異世界なう―No freedom,not a human―

逢神天景@小説家になろう

182話 見送りと剣

「急ですが、頑張ってください」


「ありがとう、アキラ」


 まだ夜明けすぐの時間、ラノールを見送るために天川は彼女の部屋まで来ていた。


「ふっ、妻を見送るために早起きするとは……夫の鑑のような男だな、アキラ」


「いつ俺とラノールさんが結婚したんですか」


 顎をくいっとされてキスされそうになったので、スッと避ける。美人とはいえ、こう何度も迫られれば慣れてくる。
 ラノールは残念とでも言いたげに首を振ると、天川を部屋に招いた。


「まだ出発までは時間があるからな。少し、朝食に付き合え」


「構いませんが、騎士団でミーティングとかあるのでは?」


「昨夜のうちにすませた。今朝はもう集まれば出発だ」


 であれば気兼ねなく。
 天川が部屋に入ると、簡素ながら既に二人分の朝食が用意されていた。


「……まさか私が誘いに行く前に来てくれるとは思ってなかったからな。正直、すごく嬉しい」


 ほんのり頬を染め、天川の額を突くラノール。以心伝心しているようで気恥ずかしくなり、さっと目を逸らした。
 そんな天川の反応を見て気分を良くしたか、ラノールはニコニコと笑いながらトーストをかじる。


「実は少し楽しみなんだ、認定式に行くのは」


「そうなんですか?」


「ああ。認定式に行くこと自体は二度目なんだが……SランクAGの認定式は凄いぞ。強者がうじゃうじゃいる」


 うじゃうじゃいるという表現はどうかと思わなくもないが、強者がずらりと並ぶ式典は確かに興味を惹かれる。


「今回の認定式に来るSランカーには、知り合いが三人しかいないのは残念だがな」


「そんなに知り合いがいるんですか」


 SランクAGというのは、超希少な実力者という印象だったのだが。
 ラノールはふふっと笑い、カップを傾けた。


「ああ。……自分で言うのもアレだが、私はSランカーたちと肩を並べる実力者だ。ならば、お互いに知り合っていた方が後々無益な争いを避けられるかもしれないだろう? そういった意味で、実力者同士はかなりつながりがあるんだ」


「ということは、もっと知り合いがいるんですか」


「ああ。話したことがあるのは大分限定されるが、ほとんど顔合わせくらいはしているんじゃないかな」


 目の前の人物は、やはり天川とは別の世界、別の景色が見えているんだなと実感する。強者故の人脈と言うべきか。


「今回来るSランカーは……アトラ・タロー・ブラックフォレスト、ジャック・ニューマン、ウルティマ・トラーマン、セブン・ディアベル、そしてエース・ファットンか。アキラ、お前もセブンとエースは知っているだろう?」


 その二人は知っている。王都を拠点に活動しているSランクAGだ。清田が王都に来た時、小競り合いをしたという話も聞いている。


「私はこのアトラという青年の認定式にも出たことがあるんだ。……その時、少し小競り合いをしてな。Sランカーの強さというのを肌で感じたよ」


 超越者同士の小競り合い。それは本当に小競り合いだったのだろうか。
 彼女らが軽々しく剣を抜くとは思えない。何かやむに已まれぬ事情があったのだろう。


「何で、小競り合いに?」


「奴が口説いてきたからな。即座に抜剣した」


「予想以上にくだらない理由ですね」


 騎士団の団長を口説くそのアトラも大概だし、Sランカー相手に即座に抜くラノールも大概だ。
 ラノールはけらけらと笑うと、サラダにフォークを刺した。


「なんだ、妬いてるのか」


「どちらかというと呆れてます」


「妬け」


「……そうですね」


 棒読みで答えると、ラノールは「冗談だ」と笑って天川のグラスに水を注ぐ。


「そうだ、Sランカーの中に俺と同じスタイルの剣士っていますか?」


「お前と同じと言うと……直剣一本で盾無しか」


 ちなみにラノールは本気の時は片手剣と盾というスタイルだ。騎士団の王道的スタイルにして最も完成されたものであると彼女は言っていた。


「セブンは大剣、エースは魔法、アトラは弓だからな。確かジャックは徒手空拳だったはず……このウルティマは会ったことはあるが戦っているところを見たことは無いな。しかし剣ではなかったはずだ」


 見事にバラバラだ。


「かぶらないもの、なんですね」


「そうだな。基本的にSランカー以上になると『職』は二段階進化している。そうなれば固有のものになっていて然るべきだ。似ることすら稀だろう」


『職』。
 人族に与えられたそれは、そのまま個性となりうる。通常の『職』ですら人によって使い方が異なるというのに、二段階進化したものならさもありなんということか。


「『職』を言いふらす奴も少ないから詳しい名前までは知らんがな」


 ラノールはそう言うと、食後のデザートとばかりに果物を取り出した。リンゴのような果物……リンガリンガだったか。


「いるだろう?」


「あ、ありがとうございます」


 ラノールは慣れた手つきでナイフで皮をむき、さらに一瞬で八等分にしてしまう。寸分の狂いもなく分けられたリンガリンガを見て、思わず拍手してしまう。


「流石ですね」


「切るだけならな。これが料理となるとてんでダメだ。野営出来るくらいには上達したんだが、人様に振舞えるような腕前には程遠い」


 言われてみれば、今朝の朝食はトーストとサラダのみ。天川のトーストにはハートマークになるようにジャムが塗られていたが、それだけだ。


「花嫁修業のためだと割り切って、もう一度学んでみるかな」


 ラノールが棚からフォークを二本出し、リンガリンガに刺した。


「アキラの花嫁にならないといかんからな」


「……ラノールさん、そのですね」


 天川が苦笑いすると、ラノールはリンガリンガを刺したフォークを持ち上げて天川の口もとに近づけてくる。


「あーん」


「じ、自分で食べれますから」


「そういうことじゃない。私がお前に食べさせたいんだ」


 大人びた雰囲気の彼女に言われ、自身の頬が朱に染まる。ラノールはこういうところがズルい。
 目を逸らし、口を開けると……そこにフォークが突っ込まれた。甘酸っぱくて美味しい。


「ああもう……子ども扱いしないでください」


 あえて、そう言う。
 しかしラノールは微塵も意に介さず、それどころかジッと天川の口もとに視線をやる。


「もう少し大人扱いがいいなら……この前の続きでもするか?」


「……結構です」


 自分の口もとに罰を作るが、彼女はそんな様子すら面白いのかけらけらと笑う。


「ふふ、私が揶揄う立場になるとは人生何が起きるか分からないものだ」


「……じゃあこっちから揶揄いまくってもいいってことですか」


「いや、そんなことをしたらココロに言いつける」


 詰みか。
 天川はため息をついて、残りのリンガリンガを全部口の中に放り込む。これでもうあーんは出来まい。
 ドヤ顔を返すと、ラノールも負けじともう一つリンガリンガを出してくる。


「いやそんな時間あります!? そろそろ出発なのでは!?」


「安心しろ。私なら切るのも一瞬――お前の口の中に入れるのも一瞬だ!」


「そこで超人的な実力を発揮しないでください!」


「問答無用!」


 ラノールは宣言通り、瞬く間にリンガリンガを素手で八等分にすると、そのまま素手で天川の口の中に突っ込んできた。


「ごふっ……」


 何故素手で果物を切れるんだ――というツッコミも出来ず、愉悦に満ちた瞳で眺めるラノールを睨み返す。


「ふっ……さぁそのまま食べるがいいアキラ」


 ラノールが指をうまい具合に開いてくれたので、何とか指を噛まずにリンガリンガだけを噛むことに成功する。
 そして咀嚼するのだが……なぜかラノールは指を口の中から離さない。
 何故? そう思うとラノールは耳元に口を寄せて――ぼそりと呟いた。


「素手で斬ったせいで指が甘くなってしまった。舐めてくれ」


 素手で斬るからだろうが――!
 やっぱり天川はツッコミを入れることも出来ず、彼女が満足するまで指を舐める。
 うっとりとしたラノールがちゅぽんと指を引き抜いたので、何とか開放された。


「ああ……満足だ」


「……それは何よりです」


 天川がやれやれと苦笑いすると、ラノールはわしゃわしゃと髪をかき混ぜてきた。兄が弟にやるように。


「じゃあ、アキラ。私が留守の間王都を頼むぞ」


 彼女に認められたようで、少し恥ずかしくなってしまった天川は一歩離れてから髪を元に戻す。


「……逆な気がします」


 照れ隠しにそう言ってからラノールの方を見ると……何故か彼女はにやにやと口元を緩ませていた。


「それは自分が夫となって、毎日私から送り出されたいと? そう取っていいんだな?」


「ちっ、違っ!」


「いや誤魔化さずともいい。分かってる、お前の気持ちは分かっているから。……この戦いから帰ってきたら……結婚しよう」


「ラノールさん、それは俗に言う死亡フラグというやつです。冗談でも言っちゃいけません」


「ふっ、誰が冗談だと――」


冗談でも・・・・、言っちゃいけません。まだ死んでほしくないですから」


 天川が間髪入れずにツッコムと、ラノールはちょっとだけしょんぼりした顔になる。
 しかしすぐに切り替えて微笑み、天川に背を向けた。
 部屋の外に行くので、天川もそれに付いて一緒に出る。


「では今度こそ。行ってくる。見送りはここまででいいぞ」


「無事を願っています」


「ありがとう」


 颯爽と歩いていくラノールの後姿を見送りながら、先ほど言われたセリフを頭の中で反芻する。


(結婚……か)


 自分にそんなことを出来る日が本当に来るのか。経済力も無く、身動きが取れず、唯一の取り柄になるはずの腕っぷしすら使うことが出来ない。
 そんな男が――果たして、結婚する日が、愛する人を一生護ると誓う日が。
 本当に来るのだろうか。


「人生はうまくいかないな」








 異変まで、あと三日。




~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~




 ギギギギン! と激しい金属音が鳴り響く。早朝の修練場、たった二人の男女が斬り合っている姿は遠目には踊っているように見えるかもしれない。
 しかし実際は、一切刃引きせずに殺気をもって行われる戦い。これが模擬戦などと聞けばほとんどの人間が正気かと問うだろう。
 だが志村にとってはこれがありがたかった。職務上、どうしても自分から求めるわけにはいかない『緊迫感』と『殺気』――それを同時に味わえるから。


(……ホント、なんで拙者が教える側なんで御座るかね)


 ぼやいていても仕方が無い。また、集中せずにあしらえるわけでもない。集中していないとあっさり殺してしまうか、あっさり殺されてしまうかのどちらかだ。自分の戦い方というのは――そういうものだから。


「師匠――! もらったッス!」


 バチン! と、志村の両手が弾かれる。ショックの剣から放たれた風弾により志村の刃が強引に軌道を変えられてしまったからだ。
 にんまりと笑みを浮かべたショックが踏み込んできたところで――志村はほんの少しだけ跳躍する。ショックはそのせいで距離感が狂い、膝が伸び切ってしまう。
 そのせいで威力が死んだ一撃をわざと受け、よろりと一歩下がる――フリをして右足を引いた。


「今日、超えるッスよーっ!」


 そしてショックがチャンスと言わんばかりに雑な攻撃をしたところで――


「阿呆」


「ゲハブゥッ」


 ――ドッッッッッッ! と。
 顔面付近に振るわれた剣を避け、ショックのボディに思いっきり右こぶしが突き刺さる。最近は大分ボディにも耐性がついてきているとはいえ、これほど綺麗に入ってしまえば立てまい。
 案の定、腹を抑えてどしゃっと倒れこんだ。


「し、師匠……」


「なんで御座るか、ジャンプ」


「跳んでないッス! ショックっす! ……うぅ」


 だんだん苦しくなるな、なんて思いつつ志村はエチケット袋を投げ渡す。


「じゃ、今日はここまでで御座るなー」


 志村は強化外骨格パワードスーツを脱いでアイテムボックスに仕舞う。普段通りの姿になり、首をコキコキと回した。


「あー、しんどいで御座る」


「それはこっちのセリフッスよ……おえぇぇ……」


 相変わらずのゲロインに肩をすくめ、修練場の天井を見上げる。……先ほどショックを殴った時の血が飛び散っていた。


「師匠……天井ってどうやって拭くんスか?」


「あー、拙者がやるで御座るよ」


 志村はブーツのジェットを起動させ、天井に近づく。そしてアイテムボックスからハンカチを取り出し、さっさと拭いてしまう。


「も、もうしわけないッス」


「いつものことで御座るからなぁ」


 そう言って笑い、ハンカチを仕舞う。ショックとの手合わせで血が流れることは日常茶飯事だが、流石に天井に着いたのは初めてだった。
 そのことに苦笑いしつつ――志村は一応・・師匠である手前、口を開く。


「はい、じゃあ拙者が今日の手合わせの前に言ったことを復唱で御座る。五つで御座るよ」


 ショックはギクッとした表情になり……指折り(吐きながら)一つずつ挙げていく。


「……えっと。『重心をぶらすな』、『前後左右に対応出来るように気を張れ』、『戦う時にべらべら喋るな』……あ、後は何だったッスかね」


「……『敵から目を逸らすな』、『常に油断するな』、で御座るよ。如何なる敵も常に、逆転の機を狙っているで御座るからな」


 そもそも、と志村はショックにタオルを渡しながら説教を続ける。


「最後の一撃、あれは拙者の動きから目を逸らしていなければ読めたはずで御座るよ。餌に不用意に食いつき過ぎで御座る」


「え……あー……そうッスねぇ」


 分かっているのか分かっていないのか、エチケット袋に顔を突っ込んだまま返事をするショック。本当に年ごろの女性なのか怪しくなってくる。


「その様子じゃ、朝ご飯はキツそうで御座るな」


 カウンターで綺麗に入ったからか、いつも以上に長引いているようだ。やむを得ず修練場の端っこまで引きずっていき、その場に寝かせる。


「うっぷ……休んだら……行くッス」


「そうで御座るか。じゃあ先に行くで御座るよ」


 彼女が吐くのはいつものことだが、こうして身動きできなくなるのは滅多にない。やれやれと肩をすくめてから、彼女の頭に手を置く。


「もっと気合を入れるで御座るよ、ショート」


「小さくないッス! ショックっす!」


 いや小さいだろ。
 そう思いつつもにっこりと笑って何も言わずに修練場を出た。




~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~




「ナイトさん」


 マールがお昼寝に入り、志村が自主トレに行こうとしたところで……シャンから声をかけられた。


「どうしたで御座る」


「ご相談が」


「……ん、それなら拙者の部屋で話すで御座るよ」


 いつになく硬い表情のシャン。ただごとじゃない雰囲気を感じた志村は、ちょいちょいと手招きをして自身の部屋に入れる。


「相談とは?」


「……ナイトさん、私を戦えるようにしてください」


 戦えるように。
 ……少しだけ考えて、それから首を振る。


「どうしてそう思ったのか、理由は分からないで御座るが……シャンが戦う必要は無いで御座る」


 そこまで言って、いやと首を振る。


「拙者が教えられるのは戦い方では御座らん。人の殺し方で御座る。……そんなの、シャンの歳で習得すべきものではないで御座る」


 志村の今持つ『力』というのは、人の殺し方に過ぎない。真正面から相手をどうこう出来る技術ではなく、いかに相手の隙をついて致命傷を与えるかだ。


「そもそも拙者のコレは我流で御座る。人に教えられるような類いでも御座らん」


「……しかし、今……ナイトさんはあの女に手解きしていますよね」


「アレはまた別で御座るからな。拙者の近接戦の練習で御座るし」


 ショックはショックで別の思惑があるようだし。
 シャンはややしゅんとした表情になり……志村の袖を握った。


「姉は……私のせいで奴隷になりました」


 奴隷。
 その言葉に志村は目を細める。
 現代人の志村としてはあまり良い感情を覚える物ではない。特に自分の近しい者がそうであったと聞かされれば猶更。


「あの時、せめて私に逃げられる力があれば……姉は、姉は……あんな、ことにはならなかったんです」


 あんなこと、というのがどういうことなのかは分からないし、彼女の口から説明させるつもりはない。
 シャンがぽろぽろと涙をこぼして、彼女にしては珍しく絶叫する。


「もうあんな思いをしたくないんです! ……だから、だから私に――っ」


 ギュッとシャンを抱きしめ、頭を撫でる。父のように、兄のように――恋人のように。相手を安心させるため、なるべく優しくゆっくりと。
 シャンがぐりぐりとお腹に顔を押し付けている感触にくすぐったいと思いながら、声をかける。


「……今朝、顔色が悪かったで御座るからな。夢でも見たで御座るか?」


 こくん、と頷くシャン。今夜は一緒に寝てあげようか、なんて思いつつ――彼女に一つプレゼントをあげることにする。


「こ、これは?」


「それは立ち向かう『力』ではなく、逃げるための『力』で御座る。――俺が、お前たちを助けに行くまでの時間を稼ぐための武器だ」


 シャンがおっかなびっくり、志村からのプレゼントを触る。


「いいか? ……『魔弾の射手ナイトメアバレット』は最強で完璧な男だ。しかしそんな男でもどうしようも無い時がある。だからシャン、お前はマールを守るためにどんな時でも必ず逃げろ。俺が絶対に駆け付けるから」


 真剣なまなざしを向けると、シャンはやや頬を朱に染めてコクコクと頷く。そしてもう一度ギュッと抱きしめてやると……今度は嬉しそうに鼻をこすりつけてくる。ケモミミがぴょこぴょこ動くのを眺めながら、決意を新たにする。


(やれやれ……やっぱり拙者が守護まもらねばならないで御座るなぁ)


 口角を上げ、シャンの頭を再び撫でる。








 異変まであと二日。

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