異世界なう―No freedom,not a human―

逢神天景@小説家になろう

196話 揃い踏みと剣

 中央広場に行くと、そこには四人の魔族が空に浮かんでいた。そのうちの一人が天川に気づいたのか、ローブをばさりと脱いだ。
 先ほど、天川を出せと言いだした――恐らくリーダー格と思われる男、ブリーダだ。


「ギッギッギ。逃げずに来たか」


「それはこちらのセリフだ。まさに飛んで火にいる夏の虫。覚悟しろ魔族!」


 チャキッ、と天川が剣を向けるが向こうは動く様子が無い。天川を舐めているのか、それとも戦闘する気が無いのか。


(そちらになくとも……こちらにはあるんだがな!)


 今は、敵の準備を待つ必要はない。そんなことをすればこちらが殺される。
 天川はそう思って斬りかかろうとしたところで――ばさり、と残りの三人もローブを脱いだ。全部で男二、女二だったか。


「……ねぇ、ブリーダ。今日は『勇者』しかいないの? あなたのお気に入りの『三叉トライデント』は? 天気や地形を変えられる魔法師なんでしょう?」


「今日は来ねぇだろォよ。来るわけがねェ。ギッギッギ。それにアイツは魔法師じゃなくて槍使いのはずだぜ」


 何やら意味深な会話をする魔族たち。『三叉トライデント』とは誰のことだろうか。
 ブリーダに問うた女はメガネをかけて理知的な雰囲気だ。目立つのは異様に大きい杖。本人の背丈ほどあるそれを背負っている。
 彼女の眼が天川に向けられる。冷たい……まるで氷のような眼。


「あんなの解体バラしてもつまらないわよ。っていうか、『三叉トライデント』が来るって言ってたから来たのに……」


「そう怒るな、ホップリィ。いいではないか、勇者。恐らく強いぞ?」


 ぶちぶちと文句を垂れている女。そんな彼女を制したのはブリーダではなく、別の男だった。
 能面のような――というか仏像のような顔の男。よく見ると異様に背が高い、二メートル……もっとか?
 スキンヘッドとその体躯、さらに細い眼のせいで一見してヤクザだ。しかしその口調は非常に穏やかで、邪気も感じられない。


「でもね、タルタンク。あたしは『三叉トライデント』を解体バラせるって聞いたから来てるのよ? それを今さら別ので我慢しろだなんて意地が悪いわ」


「ギッギッギ。いいじゃねェか。光魔法――テメェも興味あるだろ?」


 ブリーダのセリフに、今まで黙っていた最後の女――炎のように紅い髪を靡かせた女が大笑いする。


「キヒャァ! キヒャヒャヒャァ! 光魔法! 『勇者』! いいじゃん、ホップリィ! 燃やしがいがあるぜキヒャァ!」


「……これだから気狂いクレイジーは嫌よ。あたしは『三叉トライデント』がいいの。あなたもトポロイモンが食べたいときに全く別の物が出てきたら嫌でしょう? モルガフィーネ」


「別にぃ~? アタイは出たもんを焼くだけだからァ。キヒャァ!」


「ふむ……我からすれば強ければ何でもいいんだが」


 会話が成立しているようで、基本的に言いたいことを言いっぱなしにしている魔族たち。その『仲間』ではなく『四人、魔族がいる』といった状況にたまらない違和感を覚える。
 率直に言って不気味だ。
 しかし――


(くっ……流石は、魔族。それも王都に殴り込みをかける連中だ……ッ!)


 ――分かる。
 一人一人が、自分に匹敵するほどの強さを持っていることが。
 一対一ならば、分からない。しかし四人を同時に相手しようと思うのであれば……工夫が要る。
 全員、フードを脱いだ瞬間とんでもない『圧』を周囲にまき散らしていた。激昂していた天川の頭が急速に冷える程の『圧』を。
 まだ桔梗のバフは続いている。自分の意思で今はスリープモードのようにしているが、必要とあれば即座に全身に纏える。
 すぐにでも神器を解放することは出来るし――さらに『修羅化』も切っていない。使える手札はまだまだある。


(行くぞ……ッ!)


 気持ちを前向きに――そう思った瞬間、だった。


「っ! ……なん、なんだアレは……?」


「ギッギッギ。勇者ァ……テメェ、よくもまァこんなにオレ様の可愛い魔物たちを殺してくれたなァ。ギッギッギ! 虎の子のハウリングシムルグすらぶっ殺されたしよォ!」


 空間が歪む。
 井川の使う転移魔法とは違う――ブラックホールのように周囲の空間を取り込んで空間が増殖していっている。
 自分でも何を言っているか分からないが、何が起きているのかも分からない。ただ、魔力が集まっている。
 悍ましい、怖気のする魔力が。


「さァて、問題です。この結界は何のために張られたものでしょォ~かァッ!」


 何のために、と言われても……自分たちを逃がさず、確実に魔物で狩るためではなかったのだろうか。
 そこまで思考を進めて、ふと違和感を覚える。
 自分たちを確実に狩るためであれば、例えばこの前の――ノヴォールと戦った盗賊討伐の時の洞窟などで同じことをやればいい。
 であれば……王都を壊滅させるため?
 なるほど確かに、ラノールさんを始めとした第一騎士団がいない今、王都を陥落させるためには絶好の機会だろう。
 しかし王都を落とすメリットが薄い。意味が無いとは言わないが、人族の将である国王がいない今ただの『虐殺』にしかならないと言える。
 王都と自分たちを同時に落とすため?
 ……何のために。同時にやる理由がない。
 混乱する天川を見てニヤニヤと笑うブリーダ。それにややムッとした天川は、ブリーダを睨みつける。


「大方、お前らの趣味だろう。人々の泣き叫ぶ声が聞きたいとかそういう!」


 あんまりな言いがかりな気もしたが、ブリーダはニヤニヤと楽しそうに笑う。


「ギッギッギ。否定はしねェ。しねェが、ちがァ~う。ぶっぶー、だぜ勇者」


 ブリーダが手を広げると、彼のすぐ横に小さな空間の歪みが現れた。前方の巨大な歪みとは違い、腕で払えば消えてしまいそうな小さな歪み。
 そこに、何故か魔魂石を投げ込むブリーダ。するとどうだろうか、歪みからボコボコと泡だった『ナニカ』があふれ出し……一体の魔物となった。Cランク魔物、ロアボアだ。


「――ッ!?」


 空間から現出する魔物。初めて見る光景に目を見張る。
 それと同時に、先ほどまでの違和感を思い出す。即ち、密閉空間で倒し続けているはずなのに減らない魔物。
 こうして魔族たちが新しく生み出していたなら、増えはすれど減ることはないのかもしれない。


「いや、でも、待て……」


 あれほど小さな歪みで、Cランク魔物が出てきたというのなら。
 今、目の前に発生している歪みは!
 一体どれ程の――


「さァァァァて。じゃあこの結界の説明をするぜェ。ギッギッギ!」


 得意満面、と言った風な表情で笑いだすブリーダ。


「また始まった。あたし、研究者としてのアンタは嫌いじゃないけど……これだけは玩具を見せびらかす子どもみたいで嫌」


「ふっ、そう言うな。非常に正々堂々で良いではないか」


「キヒャァ。アタイはさっさと殺させてくれりゃなんでもいい~」


 仲間の魔族たちもこちらに仕掛けてくる様子はない。むしろ呆れているようだ。
 仕掛けてこないというのなら好都合、今のうちに光魔法の詠唱を初めておく。


「この結界はァァ……魔力を逃がさないための結界だ。ギッギッギ。この結界の内部で死んだ魔物、人間の魔力は霧散せず留まる。そして一定以上になるとこうした歪みとして現れる。そこに魔魂石を放り込むと……」


 再び現れる魔物。今度はBランク魔物――ハンマーオーガだ。


「んっんー。このように! 魔物は新たに生まれる度に純度が高まり、どんどん強くなる! ギッギッギ。ではではではァ! なんでこの結界を張ったか、なんで王都を狙ったかァ……そろそろ分かるんじゃねェかなァ!」


 人が死ねば魔力が満ちる。
 魔物が死ねば魔力が満ちる。
 そして満ちた魔力で再び魔物が産まれる。
 目の前に出来た巨大な歪み――


「まさか……より強力な魔物を生み出すために……!?」


「ギッギッギ! そうだよ、その通りィ! テメェが破壊した杭! あれはこの結界の起点でありながら維持するため、そして範囲を指定するための防衛機能! それが破壊された今、この結界は内部の敵を殲滅するための――最強の魔物を生み出そうとする! 倒された魔物たちは魔力となり、この歪みに集結する!」


 高笑いするブリーダ。
 天川は咄嗟に剣を振り上げ、『飛斬撃』を撃ち出す。
 しかしブリーダはあっさりと黒い塊でそれを防ぎ、逆に水弾をいくつもこちらへ投射してくる。


「ぐっ!」


 剣で打ち払い、さらに距離を詰めようと足に力を籠めた。
 だが――


「っ! 脚が」


「オレ様の説明がまだ終わってねぇだろうがァ!」


 気配もなく、水の鞭が天川の足に絡みついていた。




 脚を水で拘束されている。力業で無理矢理引きちぎることは出来たが、これじゃあ跳んでも即座に撃ち落とされる。 
 マズい、止められない……っ!


「気づいてねェかもしれねェが、この結界は徐々に小さくなっている」


 言われて結界を見てみるが、大きさが変わっているようには見えない。
 だが……もしも彼の言っていることが本当ならば、逃げ場は少しずつ失われるということになる。


「そんなところで……超巨体の魔物が暴れたらどうなると思う? 例えば……エレメントドラゴンのような巨大な魔物が!」


「貴様……! ふざけるな!」


 吠えるが、どうにもならない。


「そんな強力な魔物が暴れてみろ! お前たちとて無事では済まないだろう!」


「なんでオレ様たちが張った結界を、オレ様たちが抜けられないと思ってるんだ。ギッギッギ!」


「くっ……」


 空間の歪みが最高潮になったところで……ブリーダは懐から巨大な魔魂石を取り出した。
 人間の頭部程のサイズのそれが三つ……三角形になるようにくっついている。


「さしものオレ様もSランク魔物の魔魂石を手に入れるのは難しいからなァ……ギッギッギ、こいつは特製だぜ」


 それを歪みに放り込もうとするので――天川は『飛斬撃』と『プリズムレーザー』を同時に発動する。
 ブリーダは『プリズムレーザー』を水壁で防ぎ、『飛斬撃』は黒い塊で弾いた。
 だが――


『クライマックス間近だ、オレを忘れて貰っちゃ困る!』


 ――志村の得意げな声と共に巨大なロボットが現れ、魔族たちに襲いかかった。
 翼を広げて急降下してきた志村ロボットは、機関銃を掃射しながらブリーダたちに殴り掛かる。


「チィッ! こいつァ計算外だぜ! タルタンク!」


「確かにこの巨体なら我の出番か。ぬぅん!」


 スキンヘッドの男が、その巨大ロボットとブリーダの間に入りロボットの拳を受け止める。
 ガギィン! と鉄と鉄がぶつかり合うような音が響き、空気が震える。
 ロボットは押し合いになるのを嫌ったか、急上昇しつつ――バルカンから弾丸を雨あられのように降らした。


「キヒャァ! 燃やしがいがありそうだぜ!」


「この程度で我らの防壁を破れるとでも思ったか!」


 前に出たモルガフィーネの肉体から炎が噴出する。否、噴出ではなく自分自身が炎に変容している。
 魔術――というよりもいっそ魔物の挙動に近いそれに驚く間もなく、モルガフィーネの火炎が志村ロボットの弾丸を燃やし尽くしてしまった。


『……魔族ってのはどいつもこいつも! 鉄を溶かすってどんな火力だ!』


 志村がぼやく。志村ロボットは殴り掛かってきたタルタンクに腕の杭を撃ち出すが、敵はそれを岩の盾で受け止める。
 杭は盾を難なく突破したが、既にそこにタルタンクはいない。立ち回りも的確だ。
 志村ロボットは飛び上がり、空中で一回転して体勢を整えた。


『それならこいつだ――ビーバトラー6号!』


 ロボットの背部から――ティラノサウルス型のロボットが出現する。空気を震わせるほどの咆哮の後、変形して異様な大きさの大砲となった。
 それを巨大ロボットがキャッチし、砲門に――ティラノサウルスの口部分にエネルギーを集中させていく。


『喰らえ!』


「させるかァァァッ! ホップリィ!」


「……はいはい」


「させるかはこっちのセリフだ!」


 ホップリィとかいうのが風で壁を作ろうとしたところに、天川の『飛斬撃』が滑り込む。
 彼女の腕がバン! と弾かれ、展開しようとしていたであろう魔術が霧散してしまった。


「……あれ?」


『いいぞ天川。くたばれ、ティランティックフルパワーカノン!』


「おせぇ!」


 直後、ロボットの背後からブースターが煌々と輝きだす。同時に発射される極太のレーザー。ドラゴンのブレスにも似たそれは、比べ物にならない程の威力を以って魔族たちを飲み込まんとする。
 だが――


「ギッギッギ……」


 ――スバヒュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥム!
 尋常ならざる威力のレーザーは……志村ロボットほどもあろうかという大きさの腕によって防がれてしまった。


『……おいおい、冗談だろ? ドラゴンも消し飛ばすレーザーだぞ……ッ!』


 ロボットからも動揺の声が。
 だが天川には『猛禽の瞳』のおかげで一瞬だけ見えた。受け止めた右腕が何重もの結界を張って今の一撃を防いだことを。
 もうもうと立ち込める土煙の中から……とうとう、魔物がその姿を現す。


「ギッギッギ……ギィーッギッギッギッギ! やったぞ、やった成功だァ! ソードスコルパイダーのように制御不能な魔物じゃねェ! Sランク――否! SSランク魔物とでも呼ぼうか!」


 まず見えるのは、その巨体。五十メートルは優にありそうだ。志村の乗る巨大ロボットの三倍はあるんじゃなかろうか。
 赤銅の肌、腰回りは体毛で覆われているが――その一本一本が鋼鉄より堅そうだ。
 ズズン、と地響きを起こしながら『それ』が着地する。足の指は七本もあるが――シルエットは二足歩行動物のそれに近い。
 上空の方へ顔を向ける。腕は六本もあり、その一本一本がアックスオーク程度なら一撃で捻りつぶしてしまうことが確信できる太さ。
 さらに背からは翼が生えており――その全長は空を覆う程。
 顔は三つあり、その全てに巨大な角が二本ずつ生えている。悪鬼そのものと言ったその顔の一つ一つがギョロリと天川を見た。


「まるで阿修羅像だな……」


 天川の呟きにブリーダが「おっ」と反応する。


「ギッギッギ、いい響きだ。命名しよう――SSランク魔物、デモンアシュラ! さァ、そこにいる勇者に恐怖と絶望を叩き込んでやれ」


「グォォォォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」


 空気を叩くようなその咆哮。
 天川ですらその場に踏ん張らなければ吹き飛ばされてしまいそうなそれに、辛うじて残っていた周囲の建造物がまとめて吹き飛ばされてしまう。
 心臓が暴れる。
 脳が震える。
 魔物――なんて括りでくくっていいのだろうか。ヘリアラスさんからすらこれほどの『圧』を感じたことはない。
 全身の細胞が警鐘を鳴らす。


 アレと戦ってはいけない、と。


 デモンアシュラは天川たちを睨むと、口をカパリと開けた。
 何をするのか――なんて考える暇は無かった。殆ど無意識に体が動く。


「――ッ!!」


『チィッ!』


 ドッ! 地面が陥没するほどの勢いで跳躍する。志村ロボットも超高速で空へ飛びあがった。
 その途端――ゴォォオオオオオオオオオオオオオォォぉォォォオオオオオオオ!!!! と三つの口から真っ黒な炎が天川たちのいた地面を焼く。
 もしも数コンマ一秒でもあの場にいたら今頃天川はこの世にいないだろう。
 今日だけでも何度目か分からない冷や汗が背中を伝う。


「こいつは……骨が折れそうだな」


 空中で志村のロボットに着地し、笑みを浮かべる。


(強がってる……な。ああそうだ、これは怖い)


 だが、ここでこいつに暴れられて――仲間たちが皆死ぬ方がよほど怖い。
 右側の三本の腕が天川たちを押し潰すように振るわれるが――これほどの巨体だというのに、今までのどんな魔物よりも速い。


「クッ!」


『クソッ!』


 志村ロボットから天川は飛び降り、それを何とか回避する。
 ロボットの方は何らかのシールドを張るが――耐えられず地面に激突してきた。


「大丈夫か!」


 外部の損傷は無いように見える。こっちもどんな耐久力をしているんだか。


『こんなもの、マールの我がままに比べればどうってことはない!』


『どういうことですのミリオ!』


 元気そうだ。


『やるしかない、覚悟を決めろ天川』


「ああ」


 神器を構え、一つ呼吸を整える。
 敵は魔族四人にSSランク魔物。


「文字通り修羅場ってやつだな、志村」


『インドラの槍を持ってるなら即座に出せ』


「聖剣で勘弁してくれ」


 増援は期待できそうに無い。
 であれば、この剣にすべてを託そう。


『「第三ラウンドと行こうか』」


 瞬間、声を重ねて。
 天川は雄たけびをあげながら敵へ一歩踏み出し――


『ッ! 天川、下がれ!』


 ――一条の光の槍が天から降り注いできた。




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 ――『最凶』が産声をあげるそのほんの少し前。
 王都上空、その更に上に。


「やれやれ……王都に来るのは二度目だけど、いつも魔族がらみだね」


「そう言うな。これが終わったらあのレストランに行かないか? ……今度は皆で」


「そうですよ、マスター。トーコさんだけズルいので、ちゃんと連れて行ってください」


「ヨホホ! 今夜は飲み過ぎないでくださいデスよ、キョースケさん」


「王都は美味い酒も多いからのぅ。ちゃんと残っておればよいが」


「ところでミスラノール。王都ではないが良いバーを知っているんだ。この戦いが終わった後、一杯いかがかな?」


「生憎だが剣はこの国に、操はアキラに捧げると決めているんだ。その誘いには乗れないな」


『頂点超克のリベレイターズ』
『黒』
『第一騎士団騎士団長』


 ――『最強』が、来た。



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