異世界なう―No freedom,not a human―

逢神天景@小説家になろう

ネーミングと銃

「今だ!」


 ザッ、馬車を取り囲むようにして十数人の男たちが飛び出してくる。全員の手には剣が握られており、明確な殺意を持って攻めてきていることがまるわかりだ。
 マールの能力で既にこの展開を予想していた志村は――一瞬で馬車の天井に躍り出ると、防護機能を発動させる。


「なっ……なんだこりゃ!」


 唐突に展開された結界に驚き足を止める暴漢たち。この馬車は志村が作った特別性。馬もロボだし、馬車本体の方は結界を張るだけではなく変形して空を飛ぶことも出来る代物だ。この程度の結界など造作もない。
 馬車の上から飛び降り、着地と同時に一番前にいたリーダー格らしき男を殴り飛ばす。


着装クロス・オン


 ――と同時に、いつもの黒コートを装備。強化外骨格パワードスーツにより強化された一撃は顎を綺麗に粉砕し、木々の間に吹っ飛ばしてしまった。


(……これでボスは生け捕りに出来るで御座るな。後は殺すか)


 思考を「志村実理男」のそれから「魔弾の射手ナイトメアバレット」のものに切り替える。こうなれば冷酷かつ冷徹なマールを守る殺人マシーン。
 そこに慈悲は無い。


「な、何者だテ――」


 ガーン! 乾いた銃声が響き、真っ先に剣を向けた男の額を撃ち抜いた。
 何が起きたか理解していないのか、全員が撃たれた男の方を向いてしまう。その隙に二人、側頭部を撃ち抜く。


「何者? ……冥土の土産に教えてやるか」


 クルクルクル……。
 トリガーに指をかけ、二丁の銃を回転させる。
 そしてパシッ、と両腕をクロスさせて敵に向けて構えた。


「オレの名前は魔弾の射手ナイトメアバレット。狙った獲物はハチの巣だ」


「こいつが……有名な」


「マール姫の護衛……漆黒の死神!?」


「いい二つ名だが、それはうちの姫様が気に入ってないんでな」


 ガン、ガーン!


「ちゃんと魔弾の射手ナイトメアバレットと呼んでくれ。ではアディオス」


 数秒後、十三の骸と顎と両足と両腕を砕かれた罪人が一人出来上がった。




~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~




「ミリオミリオミリオー! わたくしも変身したいですの!」


 バン! 勢いよく扉が開かれ、マールがそんなことを言いだした。
 勉強中だった志村は一度本を閉じ、眼鏡を勉強用のそれから普段使いのものに変える。


「唐突にどうしたんで御座る?」


 扉のところで仁王立ちしているマールを取りあえず室内に入れ、コーヒーを出してあげる。


「砂糖はいつも通りでいいで御座るか?」


「もちろんですの!」


 角砂糖は高級品なので流石に入れられないが、宇都宮のおかげで水飴のようなシロップは手に入る。
 それとミルクをたっぷりと入れて、彼女の前に差し出した。


「ありがとうですの」


 美味しそうに飲むマールをしばらく眺めていると、彼女が「ち、違うですの!」と慌てた様子でもう一度立ち上がる。


「変身ですの変身!」


「お茶菓子、いるで御座るか?」


「ありがとうですの。でもそれは後ですの! 今日のミリオはかっこよかったですの! それを見て思ったんですの、わたくしも変身したいって!」


 ……そういえば、いつもは着替えてから戦いに出るのだが――今日は相手の前に出てから黒いコートを着た。そのせいか。


「あの黒いコート、着てみたいですの!」


「あれは拙者の身体に合わせたもので御座るからなぁ……あ、マールたち用のものなら試作品があるで御座るよ。使ってみるで御座るか?」


「そ、そんなものが!? しゃ、シャンを呼んでくるですの!」


 マールは目をキラキラと輝かせると、普段の彼女からは信じられないようなスピードで部屋に戻っていった。


(相変わらず元気で御座るなぁ)


 マールに癒されつつ、志村はアイテムボックスからブローチを二つ取り出す。
 白いハート形のブローチと、同形状で赤いもの。
 その中心には王家の紋章である白いフィイーネイルの花があしらわれており、白地に金で描かれているため非常に美しい。
 背部に広がる金色の装飾は、蝶の翅を模している。やや暗い金色が逆に前面を美しく飾っており、派手さの中にも品を感じられるようになっている。
 ちなみに、フィイーネイルの花びらは非常に特徴的で、説明が難しい。ハート形の内部が透明になっており、一見すると錨型に見えるというのが最も近いだろうか。


「ちゃんと二パターン作ればよかったで御座るなぁ」


 ことりとブローチをテーブルに置いて、二人が入ってくるのを待つ。


「ミリオー! さあ変身させてほしいですのー!」


「ナイトさん、変身できるというのは本当ですか!」


 テンション爆上がりの二人。志村は苦笑いしつつも、黒いコートに着替える。
 ばさっ……とコートを翻し、情感たっぷりに二つのブローチを掲げた。


「さて、では選ばれし二人よ掴み取るがいい! これは汝らの世界を変える力!」


 変身アイテムの名前を決めていなかったのでそれだけ言って渡すと、二人ともぱぁぁぁ……と向日葵が咲いたような笑顔になる。
 恭しく受け取るマールと、おっかなびっくり受け取るシャン。


「ど、どうやって変身するんですの!?」


「どこでもいいから服につけて真ん中のエンブレムを押し込むで御座るよ」


 本当は音声認識で変身できるようにしたかったのだが、技術的に厳しかったので今回はタッチ式だ。
 早速マールとシャンはブローチを両手で持って体の前に掲げる。


「「変身!」」


 息ぴったりだ。
 マールは胸元に、シャンはスカートにブローチを付ける。そしてフィイーネイルのエンブレムを押した。
 ギュイーン! と二人の身体が光に包まれる。今回渡したブローチは着ている服を別の服に作り替えるという発想で作られているため、服のどこかに着ける必要があったのだ。
 試作型故バンクらしいバンクも無く、二人の変身が完了した。


「おおおおお……っ!」


「あぁ……っ!!」


 感無量、と言った風情の声を上げるマール。そしてくるくるとその場で回転して自分の姿を確認している。
 一方、ぶるっと身震いして自分の身体を抱きしめるシャン。妙に蠱惑的な光景だがロリコンではない志村は彼女に目を奪われたりしない。


「ほい、鏡で御座る」


 二人の前に姿見を置いてやると、うっとりした表情で自分の姿を見ている。
 マールの衣装は白いニーソックスに、三段になっているフリルの膝丈スカート。袖が絞られている半袖のドレスで、胸元にはフィイーネイルの花が。
 真っ白でもこもこしたファーがついた手袋をつけており、腰には武器のステッキが下げられている。
 ……そしてシャンはそれの赤バージョン。


(うう……どう見ても手抜きにしか見えないで御座るなぁ。シャンには悪いことをしたで御座る)


 あくまで試作型プロトタイプだから仕方が無いとはいえ、カラーリングを変えただけというのは非常に寂しい。しかも造形にも凝れていない。
 もっと精進せねば――と決意を新たにしていると、マールとシャンがビシッ! とステッキを構えていた。


「ミリオ! このステッキにはどんな能力があるんですの!?」


 わくわくとした顔のマール。一方のシャンはちょこちょこいじりながら首を傾げている。


「……一応、魔力弾が撃ち出せるようになってるで御座るが」


 そう言いつつ、シャンとマールから離れてテーブルの上に二つ的を置く。どちらもペンケースだが、城の備品だから壊れてもすぐに補充できる。


「撃ってみるで御座るよ」


「では」


 言うや否や、シャンがステッキから魔力弾を撃ち出す。しゅぱぁーっとかなりの速度で発射され、綺麗な放物線を描いてペンケースを弾き飛ばした。
 かこーん、という軽い音。せいぜいモデルガンくらいの火力だろうか。人に当たれば痛いだろうが、気絶させるほどではない。


「これ、人を倒せるような威力ではないですね」


 半ば予想していたのか、あまり驚かずにそう言うシャン。
 マールは愕然とした表情で志村にくってかかってきた。


「な、なんでこんな低威力なんですの!?」


「そりゃ戦闘用じゃないで御座るからな」


「ええっ!?」


 大げさなリアクションで驚くマール。


「な、何故ですの!? これでミリオと一緒に戦えると思ったですのに!」


「……いやぁ、頑張って戦闘が出来るような能力を付けようとは思ったんで御座るが、強化外骨格パワードスーツ風にするなら基礎体力が無いとどうしようも無いんで御座るよ」


 そうでないと必ずスーツに振り回される。志村の場合、最初から異世界人特有の高い身体能力があったから問題なかったが彼女らは違う。シャンもある程度は鍛えているが戦闘がこなせるほどではない。


「むー、じゃあ鍛えるですの」


「鍛えるなら体が出来てからで御座るよ。せめて十五までは待つで御座る」


「十五……でしたら、三年後ですか」


 シャンが指折り数えてから、嬉しそうにほほ笑む。


「三年経てば、ナイトさんの隣に立ってマールを守れるんですね」


「……そうだな」


 あまりに嬉しそうだったので、何も言わず頭を撫でる。彼女はくすぐったそうに身をすくませるが、嫌じゃないのかぐりぐりと逆に頭を押し付けてきた。
 その感触がくすぐったかったので、志村もニコッとほほ笑んでからもっと撫でてみる。


「何を二人でいちゃついてるんですの!」


 ――と、ここでマールが乱入。左手を奪い、撫でろとばかりに顔をお腹に押し付けてきた。
 そんな彼女もまた微笑ましいので、仕方が無しに両手で二人とも撫でてやる。


「ふ~……やっぱり一日に一回はこうされないとですの」


「ですね」


 一回どころか日に三度はせがまれている気がする志村だが、気にしないで撫でておく。
 五分ほど経ったところで満足したのか、マールが「よしですの!」と変身を解除した。


「というわけでわたくしたちのチーム名を決めるですの!」


 シャンも変身を解き、コクコクと頷く。


「鍛えるのは三年後としても、変身ポーズやユニット名は決めておいて損はないですの」


「そうですね」


 特に異論はないのか、頬を紅潮させながら顔の前で両こぶしを握るシャン。


「何か案は無いですの? シャン」


「私はそういうものに疎いものでして……」


「でも二人のチーム名なのだから二人で決めたいですの!」


「た、確かに……」


 シャンがそう頷き、二人でうんうんとうなりだす。
 一体どういうチーム名になるのか志村が様子を見ていると、まずはマールがポンと手を打った。


「わたくしはプリンセスですの」


 第二王女だからそりゃプリンセスだろうさ。
 そしてマールはシャンと自分を指さすとキメ顔になる。


「そしてわたくしもシャンもとびっきり可愛いですの。キュートですの」


「ま、マールはまだしも私は……とびっきりというほどでは」


 可愛いは否定しないのか。マールと付き合っているうちに自信がついてきたのかもしれない。


「そして二人でアクティブに活動することになるですの」


「ええ、そうですね」


 アクティブ、普段から彼女らはアクティブな気はするが。


「つまりわたくしたちはプリンセスでキュートでアクティブ! そこから導き出される名前は、こうですの!」


 さらさらと紙に二人のチーム名を書きだすマール。
 そしてバン! と志村とシャンの方に向けて発表した。


「ふたりはプ〇キュア!」


「アウトぉぉぉぉぉぉぉぉ! そもそもシャンはプリンセスじゃないで御座る!」


 思わず紙に飛びつく志村。マールが目を真ん丸に開いて驚いている。


「な、なにをするんですの! ミリオ!」


「そうですナイトさん。せっかくマールが良い名前を考えてくれたというのに」


「アウトで御座る。仮に拙者が許しても世界が許さないで御座るよ」


 二人とも納得がいかない様子だったが、「仕方が無いですの」と引き下がった。


「では……そうだ、音階とかかわいくてよさそうですの。音符とか」


 言われて想像してみる。確かに可愛い、モチーフとして扱ってもいいかもしれない。
 音楽ならば攻撃や演出にもうまくかみ合う。いいチョイスだ。


「音階……ですか。いいですね。それで私たちは……魔法を使う女の子、魔女になるわけですね」


 年齢的には魔法少女、と言った方が正しいかもしれないが……まあ魔女でもそう間違ってはいないか。


「そしてバッタバッタとお邪魔な敵をやっつけるですの。あ、いいのを思いついたですの!」


 マールは再びシャカシャカと紙に名前を書くと、ドン! と発表した。


「おジ〇魔女どれみ!」


「だからアウトだと言ってるで御座る! っていうかそれだと自分の方がお邪魔にならないで御座るか?」


 再び紙を奪い取る。
 マールはやはり「えー」という顔になっていたが、志村がそれを無視して紙をテーブルに置くと渋々諦めた。


「もっとこう……勇ましい感じでいくのはどうで御座る?」


 志村が提案すると、マールとシャンはふむと顎に手を当てた。


「では擬音とかを入れて……」


「とうっ! とかですか?」


「そうですの! いいですのねそれ!」


 今度は不穏な方向に行きそうになくてホッとする志村。
 そして勇ましいという話はどこへやら。二人は可愛らしい擬音を考えるのに夢中になっているようだ。


「みゃあとかみぃとか猫っぽくていいですの」


「みゅう、とかもいいんじゃないでしょうか。ちょっと変化球気味に」


「おお! それはいいですの! では後は……そうですのね、強い人にあやかるというのも良いかもしれないですの。でもミリオは強すぎるですの」


「ではナイトさんのご友人……確か、キョースケさんという方にあやかるのはどうでしょうか」


「いいアイデアですの! では……こうですのね」


 再びシャカシャカと紙に書き出し、むふーっと満足げに頷くマール。


「とうっきょーみゅう――」


「はいアウト! なんで京助にあやかったで御座るか!」


 バン! ともう殆どひったくるようにして紙を奪う。流石に強引過ぎるだろう。
 しかしマールもそれは予想済みだったのか、すぐさま次の案に取り掛かる。


「ではわたくしは戦う姫ですの!」


「さらに絶えず平和を唱えましょう。歌もいいかもしれませんね。デュオで」


「デュオだとちょっと物足りないですの。シンフォニーくらいやりたいですの」


 もう嫌な予感がするので、とりあえず紙を奪う準備をしておく。というかシンフォニーの意味を分かっているのだろうか。
 最後にマールが「そして装甲を纏って戦うですの。そこから導き出される結論は――」と紙にシャカシャカ書き出した。
 そしてドン! と提示される。


「戦姫絶唱シン――」


「言わせねえよ!? っていうか平和はどこへ行ったで御座る! アレを入れたらもう少しマシになっていたで御座ろう!」


 吠える志村の肩にポンとマールが手を置く。


「ミリオ。言葉で平和を唱えるだけでは伝わらない時もあるんですの」


「それは悪役側のセリフで御座る!」


「むぐぐ……ならミリオが案を出すですの!」


 こっちに話が飛んできたか。
 志村はふむと顎に手を当ててから、彼女らが好きそうな単語を考える。


「というか、拙者が考えるなら……魔法少女プリンセス☆チャーミーとかどうで御座る」


「ダサいですの!」


「ダサいですね」


「酷いで御座る!」


 即答する二人。
 とはいえ志村もあまり気に入っていたわけじゃないので、あっさり意見を取り下げる。


「というか拙者が魔法少女とは言ったで御座るが、正確には魔法使いになるわけではないで御座るからなぁ。魔装少女の方が近いで御座る」


「あ、それいいですのね。魔装少女マール」


「自分で言っていてなんで御座るが、これも世界が否定してくるタイプの奴なんで御座るよ」


 それがメインテーマではなかったが。
 そもそもマールたちにこれからつけられる兵装は殆ど銃火器だ。魔装少女というよりも兵士の方が近い。


「マジカルアーミー……」


「可愛くないですの」


「それだったら魔法少女の方が良くないですか?」


 その通りかもしれない。
 頭を捻り、ポンと手を叩く。


「そうだ、マジカルフォース・キューティーデュオとかどうで御座るか」


「おお、いいですの」


「マジカルフォース……いい響きですの」


 マジカルアーミーがダメでマジカルフォースがいい基準が分からない。
 しかし二人が気に入ってキメポーズを取り出したので、これでよいのだろう。
 志村はそんなことを想いながら可愛いお姫様たちを眺めるのだった。



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