーを筋斗雲の上に立たせてやり、彼女の手を握る。俺が維持してる魔法なんだから、そうそう落ちたりはしないんだけど。
 キアラもふよふよと浮いてから俺の隣に着地した。


「キョースケ、妾の方は一切目もくれなかったのはどういう了見ぢゃ?」


 腕を組んで唇を尖らせるキアラ。


「シュリーは飛べないから」


「妾もお主の前で飛んで見せたことは無いぢゃろうが」


「キアラは飛べるでしょ、どうせ」


 俺が少し呆れを含んだ声でそう言うと、キアラはこれ見よがしに肩をすくめてため息をついた。


「どうせとはなんぢゃどうせとは。まったく、これだからお主は女心の分からぬ朴念仁扱いされるんぢゃ」


「ねぇそれ流行ってるの? さっきタローにも言われたんだけど」


 と、そんな話をしてたらくいくいとシュリーに袖を引っ張られた。


「その……た、タローさんは飛べるんデスか……?」


 不安そうな声のシュリー。
 俺とキアラは顔を見合わせて……同時に口を開く。


「「忘れてた」」


「大丈夫なんデスか!?」


 言われてタローの魔力を探ってみると……普通に下の方で感じられる。小さくなったりもしていない、平気そうだ。


「Sランカーなんだから何らか対策はしてるとは思うけど」


「その対策が極力使いたくないものだったらどうするんデスか……」


 それもそうか。
 俺が筋斗雲の高度を下げていくと……タローがよく着ているロングコートをグライダーのようにして滑空しているのが目に入った。
 風の魔法で無理矢理タローをキャッチすると、それで気づいたのかタローがやれやれという表情で俺の方に蔦のようなものを伸ばしてきた。
 それを掴み、タローを筋斗雲の方まで引っ張り上げる。


「ミスキアラ。転移すること自体は一切構わないんだが、何故空に放り投げたんだ?」


「キョースケは飛べるからのぅ」


 相変わらずゴーイングマイウェイなキアラの発言に、タローは困った表情も見せずただ笑った。


「なんというか、彼女に振り回されているであろうミスター京助のことを考えれば溜飲も下がるな」


 なんでさ。


「ここまで運んでくれたことには感謝する。では少し待っていてくれ、乗員が一人増えるんだ」


「ん、確かに強い気配・・・・だ」


 俺たちのチームとタローしか連れてこなかった理由はいくつかある。
 まず、王都が襲われているという話の信憑性が低いこと。タローは俺と協力関係にあるからある程度情報ソースのことも察してくれるからいいけど、そうでないならソースの無い情報など誰も信じない。
 次に人数が多すぎるといくらキアラでも一回の転移じゃ運べない。それなら何度も運べばいい……と思うかもしれないけど、決戦が待ってるのにここで彼女を疲弊させすぎるわけにはいかないからね。
 最後にSランククラスの実力者の居場所を知らない。


「っていうか、あんまりずっと上空にいると攻撃されそうだから降りようか」


「その必要はあるまい。来た・・ぞ」


 タローがそう言った瞬間、俺の筋斗雲に一人の女性が着地した。
 金髪に碧の瞳。その眼光は彼女が只ものではないということを克明に教えてくれている。
 整った顔の真ん中に入っている傷は生々しくもあるが、逆に美しさを強調しているとすら思える、それほどの美貌。


「……なんの御用で?」


 問うてみると、その女性はギラリと鋭い眼光を向けてくる。


「それはこちらのセリフだ。これほどの実力者が何故闘気を微塵も隠さず――陛下のいる街の上空にいた」


「こっちのタローがね。この街にちょっと用事があるらしくって」


「私の名前はアトラだミスター京助。『黒』のアトラ」


 お決まりの文句を返すタローをスルーして彼女に尋ねようとすると……成程、と一つ頷かれた。


「キョースケ……これほどの実力を持っていてその名を持つものは二人といまい。キョースケ・キヨタ。AランクAGにして――覇王を退けた男、か」


 女性にしてはやや低いハスキーボイス。そして押し付けられる『圧』は自分やタローとほぼ同格であることを教えてくれる。
 つまりSランクに匹敵しうる実力を持つ騎士……。


「なるほど、貴方がラノール・エッジウッドか」


「その通り。お初にお目にかかる。私は第一騎士団、騎士団長ラノール・エッジウッド。貴殿らほどの人物をもてなせるのは私くらいのものでな」


 そう言って一つ礼をするラノール。その所作や醸し出すオーラの中に感じる品と気高さ。凛とした瞳からは自身の存在やその立場に誇りを持っていることが伺える。
 これが本物の騎士か。


「なるほどね。俺はAランクAG『魔石狩り』のキョースケ・キヨタ。明後日からSランカーになるんだけど……取りあえずよろしく」


 っていうか平然と流してたけど、この筋斗雲結構な高度を維持してるんだけどな。なんで飛び乗ってこれたんだ。やっぱり人外クラスは何かがおかしいね。
 それにひしひしと感じる『おもてなし』の気配。戦闘前にいらない体力は使いたくないんだけど……。
 ため息をつきたくなる気持ちを堪え、タローに話を振る。


「で、タローが会いたかったのは彼女でOK?」


「ああ。久方ぶりだな、ミスラノール。どうかな、今から食事でも」


「生憎、私は今勤務中だ。それだけならすぐさま帰ってくれ」


 すげなく断られるタロー。


「タロー、時間無いんだ」


「分かっている。冗談だ」


 そう言ってタローが簡単に王都の現状を説明する。
 ラノールはそれを聞きながら眉間にしわを寄せ……ギラリと俺を睨みつけてきた。


「情報ソースは」


「城にいるなら知っているかな、俺の親友でナイトメアバレットっていうのがいるんだけど」


 その名前を出した途端、ラノールがほんの少し驚いた顔になる。
 タローの方は誰のことか分かっていないようだが、ラノールにはそれで伝わったらしい。彼女は一つ頷くと、下を見た。


「君たちは助けに行くということか?」


「その通り。そしてミスラノール、貴方も連れて行くつもりなんだが……どうだね」


「アキラの危機で、王都の危機だ。陛下のことは心配だが……ここは王家派の領内。問題は無いだろう」


 いや護衛が離れたらダメでしょ。
 そんな俺の考えが顔に出ていたのか、ラノールはフッと鼻で嗤った。


「一つ言っておこう。陛下は絶対に安全だ。私たちの護衛はあくまで政治的判断によるものだ。……君には無関係のことだがな」


 政治的なことって言われたら俺は何も言えないし言わない。
 彼女が一度筋斗雲から降りて……再び戻ってくるまで一分もかからなかった。


「許可は出た。では改めてよろしく頼む」


「ん、それじゃあキアラ。お願い」


「ちなみにキョースケよ、今のところなでなでポイントが四十ポイントほど溜まっておるので後で頼むぞ」


「えっ、なにそれ――」




~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~




 王都の上空。
 確かに赤紫というか……不気味な色の結界で王都全域が覆われている。
 内部の様子は見えない。見えれば魔族どもの上空につけたんだけど。


「やれやれ……王都に来るのは二度目だけど、いつも魔族がらみだね」


 ため息。いや前回は巻き込まれただけなんだけど、お使いクエストが大したこと無かったせいで魔族がメインだったような気がしちゃうんだよね。


「そう言うな。これが終わったらあのレストランに行かないか? ……今度は皆で」


 台詞の途中からリャンとシュリーに両腕を掴まれた冬子が、少しだけ残念そうにそう付け加えた。


「そうですよ、マスター。トーコさんだけズルいので、ちゃんと連れて行ってください」


「ヨホホ! 今夜は飲み過ぎないでくださいデスよ、キョースケさん」


 二人とも決戦の前だっていうのに何故か楽しそうにそんなことを言ってくる。


「王都は美味い酒も多いからのぅ。ちゃんと残っておればよいが」


 鼻歌交じりにそんなことを言ったキアラは、王都全域を覆う結界を見て目を細める。


「ところでミスラノール。王都ではないが良いバーを知っているんだ。この戦いが終わった後、一杯いかがかな?」


「生憎だが剣はこの国に、操はアキラに捧げると決めているんだ。その誘いには乗れないな」


 後ろでは死亡フラグを建てようとしていたタローがラノールに振られていた。戦いの前だっていうのに緊張感が無いね。


「認定式が終わったら王都のレストランに来よう。お祝いも兼ねてね。それで、キアラ。この結界……どんなものか分かる? 特徴とか」


 俺は結界に向かって取りあえず炎の弾を撃ってみる。
 結構な勢いでぶつかったそれは四散――せずに、同等以上の威力を以ってこちらへ跳ね返ってきた。
 火球を握りつぶし、肩をすくめる。


「なかなか厄介な結界だね」


 舌打ちしつつそう呟くと、ポンと冬子が肩に手を置いた。
 ……何故か慈愛に満ちた微笑みを浮かべて。


「京助、今のは面白かったぞ」


「いやギャグじゃないから」


「どういうことデス?」


「今のは厄介と結界をかけた大変面白いジョークですね。流石はマスター」


「だからギャグじゃないって! っていうか仮にギャグだとしたら説明しちゃだめだからね!?」


 なんで俺が滑ったみたいになってるんだ。


「彼らはいつもこんな風なのか?」


「ああ。基本的に緊張感が無い」


 失礼な。
 後ろでタローとラノールがひそひそ言っているけど無視。
 キアラの方を見ると……ニヤッと楽しそうな笑みを浮かべていた。


「で、どう?」


「うむ。これは外部から破壊することは理論上不可能な結界ぢゃ」


 その言葉に。
 さすがの俺たちも全員動きを止めた。

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