異世界なう―No freedom,not a human―
178話 バッドタイミングと剣
「これももう数か月は続けているわけで御座るが……」
初めてショックを弟子(?)にとってから早数か月。自身の近接戦闘スキルも見違えるほど上がり、目の前にいる彼女も大分強くなっている。
あのオーパーツのように強力な剣は未だに使いこなせていないように感じるが、無駄口も減り、狙う場所も正確になってきた。
しかし……
「それだけはどうしても治らないんで御座るなぁ」
「う、うぇぇぇ……だ、だったら師匠がボディを殴らないで欲しいッス……」
隙が多いお前が悪い。
とは流石に言えず、志村は曖昧な笑顔を浮かべてタオルを渡してあげる。
「現実問題、ジョッキの隙が多いんで御座るよ。攻め気に逸り過ぎというか」
「そんなエールが入ってそうな名前じゃないッス」
「ショーツ?」
「それ今穿いてるやつッス! っていうかそれセクハラッスよ!?」
「ああ、シュート」
「だからあたしはショックだって言ってるッスよね!?」
「そうで御座ったな」
威嚇する猫みたいになるショックに笑みを向けつつ、伸びをして武装を仕舞う。
「じゃあ今日はここまでで御座る」
いつも通り学生服になった志村は、首をぐるりと回す。
「うぅ……あ、ありがとうございましたッス……」
涙目の彼女に苦笑しつつ、共に訓練場を出る。
「朝ご飯の前にお腹のモノ無くなって良かったじゃないで御座るか」
「いやコレかなり苦しいッスよ?」
「というかそもそも騎士団の人間が何故ボディ一発でゲロイン化するんで御座るか」
呆れながら言うとショックはいつも通りむくれてそっぽを向く。人間誰しも苦手なモノの一つや二つあるのは当然だが、隠密を常とする人間とはいえボディが弱いというのはシャレにならない弱点だろう。
それを見越してよくボディを打つわけだが、彼女は如何せん防御が甘い。
「以前も言ったで御座るが、近接戦闘は拙者の不得手分野で御座るからな?」
「それは分かってるッスけど……いつになったら本来の戦い方してくれるッスか?」
「せめて拙者を押し返してからで御座るな」
彼女は何故か志村の本来の戦い方――つまり銃撃戦を見たがる。その他にも、ラノールの剣術や天川にまで模擬戦を申し込んでいるらしい。
向上心があるのはいいことだが、自身が騎士団の団員であることをもっと考えるべきだろう。言っても詮無きことではあろうが。
「そういえば師匠、朝ご飯は何にするッスか?」
「いつも通りで御座るよ」
いつも通り、優雅にトースト一枚のブレックファーストだ。
ショックと修業をした朝はいつもこの手抜きな朝ご飯なのだが、どうもこの弟子は気に召さないようで毎度文句を言う。
「偶にはベーコンとかつけないんッスか?」
「拙者に合わせる必要は無いで御座るよ」
「いやだって何か気まずいじゃないッスかー」
ぶーと頬を膨らませるショック。どう見ても年相応な仕草ではないが、見た目相応の仕草なのであまり気にしない方がいいだろう。
(どうして拙者の周りにはこう……ちんちくりんしか集まらないんで御座るかね)
そのせいでロリコンなどという不名誉なあだ名までつけられる始末だ。決して自分はロリコンではないというのに。
「そういえば師匠、どこでその戦闘能力を身に着けたんッスかー? 師匠にも師匠とかいたんすかー?」
「またそれで御座るか……。拙者は天才だから、最初っからコレが出来たんで御座るよ」
「何で話してくれないんスか」
ぶーたれるショックをあしらいつつ、やれやれと首を振る。そもそも銃という概念が無い世界で、師匠などいるはずもない。強いて言うならサバゲーとFPSが師匠ではあるが、コンピューターゲームという概念から教えなければならないのは面倒だ。
よって毎度はぐらかしているのだが、彼女はそれでもグイグイと訊いてくる。
「いいじゃないッスかー、教えてくださいよー」
グイグイと腕を引っ張って駄々をこねる姿は、本当に成人女性なのかと言いたい。流石に鬱陶しいのでクルンと引っくり返す。
「のわっ……ぶっ!」
「……本当に色気も何も無い落ち方で御座るな」
ゴン、とひっくり返ったショックを引っ張って立たせながらため息をつく。
「痛いッス!」
「知らないで御座る。……そういうお主こそ、何故第一騎士団なんで御座るか?」
この国の騎士団は三つに分かれている。
第一騎士団は所謂軍隊。普通に思い浮かべる騎士団と言えばというような団だ。ラノールはここの団長をしている。
第二騎士団は前の世界で言うところの警察と裁判所を兼ねたような組織となっている。犯罪者の捕縛はAGと連携で行うことも多いらしいが、裁きや判決は全て司っているので役人と市井からは呼ばれている。
「第一とか第二よりも第三騎士団の方が合うで御座ろう」
「第三騎士団……ッスか。アレなんて言われてるか知ってますッスか?」
嫌そうな顔になるショック。そんな顔になる理由をよく知っているので、彼女から目線を逸らしてから答える。
「武装新聞屋で御座るな」
「それカッコいいと思うッスか?」
思わない。
思わない……が、そう言ってしまったら話が終わる。一つ咳払いしてから説得の言葉を紡いでみた。
「少なくとも戦闘スタイルには合ってるで御座るよ」
最も人数が少なく、最もなり手が少ないのが第三騎士団。これは通称通り、武装している新聞記者だ。
この世界は非常に街から街への移動が危険なわけだが、情報を集め拡散することを生業としている以上、AGと一緒にどうのとか悠長なことを言ってはいられない。故に武装とそれなりの戦闘力が求められるため騎士団の一つとして成立している。
「第三騎士団は諜報的な側面も御座るから戦闘力も必須。お主のような屋内戦でこそ真価を発揮するスタイルなら即座に合格だったで御座る」
彼女の戦い方は確かに第一、第二騎士団には向かないだろうが第三騎士団であれば十分だろう。
街から街を移動する際に必須である対魔物の能力も、逃げることに全力を注ぐなら充分だろうし、対人ならばそこそこの実力があると思ってもいい。
何より、第三騎士団は他二つに比べて個人で動くことが多いため連携が必須な騎士団と噛み合わない彼女の戦い方も十全に活かせる。
「それ姐さんにも言われたッスけど……やっぱり一番カッコよくて偉いのは第一騎士団じゃないッスか」
……ちなみにこういうことを考えているバカが多いため、第一>第二>第三という順番に騎士団の格付けが成されていると勘違いしている輩は多い。実際、第一騎士団の試験に落ちたからやむなく第二騎士団に入団したという話も聞く。
実際、第一騎士団の団長というのは一定以上の権威があるようだが……別に騎士団ごとに優劣があるわけではない。第一騎士団に入れなかったから第二騎士団に入ったというのは純粋に適性の差だろう。
……と、目の前のニコニコしている女に言っても通用しなさそうだ。若いとこういう勘違いはよくやらかす。まあ、彼女は志村より年上のはずだが。
「それに……第二と第三じゃ王城に常駐出来ないッスからね」
フッと、ほんの少しだけ頬を歪めてか細い声で呟くショック。
「なんだ、王城で働きたかったんで御座るか。確かにそれなら第一騎士団じゃないと厳しいで御座るな」
第二、第三騎士団でも王城で働いている者もいるがある程度出世しないと無理だ。最初から王城で働きたいと思えば第一騎士団になるのが手っ取り早いだろう。
「アレ、聞こえてたッスか?」
難聴系主人公じゃあるまいし、隣で呟かれれば嫌でも耳に入る。
「王城で働きたかったのならまあ……そうなるんで御座るかね」
何故王城で働きたいのか、は訊かない方がいいだろう。確信があるわけじゃないが何となく。
一つ頭を振って、志村はポンとショックの頭に手を置く。
「じゃあジャンク」
「あたしはそんな廃品みたいな名前じゃないッス!」
「どうでもいいからさっさと行くで御座るよ、そろそろお腹が減ったで御座る」
「了解ッス! ……でもトーストだけっていうのは嫌ッス!」
どうしても譲れないのかそれだけは主張するショック。志村はやれやれと肩をすくめて食堂の方へ足を向けた。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
その報告が入って来たのは午後一番だった。お昼ご飯を終えて、さて午後の予定を消化しよう……なんて食後のコーヒーを飲みながら思っていた時。
「そんな……そ、それは本当ですか!?」
「え? え、ええ。嘘じゃないとは思います。何せ出入りのAGギルド職員から正式に聞いた話ですから」
その情報をもたらしてくれたメイドに身を乗り出して問いながら、脳をフル回転させる。
(さいっあく……ああもう!)
やってくれた、やってくれやがった。
最も恐れていたことを――やってくれやがった。あの男は。
ギリッ、と奥歯を噛みしめる。これ以上、明綺羅の天下が遠のくのは避けたい。しかし、これではだいぶ離されてしまって――
「えっと……か、カラミ様?」
――ハッ、と。
困惑した様子のメイドから声をかけられ、呼心は我に返る。そしてニコリと笑みを作ると、感謝を述べてその場を去った。
「タイミングってものを……考えてよ、清田君」
メイドからの報告はこうだ。
『昨日、異世界人キョースケ・キヨタがSランク魔物を倒した』
……という、至極簡潔で一見すれば喜ばしい報告。
しかしそれは――呼心たちの抱えている事情が無ければ、の話だ。
「今……かぁ」
混乱する頭で、考える。
……彼がSランク魔物を倒したことに対する驚きは、実のところそこまでではない。むしろ「ああ、もうそんな時期なんだ」くらいのものだ。
何せ一度覇王を退けた男だ。塔で見たあの時よりも更に強くなっていることだろう。Sランク魔物を倒していても不思議ではない。
不思議ではない……が、流石にタイミングが悪すぎて苦笑してしまう。
「逆に考えれば、明綺羅君もSランク魔物を倒せるってことになるわけだし」
明綺羅と京助が戦えば明綺羅が勝つはずだ。呼心は推測ではなく確信を持ってそう言える。
京助が努力してないはずはないが、それでも今は明綺羅の方が強いはずだ。お互い同じように努力していればいずれ追い越す。
何故なら、明綺羅は勇者だから。
彼の強さだって認めている。しかしそれ以上に明綺羅のことを信頼しているというだけの話だ。
故に、京助がSランク魔物を倒したということは明綺羅の実力もその付近にいるとみて間違いない。そう思えるから彼の出世に関してはそこまで驚き、動揺することではない。
……でも。
それでも今、呼心は混乱している。否、途方に暮れていると言うべきか。
あまりにもタイミングが悪すぎて、彼らがスパイしているんじゃないかという気すらしてくる。明綺羅の邪魔をするためだけに、Sランカーになったんじゃないかと。
でもそんなことは無いだろう、と首を振る。
「明後日……なのに」 
明後日。
そう、明後日からだったのだ。再び明綺羅が旅に出るのは。
自分の派閥に取り込もうとする貴族からの誘いをすり抜け、王家――それもティアー派の貴族と内密に約定を交わしてその関係で旅に出られるはずだった。
彼をこの悪意と策謀渦巻く政治の世界から遠ざけられるはずだったのに。
「ああもう……!」
それに対する苛立ちで脳が沸騰しそうになるのを無理矢理抑え、思考を切り替える。感情のコントロールは社交界での必須スキルだ。
今最も大切なことは明綺羅の予定を崩さないことだ。その予定や調整、相手との交渉をメインでやってくれたティアーに会う必要がある。
彼女は午後から予定は無いはずだ。頭の冷静さを保ちつつ彼女の部屋へ足を向け――
「――って、王女様!」
――ようと速足になった瞬間、廊下を曲がってすぐにばったりと出会ってしまった。
ビックリして立ち止まり、大きな声を出してしまう。
しかし彼女も呼心を探していたようでパッと顔を綻ばせた。
「ココロさん! こちらにいらしたんですね!」
走りでもしたのか、胸元に一筋の汗が。お姫様の艶めかしい姿を見てゴクリと生唾を飲む。同性でもつい目で追ってしまうくらいには彼女の美貌は素晴らしい。
――だからこそ明綺羅の件で怖くもあるし、頼もしくもあるのだが。
変な方向に飛びそうになった思考を瞬時に戻し、彼女と目を合わせて頷き合う。
「急いでいるってことは……」
「ええ、わたくしも聞きましたわ。あの腰抜け救世主の話を」
腰抜け救世主、というのは清田のことだ。彼女だけは清田のことをそう言う。
最初は異世界に来て即座に抜け出した清田を侮蔑してそう呼んでいたが、今は少し違うらしい。
「まさかあの腰抜け救世主が――Sランク魔物を倒すなんて」
悔しさをにじませながら、そう呟くティアー。自分も似たような気持ちなので、何も言えなくなってしまう。
二人の間に重苦しい空気が流れる。この空気が事の重大さに直結していると言っても過言ではない。
「……ともかく、ここでは何ですから一先ずわたくしのサロンへ」
先に口を開いたのはティアーだ。呼心は礼を一つ言ってから彼女の後をついていく。
「どうしましょう。というか……取りあえず、情勢はどう変わりますか」
嘆いている場合ではない、そんな想いを籠めた声音で彼女に問うと……やはり彼女の方も切迫した声で返してくる。
「……こうなればお父様がシリウスに行くのは間違いないですわ」
「それの護衛として……騎士団も、ですよね」
「ええ。そうなれば、間違いなくアキラ様は王都の守護という名目で暫くは王城から出られませんわ」
そう、そうなのだ。
別に清田が功績を上げるだけなら問題ない。いや、問題は大アリなのだがここまで二人は焦らない。
重大なのは、彼がSランクAGになることによって騎士団が動かざるをえなくなってしまうということだ。
「あの腰抜け救世主は……何なんですの!?」
悔し気に呻くティアー。まだ廊下だというのに声が大きい。
何なんですの、と叫びたい気持ちは分からなくもない。彼の実力を軽視してはいないつもりだが、どうにも運が良すぎる気はしている。失敗も挫折も無いんじゃなかろうか。
「外の世界でぬくぬくと……政情も何も知らずに暴れまわるだけの人はいいですわよね! 本当に!」
ヒステリックにティアーがヒートアップしてくれているおかげで、やや頭が冷静になってきた。呼心はふぅと小さく息を吐いてからキッと瞳に力を籠める。
「もっと大人しくしてほしいですよね」 
サロンに着いたので、一先ず二人で席に着く。明綺羅がいる時以外は必ずメイドに給仕させるティアーだが、今は急いでるからなのかさっさと自分でお茶を淹れだしてしまった。
流石にそれを邪魔する気にはなれなかったので、呼心は戸棚からカップを出して準備だけしておく。
「反王家派か、騎士団派の流したデマっていう可能性は……」
一縷の望みをかけてそう問うが、ティアーは悲しそうに首を振るだけだ。
「腰抜け救世主がSランク魔物を討伐したことは、既にAGギルドが認めているようですわ」
ギルドが認めているというならデマの可能性は限りなく低いだろう。
「チームで討伐したようですわ。それと、被害報告も無いんだそうで」
「チーム討伐だとしても結局、SランクAGになることは変わりませんね……って、え?」
ティアーの報告に引っ掛かりを覚える。
(被害報告が出ていない……?)
聞き流しそうになったが――冷静に考えて、街や人に被害を出さずに討伐することが可能なのだろうか。
「その……ティアー王女。被害の報告が無いっていうのは……清田君のチームに被害が無いってこと、ですよね?」
「いえ、アンタレスとその周辺地域に人的、物的被害ともに出ていないそうですわ」
その言葉に、背筋に冷たいものが流れる。
脳裏に浮かぶのは、過去に出会ったSランク魔物である『ゴーレムドラゴン』。アレが王都のすぐ近くに出てきて、果たして王都を無傷で守り切ることが出来るだろうか?
当時とは比べ物にならない実力を身に着けている明綺羅たちではあるが、確実に無理だと言い切れる。それほどにSランク魔物とは凄まじい。
(もしかして……)
自分の想定をはるかに上回る実力をつけているのでは?
(ううん、違う。きっと……きっと、範囲攻撃出来る魔物じゃなかったとかだ)
頭を振って恐ろしい推測をかき消す。嫌な汗を誤魔化すように、別の話題に切り替えた。 
「清田君と同盟を結んでいるハイドロジェン伯爵家の……派閥は、どこでしたっけ」
「どちらかというと中立よりではありますが……一応、王家派ですわ」
ホッと胸を抑える。彼の組んでいる派閥が積極的に明綺羅を邪魔しようとしている派閥ではないことだけが救いだ。
「現状……清田君の周りに他の派閥の人はいませんよね」
「少なくとも、わたくしは把握しておりませんわ」
それが唯一の救いだ。これで清田を『真の勇者』なんて言って仕立て上げられてはたまったものじゃない。
「「はぁ……」」
二人してため息をついたところで、砂時計の砂が落ち切った。ティアーはティーポットを持つと呼心が用意していたカップに注いでくれる。
「お待たせしましたわ」
「ありがとうございます」
紅茶を淹れてくれたティアーに礼を言い、そのまま口をつけ――
「「あっつ!」」
二人で舌を出して叫んでしまう。しまった、冷めてない。
でもそんなアホなことをしたからだろうか、何となく二人とも落ち着いて少しだけ和やかな空気が流れる。
「お、美味しいです」
「そ、それは良かったですわ」 
とはいえ落ち着いている場合ではない。いや落ち着かなければならないのは間違いないのだが、それだけでは状況が好転しない。
「では――話し合いましょうか」
「ええ。明綺羅君が……これ以上遅れをとらないために」
初めてショックを弟子(?)にとってから早数か月。自身の近接戦闘スキルも見違えるほど上がり、目の前にいる彼女も大分強くなっている。
あのオーパーツのように強力な剣は未だに使いこなせていないように感じるが、無駄口も減り、狙う場所も正確になってきた。
しかし……
「それだけはどうしても治らないんで御座るなぁ」
「う、うぇぇぇ……だ、だったら師匠がボディを殴らないで欲しいッス……」
隙が多いお前が悪い。
とは流石に言えず、志村は曖昧な笑顔を浮かべてタオルを渡してあげる。
「現実問題、ジョッキの隙が多いんで御座るよ。攻め気に逸り過ぎというか」
「そんなエールが入ってそうな名前じゃないッス」
「ショーツ?」
「それ今穿いてるやつッス! っていうかそれセクハラッスよ!?」
「ああ、シュート」
「だからあたしはショックだって言ってるッスよね!?」
「そうで御座ったな」
威嚇する猫みたいになるショックに笑みを向けつつ、伸びをして武装を仕舞う。
「じゃあ今日はここまでで御座る」
いつも通り学生服になった志村は、首をぐるりと回す。
「うぅ……あ、ありがとうございましたッス……」
涙目の彼女に苦笑しつつ、共に訓練場を出る。
「朝ご飯の前にお腹のモノ無くなって良かったじゃないで御座るか」
「いやコレかなり苦しいッスよ?」
「というかそもそも騎士団の人間が何故ボディ一発でゲロイン化するんで御座るか」
呆れながら言うとショックはいつも通りむくれてそっぽを向く。人間誰しも苦手なモノの一つや二つあるのは当然だが、隠密を常とする人間とはいえボディが弱いというのはシャレにならない弱点だろう。
それを見越してよくボディを打つわけだが、彼女は如何せん防御が甘い。
「以前も言ったで御座るが、近接戦闘は拙者の不得手分野で御座るからな?」
「それは分かってるッスけど……いつになったら本来の戦い方してくれるッスか?」
「せめて拙者を押し返してからで御座るな」
彼女は何故か志村の本来の戦い方――つまり銃撃戦を見たがる。その他にも、ラノールの剣術や天川にまで模擬戦を申し込んでいるらしい。
向上心があるのはいいことだが、自身が騎士団の団員であることをもっと考えるべきだろう。言っても詮無きことではあろうが。
「そういえば師匠、朝ご飯は何にするッスか?」
「いつも通りで御座るよ」
いつも通り、優雅にトースト一枚のブレックファーストだ。
ショックと修業をした朝はいつもこの手抜きな朝ご飯なのだが、どうもこの弟子は気に召さないようで毎度文句を言う。
「偶にはベーコンとかつけないんッスか?」
「拙者に合わせる必要は無いで御座るよ」
「いやだって何か気まずいじゃないッスかー」
ぶーと頬を膨らませるショック。どう見ても年相応な仕草ではないが、見た目相応の仕草なのであまり気にしない方がいいだろう。
(どうして拙者の周りにはこう……ちんちくりんしか集まらないんで御座るかね)
そのせいでロリコンなどという不名誉なあだ名までつけられる始末だ。決して自分はロリコンではないというのに。
「そういえば師匠、どこでその戦闘能力を身に着けたんッスかー? 師匠にも師匠とかいたんすかー?」
「またそれで御座るか……。拙者は天才だから、最初っからコレが出来たんで御座るよ」
「何で話してくれないんスか」
ぶーたれるショックをあしらいつつ、やれやれと首を振る。そもそも銃という概念が無い世界で、師匠などいるはずもない。強いて言うならサバゲーとFPSが師匠ではあるが、コンピューターゲームという概念から教えなければならないのは面倒だ。
よって毎度はぐらかしているのだが、彼女はそれでもグイグイと訊いてくる。
「いいじゃないッスかー、教えてくださいよー」
グイグイと腕を引っ張って駄々をこねる姿は、本当に成人女性なのかと言いたい。流石に鬱陶しいのでクルンと引っくり返す。
「のわっ……ぶっ!」
「……本当に色気も何も無い落ち方で御座るな」
ゴン、とひっくり返ったショックを引っ張って立たせながらため息をつく。
「痛いッス!」
「知らないで御座る。……そういうお主こそ、何故第一騎士団なんで御座るか?」
この国の騎士団は三つに分かれている。
第一騎士団は所謂軍隊。普通に思い浮かべる騎士団と言えばというような団だ。ラノールはここの団長をしている。
第二騎士団は前の世界で言うところの警察と裁判所を兼ねたような組織となっている。犯罪者の捕縛はAGと連携で行うことも多いらしいが、裁きや判決は全て司っているので役人と市井からは呼ばれている。
「第一とか第二よりも第三騎士団の方が合うで御座ろう」
「第三騎士団……ッスか。アレなんて言われてるか知ってますッスか?」
嫌そうな顔になるショック。そんな顔になる理由をよく知っているので、彼女から目線を逸らしてから答える。
「武装新聞屋で御座るな」
「それカッコいいと思うッスか?」
思わない。
思わない……が、そう言ってしまったら話が終わる。一つ咳払いしてから説得の言葉を紡いでみた。
「少なくとも戦闘スタイルには合ってるで御座るよ」
最も人数が少なく、最もなり手が少ないのが第三騎士団。これは通称通り、武装している新聞記者だ。
この世界は非常に街から街への移動が危険なわけだが、情報を集め拡散することを生業としている以上、AGと一緒にどうのとか悠長なことを言ってはいられない。故に武装とそれなりの戦闘力が求められるため騎士団の一つとして成立している。
「第三騎士団は諜報的な側面も御座るから戦闘力も必須。お主のような屋内戦でこそ真価を発揮するスタイルなら即座に合格だったで御座る」
彼女の戦い方は確かに第一、第二騎士団には向かないだろうが第三騎士団であれば十分だろう。
街から街を移動する際に必須である対魔物の能力も、逃げることに全力を注ぐなら充分だろうし、対人ならばそこそこの実力があると思ってもいい。
何より、第三騎士団は他二つに比べて個人で動くことが多いため連携が必須な騎士団と噛み合わない彼女の戦い方も十全に活かせる。
「それ姐さんにも言われたッスけど……やっぱり一番カッコよくて偉いのは第一騎士団じゃないッスか」
……ちなみにこういうことを考えているバカが多いため、第一>第二>第三という順番に騎士団の格付けが成されていると勘違いしている輩は多い。実際、第一騎士団の試験に落ちたからやむなく第二騎士団に入団したという話も聞く。
実際、第一騎士団の団長というのは一定以上の権威があるようだが……別に騎士団ごとに優劣があるわけではない。第一騎士団に入れなかったから第二騎士団に入ったというのは純粋に適性の差だろう。
……と、目の前のニコニコしている女に言っても通用しなさそうだ。若いとこういう勘違いはよくやらかす。まあ、彼女は志村より年上のはずだが。
「それに……第二と第三じゃ王城に常駐出来ないッスからね」
フッと、ほんの少しだけ頬を歪めてか細い声で呟くショック。
「なんだ、王城で働きたかったんで御座るか。確かにそれなら第一騎士団じゃないと厳しいで御座るな」
第二、第三騎士団でも王城で働いている者もいるがある程度出世しないと無理だ。最初から王城で働きたいと思えば第一騎士団になるのが手っ取り早いだろう。
「アレ、聞こえてたッスか?」
難聴系主人公じゃあるまいし、隣で呟かれれば嫌でも耳に入る。
「王城で働きたかったのならまあ……そうなるんで御座るかね」
何故王城で働きたいのか、は訊かない方がいいだろう。確信があるわけじゃないが何となく。
一つ頭を振って、志村はポンとショックの頭に手を置く。
「じゃあジャンク」
「あたしはそんな廃品みたいな名前じゃないッス!」
「どうでもいいからさっさと行くで御座るよ、そろそろお腹が減ったで御座る」
「了解ッス! ……でもトーストだけっていうのは嫌ッス!」
どうしても譲れないのかそれだけは主張するショック。志村はやれやれと肩をすくめて食堂の方へ足を向けた。
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その報告が入って来たのは午後一番だった。お昼ご飯を終えて、さて午後の予定を消化しよう……なんて食後のコーヒーを飲みながら思っていた時。
「そんな……そ、それは本当ですか!?」
「え? え、ええ。嘘じゃないとは思います。何せ出入りのAGギルド職員から正式に聞いた話ですから」
その情報をもたらしてくれたメイドに身を乗り出して問いながら、脳をフル回転させる。
(さいっあく……ああもう!)
やってくれた、やってくれやがった。
最も恐れていたことを――やってくれやがった。あの男は。
ギリッ、と奥歯を噛みしめる。これ以上、明綺羅の天下が遠のくのは避けたい。しかし、これではだいぶ離されてしまって――
「えっと……か、カラミ様?」
――ハッ、と。
困惑した様子のメイドから声をかけられ、呼心は我に返る。そしてニコリと笑みを作ると、感謝を述べてその場を去った。
「タイミングってものを……考えてよ、清田君」
メイドからの報告はこうだ。
『昨日、異世界人キョースケ・キヨタがSランク魔物を倒した』
……という、至極簡潔で一見すれば喜ばしい報告。
しかしそれは――呼心たちの抱えている事情が無ければ、の話だ。
「今……かぁ」
混乱する頭で、考える。
……彼がSランク魔物を倒したことに対する驚きは、実のところそこまでではない。むしろ「ああ、もうそんな時期なんだ」くらいのものだ。
何せ一度覇王を退けた男だ。塔で見たあの時よりも更に強くなっていることだろう。Sランク魔物を倒していても不思議ではない。
不思議ではない……が、流石にタイミングが悪すぎて苦笑してしまう。
「逆に考えれば、明綺羅君もSランク魔物を倒せるってことになるわけだし」
明綺羅と京助が戦えば明綺羅が勝つはずだ。呼心は推測ではなく確信を持ってそう言える。
京助が努力してないはずはないが、それでも今は明綺羅の方が強いはずだ。お互い同じように努力していればいずれ追い越す。
何故なら、明綺羅は勇者だから。
彼の強さだって認めている。しかしそれ以上に明綺羅のことを信頼しているというだけの話だ。
故に、京助がSランク魔物を倒したということは明綺羅の実力もその付近にいるとみて間違いない。そう思えるから彼の出世に関してはそこまで驚き、動揺することではない。
……でも。
それでも今、呼心は混乱している。否、途方に暮れていると言うべきか。
あまりにもタイミングが悪すぎて、彼らがスパイしているんじゃないかという気すらしてくる。明綺羅の邪魔をするためだけに、Sランカーになったんじゃないかと。
でもそんなことは無いだろう、と首を振る。
「明後日……なのに」 
明後日。
そう、明後日からだったのだ。再び明綺羅が旅に出るのは。
自分の派閥に取り込もうとする貴族からの誘いをすり抜け、王家――それもティアー派の貴族と内密に約定を交わしてその関係で旅に出られるはずだった。
彼をこの悪意と策謀渦巻く政治の世界から遠ざけられるはずだったのに。
「ああもう……!」
それに対する苛立ちで脳が沸騰しそうになるのを無理矢理抑え、思考を切り替える。感情のコントロールは社交界での必須スキルだ。
今最も大切なことは明綺羅の予定を崩さないことだ。その予定や調整、相手との交渉をメインでやってくれたティアーに会う必要がある。
彼女は午後から予定は無いはずだ。頭の冷静さを保ちつつ彼女の部屋へ足を向け――
「――って、王女様!」
――ようと速足になった瞬間、廊下を曲がってすぐにばったりと出会ってしまった。
ビックリして立ち止まり、大きな声を出してしまう。
しかし彼女も呼心を探していたようでパッと顔を綻ばせた。
「ココロさん! こちらにいらしたんですね!」
走りでもしたのか、胸元に一筋の汗が。お姫様の艶めかしい姿を見てゴクリと生唾を飲む。同性でもつい目で追ってしまうくらいには彼女の美貌は素晴らしい。
――だからこそ明綺羅の件で怖くもあるし、頼もしくもあるのだが。
変な方向に飛びそうになった思考を瞬時に戻し、彼女と目を合わせて頷き合う。
「急いでいるってことは……」
「ええ、わたくしも聞きましたわ。あの腰抜け救世主の話を」
腰抜け救世主、というのは清田のことだ。彼女だけは清田のことをそう言う。
最初は異世界に来て即座に抜け出した清田を侮蔑してそう呼んでいたが、今は少し違うらしい。
「まさかあの腰抜け救世主が――Sランク魔物を倒すなんて」
悔しさをにじませながら、そう呟くティアー。自分も似たような気持ちなので、何も言えなくなってしまう。
二人の間に重苦しい空気が流れる。この空気が事の重大さに直結していると言っても過言ではない。
「……ともかく、ここでは何ですから一先ずわたくしのサロンへ」
先に口を開いたのはティアーだ。呼心は礼を一つ言ってから彼女の後をついていく。
「どうしましょう。というか……取りあえず、情勢はどう変わりますか」
嘆いている場合ではない、そんな想いを籠めた声音で彼女に問うと……やはり彼女の方も切迫した声で返してくる。
「……こうなればお父様がシリウスに行くのは間違いないですわ」
「それの護衛として……騎士団も、ですよね」
「ええ。そうなれば、間違いなくアキラ様は王都の守護という名目で暫くは王城から出られませんわ」
そう、そうなのだ。
別に清田が功績を上げるだけなら問題ない。いや、問題は大アリなのだがここまで二人は焦らない。
重大なのは、彼がSランクAGになることによって騎士団が動かざるをえなくなってしまうということだ。
「あの腰抜け救世主は……何なんですの!?」
悔し気に呻くティアー。まだ廊下だというのに声が大きい。
何なんですの、と叫びたい気持ちは分からなくもない。彼の実力を軽視してはいないつもりだが、どうにも運が良すぎる気はしている。失敗も挫折も無いんじゃなかろうか。
「外の世界でぬくぬくと……政情も何も知らずに暴れまわるだけの人はいいですわよね! 本当に!」
ヒステリックにティアーがヒートアップしてくれているおかげで、やや頭が冷静になってきた。呼心はふぅと小さく息を吐いてからキッと瞳に力を籠める。
「もっと大人しくしてほしいですよね」 
サロンに着いたので、一先ず二人で席に着く。明綺羅がいる時以外は必ずメイドに給仕させるティアーだが、今は急いでるからなのかさっさと自分でお茶を淹れだしてしまった。
流石にそれを邪魔する気にはなれなかったので、呼心は戸棚からカップを出して準備だけしておく。
「反王家派か、騎士団派の流したデマっていう可能性は……」
一縷の望みをかけてそう問うが、ティアーは悲しそうに首を振るだけだ。
「腰抜け救世主がSランク魔物を討伐したことは、既にAGギルドが認めているようですわ」
ギルドが認めているというならデマの可能性は限りなく低いだろう。
「チームで討伐したようですわ。それと、被害報告も無いんだそうで」
「チーム討伐だとしても結局、SランクAGになることは変わりませんね……って、え?」
ティアーの報告に引っ掛かりを覚える。
(被害報告が出ていない……?)
聞き流しそうになったが――冷静に考えて、街や人に被害を出さずに討伐することが可能なのだろうか。
「その……ティアー王女。被害の報告が無いっていうのは……清田君のチームに被害が無いってこと、ですよね?」
「いえ、アンタレスとその周辺地域に人的、物的被害ともに出ていないそうですわ」
その言葉に、背筋に冷たいものが流れる。
脳裏に浮かぶのは、過去に出会ったSランク魔物である『ゴーレムドラゴン』。アレが王都のすぐ近くに出てきて、果たして王都を無傷で守り切ることが出来るだろうか?
当時とは比べ物にならない実力を身に着けている明綺羅たちではあるが、確実に無理だと言い切れる。それほどにSランク魔物とは凄まじい。
(もしかして……)
自分の想定をはるかに上回る実力をつけているのでは?
(ううん、違う。きっと……きっと、範囲攻撃出来る魔物じゃなかったとかだ)
頭を振って恐ろしい推測をかき消す。嫌な汗を誤魔化すように、別の話題に切り替えた。 
「清田君と同盟を結んでいるハイドロジェン伯爵家の……派閥は、どこでしたっけ」
「どちらかというと中立よりではありますが……一応、王家派ですわ」
ホッと胸を抑える。彼の組んでいる派閥が積極的に明綺羅を邪魔しようとしている派閥ではないことだけが救いだ。
「現状……清田君の周りに他の派閥の人はいませんよね」
「少なくとも、わたくしは把握しておりませんわ」
それが唯一の救いだ。これで清田を『真の勇者』なんて言って仕立て上げられてはたまったものじゃない。
「「はぁ……」」
二人してため息をついたところで、砂時計の砂が落ち切った。ティアーはティーポットを持つと呼心が用意していたカップに注いでくれる。
「お待たせしましたわ」
「ありがとうございます」
紅茶を淹れてくれたティアーに礼を言い、そのまま口をつけ――
「「あっつ!」」
二人で舌を出して叫んでしまう。しまった、冷めてない。
でもそんなアホなことをしたからだろうか、何となく二人とも落ち着いて少しだけ和やかな空気が流れる。
「お、美味しいです」
「そ、それは良かったですわ」 
とはいえ落ち着いている場合ではない。いや落ち着かなければならないのは間違いないのだが、それだけでは状況が好転しない。
「では――話し合いましょうか」
「ええ。明綺羅君が……これ以上遅れをとらないために」
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