異世界なう―No freedom,not a human―
186話 ポーションと議会と剣
転移に成功したが、王城も無事とは言えなかった。林に囲まれているため陸路からくる魔物たちは来ていなかったが、空を飛べる魔物が何体も火球を吐いて攻撃していた。
非戦闘員は逃げ惑い、王城に残っていたわずかばかりの騎士団が迎撃している最中のようだ。
落ち着け、と自分に必死に言い聞かせる。逸る気持ちを抑え、どうにか心を鎮める。
(鎮まれ!) 
「取りあえず周辺の魔物を一掃するぞ。でなければ休息すら出来ない! 井川、木原! 非戦闘員を城の内部に避難させろ! 呼心は救護、難波はその護衛だ!」
「「了解」」
井川は即座に転移する。流石に城の内部まで魔物が入り込んでいることは無いだろうし、仮にそうだったとしてもあの二人なら問題あるまい。
「OK、明綺羅君。……無理しないで」
「それじゃ空美さん、王子様と違って頼りないかもしれねぇけどしっかり守るぜ」
難波と呼心が駆けて行く。難波はここ数日で本当に頼もしくなった、こういう時に呼心の護衛を任せられるくらいには。
よし、と魔物たちに向き直り――残っている二人に指示を出す。
「新井、桔梗、俺と一緒に外からどんどん魔物狩りだ。桔梗は俺にバフを頼む。新井は桔梗の傍について遠距離から魔法を狩ってくれ」
「分かり、ました」
「わ、分かりました」
新井は既に戦闘態勢に入っているのか、トランス状態に似た眼の焦点が合わない状態になっている。
桔梗からのバフをもらい、取りあえずその辺にいた魔物を切り飛ばす。ズバッ! と一撃で吹っ飛んだ魔物は……Bランク魔物のボウガンワイバーン。
神器を開放している状態なので、切れ味も普段以上。さらに桔梗のバフがあるのだから、Bランク魔物程度なら一撃だ。
「……『霜の力よ! 氷結者の美沙が命令する! この世の理に背き、敵を貫き動きを止める氷の槍を! フローズンランス』!」
新井が範囲攻撃で空を飛ぶ魔物たちを打ち落としてくれる。天川はそれが地面に落ちてくると同時に首を斬り飛ばし、どんどん数を減らしていく。
あらかた片付いたか――そう思うとほぼ同時に四体ほど魔物が。
「……くそっ、おかわりか」
追加の魔物が即座にやってくる辺り、本当にどれほどの魔物がいるのか概算することすらできない。
しかし今の天川は神器を解放している状態。この程度なら問題は無い。
「おおおおおおおおお!」
轟!
轟!
轟!
城に近づく魔物たちを撃ち落とす。先ほどのように撃ち漏らしても、今度は新井が広範囲攻撃で羽などを凍らせて飛べなくしてくれる。
とにかく拠点をどうにか確保せねば――
「アマカワ殿!」
――と、後ろから声が。振り返ると、人の好さそうな好青年――シロークだ。
「ご無事でしたか!」
「そちらこそ、シローク長官。……城はまだ被害が少ないらしいですね」
「ええ。……現在、王城に残っていた魔法師たちが結界を張る準備をしています」
「つまり俺たちの仕事はそれまでの時間稼ぎですね。了解です」
やることがハッキリすると、元気も湧いてくる。桔梗のバフを更に増やし、魔物に飛び掛かっていく。
ワイバーンを剣で薙ぎ払い、近くにいた空飛ぶタコを掴み、地面にたたきつける。
血まみれになりながも無心で魔物を殺していると……ようやく結界の準備が出来たようだ。天川たちが下がると同時に薄いが結界を張ることに成功する。 
……もって三十分くらいだろうが、無いよりはマシだ。
「城内にまでは入られていませんので、ここを避難所にしたいところですが……」
「しかしあの魔物の群れの中、人を救出に行けるでしょうか」
ホッとした声でシロークがそう言うが、表情は優れない。天川と一緒でこの結界が長続きしないことを理解しているのだろう。
こんな時に阿辺がいてくれれば……。
「ひとまず休息しましょう。その後……誠に申し訳ないのですが、アマカワ殿。共に戦っていただけますか」
「ええ。……勇者ですから」
天川が笑い、シロークに頷く。彼もフッと微笑を浮かべると拳を突き出してきた。それにこちらもコツンと拳を当てていると、後ろから呼心が駆けよってくる。
「明綺羅君、城内の人の救護はあらかた完了したよ。……即死だった人以外は、何とか助かると思う」
即死。
その言葉に胸が締め付けられる想いになる天川。
守れなかった。
自分のせいで攻めて来た魔族から――人を、民を、守れなかった。
そのことに尋常じゃない程の後悔に襲われるが……何とか、膝は折らない、折れない。
まだ自分は生きているのだから。
「……シローク長官、その」
「魔族の声はここまで届いてはいました。……ですが、今は落ち着きましょう」
「……はい」
グッと拳を握りしめるが、今は落ち込んでいる暇はない。
いったん休憩を――ということで、シロークを伴って異世界人がよくミーティングに使う部屋に入る。
するとそこには珍しい顔が。
「おー、天川。取りあえずコレ飲め」
天川たちの担任、温水健三だ。
彼に差し出されたものは……湯飲みに入った、緑色の液体。色だけなら緑茶だが、凄まじい匂いが漂ってくる。
「えっ……こ、これ何ですか?」
「おう、よくやったぞ委員長。まあいいから飲め」
怪し過ぎる。
しかし温水先生はわしゃわしゃと天川の頭をなでると、ニンマリと笑みを浮かべる。
「なぁに、怖いのは一瞬だ。すぐに気持ちよくなれるぜ」
「余計に怖くなりました」
「はっはっは。うるせぇ、いいから生徒は先生の言うことを聞け」
生徒。
先生。
そういえば、と思い出す。彼は天川にとってずっと『先生』だったなと。
変にこちらを頼ってくることは無い。先生と生徒という関係のまま、対等に扱ってくれた。思えば、それは彼だけだったかもしれない。
……天川はそんなことを考えながら、別の生徒に湯飲みを渡す温水先生を眺める。
「空美、お前はこっちだ。新井と、追花もこっちだな。難波ー、お前もいる?」
「い、いりますよ先生!」
「じゃあ緑だ」
笑いながら、異世界人の皆に湯飲みを渡していく温水先生。
「どうも。……水色?」
「どっちも俺が改良したポーションだ。気休め以上の効果があるぞ」
恐る恐る口をつけると……ふっ、と体が軽くなる。疲労がどんどん抜けていくようだ。
呼心の方を見ると、彼女も驚きに目を見開いて温水先生に食って掛かる。
「えっ、せ、先生! これ!」
「ああ、魔力はしっかり回復しただろ。……俺はこういうことしか出来ないからな」
ほんの少し、苦笑いを浮かべる温水先生。彼は戦えない異世界人のために城に残ってくれたのだが……やはり、自身に戦闘力が無いことを気にしているのだろうか。
「今、生徒たちでこのポーションを配ってる最中だ。お前らはさっさと態勢を立て直して……なんかよく分からねえけど、攻めてきた奴をぶっ飛ばしてやれ」
ニッ、と……前の世界で実験をやっていた時のような笑みを浮かべる温水先生。それに不意に涙が出そうになった天川は、ブンブンと首を振って頷いた。
「ええ。頑張ります」
「おう、じゃ俺行くな」
温水先生が去っていく中、呼心が横から手を握ってきた。
「いつも通り、だったね。先生」
「ああ。……いつも通り、先生だったな」
いつも通り。
それは彼が大人だからか、それとも別の理由が。
「天川、取りあえず皆退避出来たと思う」
「外の方までは見れてねえけど、城内に敵はいないことは確認したぜ。あとさっき温水先生に渡されたポーション、ヤベェな」
木原と井川の二人も合流してきた。
外では恐らく騎士団の人が協力して見張りをしてくれている。一旦、これで態勢を立て直せたと言えるだろうか。
そのことにホッとしていると、更に続々と人が集まってきた。
「アキラ様!」
「……ティアー王女! ご、ご無事でしたか!」
「アキラ様こそ……! ああ、良かったですわ……!」
今にも泣きそうになるティアーを支えつつ、天川はホッと胸をなでおろす。彼女が無事で良かった。
更にバン! と新郎から新婦を奪いに来た間男ばりに勢いよく扉を開けて入ってきたのは――宇都宮。
彼女はそのまま新井に抱き着くと、地面に押し倒してしまった。
「美沙! 良かった!」
「の、野乃子ちゃん……わぷっ!」
二人で倒れこみ、何故か宇都宮が新井の衣服をまさぐっている。何をやっているんだ。
……まあ怪我が無いか確認しているんだろう。
「の、野乃子ちゃ……んっ、やっ……ど、どこ触って……」
怪我が無いか確認しているだけだ。そう思おう。
「……明綺羅君?」
「アキラ様?」
「……天川くん?」
何故か女性陣から睨まれているが、無視だ。
「ところでやっぱり……阿辺はいないのか?」
天川が問うと、シロークがきょとんと首を傾げた。
「アベ様は……そういえば見ていませんね。どうかなさったんですか?」
「ああ、いえ実は――」
と言いかけて、彼に阿辺のことを言ってはいけないと思い直す。ただでさえ天川のせいで魔族が攻めてきたのだ。これ以上、異世界人の評判を下げてはならない。
「――さっき、市街ではぐれてしまったんです。今頃八面六臂の活躍をしていると思います」
「そうですか。確かに人格面はともかく、実力はあると聞き及んでいます。それならば安心でしょう」
「ええ。人格面はともかく」
そう、アレでそれなりに強いから始末に負えないのだ。
万一裏切っていれば……それはそれは厄介だろう。
いや……状況証拠がそろい過ぎている。希望は捨てた方がいいのかもしれない。
「それでは……落ち着いたところで、アマカワ殿。議会が呼んでおります」
シロークがそう言った瞬間、室内にピリッと緊張感が走る。
唯一宇都宮だけはよく分かっていない様子だが、それは仕方が無い。だから新井の衣服をまさぐるのはやめるんだ。
……議会、名前の通りこの国の政治を執り行う場所だ。
「オーモーネル大臣もいるだろうが……いや、彼だけじゃないな。さて今回はどんなことを言われるのやら」
何せ天川たちのせいでこんな惨劇が現在引き起こされているのだから。
重いため息をつくと、難波がドカッとその場に座り込んだ。
「……ぶっちゃけ、今会議とかしてる場合か?」
「戦略会議なら必須だと思いますよ」
シロークが苦笑いしながら言う。
……事件は会議室で起きてるんじゃない。現場で起きているんだ。
あのセリフを思いっきり叩きつけてやりたいところだが、そうもいかない。天川は剣をアイテムボックスに仕舞ってからシロークに向き直る。
「呼ばれてるのは俺だけですか?」
「ええ」
「では行きましょう」
そう言って行こうと歩き出すと、スッと呼心とティアー、そして桔梗が横に並んだ。
「来るなって言われても行くから」
「わたくしの力があった方がよろしいですわよ、アキラ様」
「天川くんに手助けなんていらないかもしれないけど……」
頼もしい仲間たちだ。
シロークの方を見ると、彼はやや困惑した表情を見せつつも……頷いた。議会に顔を出した瞬間何やら言われるだろうが、それもねじ伏せねば。
今は一秒でも惜しい。
「ではこちらです」
「何というか、第二騎士団団長であるシローク長官に案内をさせてしまうなんて……申しわけない」
「いえいえ、私も呼ばれたついでですよ。……それよりもアマカワ殿、議会は何を言うか分かりません。気を引き締めてください」
真剣な顔のシローク。
「出来れば、私にも詳細を教えてください。何か援護出来るかもしれません。……この戦い、あなた方がいなければ王都は蹂躙されるばかりです。速やかにあなた方が戦いに戻れるようサポートさせてください」
「シローク長官……ありがとうございます。ですが、これは俺たちの戦いですから」
頭を下げて、そう宣言する。
シロークはそんな天川を見るとニッコリと笑みを深めてから頷いた。
「……そうですか。では、頑張りましょう」
彼について五人でゾロゾロと歩く。
ティアーがいるのは心強いのだが、果たして彼女の意見もどこまで聞き入れるものだろうか。
そんなことを考えていると、扉の前に着いていた。
「失礼します」
「「「失礼します」」」
「アトモスフィア王国、第一王女ティアー・アトモスフィア。ただいま参りましたわ」
「来ましたか」
議会には、数人の大臣たちと普段であれば国王、そしてそれ以外の執務を行っている貴族たちが二十人ほど……というメンバーだ。
そして現在、国王とその側近はシリウスに行っているため……議会にいるのはほぼ敵か中立と見てもいい。
入った瞬間、円形のテーブルに座った貴族たちがザッとこちらを値踏みするように見てくる。中には笑みを浮かべている者すらいた。……外は阿鼻叫喚だというのに暢気なものだ。
「さて……何故ここに呼ばれたか、分かっていますか? アキラ・アマカワ」
大臣の一人であるビザビ・セサミスリーがこちらに優しげに話しかけてくる。彼は王家派の大臣で、普段から発言の回数は少ないが気さくで人脈の広い男だ。
王家派の彼がいるということに少しホッとする天川。それならば滅多なことを言われることはあるまいと。
無論、オーモーネルの姿も見えているため……あまり油断は出来ないが。
「はい。恐らく……魔族の言っていた件でしょうか」
「その通りです。ではそのことについて何か言いたいことはありますか?」
教師のような口調のビザビに天川も淡々と返す。
「はい。……敵の魔族はどこからか私たちがここにいる情報を突き止めこのような凶行に出たんだと考えられます。そのため、一刻も早く戦場へ戻って魔物たちを退治しに参りたいのですが」
「……君たちのせいで、我々が危険に晒されているのですよ。罪悪感は無いのですか?」
別の貴族が不機嫌そうにそう言う。
呼んだのも王都から出さないのも、全て目の前にいる連中だ。だが、だからこそこんなところで油を売っていないで戦いに出たいのだが。
そんな天川の考えはつゆ知らず、別の貴族がため息をついた。
「だから私は異世界から救世主を呼ぶなど反対だったんだ」
「そもそも、今までだって何の役にも立っていないじゃないか……」
ズキリ、と胸が痛む。何の役にも立っていない――それは、反論出来なかった。
しかしそれは誰のせいかと言われれば間違いなく目の前にいる政敵たちのせいだ。そう声を大にして言いたいが、グッと堪えねばならない。
やむなく、天川は頭を下げる。
「……今回、私どものせいで王都をこのような被害に遭わせてしまい誠に申し訳ありませんでした。その責任をとって……」
「そうですね。君たちは責任を取る義務がある」
ビザビはそう言うと、にやにやと笑みを浮かべた。
唐突に雰囲気が変わったことに困惑していると……
「そもそもコレは……君たち異世界人を自由にさせ過ぎていたから、問題だったのです。そうでしょう? 有名になれば相手が殺しに来ることなど自明なのですから。もっと徹底的な情報管理、もっと言うなら彼らの管理が出来ていればこのようなことになるはずなかったのですから」
……何を言いだしたのか。
どうも本気でいっているらしいビザビは、更にとんでもないことを貴族たちに向かって発言する。
「少々、想定外の事態は起きましたが……今日、私が議会で申し上げたことに関してであれば好都合。アレを」
ビザビが合図を出すと、傍らに控えていた騎士が彼に封筒を手渡す。ビザビはそれを開くと……高らかとその中身を読み上げた。
「我々は彼らを完全に管理するため、戦闘能力を持たない異世界人を拘束し……さらに彼らも平常時には城内での活動を制限することを提案いたします」 
「「「は?」」」
思わず、天川は変な声が出てしまう。呼心と桔梗も同様だったのか、ぽかんとした顔で間の抜けた声をあげた。
まるで意味が分からない。
戦闘力を持たない異世界人を拘束?
平常時に城内での活動制限?
「なにを、言って……」
呻くように、喘ぐように声を絞り出すが、ビザビは天川たちではなく貴族たちに向かって話しかける。
「いかがでしょう、皆さま」
周囲の貴族たちもヘラヘラと笑みを浮かべ出した。
「それは……良いかもしれんな」
「うむ、恐怖も無くなる」
「実は前々から彼らが城内を闊歩している状況におそれを……」
「それに吸い上げる利……おっと、なんでもありません」
「何にせよ、もっと人族は良くなるでしょうな」
「ははは、それは間違いない」
(――ここまで、コイツらは)
怒りが頭を支配する。
思わず剣を抜きそうになるが我慢し、反論を――と思ったところで、スッとティアーが前に出る。
「そんなもの、このわたくしが許すと思っていますの? いえ、仮にわたくしが許したとて、父上がお許しになるはずがありませんですわ!」
もはや糾弾に近い声を上げるティアー。しかし、ビザビはどこ吹く風と言った風で肩をすくめた。
「そうですね。ですが……勇者様が自ら望んだとなればどうでしょうか」
「なにを言って……」
「筋書きはこうですね。仲間の裏切りによって王都に大打撃を受け、さらにその過程で仲間を全て失ってしまう。そのことに強い責任を感じた勇者アキラ・アマカワは自身を戒めるために仲間達と共に閉じこもる……と言ったところでしょうか」
一瞬、ビザビの発言の意味が分からなくなる。
仲間を、全て……失う? 外に魔物が大量にいる、今……それは、つまり……!
「きさ、ま……貴様ァ!」
「連れて来い」
ビザビがフィンガースナップで合図すると同時、傍らに控えていた騎士――なぜか肩口に六芒星のマークがある――が、ビザビの後ろにある扉に入る。
そして連れてこられたのは……四十代半ばの白衣の男。 
「せ、先生!」
先ほどまで天川たちにポーションを配ってくれていた、温水健三その人だった。
非戦闘員は逃げ惑い、王城に残っていたわずかばかりの騎士団が迎撃している最中のようだ。
落ち着け、と自分に必死に言い聞かせる。逸る気持ちを抑え、どうにか心を鎮める。
(鎮まれ!) 
「取りあえず周辺の魔物を一掃するぞ。でなければ休息すら出来ない! 井川、木原! 非戦闘員を城の内部に避難させろ! 呼心は救護、難波はその護衛だ!」
「「了解」」
井川は即座に転移する。流石に城の内部まで魔物が入り込んでいることは無いだろうし、仮にそうだったとしてもあの二人なら問題あるまい。
「OK、明綺羅君。……無理しないで」
「それじゃ空美さん、王子様と違って頼りないかもしれねぇけどしっかり守るぜ」
難波と呼心が駆けて行く。難波はここ数日で本当に頼もしくなった、こういう時に呼心の護衛を任せられるくらいには。
よし、と魔物たちに向き直り――残っている二人に指示を出す。
「新井、桔梗、俺と一緒に外からどんどん魔物狩りだ。桔梗は俺にバフを頼む。新井は桔梗の傍について遠距離から魔法を狩ってくれ」
「分かり、ました」
「わ、分かりました」
新井は既に戦闘態勢に入っているのか、トランス状態に似た眼の焦点が合わない状態になっている。
桔梗からのバフをもらい、取りあえずその辺にいた魔物を切り飛ばす。ズバッ! と一撃で吹っ飛んだ魔物は……Bランク魔物のボウガンワイバーン。
神器を開放している状態なので、切れ味も普段以上。さらに桔梗のバフがあるのだから、Bランク魔物程度なら一撃だ。
「……『霜の力よ! 氷結者の美沙が命令する! この世の理に背き、敵を貫き動きを止める氷の槍を! フローズンランス』!」
新井が範囲攻撃で空を飛ぶ魔物たちを打ち落としてくれる。天川はそれが地面に落ちてくると同時に首を斬り飛ばし、どんどん数を減らしていく。
あらかた片付いたか――そう思うとほぼ同時に四体ほど魔物が。
「……くそっ、おかわりか」
追加の魔物が即座にやってくる辺り、本当にどれほどの魔物がいるのか概算することすらできない。
しかし今の天川は神器を解放している状態。この程度なら問題は無い。
「おおおおおおおおお!」
轟!
轟!
轟!
城に近づく魔物たちを撃ち落とす。先ほどのように撃ち漏らしても、今度は新井が広範囲攻撃で羽などを凍らせて飛べなくしてくれる。
とにかく拠点をどうにか確保せねば――
「アマカワ殿!」
――と、後ろから声が。振り返ると、人の好さそうな好青年――シロークだ。
「ご無事でしたか!」
「そちらこそ、シローク長官。……城はまだ被害が少ないらしいですね」
「ええ。……現在、王城に残っていた魔法師たちが結界を張る準備をしています」
「つまり俺たちの仕事はそれまでの時間稼ぎですね。了解です」
やることがハッキリすると、元気も湧いてくる。桔梗のバフを更に増やし、魔物に飛び掛かっていく。
ワイバーンを剣で薙ぎ払い、近くにいた空飛ぶタコを掴み、地面にたたきつける。
血まみれになりながも無心で魔物を殺していると……ようやく結界の準備が出来たようだ。天川たちが下がると同時に薄いが結界を張ることに成功する。 
……もって三十分くらいだろうが、無いよりはマシだ。
「城内にまでは入られていませんので、ここを避難所にしたいところですが……」
「しかしあの魔物の群れの中、人を救出に行けるでしょうか」
ホッとした声でシロークがそう言うが、表情は優れない。天川と一緒でこの結界が長続きしないことを理解しているのだろう。
こんな時に阿辺がいてくれれば……。
「ひとまず休息しましょう。その後……誠に申し訳ないのですが、アマカワ殿。共に戦っていただけますか」
「ええ。……勇者ですから」
天川が笑い、シロークに頷く。彼もフッと微笑を浮かべると拳を突き出してきた。それにこちらもコツンと拳を当てていると、後ろから呼心が駆けよってくる。
「明綺羅君、城内の人の救護はあらかた完了したよ。……即死だった人以外は、何とか助かると思う」
即死。
その言葉に胸が締め付けられる想いになる天川。
守れなかった。
自分のせいで攻めて来た魔族から――人を、民を、守れなかった。
そのことに尋常じゃない程の後悔に襲われるが……何とか、膝は折らない、折れない。
まだ自分は生きているのだから。
「……シローク長官、その」
「魔族の声はここまで届いてはいました。……ですが、今は落ち着きましょう」
「……はい」
グッと拳を握りしめるが、今は落ち込んでいる暇はない。
いったん休憩を――ということで、シロークを伴って異世界人がよくミーティングに使う部屋に入る。
するとそこには珍しい顔が。
「おー、天川。取りあえずコレ飲め」
天川たちの担任、温水健三だ。
彼に差し出されたものは……湯飲みに入った、緑色の液体。色だけなら緑茶だが、凄まじい匂いが漂ってくる。
「えっ……こ、これ何ですか?」
「おう、よくやったぞ委員長。まあいいから飲め」
怪し過ぎる。
しかし温水先生はわしゃわしゃと天川の頭をなでると、ニンマリと笑みを浮かべる。
「なぁに、怖いのは一瞬だ。すぐに気持ちよくなれるぜ」
「余計に怖くなりました」
「はっはっは。うるせぇ、いいから生徒は先生の言うことを聞け」
生徒。
先生。
そういえば、と思い出す。彼は天川にとってずっと『先生』だったなと。
変にこちらを頼ってくることは無い。先生と生徒という関係のまま、対等に扱ってくれた。思えば、それは彼だけだったかもしれない。
……天川はそんなことを考えながら、別の生徒に湯飲みを渡す温水先生を眺める。
「空美、お前はこっちだ。新井と、追花もこっちだな。難波ー、お前もいる?」
「い、いりますよ先生!」
「じゃあ緑だ」
笑いながら、異世界人の皆に湯飲みを渡していく温水先生。
「どうも。……水色?」
「どっちも俺が改良したポーションだ。気休め以上の効果があるぞ」
恐る恐る口をつけると……ふっ、と体が軽くなる。疲労がどんどん抜けていくようだ。
呼心の方を見ると、彼女も驚きに目を見開いて温水先生に食って掛かる。
「えっ、せ、先生! これ!」
「ああ、魔力はしっかり回復しただろ。……俺はこういうことしか出来ないからな」
ほんの少し、苦笑いを浮かべる温水先生。彼は戦えない異世界人のために城に残ってくれたのだが……やはり、自身に戦闘力が無いことを気にしているのだろうか。
「今、生徒たちでこのポーションを配ってる最中だ。お前らはさっさと態勢を立て直して……なんかよく分からねえけど、攻めてきた奴をぶっ飛ばしてやれ」
ニッ、と……前の世界で実験をやっていた時のような笑みを浮かべる温水先生。それに不意に涙が出そうになった天川は、ブンブンと首を振って頷いた。
「ええ。頑張ります」
「おう、じゃ俺行くな」
温水先生が去っていく中、呼心が横から手を握ってきた。
「いつも通り、だったね。先生」
「ああ。……いつも通り、先生だったな」
いつも通り。
それは彼が大人だからか、それとも別の理由が。
「天川、取りあえず皆退避出来たと思う」
「外の方までは見れてねえけど、城内に敵はいないことは確認したぜ。あとさっき温水先生に渡されたポーション、ヤベェな」
木原と井川の二人も合流してきた。
外では恐らく騎士団の人が協力して見張りをしてくれている。一旦、これで態勢を立て直せたと言えるだろうか。
そのことにホッとしていると、更に続々と人が集まってきた。
「アキラ様!」
「……ティアー王女! ご、ご無事でしたか!」
「アキラ様こそ……! ああ、良かったですわ……!」
今にも泣きそうになるティアーを支えつつ、天川はホッと胸をなでおろす。彼女が無事で良かった。
更にバン! と新郎から新婦を奪いに来た間男ばりに勢いよく扉を開けて入ってきたのは――宇都宮。
彼女はそのまま新井に抱き着くと、地面に押し倒してしまった。
「美沙! 良かった!」
「の、野乃子ちゃん……わぷっ!」
二人で倒れこみ、何故か宇都宮が新井の衣服をまさぐっている。何をやっているんだ。
……まあ怪我が無いか確認しているんだろう。
「の、野乃子ちゃ……んっ、やっ……ど、どこ触って……」
怪我が無いか確認しているだけだ。そう思おう。
「……明綺羅君?」
「アキラ様?」
「……天川くん?」
何故か女性陣から睨まれているが、無視だ。
「ところでやっぱり……阿辺はいないのか?」
天川が問うと、シロークがきょとんと首を傾げた。
「アベ様は……そういえば見ていませんね。どうかなさったんですか?」
「ああ、いえ実は――」
と言いかけて、彼に阿辺のことを言ってはいけないと思い直す。ただでさえ天川のせいで魔族が攻めてきたのだ。これ以上、異世界人の評判を下げてはならない。
「――さっき、市街ではぐれてしまったんです。今頃八面六臂の活躍をしていると思います」
「そうですか。確かに人格面はともかく、実力はあると聞き及んでいます。それならば安心でしょう」
「ええ。人格面はともかく」
そう、アレでそれなりに強いから始末に負えないのだ。
万一裏切っていれば……それはそれは厄介だろう。
いや……状況証拠がそろい過ぎている。希望は捨てた方がいいのかもしれない。
「それでは……落ち着いたところで、アマカワ殿。議会が呼んでおります」
シロークがそう言った瞬間、室内にピリッと緊張感が走る。
唯一宇都宮だけはよく分かっていない様子だが、それは仕方が無い。だから新井の衣服をまさぐるのはやめるんだ。
……議会、名前の通りこの国の政治を執り行う場所だ。
「オーモーネル大臣もいるだろうが……いや、彼だけじゃないな。さて今回はどんなことを言われるのやら」
何せ天川たちのせいでこんな惨劇が現在引き起こされているのだから。
重いため息をつくと、難波がドカッとその場に座り込んだ。
「……ぶっちゃけ、今会議とかしてる場合か?」
「戦略会議なら必須だと思いますよ」
シロークが苦笑いしながら言う。
……事件は会議室で起きてるんじゃない。現場で起きているんだ。
あのセリフを思いっきり叩きつけてやりたいところだが、そうもいかない。天川は剣をアイテムボックスに仕舞ってからシロークに向き直る。
「呼ばれてるのは俺だけですか?」
「ええ」
「では行きましょう」
そう言って行こうと歩き出すと、スッと呼心とティアー、そして桔梗が横に並んだ。
「来るなって言われても行くから」
「わたくしの力があった方がよろしいですわよ、アキラ様」
「天川くんに手助けなんていらないかもしれないけど……」
頼もしい仲間たちだ。
シロークの方を見ると、彼はやや困惑した表情を見せつつも……頷いた。議会に顔を出した瞬間何やら言われるだろうが、それもねじ伏せねば。
今は一秒でも惜しい。
「ではこちらです」
「何というか、第二騎士団団長であるシローク長官に案内をさせてしまうなんて……申しわけない」
「いえいえ、私も呼ばれたついでですよ。……それよりもアマカワ殿、議会は何を言うか分かりません。気を引き締めてください」
真剣な顔のシローク。
「出来れば、私にも詳細を教えてください。何か援護出来るかもしれません。……この戦い、あなた方がいなければ王都は蹂躙されるばかりです。速やかにあなた方が戦いに戻れるようサポートさせてください」
「シローク長官……ありがとうございます。ですが、これは俺たちの戦いですから」
頭を下げて、そう宣言する。
シロークはそんな天川を見るとニッコリと笑みを深めてから頷いた。
「……そうですか。では、頑張りましょう」
彼について五人でゾロゾロと歩く。
ティアーがいるのは心強いのだが、果たして彼女の意見もどこまで聞き入れるものだろうか。
そんなことを考えていると、扉の前に着いていた。
「失礼します」
「「「失礼します」」」
「アトモスフィア王国、第一王女ティアー・アトモスフィア。ただいま参りましたわ」
「来ましたか」
議会には、数人の大臣たちと普段であれば国王、そしてそれ以外の執務を行っている貴族たちが二十人ほど……というメンバーだ。
そして現在、国王とその側近はシリウスに行っているため……議会にいるのはほぼ敵か中立と見てもいい。
入った瞬間、円形のテーブルに座った貴族たちがザッとこちらを値踏みするように見てくる。中には笑みを浮かべている者すらいた。……外は阿鼻叫喚だというのに暢気なものだ。
「さて……何故ここに呼ばれたか、分かっていますか? アキラ・アマカワ」
大臣の一人であるビザビ・セサミスリーがこちらに優しげに話しかけてくる。彼は王家派の大臣で、普段から発言の回数は少ないが気さくで人脈の広い男だ。
王家派の彼がいるということに少しホッとする天川。それならば滅多なことを言われることはあるまいと。
無論、オーモーネルの姿も見えているため……あまり油断は出来ないが。
「はい。恐らく……魔族の言っていた件でしょうか」
「その通りです。ではそのことについて何か言いたいことはありますか?」
教師のような口調のビザビに天川も淡々と返す。
「はい。……敵の魔族はどこからか私たちがここにいる情報を突き止めこのような凶行に出たんだと考えられます。そのため、一刻も早く戦場へ戻って魔物たちを退治しに参りたいのですが」
「……君たちのせいで、我々が危険に晒されているのですよ。罪悪感は無いのですか?」
別の貴族が不機嫌そうにそう言う。
呼んだのも王都から出さないのも、全て目の前にいる連中だ。だが、だからこそこんなところで油を売っていないで戦いに出たいのだが。
そんな天川の考えはつゆ知らず、別の貴族がため息をついた。
「だから私は異世界から救世主を呼ぶなど反対だったんだ」
「そもそも、今までだって何の役にも立っていないじゃないか……」
ズキリ、と胸が痛む。何の役にも立っていない――それは、反論出来なかった。
しかしそれは誰のせいかと言われれば間違いなく目の前にいる政敵たちのせいだ。そう声を大にして言いたいが、グッと堪えねばならない。
やむなく、天川は頭を下げる。
「……今回、私どものせいで王都をこのような被害に遭わせてしまい誠に申し訳ありませんでした。その責任をとって……」
「そうですね。君たちは責任を取る義務がある」
ビザビはそう言うと、にやにやと笑みを浮かべた。
唐突に雰囲気が変わったことに困惑していると……
「そもそもコレは……君たち異世界人を自由にさせ過ぎていたから、問題だったのです。そうでしょう? 有名になれば相手が殺しに来ることなど自明なのですから。もっと徹底的な情報管理、もっと言うなら彼らの管理が出来ていればこのようなことになるはずなかったのですから」
……何を言いだしたのか。
どうも本気でいっているらしいビザビは、更にとんでもないことを貴族たちに向かって発言する。
「少々、想定外の事態は起きましたが……今日、私が議会で申し上げたことに関してであれば好都合。アレを」
ビザビが合図を出すと、傍らに控えていた騎士が彼に封筒を手渡す。ビザビはそれを開くと……高らかとその中身を読み上げた。
「我々は彼らを完全に管理するため、戦闘能力を持たない異世界人を拘束し……さらに彼らも平常時には城内での活動を制限することを提案いたします」 
「「「は?」」」
思わず、天川は変な声が出てしまう。呼心と桔梗も同様だったのか、ぽかんとした顔で間の抜けた声をあげた。
まるで意味が分からない。
戦闘力を持たない異世界人を拘束?
平常時に城内での活動制限?
「なにを、言って……」
呻くように、喘ぐように声を絞り出すが、ビザビは天川たちではなく貴族たちに向かって話しかける。
「いかがでしょう、皆さま」
周囲の貴族たちもヘラヘラと笑みを浮かべ出した。
「それは……良いかもしれんな」
「うむ、恐怖も無くなる」
「実は前々から彼らが城内を闊歩している状況におそれを……」
「それに吸い上げる利……おっと、なんでもありません」
「何にせよ、もっと人族は良くなるでしょうな」
「ははは、それは間違いない」
(――ここまで、コイツらは)
怒りが頭を支配する。
思わず剣を抜きそうになるが我慢し、反論を――と思ったところで、スッとティアーが前に出る。
「そんなもの、このわたくしが許すと思っていますの? いえ、仮にわたくしが許したとて、父上がお許しになるはずがありませんですわ!」
もはや糾弾に近い声を上げるティアー。しかし、ビザビはどこ吹く風と言った風で肩をすくめた。
「そうですね。ですが……勇者様が自ら望んだとなればどうでしょうか」
「なにを言って……」
「筋書きはこうですね。仲間の裏切りによって王都に大打撃を受け、さらにその過程で仲間を全て失ってしまう。そのことに強い責任を感じた勇者アキラ・アマカワは自身を戒めるために仲間達と共に閉じこもる……と言ったところでしょうか」
一瞬、ビザビの発言の意味が分からなくなる。
仲間を、全て……失う? 外に魔物が大量にいる、今……それは、つまり……!
「きさ、ま……貴様ァ!」
「連れて来い」
ビザビがフィンガースナップで合図すると同時、傍らに控えていた騎士――なぜか肩口に六芒星のマークがある――が、ビザビの後ろにある扉に入る。
そして連れてこられたのは……四十代半ばの白衣の男。 
「せ、先生!」
先ほどまで天川たちにポーションを配ってくれていた、温水健三その人だった。
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