異世界なう―No freedom,not a human―
177話 休息と絵と剣
天川はぼんやりと空を見上げる。学校に通っている時は屋上で寝っ転がる……何てことも殆ど無かったが、今は窓からジャンプすればすぐだ。
風に身を任せ、ゆったりと微睡む……久しく忘れていた平穏。
(本でも読むか)
ラノールさんから借りた本。昨夜は序盤を読んだだけでやめてしまったため、続きが気になっていたのだ。せっかく久方ぶりのゆったりした時間だ。有効活用しないと勿体ない。
寝転がった状態で本を持ち上げ、風に捲られないようにしっかりと押さえながら文字を追っていく。
(そういえば……)
本の続きが気になる、なんていつ以来か。
休めば足踏みしてしまうと思っていたが、そんなことも無かった。動いていても足踏みしているなら、ちょっとくらい休んでもいいだろう。
「俺も……ヘリアラスさんの怠け癖が移ったのかもしれないな」
ゆったりとした時間。まるで世界が自分一人だけになったかのようだ。
今ならば、何をしてもきっと有意義だったと思えそうだ。
「本……面白いな」
………………。
………………。
………………。
………………。
「おふっ」
ばさっ、と顔面に本が落ちてきて目を覚ます。どうやら意識が飛んでいたらしい。誰も見ていなくて良かった。
再び、半分ほど閉じている瞼をこすりながら本を読む体勢に入る。今度は横向きになり、寝おちても顔面に本が落ちてこない姿勢で。
「あ、いましたよ」
「なーにしてるの、明綺羅君」
のんびりした声。そしてやはり自分は寝ていたらしい。
薄目を開けてそちらを見ると、呼心と桔梗がこちらへ歩いてきた。
「明綺羅君が寝てるなんて……珍しいね」
「天川君がのんびりしてるのは初めて見ました」
呼心は少し意外そうに、桔梗に至っては驚きか目を見開いている。……天川とて休む、異世界に来てから一度もしていなかっただけで。
そんなことを考えつつ、閉じていた本をアイテムボックスに仕舞い半身を起こした。
「修業はいいの?」
「ああ。ラノールさんに用事があるらしくて今日は休日だ。……偶には休まないとな」
昨日のこともあって気まずかったので、それもちょうど良かったと言えばちょうど良かったか。
「じゃあ……私と一緒に絵でも描きに行きませんか?」
桔梗がそう提案してくる。呼心が何も言わないところから見て、最初からそのつもりで誘いに来たのだろう。
確かに絵はいい、そう思った天川は頷いて立ち上がる。
「どうせ寝るか本を読むかだけだったからな。喜んで付き合おう」
ぱぁっと花が綻ぶように笑顔を見せる桔梗。彼女は最近、割と感情を表してくれるようになった。
「油絵具が見当たらなくて水彩なんだけど、いいですか?」
「俺はそもそも水彩絵の具と油絵具の違いすら分からないから、問題ない」
「あはは、明綺羅君ったら」
塔を出てから……志村と加藤が抜け、天川達のパーティーは事実上解散となった。特に加藤が抜けた穴は大きく、陣形から考え直さなけらばならないレベルだった。
そんな時、桔梗のことを思い出した天川が会いに行ったわけだが……
(一切、笑わない子だったからな)
異世界に飛ばされる、というのはどれほどのストレスか。天川も痛いほどわかるため……彼女に元気を出してくれとは言えなかった。
どうしてもバッファーが必要だった天川は呼心と共に説得を重ねたわけだが、彼女が出した条件は単純明快だった。
『私が死なないように、守って欲しい』
あの時の目は忘れられない。怯え、恐怖し、いっぱいいっぱいになっている目。
彼女が戦うことを了承したのは、ひとえに『勇者』の存在だと思っている。
『この世界に安心できる場所は無いの。異世界人である限り、アナーキーな私たちは後ろ盾が無いなら何をされても誰も守ってくれない。……いい? この世界で一番安心できるのは強い人と一緒にいる時だけなの』
呼心のこのセリフが、きっと彼女を突き動かした。死にたくないという想いが、彼女を戦いへと導いた。
それがどれほど辛い決断だったのかは、やはりこれも分かる。だから天川は彼女のためにも強くならねばと誓ったのだ。
「それにしても屋上は……風が気持ちいいね」
「そうだ、せっかくだしここで描きませんか?」
桔梗の提案に、明綺羅と呼心は同時に頷く。城下を一望できるから景色はいいし、何より涼しくて過ごしやすい。
ポカポカとした日差しと、撫でるような風。絵を描くには素晴らしいロケーションじゃなかろうか。
「じゃあ準備してきますね」
「せっかくだし、皆で行こう」
「そうだねー。桔梗ちゃんの部屋も気になるし」
「なんだ、絵の具の出どころは桔梗の私物なのか? ……それは悪いな。自分たちの分の金は出すが……」
「い、いえ! これは私が好きでやってることですから!」
他愛ない会話をしながら絵の準備に向かう。
……移動教室みたいだな、なんて思いながら。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「で、結局阿辺は……」
「そ、ショーコイースを小豆と勘違いして餡子の作り方を偉そうに教授したらしいよ。苦情言われる身にもなって欲しい」
「それは何というか……阿辺君らしいというか……その……」
呆れ果てた、とでも言いたげな様子の呼心。でも確かにそんな感想を言いたくもなる。ショーコイースというのは砕いて調味料にする豆……のようなものだ。胡椒のような味と香りがするモノで、この世界では少し高級品らしい。
それをぐつぐつと砂糖と一緒に煮る……と、苦情が出て然るべきだろう。
「今回は口出ししかしなかったらしいけど……」
「前回のマヨネーズ事件は大変だったからな」
マヨネーズに関しては、それと似たような調味料があったため料理に詳しいクラスメイトが提案し、量産出来ないかという話になっている段階だ。
しかしそれを知らない阿辺がある日いきなり厨房に行ってその辺の材料で作り始めたのだ。言うだけあって食えないことは無いものが出来上がったようだが、阿辺が何を思ったか「これを国王に食わせろ」とコックに迫ったらしい。
コックもコックで阿辺に強く言うことも出来ず、板挟みになった結果かなり精神的に参って体調を崩してしまった。
騒動が大きくなって天川達の耳に入らなければ、今頃どうなっていたことやら。
「あの人は……」
「呼心、顔が恐いぞ」
「っとと。スマイルスマイル」
ムニムニと頬をこねる呼心。あの時は彼女が火消しに尽力しなければ大変なことになっていた。それこそ異世界人の評価がガタ落ちするレベルで。
当の本人は「何故俺が尊敬されないんだ!」なんて思っているものだから余計に始末が悪い。
「そ、そう言えば阿辺君と言えば石鹸も作っていませんでしたっけ……」
「石鹸なんて既にあるのにな。なんで作ったんだろうアイツは」
「知らないよそんなの! ……とと、スマイル!」
阿辺の話題になると「スマイル!」が口癖になる呼心。頬をムニムニとする姿は可愛いのだが、般若と笑顔のギャップが激しすぎて毎度驚く。
「とにかく、また俺が阿辺に言おうか?」
「……言っても無駄だよ。何か問題起こす前に対処しないと……」
呼心が泣き言に近いことを言うのは珍しい。
アレで阿辺は城下でよく犯罪者を自主的に捕まえている。その功績が無ければ今頃王城を追い出されていた可能性すらある。
……清田が王城から出て行った時とはまるで状況の違う、文字通り『追放』だ。
「阿辺君……何が不満なんでしょうね。結構、城下の警備の人からは感謝されているみたいですし」
「分からんが……しかし自主的に働いていることだけは評価しなくてはな」
「……アレもどーせストレス発散のためだよ。微罪でも問答無用でボコボコにしてるみたいだから」
……異世界人である以上、阿辺の能力は非常に高い。防御の要と言ってもよく、実際彼がいなければ危ない場面も多々あった。しかも阿辺の結界は防御のみならず攻撃性能も高く、木っ端な魔物なら一人で粉砕してしまえる。城下のチンケなチンピラくらいじゃ相手にならないのも当然だ。
彼の結界は天川ですら神器を使わねば破るのは非常に難しい。しっかりとこちらの指示を聞いて動いてくれればもっと天川達の活躍も広がるのだろうが……。
「ああダメだ、せっかくのんびりしてるのに阿辺君のことなんて考えない方がいいね!」
無理矢理笑顔を浮かべる呼心。彼女の苦労が分かるだけに何とかしてやりたいが……。
「……そうだな。あ、桔梗。ここの色がちょっとどうしたらいいのか分からないんだが」
「はい。あ、天川君……上手ですね。流石です」
「ああ、ありがとう」
桔梗のアドバイスを聞きつつ、筆を動かす。キャンパスに城下の風景が描かれていく。
「心が落ち着くな」
「風景画はいいですよ。心が洗われます」
二人でそう話していると、呼心がちょっとだけ顔を赤らめた。……ほんの少しだけ悪戯心が湧いてきた二人はニヤニヤとした顔で話しを続ける。
「しかし本当に心が綺麗になる気がするな」
「心が良い方向に進むようで……」
「ああ、もう! ……二人とも、恥ずかしいものは恥ずかしいんだからね」
桔梗の言葉を遮って呼心が吼える。その頬はほのかに赤みを増していて、彼女にしては珍しく普通に照れているようだ。
「ふふ、ごめんね呼心ちゃん」
「悪いな、呼心」
「ふん、だ」
三人で笑い合う。心安らぐ瞬間だ。
暫くそうして描いていたが、少しお腹が空いてきた。時間的にそろそろお昼になるだろうか。
「せっかくだ、ここで食べないか?」
「いいですね! 私、持ってきますよ」
「サンドイッチでも持ってくるから待ってて、明綺羅君」
「俺も行くぞ?」
「いや、絵の道具見ててよ」
それもそうだ。
というわけで二人に食事を任せ、何となく自分だけ続きを描くのはズルい気がして筆を一旦置く。
責任を放り投げ……るのは、やはり天川の性格的に難しい。だが今日くらいは置いておいて枕にしてもいいかもしれない。
大きくゆっくりと息を吸い込み、吐く。そういえばこちらの世界では星もよく見えるし、空気も綺麗だ。
工業施設が無いわけではないが、やはり前の世界程ではないためそういった意味では非常に過ごしやすい。
(喫煙者は多いが……な)
清田の吸っていたタバコのことを思い出し、ほんの少しだけ笑みを浮かべる。
「今頃は酒でも飲んでそうだな、清田は」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「天川君は……まだ悩んでるんですかね」
道すがら、呼心に向かって話しかける。
「そりゃ……悩むと思うよ。目の前で人が死んだのを見るのは初めてだろうし」
以前、盗賊団を退治しに行ってから暫く明綺羅は口を開くことが少なくなっていた。いつも通りに戻っても、少し遠い目をしていて思い悩んでいたようだ。
きっと盗賊団の件だけじゃなく、もっと様々なことが彼の重荷になっているのだろう。
「何か助けになれたらいいんですけど……」
桔梗が出来ることは今日のように励ますことくらい。いや、励ましになっているのかどうかすら分からないが。
「なんで……戦えるんでしょうか。天川君は」
そもそも桔梗は戦いたくない。出来ることなら、このまま城に引きこもって絵を描いていたかった。
しかし明綺羅に……好きな人に一緒に戦ってほしいと懇願されれば、勇気を出すしかない。桔梗にとって戦いとは、明綺羅を守るためであり、明綺羅を助けるためであり、明綺羅が少しでも楽になってもらうためだ。
生きるためというだけなら、王城にいればいい。戦わなくても生きていける。
ただひたすら、天川明綺羅のために。惚れた男のために。それが桔梗にとっての原動力。
しかし……明綺羅の原動力が分からない。
「何で、戦ってるんでしょうか」
「そんなの決まってる。私たちのためだよ」
桔梗の疑問に、呼心が断言する。
「私たち異世界人は後ろ盾が無い。だから明綺羅君は戦ってくれてるの」
実績を作るために、と。
その眼には迷いはなく、ただひたすら明綺羅への信頼に溢れている。
しかし……
(本当にそうなんでしょうか)
明綺羅が善人であり、誰かのために戦える人間であることは分かっている。
だが。
(原動力がそれなんでしょうか)
戦う理由。
それが明綺羅からは見えてこない。
桔梗に悩みは無い。いや、あったとしてもそれを吹き飛ばせる。
何故なら、それ以上に戦う理由があるから。
明綺羅のため、という明確な。
「あれ、志村君?」
「おや、空美殿に追花殿」
厨房に辿り着くと、何故か志村君がいた。呼心は少し驚いた顔をしつつも、ニコリと愛想笑いを浮かべる。
……うすら寒くなる程の愛想笑い。この二人の間に何があったんだろうか。
「えーっと……その、志村君はどうしてここに? お昼ご飯なら食堂に行った方がいいんじゃないですか?」
「ああ、今日はマール姫が外でお昼を食べたいと言いだしたんで御座るよ。ピクニックにはちょうどいい青空で御座るからな」
だからお弁当をお願いしに来たということらしい。
何やら不穏な雰囲気を漂わせている呼心に厨房へ行ってもらい、桔梗は志村君と一緒に外で待つことになる。
「……桔梗ちゃん、気を付けてね。警戒は怠っちゃダメ」
別れ際、ポツリと呟く。しかし脳内にある志村君のイメージと『警戒』という言葉が繋がらず首をひねる。
ただ彼が『戦う人』であることは知っているので、何とはなしに――それこそ雑談レベルで――気になることを尋ねてみた。
「そういえば……志村君は何で戦ってるんですか?」
「マール姫のためで御座るよー」
間髪入れず、それもやや強い口調で言い切る志村君。笑顔も口調もそのままなのに、空気や『圧』のような物が変わった。
ゾッと背筋が凍る思いをしながら、声が震えないように一度唇を噛む。
「マール姫を、守るためですか?」
「守るだけでは無いで御座るな。色々で御座るよ、拙者もほんの少しだけ考えてるんで御座るよ」
口調もそのまま、しかし目だけが違う。前の世界で――清田君や佐野さんと喋っていた時とはまるで違う。冷たく、凄みのある瞳。
呼心が言っていた意味が分かった。なるほどこれは警戒しないと――呑まれる。
「ま、天川殿ほどではないかもしれないで御座るけどな」
瞳の凄みを消し、いつも通りの雰囲気に戻る志村君。元通りの彼はどこかつかみどころのない雰囲気だ。
「何でそんなことを聞いたんで御座るか?」
至極真っ当な問い。
「天川君が……どうして戦ってるのかが分からなかったから」
「なるほど、そうで御座るか」
志村君は頷くと……少しだけ遠い目をしながら壁にもたれかかった。
「拙者からは……責任感で戦っているように見えるで御座るな。天川殿は」
責任感。
呼心が言っていたことと被る。
「『勇者』という『職』を手にした責任感。大いなる力には大いなる何とやら、と言うで御座るからな。大いなる力を手にした人がどう動くべきか、それを考えて動いてるんで御座ろう」
大いなる力。『勇者』という『職』も、神器も……確かに常人とは比較にならない程強大な力を持っているのは間違いない。
天川明綺羅という『個人』が保有するには、それはそれは強大な力だ。個人で戦車……いや、巨大ロボットを扱えるようなものだ。
だから、その責任感。
「そう……なんですかね」
「そうじゃないんで御座るか? 拙者よりも空美殿や追花殿の方が分かるで御座ろう? 何せ拙者よりももっと近くで彼を見てるんで御座るから」
ズキリと心が痛む。その通り、近くにいるはずだ。呼心ほどではないが、桔梗もそれなりに近くにいる。
なのに何も分からない。彼の心に数センチも近づけない、気がする。
靄がかかってハッキリしないとか、そういうわけではなく……分厚い壁に遮られているような、そんな感覚。
目の前で生きているはずの彼がどこまでも遠く、何も理解出来ない。
「遠いんです」
「……そうで御座るか」
その一言で何かを察したように、曖昧な笑みを浮かべる志村君。同い年とは思えない程、複雑な笑みだ。
ふと、この笑みをどこかで見たことを思い出す。
(アレは……)
そう、そうだ。呼心や明綺羅が稀に浮かべる笑みと似ているのだ。一つではない、いくつもの感情が曖昧に交じり合った表情。
(私は……)
「拙者が想うに」
思考の海に沈もうとしていた桔梗に、躊躇いがちに――しかし確信を持って――志村君が声をかける。
「きっと、拙者の言葉は届かない。無論――あんな薄っぺらい言葉も届かない」
雰囲気が変わった。
志村君が身に纏うそれが、先ほどと打って変わって研ぎ澄まされた刃のよう。
「オレは所詮他人だ。天川に対しては他人事程度にしか感じない」
だが、と。
一言区切った志村はニヒルに微笑むと桔梗の頭に手を置いた。
「近しい人が放った想いの籠った言葉なら、必ず届く」
そして志村はそのまま桔梗の横を通り過ぎると、中から出てきたメイドからバスケットを受け取る。
「想いと距離、これを忘れないように……で、御座るよ。じゃあお先にで御座る」
ヒラヒラと手を振ってその場から離れる志村君。
それと入れ違いになるように、厨房から呼心が出てくる。
「大丈夫? 志村君に何も言われてない?」
「は、はい。……励まされました」
少しだけ俯いて答えると、呼心はニヤリと笑ってウリウリと桔梗のお腹を突いた。
「何? 惚れた? 明綺羅君から乗り換える?」
「それは無いです」
即答すると、呼心も苦笑いして「だよねー」と壁にもたれる。
「ま、ロリコンだもんね」
「ロリコンですしね」
「中二病だし」
「中二病ですしね」
そう言って二人でひとしきり笑ってから……ふと、志村君が去っていった方に視線を向ける。
彼のように堂々と歩けたら、もう少し明綺羅に声を届けられるのだろうか。
異変まで、あと少し。
風に身を任せ、ゆったりと微睡む……久しく忘れていた平穏。
(本でも読むか)
ラノールさんから借りた本。昨夜は序盤を読んだだけでやめてしまったため、続きが気になっていたのだ。せっかく久方ぶりのゆったりした時間だ。有効活用しないと勿体ない。
寝転がった状態で本を持ち上げ、風に捲られないようにしっかりと押さえながら文字を追っていく。
(そういえば……)
本の続きが気になる、なんていつ以来か。
休めば足踏みしてしまうと思っていたが、そんなことも無かった。動いていても足踏みしているなら、ちょっとくらい休んでもいいだろう。
「俺も……ヘリアラスさんの怠け癖が移ったのかもしれないな」
ゆったりとした時間。まるで世界が自分一人だけになったかのようだ。
今ならば、何をしてもきっと有意義だったと思えそうだ。
「本……面白いな」
………………。
………………。
………………。
………………。
「おふっ」
ばさっ、と顔面に本が落ちてきて目を覚ます。どうやら意識が飛んでいたらしい。誰も見ていなくて良かった。
再び、半分ほど閉じている瞼をこすりながら本を読む体勢に入る。今度は横向きになり、寝おちても顔面に本が落ちてこない姿勢で。
「あ、いましたよ」
「なーにしてるの、明綺羅君」
のんびりした声。そしてやはり自分は寝ていたらしい。
薄目を開けてそちらを見ると、呼心と桔梗がこちらへ歩いてきた。
「明綺羅君が寝てるなんて……珍しいね」
「天川君がのんびりしてるのは初めて見ました」
呼心は少し意外そうに、桔梗に至っては驚きか目を見開いている。……天川とて休む、異世界に来てから一度もしていなかっただけで。
そんなことを考えつつ、閉じていた本をアイテムボックスに仕舞い半身を起こした。
「修業はいいの?」
「ああ。ラノールさんに用事があるらしくて今日は休日だ。……偶には休まないとな」
昨日のこともあって気まずかったので、それもちょうど良かったと言えばちょうど良かったか。
「じゃあ……私と一緒に絵でも描きに行きませんか?」
桔梗がそう提案してくる。呼心が何も言わないところから見て、最初からそのつもりで誘いに来たのだろう。
確かに絵はいい、そう思った天川は頷いて立ち上がる。
「どうせ寝るか本を読むかだけだったからな。喜んで付き合おう」
ぱぁっと花が綻ぶように笑顔を見せる桔梗。彼女は最近、割と感情を表してくれるようになった。
「油絵具が見当たらなくて水彩なんだけど、いいですか?」
「俺はそもそも水彩絵の具と油絵具の違いすら分からないから、問題ない」
「あはは、明綺羅君ったら」
塔を出てから……志村と加藤が抜け、天川達のパーティーは事実上解散となった。特に加藤が抜けた穴は大きく、陣形から考え直さなけらばならないレベルだった。
そんな時、桔梗のことを思い出した天川が会いに行ったわけだが……
(一切、笑わない子だったからな)
異世界に飛ばされる、というのはどれほどのストレスか。天川も痛いほどわかるため……彼女に元気を出してくれとは言えなかった。
どうしてもバッファーが必要だった天川は呼心と共に説得を重ねたわけだが、彼女が出した条件は単純明快だった。
『私が死なないように、守って欲しい』
あの時の目は忘れられない。怯え、恐怖し、いっぱいいっぱいになっている目。
彼女が戦うことを了承したのは、ひとえに『勇者』の存在だと思っている。
『この世界に安心できる場所は無いの。異世界人である限り、アナーキーな私たちは後ろ盾が無いなら何をされても誰も守ってくれない。……いい? この世界で一番安心できるのは強い人と一緒にいる時だけなの』
呼心のこのセリフが、きっと彼女を突き動かした。死にたくないという想いが、彼女を戦いへと導いた。
それがどれほど辛い決断だったのかは、やはりこれも分かる。だから天川は彼女のためにも強くならねばと誓ったのだ。
「それにしても屋上は……風が気持ちいいね」
「そうだ、せっかくだしここで描きませんか?」
桔梗の提案に、明綺羅と呼心は同時に頷く。城下を一望できるから景色はいいし、何より涼しくて過ごしやすい。
ポカポカとした日差しと、撫でるような風。絵を描くには素晴らしいロケーションじゃなかろうか。
「じゃあ準備してきますね」
「せっかくだし、皆で行こう」
「そうだねー。桔梗ちゃんの部屋も気になるし」
「なんだ、絵の具の出どころは桔梗の私物なのか? ……それは悪いな。自分たちの分の金は出すが……」
「い、いえ! これは私が好きでやってることですから!」
他愛ない会話をしながら絵の準備に向かう。
……移動教室みたいだな、なんて思いながら。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「で、結局阿辺は……」
「そ、ショーコイースを小豆と勘違いして餡子の作り方を偉そうに教授したらしいよ。苦情言われる身にもなって欲しい」
「それは何というか……阿辺君らしいというか……その……」
呆れ果てた、とでも言いたげな様子の呼心。でも確かにそんな感想を言いたくもなる。ショーコイースというのは砕いて調味料にする豆……のようなものだ。胡椒のような味と香りがするモノで、この世界では少し高級品らしい。
それをぐつぐつと砂糖と一緒に煮る……と、苦情が出て然るべきだろう。
「今回は口出ししかしなかったらしいけど……」
「前回のマヨネーズ事件は大変だったからな」
マヨネーズに関しては、それと似たような調味料があったため料理に詳しいクラスメイトが提案し、量産出来ないかという話になっている段階だ。
しかしそれを知らない阿辺がある日いきなり厨房に行ってその辺の材料で作り始めたのだ。言うだけあって食えないことは無いものが出来上がったようだが、阿辺が何を思ったか「これを国王に食わせろ」とコックに迫ったらしい。
コックもコックで阿辺に強く言うことも出来ず、板挟みになった結果かなり精神的に参って体調を崩してしまった。
騒動が大きくなって天川達の耳に入らなければ、今頃どうなっていたことやら。
「あの人は……」
「呼心、顔が恐いぞ」
「っとと。スマイルスマイル」
ムニムニと頬をこねる呼心。あの時は彼女が火消しに尽力しなければ大変なことになっていた。それこそ異世界人の評価がガタ落ちするレベルで。
当の本人は「何故俺が尊敬されないんだ!」なんて思っているものだから余計に始末が悪い。
「そ、そう言えば阿辺君と言えば石鹸も作っていませんでしたっけ……」
「石鹸なんて既にあるのにな。なんで作ったんだろうアイツは」
「知らないよそんなの! ……とと、スマイル!」
阿辺の話題になると「スマイル!」が口癖になる呼心。頬をムニムニとする姿は可愛いのだが、般若と笑顔のギャップが激しすぎて毎度驚く。
「とにかく、また俺が阿辺に言おうか?」
「……言っても無駄だよ。何か問題起こす前に対処しないと……」
呼心が泣き言に近いことを言うのは珍しい。
アレで阿辺は城下でよく犯罪者を自主的に捕まえている。その功績が無ければ今頃王城を追い出されていた可能性すらある。
……清田が王城から出て行った時とはまるで状況の違う、文字通り『追放』だ。
「阿辺君……何が不満なんでしょうね。結構、城下の警備の人からは感謝されているみたいですし」
「分からんが……しかし自主的に働いていることだけは評価しなくてはな」
「……アレもどーせストレス発散のためだよ。微罪でも問答無用でボコボコにしてるみたいだから」
……異世界人である以上、阿辺の能力は非常に高い。防御の要と言ってもよく、実際彼がいなければ危ない場面も多々あった。しかも阿辺の結界は防御のみならず攻撃性能も高く、木っ端な魔物なら一人で粉砕してしまえる。城下のチンケなチンピラくらいじゃ相手にならないのも当然だ。
彼の結界は天川ですら神器を使わねば破るのは非常に難しい。しっかりとこちらの指示を聞いて動いてくれればもっと天川達の活躍も広がるのだろうが……。
「ああダメだ、せっかくのんびりしてるのに阿辺君のことなんて考えない方がいいね!」
無理矢理笑顔を浮かべる呼心。彼女の苦労が分かるだけに何とかしてやりたいが……。
「……そうだな。あ、桔梗。ここの色がちょっとどうしたらいいのか分からないんだが」
「はい。あ、天川君……上手ですね。流石です」
「ああ、ありがとう」
桔梗のアドバイスを聞きつつ、筆を動かす。キャンパスに城下の風景が描かれていく。
「心が落ち着くな」
「風景画はいいですよ。心が洗われます」
二人でそう話していると、呼心がちょっとだけ顔を赤らめた。……ほんの少しだけ悪戯心が湧いてきた二人はニヤニヤとした顔で話しを続ける。
「しかし本当に心が綺麗になる気がするな」
「心が良い方向に進むようで……」
「ああ、もう! ……二人とも、恥ずかしいものは恥ずかしいんだからね」
桔梗の言葉を遮って呼心が吼える。その頬はほのかに赤みを増していて、彼女にしては珍しく普通に照れているようだ。
「ふふ、ごめんね呼心ちゃん」
「悪いな、呼心」
「ふん、だ」
三人で笑い合う。心安らぐ瞬間だ。
暫くそうして描いていたが、少しお腹が空いてきた。時間的にそろそろお昼になるだろうか。
「せっかくだ、ここで食べないか?」
「いいですね! 私、持ってきますよ」
「サンドイッチでも持ってくるから待ってて、明綺羅君」
「俺も行くぞ?」
「いや、絵の道具見ててよ」
それもそうだ。
というわけで二人に食事を任せ、何となく自分だけ続きを描くのはズルい気がして筆を一旦置く。
責任を放り投げ……るのは、やはり天川の性格的に難しい。だが今日くらいは置いておいて枕にしてもいいかもしれない。
大きくゆっくりと息を吸い込み、吐く。そういえばこちらの世界では星もよく見えるし、空気も綺麗だ。
工業施設が無いわけではないが、やはり前の世界程ではないためそういった意味では非常に過ごしやすい。
(喫煙者は多いが……な)
清田の吸っていたタバコのことを思い出し、ほんの少しだけ笑みを浮かべる。
「今頃は酒でも飲んでそうだな、清田は」
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「天川君は……まだ悩んでるんですかね」
道すがら、呼心に向かって話しかける。
「そりゃ……悩むと思うよ。目の前で人が死んだのを見るのは初めてだろうし」
以前、盗賊団を退治しに行ってから暫く明綺羅は口を開くことが少なくなっていた。いつも通りに戻っても、少し遠い目をしていて思い悩んでいたようだ。
きっと盗賊団の件だけじゃなく、もっと様々なことが彼の重荷になっているのだろう。
「何か助けになれたらいいんですけど……」
桔梗が出来ることは今日のように励ますことくらい。いや、励ましになっているのかどうかすら分からないが。
「なんで……戦えるんでしょうか。天川君は」
そもそも桔梗は戦いたくない。出来ることなら、このまま城に引きこもって絵を描いていたかった。
しかし明綺羅に……好きな人に一緒に戦ってほしいと懇願されれば、勇気を出すしかない。桔梗にとって戦いとは、明綺羅を守るためであり、明綺羅を助けるためであり、明綺羅が少しでも楽になってもらうためだ。
生きるためというだけなら、王城にいればいい。戦わなくても生きていける。
ただひたすら、天川明綺羅のために。惚れた男のために。それが桔梗にとっての原動力。
しかし……明綺羅の原動力が分からない。
「何で、戦ってるんでしょうか」
「そんなの決まってる。私たちのためだよ」
桔梗の疑問に、呼心が断言する。
「私たち異世界人は後ろ盾が無い。だから明綺羅君は戦ってくれてるの」
実績を作るために、と。
その眼には迷いはなく、ただひたすら明綺羅への信頼に溢れている。
しかし……
(本当にそうなんでしょうか)
明綺羅が善人であり、誰かのために戦える人間であることは分かっている。
だが。
(原動力がそれなんでしょうか)
戦う理由。
それが明綺羅からは見えてこない。
桔梗に悩みは無い。いや、あったとしてもそれを吹き飛ばせる。
何故なら、それ以上に戦う理由があるから。
明綺羅のため、という明確な。
「あれ、志村君?」
「おや、空美殿に追花殿」
厨房に辿り着くと、何故か志村君がいた。呼心は少し驚いた顔をしつつも、ニコリと愛想笑いを浮かべる。
……うすら寒くなる程の愛想笑い。この二人の間に何があったんだろうか。
「えーっと……その、志村君はどうしてここに? お昼ご飯なら食堂に行った方がいいんじゃないですか?」
「ああ、今日はマール姫が外でお昼を食べたいと言いだしたんで御座るよ。ピクニックにはちょうどいい青空で御座るからな」
だからお弁当をお願いしに来たということらしい。
何やら不穏な雰囲気を漂わせている呼心に厨房へ行ってもらい、桔梗は志村君と一緒に外で待つことになる。
「……桔梗ちゃん、気を付けてね。警戒は怠っちゃダメ」
別れ際、ポツリと呟く。しかし脳内にある志村君のイメージと『警戒』という言葉が繋がらず首をひねる。
ただ彼が『戦う人』であることは知っているので、何とはなしに――それこそ雑談レベルで――気になることを尋ねてみた。
「そういえば……志村君は何で戦ってるんですか?」
「マール姫のためで御座るよー」
間髪入れず、それもやや強い口調で言い切る志村君。笑顔も口調もそのままなのに、空気や『圧』のような物が変わった。
ゾッと背筋が凍る思いをしながら、声が震えないように一度唇を噛む。
「マール姫を、守るためですか?」
「守るだけでは無いで御座るな。色々で御座るよ、拙者もほんの少しだけ考えてるんで御座るよ」
口調もそのまま、しかし目だけが違う。前の世界で――清田君や佐野さんと喋っていた時とはまるで違う。冷たく、凄みのある瞳。
呼心が言っていた意味が分かった。なるほどこれは警戒しないと――呑まれる。
「ま、天川殿ほどではないかもしれないで御座るけどな」
瞳の凄みを消し、いつも通りの雰囲気に戻る志村君。元通りの彼はどこかつかみどころのない雰囲気だ。
「何でそんなことを聞いたんで御座るか?」
至極真っ当な問い。
「天川君が……どうして戦ってるのかが分からなかったから」
「なるほど、そうで御座るか」
志村君は頷くと……少しだけ遠い目をしながら壁にもたれかかった。
「拙者からは……責任感で戦っているように見えるで御座るな。天川殿は」
責任感。
呼心が言っていたことと被る。
「『勇者』という『職』を手にした責任感。大いなる力には大いなる何とやら、と言うで御座るからな。大いなる力を手にした人がどう動くべきか、それを考えて動いてるんで御座ろう」
大いなる力。『勇者』という『職』も、神器も……確かに常人とは比較にならない程強大な力を持っているのは間違いない。
天川明綺羅という『個人』が保有するには、それはそれは強大な力だ。個人で戦車……いや、巨大ロボットを扱えるようなものだ。
だから、その責任感。
「そう……なんですかね」
「そうじゃないんで御座るか? 拙者よりも空美殿や追花殿の方が分かるで御座ろう? 何せ拙者よりももっと近くで彼を見てるんで御座るから」
ズキリと心が痛む。その通り、近くにいるはずだ。呼心ほどではないが、桔梗もそれなりに近くにいる。
なのに何も分からない。彼の心に数センチも近づけない、気がする。
靄がかかってハッキリしないとか、そういうわけではなく……分厚い壁に遮られているような、そんな感覚。
目の前で生きているはずの彼がどこまでも遠く、何も理解出来ない。
「遠いんです」
「……そうで御座るか」
その一言で何かを察したように、曖昧な笑みを浮かべる志村君。同い年とは思えない程、複雑な笑みだ。
ふと、この笑みをどこかで見たことを思い出す。
(アレは……)
そう、そうだ。呼心や明綺羅が稀に浮かべる笑みと似ているのだ。一つではない、いくつもの感情が曖昧に交じり合った表情。
(私は……)
「拙者が想うに」
思考の海に沈もうとしていた桔梗に、躊躇いがちに――しかし確信を持って――志村君が声をかける。
「きっと、拙者の言葉は届かない。無論――あんな薄っぺらい言葉も届かない」
雰囲気が変わった。
志村君が身に纏うそれが、先ほどと打って変わって研ぎ澄まされた刃のよう。
「オレは所詮他人だ。天川に対しては他人事程度にしか感じない」
だが、と。
一言区切った志村はニヒルに微笑むと桔梗の頭に手を置いた。
「近しい人が放った想いの籠った言葉なら、必ず届く」
そして志村はそのまま桔梗の横を通り過ぎると、中から出てきたメイドからバスケットを受け取る。
「想いと距離、これを忘れないように……で、御座るよ。じゃあお先にで御座る」
ヒラヒラと手を振ってその場から離れる志村君。
それと入れ違いになるように、厨房から呼心が出てくる。
「大丈夫? 志村君に何も言われてない?」
「は、はい。……励まされました」
少しだけ俯いて答えると、呼心はニヤリと笑ってウリウリと桔梗のお腹を突いた。
「何? 惚れた? 明綺羅君から乗り換える?」
「それは無いです」
即答すると、呼心も苦笑いして「だよねー」と壁にもたれる。
「ま、ロリコンだもんね」
「ロリコンですしね」
「中二病だし」
「中二病ですしね」
そう言って二人でひとしきり笑ってから……ふと、志村君が去っていった方に視線を向ける。
彼のように堂々と歩けたら、もう少し明綺羅に声を届けられるのだろうか。
異変まで、あと少し。
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