異世界なう―No freedom,not a human―
184話 異変と剣
始まりは突然だった。
誰の声も届かなくて。
同じ日々が続くはずなのに。
平和な日々を享受する中で、人は大切なことを忘れてしまう。
唐突に振り上げられた拳から自分の身を護るためには、やはり自分たちが強くなくてはいけない。
強くなって何か、ではなくまず強さだったのだ。
前の世界で『やりたいことは分からないなら、とりあえず勉強する』ことを推奨されていたのは、学力がそのままやりたいことを通すための『力』になったから。
ではこの世界の場合はどうか。
純粋な強さが『力』となる。
そしてその日。
人族は圧倒的な『力』を思い知ることになった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「む……」
「どうも、オーモーネル大臣」
朝のクエストを終え、汗を流した天川達が昼食に向かっている最中に大臣のオーモーネル・マイギルと出会った。
立派な髭をたくわえて白髪をオールバックにした初老の男は、その鋭い視線を天川に向ける。
「これは、『勇者』アキラ・アマカワ殿。先日ぶりですな」
先日、というのはラノールさんが国王の護衛に行くことになったあの日のことだ。以前から異世界人とオーモーネル大臣並びに騎士団派とは反目しあっていたが、あの日はそれが決定的となった日であった。
オーモーネルはジロリと天川達を睨みつけると、これ見よがしにため息をつく。
「それにしても、こんな昼日中から湯浴みとは。異世界人の方々は綺麗好きでいらっしゃる。よほど衛生観念のしっかりしていて、よほど裕福な国から来たようだ」
皮肉にしてはだいぶ感情的な台詞。いつものキレが無い。あっても困るが。
天川はふっと片頬を上げると、なるべく丁寧にお辞儀する。
「これは私どもの国では常識でして。身を綺麗に保つことで余計な病気などを防ぎ、結果的に高額な薬や医者に頼らなくてすむという」
ピクッと目元をひくつかせるオーモーネル。こんなやりとりはいつものことだが、敵意が眼にしっかりと込められている。
お互い自分たちが不利になるようなことは言えないが、相手の情報を握るために会話するしかない。こんなストレスのたまる会話は勘弁して欲しい。
そう身構えていると、何故かオーモーネルは舌打ちをついてスタスタと横を通り過ぎて行ってしまった。
「拍子抜けだね」
呼心がやや緊張した面持ちでそう呟く。確かに拍子抜けだが、喧嘩にならないことにこしたことはない。天川はどちらかというとホッとしていた。
いつもなら阿辺が噛みつき出すのだが――今日はどういうわけか午前のクエストに参加していなかったので、この場にいない。いたら面倒でしかないので好都合ではあるが。
彼が去っていった後姿を何とはなしに追うと、別の方向から爽やかな声をかけられた。
「申しわけありません、アマカワ殿」
「……シローク団長」
茶髪でたれ目の爽やかなイケメン、第二騎士団団長でありオーモーネル大臣の息子であるシローク・マイギルだ。
人の好さそうな顔に、申しわけなさを浮かべるシロークは頬を掻いて少しだけ天川の発言を訂正する。
「団長だなんて。いや団長ではありますが、第二騎士団ですからね。長官とお呼びください」
第一騎士団の団長は普通に団長と、第二騎士団は長官、第三騎士団は頭領と呼ばれるらしい。分かりやすいがどうしてそうなったのかは不明だ。
「父に代わって謝罪します。アレでも国のためを想ってはいるのですが……その想いの強さ故なのです」
「……いえ、こちらこそ。私たち異邦人を受け入れがたい、オーモーネル大臣の方が普通なのです。しっかりと実績を作って、いつか認めていただけるよう頑張ります」
「そう言っていただけると助かります」
シロークはそれだけ言うと、「では」とオーモーネルの後をついて去って行く。
「……あの二人が親子だなんて信じられませんね」
ぼそっ、と桔梗が呟く。天川も同意だが、それを言うのも忍びないので苦笑するだけにとどめる。
「親が人格者でも子がダメになることは多々ある。その逆も然りだ」
井川はそう言うと、「飯を食う気になれなくなった」と言って部屋に戻ってしまう。木原も当然それについていったので、その場に残ったのは天川、呼心、桔梗、新井、難波だけだ。
「……このパーティーって俺が男一人になると異様に気まずいんだよなー。ってわけで、俺もどっか行くわー。志村に用事もあるし」
天川、呼心、桔梗の順番に顔を見ると、ため息をついてそんなことを言う難波。新井は首をひねっているが、その視線の意味が分かる三人は微妙に気まずくなって視線を逸らす。
難波はヒラヒラと手を振ってその場を去る。結局残った四人で食堂に行くことにした。
「にしても、明綺羅君。オーモーネル大臣、何で今日は大人しかったんだろうね」
呼心の問いに、新井が「そういえば」とのんびりとした声を出す。
「さっき、騎士団の人が『何やら魔力の乱れが起きている』から今日は警戒を強めてるって言ってました。……言われてみればチリチリする感覚があります」
魔力の乱れ、か。
天川はその辺の感覚が鋭くないので呼心と桔梗の方を見るが、彼女らもよく分かっていない表情だ。
加藤がいれば分かったのだろうが。
「だから何となく慌ただしいのか。今朝は変わりなかったが」
いつも通り、王都から少し離れた場所でBランク魔物複数体の狩りだ。
「でも今日はBランクでしたよね。……最近、魔物が強くなってませんか?」
桔梗がそう問うが、魔物の強さが上がりだしたのは一年ほど前かららしい。
どちらかと言うと数が最近増えてきている……気がする、天川的には。
「私はどちらかと言うと、数が増えてる気がしますね」
「新井もか」
「はい。その分、強くなるしかありませんね」
確かに。
天川はふと窓の外を見る。
そこには真っ青な空が広がっていた。どこまでも抜けるような青い空が。
「今日は……何事もないといいな」
「そうだねー。取りあえずお腹減ったよ」
「……ああ、今日の昼はなんだろうな」
呼心に笑顔を返し、食堂へ向かう。
労働の後のご飯は美味しい。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「ってわけで志村。なんかいいモンねえか?」
突然現れた来訪者に微妙な視線を向けるが、相手は気にした様子も無く部屋に入ってこようとするので慌てて止める。
「ちょ、ちょっと待つで御座る。……どうしたんで御座るかいきなり。っていうか、拙者の部屋はやめて欲しいで御座る」
「じゃ、俺の部屋でいいか?」
「……遠いで御座るよ」
ちょっと引きつつ、結局談話室のようなところに落ち着く。お茶を入れるセットも置いてあり、メイドさんなど他の人たちもいる場所だ。
メイドさんにお願いして二人分のお茶をもらい、さてと話し出す。
「そういや、今日はあのちんちくりんの女の子、どうしてんの?」
ちんちくりんの女の子、というのはショックのことだろう。ショックは難波にも何度か会おうとしていたため、面識があるのかもしれない。
志村は肩をすくめてから首を振る。
「今朝は見てないで御座るな。……で、なんで御座るか?」
「なんか新井に新アイテムとか上げてるらしいじゃん? 俺も欲しくてさ」
新井が話したとは考えづらいが、どこで気づいたんだろうか。
別に隠すつもりがあるわけでもない。志村は素直にうなずく。
「何が欲しいんで御座るか? ものによっては安く売るで御座るよ」
「え、金取るの?」
驚きに目を見開く難波。相変わらず、クラスメイトという感覚が抜けていないようだ。そのことに目をやや細めるものの、肩をすくめるにとどめる。
「……当たり前で御座る。新井殿からだってちゃんと貰ってるで御座るよ」
ちなみに試作機を渡す時はその限りではない。テストも兼ねているので。
そのことも含めて説明すると、意外にも難波は物分かりが良くうんうんと頷いた。
「そっかー、まあ金かかるもんな。んじゃ、それでいいや。で、何かない?」
……疲れる。
相変わらず会話のテンポが合わない難波にめんどくささを感じながらも、一応話を進めていく。
「どんなものが欲しいんで御座るか? 機動性を上げたいとか、防御力を上げたいとか、そういう要望は無いんで御座るか?」
志村の問いに難波は腕を組むと背もたれに身を預けた。
「明確なビジョンは無いんだ。でも、俺ってタンク向きな能力だから……そっちを伸ばせる奴が欲しいな。皆のサポートが出来るような」
「じゃあタンクが出来そうな武器を渡すで御座るよ」
新井に渡したバリア発生装置辺りは強いだろうか。
取りあえずではあるが、新井に渡していたバリア発生装置を難波にも渡す。
「おー、カッケェ」
「そんなに連続して使えるものじゃないで御座るが、タンクをするなら便利だと思うで御座るよ」
志村の説明をふむふむと聞く難波。阿辺と一括りで見ていたからか、こうして素直に人の言っていることを聞くことを意外に思ってしまう。
「大体わかったで御座るか?」
「おうよ。連続ガードしたらダメなのはゲームと一緒だな」
ゲーム。
難波からその言葉が出てきた瞬間、志村は少しだけ口を噤んでしまう。
ゲーム感覚、というのは非常に危険な動きだ。しかし同時に、動く時に決断を早くしてくれ得るものでもある。
即ち、命がかかった一場面などでは。
故に正すべきか迷い――言葉を選んでいると、難波は楽しそうにバリア発生装置を腕にはめた。
「んー、いいなぁなんかファンタジーなのに近未来ってのは。はは、ゲームみたいに生き返れるならこうして防具とか気を遣う必要もないのになぁ」
その言葉、表情から――難波がこの世界をゲームのようだと捉えているようには感じなかった。むしろ、この世界を生きるべき現実であると受け止めているように見える。
今まで、テキトーに生きているDQNくらいにしか思っていなかった難波のその姿に、少しだけ興味がわいた。
「……難波殿はゲーム感覚ではないので御座るか」
難波は「何を今さら」という風な顔になり、笑いながら話し出す。
「塔までは俺もゲーム感覚だったぜ。でも死ぬってこと、そして生きるってこと……色々、考えさせられた。そうやって考えてたらこの世界をゲームって捉えるのなんか無理だよ」
至極真っ当なことを言う難波。阿辺といつもつるんでいる人間の発言とは思えない。
……いや普通に生きている普通の人間であればそう考えて当然なので、やはり阿辺が異常なのだろう。
「なんでいきなり拙者のところに来たんで御座る?」
「んー、天川と色々話したんだけどさ。そん時に『俺しか出来ないことを増やす』って言ったのにあんまりなにも出来てなかったからな」
難波はバリア発生装置を眺めたり構えたりしながらそう笑う。
「手っ取り早く成長する方法って、装備の更新だろ。んで、志村が何か色々武器とか作ってるのは知ってたから来たってこと」
「いい行動力で御座るな」
「今までやってなかった分な」
難波の笑顔は妙に痛々しくない。それが志村には眩しかった。
彼は自分や新井と同じく、何かを犠牲にせねば強くなれない方の人間のはずだ。つまり天川みたいに「主人公のような能力」を持っているわけではない。
でも、特にそれを感じさせない。なにも犠牲にせず強くなれる範囲で強くなる。
一つの選択なのだろうし、そういう生き方も良いと思う。
思うのだが――ほんの少しだけ、寂しいと感じてしまった。
(ああ、そうか)
違和感、そう違和感があった。寂しさを感じる理由とでも言おうか。
難波はこちら側の人間のようで、痛々しくないその違和感。
悲壮な覚悟を決めていないからではない、もっと単純な。
彼は強さを追い求めていない。
特別な何かになりたいわけじゃない。だが、志村には強さが必要だった。何かを手放してでも強さを手に入れざるを得なかった。
新井もそうだろう。分からないが、きっと京助も。
でも難波はそうじゃない。前の世界で言うならば、出世しなくていい若者という奴だろうか。自分の分を弁えて、出来る範囲で努力する。
羨ましい、素直にそう思った。気負わず生きれる、その生き方。
同時に、やはり寂しいとも思ってしまった。
強さが無いということは弱いということ。
弱いということは、力が無いということ。
力が無いということは、大切な何かを守れないかもしれないということ。
難波が弱いとは思わない。きっと志村とも、天川とも、新井とも――彼にしかない強さがあり、強みがあり、だからこそこうして自然体のまま前に進めるのだろう。
でも、直接的な力が無いことはいつか不利になる。最低限、守れなくとも逃げるだけの力はあった方がいい。
彼に大切な人ができた時、力不足で泣くのはだめだろう。そう感じるくらいにはこの数分の会話で難波のことを気に入ってしまった。
「あー……難波。もう一ついいか?」
口調が変わったことに気づいたか、難波がおやという顔になる。
志村はそれを無視して、アイテムボックスからもう一つの道具を取り出す。
それは自分が使おうとして、基本的な原理が自分に合わないと判断してお蔵入りになっていた武器だ。
「なんだそれ、剣? ……にしては、変な形だな」
難波の言う通り、変な剣だ。柄が注射器のようになっており、グリップの部分は開閉して中にカートリッジを入れることが出来る。
さらに剣の腹部分にチューブが奔っており、そこから血管のように細いチューブが刃の部分に通っている。
「剣と言えば剣。名前は付けてないが……仮にジャッジメントデストロイブラッドサンダーとでもしようか」
「仮に気合入れすぎだろ。ってか長い」
「じゃあフェイタルブレード」
「えっ、あっ、えっ……お、おお。んじゃそれで」
難波の反応を無視し、説明を始める。
「グリップを開けてカートリッジを入れる。そしてこの注射器のようになってる部分を押すと……」
言いながら剣を動かす。すると、紫色のエネルギーがチューブを通って循環していった。
「これで完了。後は魔物を切りつければ……溶けてなくなる。魔物特攻の一撃必殺兵器とでも思ってくれ」
「お、おおおお! すげぇ! なんだよコレがあれば無敵じゃん! ってか、それならコレ皆に配れば超最強じゃね?」
そこで他者に回すことをすぐに考えられるのは一つ美点だ。
「そういうわけにもいかない。持ってくれ」
「え? ……うおっ」
ズン、と難波がフェイタルブレードを取り落としそうになる。何とか持ち直したが、腕はプルプルと震えておりまともに振るえそうにない。
片手ではなく両手で持ち、何とか安定させて構えることに成功する。
「こ、これヤベェ……」
「だろ? それを振り回すには相応の能力が必要だ。それにその重さだ、飛んだり跳ねたり――木原みたいな戦い方には向いていない。どちらかというと腰を据えて戦う難波向きだ」
そう言われた難波はグッと足を踏みしめて振りかぶる。
「いけそうか?」
「あー、何とか。スキル使えば余裕だわ。コレ、どれくらいの魔物なら一撃で倒せるんだ?」
「今、カートリッジを一個使っているからな。一個で大体Bランク魔物一体くらいだ。三つか四つ入れればAランク魔物以上にもしっかり効くだろう。一撃で倒せるかは分からないが……毒を流し込めるとでも思ってくれ」
難波にそう説明しつつ、カートリッジの入った容器を渡す。全部で三十個のカートリッジが入っている。
「それと、人間には使うなよ?」
「なんでだ? 危ないからか?」
「いや、それは魔物を殺せるように調整したエネルギーだからか……人間に投与すると死ぬには死ぬが、死ぬまでに尋常じゃない力を発揮するんだ。ドーピングしてしまうとでも思ってくれ」
「あー……相手を狂暴化させちゃうみたいなもんか。了解だぜ。ちなみにこれはいくらなんだ?」
「それは試作品だ。使ったらちゃんとレポートを頼む……で御座るよ」
難波は笑いながら「おっけー」と言ってから、フェイタルブレードをアイテムボックスに仕舞う。
「それじゃあもう一つ、言葉を贈るで御座るよ。武器と一緒に助言を渡すのがメカニックの矜持で御座るからな」
「お、いいね。それじゃあフェイタルブレードを使う時は毎度それを思い出すわ」
ニヤッと笑う難波。彼もこういうノリは嫌いじゃないようで何よりだ。
こほんと咳払いしてから、目つきと口調のみ魔弾の射手のそれに切り替える。
「『弱かったり、運が悪かったり、何も知らないとしてもそれは戦わない言い訳にはならない。人生には必ず戦わなきゃいけない瞬間がある。その瞬間が来たら、必ず覚悟を決めろ』……で御座るよ」
難波は真剣な面持ちでそれを訊いた後……ほんの少しだけ首をひねった。
「元ネタは?」
「元の世界に戻った時に自力で探すで御座るよ」
「やっぱ元ネタあるのかよ」
そう言って笑い合った瞬間、ピリッと謎の悪寒が奔った。それは難波も同様らしく、目つきを真剣なものに変えている。
「何があったんだ……?」
志村は念のため黒いロングコート――強化外骨格に着替え、難波を伴って窓際まで急ぐ。
そこから王都を見ると……
「なん……だ、アレ」
「結界……で御座るか」
異変は、始まった。
誰の声も届かなくて。
同じ日々が続くはずなのに。
平和な日々を享受する中で、人は大切なことを忘れてしまう。
唐突に振り上げられた拳から自分の身を護るためには、やはり自分たちが強くなくてはいけない。
強くなって何か、ではなくまず強さだったのだ。
前の世界で『やりたいことは分からないなら、とりあえず勉強する』ことを推奨されていたのは、学力がそのままやりたいことを通すための『力』になったから。
ではこの世界の場合はどうか。
純粋な強さが『力』となる。
そしてその日。
人族は圧倒的な『力』を思い知ることになった。
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「む……」
「どうも、オーモーネル大臣」
朝のクエストを終え、汗を流した天川達が昼食に向かっている最中に大臣のオーモーネル・マイギルと出会った。
立派な髭をたくわえて白髪をオールバックにした初老の男は、その鋭い視線を天川に向ける。
「これは、『勇者』アキラ・アマカワ殿。先日ぶりですな」
先日、というのはラノールさんが国王の護衛に行くことになったあの日のことだ。以前から異世界人とオーモーネル大臣並びに騎士団派とは反目しあっていたが、あの日はそれが決定的となった日であった。
オーモーネルはジロリと天川達を睨みつけると、これ見よがしにため息をつく。
「それにしても、こんな昼日中から湯浴みとは。異世界人の方々は綺麗好きでいらっしゃる。よほど衛生観念のしっかりしていて、よほど裕福な国から来たようだ」
皮肉にしてはだいぶ感情的な台詞。いつものキレが無い。あっても困るが。
天川はふっと片頬を上げると、なるべく丁寧にお辞儀する。
「これは私どもの国では常識でして。身を綺麗に保つことで余計な病気などを防ぎ、結果的に高額な薬や医者に頼らなくてすむという」
ピクッと目元をひくつかせるオーモーネル。こんなやりとりはいつものことだが、敵意が眼にしっかりと込められている。
お互い自分たちが不利になるようなことは言えないが、相手の情報を握るために会話するしかない。こんなストレスのたまる会話は勘弁して欲しい。
そう身構えていると、何故かオーモーネルは舌打ちをついてスタスタと横を通り過ぎて行ってしまった。
「拍子抜けだね」
呼心がやや緊張した面持ちでそう呟く。確かに拍子抜けだが、喧嘩にならないことにこしたことはない。天川はどちらかというとホッとしていた。
いつもなら阿辺が噛みつき出すのだが――今日はどういうわけか午前のクエストに参加していなかったので、この場にいない。いたら面倒でしかないので好都合ではあるが。
彼が去っていった後姿を何とはなしに追うと、別の方向から爽やかな声をかけられた。
「申しわけありません、アマカワ殿」
「……シローク団長」
茶髪でたれ目の爽やかなイケメン、第二騎士団団長でありオーモーネル大臣の息子であるシローク・マイギルだ。
人の好さそうな顔に、申しわけなさを浮かべるシロークは頬を掻いて少しだけ天川の発言を訂正する。
「団長だなんて。いや団長ではありますが、第二騎士団ですからね。長官とお呼びください」
第一騎士団の団長は普通に団長と、第二騎士団は長官、第三騎士団は頭領と呼ばれるらしい。分かりやすいがどうしてそうなったのかは不明だ。
「父に代わって謝罪します。アレでも国のためを想ってはいるのですが……その想いの強さ故なのです」
「……いえ、こちらこそ。私たち異邦人を受け入れがたい、オーモーネル大臣の方が普通なのです。しっかりと実績を作って、いつか認めていただけるよう頑張ります」
「そう言っていただけると助かります」
シロークはそれだけ言うと、「では」とオーモーネルの後をついて去って行く。
「……あの二人が親子だなんて信じられませんね」
ぼそっ、と桔梗が呟く。天川も同意だが、それを言うのも忍びないので苦笑するだけにとどめる。
「親が人格者でも子がダメになることは多々ある。その逆も然りだ」
井川はそう言うと、「飯を食う気になれなくなった」と言って部屋に戻ってしまう。木原も当然それについていったので、その場に残ったのは天川、呼心、桔梗、新井、難波だけだ。
「……このパーティーって俺が男一人になると異様に気まずいんだよなー。ってわけで、俺もどっか行くわー。志村に用事もあるし」
天川、呼心、桔梗の順番に顔を見ると、ため息をついてそんなことを言う難波。新井は首をひねっているが、その視線の意味が分かる三人は微妙に気まずくなって視線を逸らす。
難波はヒラヒラと手を振ってその場を去る。結局残った四人で食堂に行くことにした。
「にしても、明綺羅君。オーモーネル大臣、何で今日は大人しかったんだろうね」
呼心の問いに、新井が「そういえば」とのんびりとした声を出す。
「さっき、騎士団の人が『何やら魔力の乱れが起きている』から今日は警戒を強めてるって言ってました。……言われてみればチリチリする感覚があります」
魔力の乱れ、か。
天川はその辺の感覚が鋭くないので呼心と桔梗の方を見るが、彼女らもよく分かっていない表情だ。
加藤がいれば分かったのだろうが。
「だから何となく慌ただしいのか。今朝は変わりなかったが」
いつも通り、王都から少し離れた場所でBランク魔物複数体の狩りだ。
「でも今日はBランクでしたよね。……最近、魔物が強くなってませんか?」
桔梗がそう問うが、魔物の強さが上がりだしたのは一年ほど前かららしい。
どちらかと言うと数が最近増えてきている……気がする、天川的には。
「私はどちらかと言うと、数が増えてる気がしますね」
「新井もか」
「はい。その分、強くなるしかありませんね」
確かに。
天川はふと窓の外を見る。
そこには真っ青な空が広がっていた。どこまでも抜けるような青い空が。
「今日は……何事もないといいな」
「そうだねー。取りあえずお腹減ったよ」
「……ああ、今日の昼はなんだろうな」
呼心に笑顔を返し、食堂へ向かう。
労働の後のご飯は美味しい。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「ってわけで志村。なんかいいモンねえか?」
突然現れた来訪者に微妙な視線を向けるが、相手は気にした様子も無く部屋に入ってこようとするので慌てて止める。
「ちょ、ちょっと待つで御座る。……どうしたんで御座るかいきなり。っていうか、拙者の部屋はやめて欲しいで御座る」
「じゃ、俺の部屋でいいか?」
「……遠いで御座るよ」
ちょっと引きつつ、結局談話室のようなところに落ち着く。お茶を入れるセットも置いてあり、メイドさんなど他の人たちもいる場所だ。
メイドさんにお願いして二人分のお茶をもらい、さてと話し出す。
「そういや、今日はあのちんちくりんの女の子、どうしてんの?」
ちんちくりんの女の子、というのはショックのことだろう。ショックは難波にも何度か会おうとしていたため、面識があるのかもしれない。
志村は肩をすくめてから首を振る。
「今朝は見てないで御座るな。……で、なんで御座るか?」
「なんか新井に新アイテムとか上げてるらしいじゃん? 俺も欲しくてさ」
新井が話したとは考えづらいが、どこで気づいたんだろうか。
別に隠すつもりがあるわけでもない。志村は素直にうなずく。
「何が欲しいんで御座るか? ものによっては安く売るで御座るよ」
「え、金取るの?」
驚きに目を見開く難波。相変わらず、クラスメイトという感覚が抜けていないようだ。そのことに目をやや細めるものの、肩をすくめるにとどめる。
「……当たり前で御座る。新井殿からだってちゃんと貰ってるで御座るよ」
ちなみに試作機を渡す時はその限りではない。テストも兼ねているので。
そのことも含めて説明すると、意外にも難波は物分かりが良くうんうんと頷いた。
「そっかー、まあ金かかるもんな。んじゃ、それでいいや。で、何かない?」
……疲れる。
相変わらず会話のテンポが合わない難波にめんどくささを感じながらも、一応話を進めていく。
「どんなものが欲しいんで御座るか? 機動性を上げたいとか、防御力を上げたいとか、そういう要望は無いんで御座るか?」
志村の問いに難波は腕を組むと背もたれに身を預けた。
「明確なビジョンは無いんだ。でも、俺ってタンク向きな能力だから……そっちを伸ばせる奴が欲しいな。皆のサポートが出来るような」
「じゃあタンクが出来そうな武器を渡すで御座るよ」
新井に渡したバリア発生装置辺りは強いだろうか。
取りあえずではあるが、新井に渡していたバリア発生装置を難波にも渡す。
「おー、カッケェ」
「そんなに連続して使えるものじゃないで御座るが、タンクをするなら便利だと思うで御座るよ」
志村の説明をふむふむと聞く難波。阿辺と一括りで見ていたからか、こうして素直に人の言っていることを聞くことを意外に思ってしまう。
「大体わかったで御座るか?」
「おうよ。連続ガードしたらダメなのはゲームと一緒だな」
ゲーム。
難波からその言葉が出てきた瞬間、志村は少しだけ口を噤んでしまう。
ゲーム感覚、というのは非常に危険な動きだ。しかし同時に、動く時に決断を早くしてくれ得るものでもある。
即ち、命がかかった一場面などでは。
故に正すべきか迷い――言葉を選んでいると、難波は楽しそうにバリア発生装置を腕にはめた。
「んー、いいなぁなんかファンタジーなのに近未来ってのは。はは、ゲームみたいに生き返れるならこうして防具とか気を遣う必要もないのになぁ」
その言葉、表情から――難波がこの世界をゲームのようだと捉えているようには感じなかった。むしろ、この世界を生きるべき現実であると受け止めているように見える。
今まで、テキトーに生きているDQNくらいにしか思っていなかった難波のその姿に、少しだけ興味がわいた。
「……難波殿はゲーム感覚ではないので御座るか」
難波は「何を今さら」という風な顔になり、笑いながら話し出す。
「塔までは俺もゲーム感覚だったぜ。でも死ぬってこと、そして生きるってこと……色々、考えさせられた。そうやって考えてたらこの世界をゲームって捉えるのなんか無理だよ」
至極真っ当なことを言う難波。阿辺といつもつるんでいる人間の発言とは思えない。
……いや普通に生きている普通の人間であればそう考えて当然なので、やはり阿辺が異常なのだろう。
「なんでいきなり拙者のところに来たんで御座る?」
「んー、天川と色々話したんだけどさ。そん時に『俺しか出来ないことを増やす』って言ったのにあんまりなにも出来てなかったからな」
難波はバリア発生装置を眺めたり構えたりしながらそう笑う。
「手っ取り早く成長する方法って、装備の更新だろ。んで、志村が何か色々武器とか作ってるのは知ってたから来たってこと」
「いい行動力で御座るな」
「今までやってなかった分な」
難波の笑顔は妙に痛々しくない。それが志村には眩しかった。
彼は自分や新井と同じく、何かを犠牲にせねば強くなれない方の人間のはずだ。つまり天川みたいに「主人公のような能力」を持っているわけではない。
でも、特にそれを感じさせない。なにも犠牲にせず強くなれる範囲で強くなる。
一つの選択なのだろうし、そういう生き方も良いと思う。
思うのだが――ほんの少しだけ、寂しいと感じてしまった。
(ああ、そうか)
違和感、そう違和感があった。寂しさを感じる理由とでも言おうか。
難波はこちら側の人間のようで、痛々しくないその違和感。
悲壮な覚悟を決めていないからではない、もっと単純な。
彼は強さを追い求めていない。
特別な何かになりたいわけじゃない。だが、志村には強さが必要だった。何かを手放してでも強さを手に入れざるを得なかった。
新井もそうだろう。分からないが、きっと京助も。
でも難波はそうじゃない。前の世界で言うならば、出世しなくていい若者という奴だろうか。自分の分を弁えて、出来る範囲で努力する。
羨ましい、素直にそう思った。気負わず生きれる、その生き方。
同時に、やはり寂しいとも思ってしまった。
強さが無いということは弱いということ。
弱いということは、力が無いということ。
力が無いということは、大切な何かを守れないかもしれないということ。
難波が弱いとは思わない。きっと志村とも、天川とも、新井とも――彼にしかない強さがあり、強みがあり、だからこそこうして自然体のまま前に進めるのだろう。
でも、直接的な力が無いことはいつか不利になる。最低限、守れなくとも逃げるだけの力はあった方がいい。
彼に大切な人ができた時、力不足で泣くのはだめだろう。そう感じるくらいにはこの数分の会話で難波のことを気に入ってしまった。
「あー……難波。もう一ついいか?」
口調が変わったことに気づいたか、難波がおやという顔になる。
志村はそれを無視して、アイテムボックスからもう一つの道具を取り出す。
それは自分が使おうとして、基本的な原理が自分に合わないと判断してお蔵入りになっていた武器だ。
「なんだそれ、剣? ……にしては、変な形だな」
難波の言う通り、変な剣だ。柄が注射器のようになっており、グリップの部分は開閉して中にカートリッジを入れることが出来る。
さらに剣の腹部分にチューブが奔っており、そこから血管のように細いチューブが刃の部分に通っている。
「剣と言えば剣。名前は付けてないが……仮にジャッジメントデストロイブラッドサンダーとでもしようか」
「仮に気合入れすぎだろ。ってか長い」
「じゃあフェイタルブレード」
「えっ、あっ、えっ……お、おお。んじゃそれで」
難波の反応を無視し、説明を始める。
「グリップを開けてカートリッジを入れる。そしてこの注射器のようになってる部分を押すと……」
言いながら剣を動かす。すると、紫色のエネルギーがチューブを通って循環していった。
「これで完了。後は魔物を切りつければ……溶けてなくなる。魔物特攻の一撃必殺兵器とでも思ってくれ」
「お、おおおお! すげぇ! なんだよコレがあれば無敵じゃん! ってか、それならコレ皆に配れば超最強じゃね?」
そこで他者に回すことをすぐに考えられるのは一つ美点だ。
「そういうわけにもいかない。持ってくれ」
「え? ……うおっ」
ズン、と難波がフェイタルブレードを取り落としそうになる。何とか持ち直したが、腕はプルプルと震えておりまともに振るえそうにない。
片手ではなく両手で持ち、何とか安定させて構えることに成功する。
「こ、これヤベェ……」
「だろ? それを振り回すには相応の能力が必要だ。それにその重さだ、飛んだり跳ねたり――木原みたいな戦い方には向いていない。どちらかというと腰を据えて戦う難波向きだ」
そう言われた難波はグッと足を踏みしめて振りかぶる。
「いけそうか?」
「あー、何とか。スキル使えば余裕だわ。コレ、どれくらいの魔物なら一撃で倒せるんだ?」
「今、カートリッジを一個使っているからな。一個で大体Bランク魔物一体くらいだ。三つか四つ入れればAランク魔物以上にもしっかり効くだろう。一撃で倒せるかは分からないが……毒を流し込めるとでも思ってくれ」
難波にそう説明しつつ、カートリッジの入った容器を渡す。全部で三十個のカートリッジが入っている。
「それと、人間には使うなよ?」
「なんでだ? 危ないからか?」
「いや、それは魔物を殺せるように調整したエネルギーだからか……人間に投与すると死ぬには死ぬが、死ぬまでに尋常じゃない力を発揮するんだ。ドーピングしてしまうとでも思ってくれ」
「あー……相手を狂暴化させちゃうみたいなもんか。了解だぜ。ちなみにこれはいくらなんだ?」
「それは試作品だ。使ったらちゃんとレポートを頼む……で御座るよ」
難波は笑いながら「おっけー」と言ってから、フェイタルブレードをアイテムボックスに仕舞う。
「それじゃあもう一つ、言葉を贈るで御座るよ。武器と一緒に助言を渡すのがメカニックの矜持で御座るからな」
「お、いいね。それじゃあフェイタルブレードを使う時は毎度それを思い出すわ」
ニヤッと笑う難波。彼もこういうノリは嫌いじゃないようで何よりだ。
こほんと咳払いしてから、目つきと口調のみ魔弾の射手のそれに切り替える。
「『弱かったり、運が悪かったり、何も知らないとしてもそれは戦わない言い訳にはならない。人生には必ず戦わなきゃいけない瞬間がある。その瞬間が来たら、必ず覚悟を決めろ』……で御座るよ」
難波は真剣な面持ちでそれを訊いた後……ほんの少しだけ首をひねった。
「元ネタは?」
「元の世界に戻った時に自力で探すで御座るよ」
「やっぱ元ネタあるのかよ」
そう言って笑い合った瞬間、ピリッと謎の悪寒が奔った。それは難波も同様らしく、目つきを真剣なものに変えている。
「何があったんだ……?」
志村は念のため黒いロングコート――強化外骨格に着替え、難波を伴って窓際まで急ぐ。
そこから王都を見ると……
「なん……だ、アレ」
「結界……で御座るか」
異変は、始まった。
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