異世界なう―No freedom,not a human―
176話 落ち着きと剣
「じゃあよろしくお願いしますッス師匠!」
「よろしくで御座る。えーっと、ショット?」
「違うッス! ショック・ポンド!」
翌朝、早朝。
トレーニング場にショックと志村は立っていた。
普段は一人で鍛練を行っている時間だが、逆に言うならこの時間であればマール達に邪魔をされず稽古をつけることも出来る。
「それにしても師匠、珍しい服を着ているンスね」
「これで御座るか?」
自身の学生服を指さすと、ショックが頷いた。志村は毎日学生服を着ている。白シャツに黒のパンツというかなり地味な格好だ。これで寒ければ学ランを羽織ることになる。
着替えるのが面倒――というわけではなく、実はマールにせがまれていつもこの格好をしている。そのために同じ形の物をわざわざ特注したのだ。
彼女曰く「こういう普通の格好から戦闘モードに切り替わるのがカッコいいんですの!」とのことだ。
その気持ちは十分わかるので、TPOさえ合っていれば基本的にこの格好で通している。流石にシャツの形や眼鏡、ベルトは毎日変えているが。
「珍しくも無いで御座ろう?」
学ランを着ていなければ見た目はただの黒いズボンだ。
しかしショックは首を振り、くいっと志村のズボンを引っ張る。
「生地、こんなの見たこと無いッスよ」
「あー……」
よく見れば、今日着ているのはこの世界で作ったそれではなく、元の世界から持ってきたものだった。ポリエステルなんてこっちの世界には無いのだろう。
「色々あるんで御座るよ。さ、無駄話はこの辺で終わらせるで御座る」
志村は誤魔化すように彼女から距離を取ると、黒いコートとブーツに着替える。ショックもニヤリと笑い、剣を抜いて構えた。
距離は数メートル、お互い一歩で潰せる距離だ。
頭を『魔弾の射手』に切り替えると、腕から曲刀を出して足を開いて半身になる。
「いつでもいいぞ」
「じゃあ行かせていただく……ッス!」
ひゅるるる……と剣を回転させながら突っ込んでくる。志村は曲刀でそれを受け止め弾き、ローキックで足をねらう。
ショックはそれを透かすように後ろへ飛び、離れ際に数発の鉄球を撃ちだしてきた。首を傾けて躱し、さらに踏み込んで距離を潰そうとした瞬間――左の曲刀が弾かれる。
曲刀は強化外骨格から出ているから取り落とすことは無いが――一緒に腕までもっていかれてしまう。
「隙あり!」
得意げな声を出すショック。何も言わずスパッといけばいいのに――と思いつつ、志村は苦笑を浮かべる。
「あると思うか?」
空いた左から伸び上がるように首を狙うショック。志村は足のブースターを開くと、ノーモーションで右にスライドしてそれを回避する。
「そんなんありッスか!?」
「隙ありだ」
叫んだショックの顔の前に手のひらを。一瞬だけ目隠しになったそれのせいでボディのガードが空いたのでそこに腹パンをたたき込む。
ズン、と振動が通り膝から落ちるショック。流石にフィクションじゃないから一撃で気絶したりはしないが、足にはきたようだ。
「う、ぐ……吐く」
からからん、と剣を取り落としてうずくまるショック。手は口元に当て、顔が真っ青になっている。近接戦でこうまで押し勝てるとは思わなかった。
よくこれで互角だ何だと言えたものだ。
「ほら」
エチケット袋を渡し、ショックが落とした剣を拾う。人の武器を眺めるのはマナー違犯だが、あまり気にせず観察する。
穴に指をいれ、魔力を流すとゆっくりと回り出した。
「風か」
どうやら魔道具のたぐいだったらしい。見ただけでは分からなかったところも、志村の『職』ならば触るだけで解析出来る。
「ふむ……回すことで魔力を得られ、その魔力で刃の回転を加速させてさらに魔力を産む。一定以上の速度で回るようになると風弾を撃ちだせる……」
志村が受けた謎の攻撃の正体は風弾だったらしい。回転する刃から放たれるせいで出所が分からず、しっかり見れなかったのが勘違いの原因か。
「なかなかいい魔道具だな」
(いや……)
いい、どころじゃないか。下手したらオーパーツに片足突っ込んてるんじゃないだろうか。
(今度更に詳しく解析したいものだ)
剣を彼女の横に置いてやると、エチケット袋に顔面をつっこんだショックが尻を突き出して土下座するような体勢になっていた。
「うえええ……お、お褒めにあずかり光栄ッス……」
……見ないでやるのが優しさだろうか。
志村はシガーを咥えて火をつけ、煙を吸い込む。苦みと香りが肺に広がる。
「ふぅ~……それじゃあ耳だけこっちに向けていろ。まず戦いながら喋るな」
「……師匠は割と喋ってないッスか?」
「お前とはスタイルが違うからな。攪乱したり精神を揺さぶったり……考えながら戦うならいいが、お前のように行き当たりばったりな奴は黙ってる方がいい」
咥えたシガーのフィルターに手を当てながら、彼女の剣をちらりと見る。
「トリッキーな武器を使うんだから、気を逸らさせるのは正解だ。だが、やり方がよくない。まずは黙って戦闘に集中しろ」
懇々と説明しつつ、ショックが回復するのを待つ。射撃訓練は午後にやるしかないか、なんて思っているとショックが勢いよく立ち上がる。
「うし、じゃあ続きをお願いするッス!」
「その前に袋を捨てて来い」
目の前にいるのは本当に成人女性だろうか。
志村はため息をついて、ダッシュする彼女の後ろ姿を見送った。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
汗を流し、さっぱりした状態で廊下を歩く。
(近接戦のトレーニングくらいにはなりそうだな)
ショックとの模擬戦は無駄な時間ではないが、かといって有益かと言われると微妙なラインではある。
一応引き受けた仕事である以上はそのまま続けるつもりだが、一回目で既に煩わしさが出てきている。
(さて、今日はマールに予定が無いで御座るから拙者の時間として使えるで御座るな)
マールは幼いと言えど姫。王族であるが故の公務があり……それに赴く際は必ず志村がついて行くことになる。
ボディーガードの仕事だから当然だが、結構忙しいため自分の時間を作りづらい。
「あの、志村君」
なんて、考えていたら躊躇いがちな声をかけられる。
誰かと思えば新井だ。いつも通りオドオドしつつ、伏し目がちに見つめてくる。
「どうしたんで御座る? ああ、新しいブーツで御座るか」
これで六足目だろうか。新しい物を頼まれる度に改良しているので、これほど作り甲斐のあるアイテムも無い。
どんな機能を追加するか早速脳内で考えていると、新井はフルフルと首を振った。
「う、うん。それもお願いしたいんだけど……実はもう一個お願いがあって」
「もう一個、で御座るか」
珍しいこともあるものだ。
「その……私、後衛職だからさ。近づかれた時にベルゲルミルを発動するまでにちょっと隙が出来ちゃうんだ」
ベルゲルミル、確かス〇ンドを発動する魔法だったか。
そもそも彼女は後衛職だから近づかせないために前衛職の人がいるんだが……。
(新井殿は一人で戦えるようにと修業しているんで御座るな)
その気持ちの源泉が何か、なんて分かっている。京助だ。アイツの隣に並びたいという想いで、勝手に自分から追い込まれていっている。
見ていて痛々しくなる程。
「となると、接近された時に自らを守れるような武器で御座るな」
しかしそれを止めない。否、否定できない。
何故なら……新井はこちら側だと思うからだ。
天川のように犠牲を払わないで強くなれるタイプじゃない。何かを代償に強さを得ないといけないタイプだ。
志村は誰よりもそれが分かる以上、絶対に止められなかった。人が強さを得たいという理由はそれぞれだ。しかし、どんな理由であれ『それ』だけが自身の現状を打破できる唯一無二の手である以上、何にも代えて追い求めなくてはならない。
それが『強さ』だから。
「バリアを張るのでもいいで御座るが、どうせならカウンター出来る方がいいで御座るなぁ」
「魔法でバリアは張れるんだけど……それだと崩しづらいから……」
やや要領を得ない言い方だが、バリアのような消極的な解決方法でなくカウンターするなど積極的に攻めて行きたいというところだろうか。
志村はふむと顎に手を当てて考えつつ、ニコリと笑みを作る。
「じゃ、そういう方向で考えておくで御座るよ。あ、ジェットブーツの改良案について何かあるで御座るか?」
「もっと速くても平気だよ。でも、ちょっと加速がキツイかな」
自動加速だときついか。
それならば自動車のようにギアチェンジ機能を付けるとその辺は楽になるだろう。そういった形で作るか。
志村はそこまで考え、頷いて踵を返す。
「じゃ、明後日には渡すで御座る」
「ありがとう。……ねぇ、志村君」
背中にやや沈んだ声をかけられるので、そちらを振り向かず足だけ止める。
「何で御座る?」
「清田君……今、どうしてるのかな」
新井の心にいるのは、やはり京助だ。強くなるための動機。
どういう心境で彼女がここまで京助に執着するようになったのかは知らない。また聞く気も無い。
だから答えられる範囲でなるべく答えてやることにしていた。
「そうで御座るなぁ……以前とあまり変わってないようで御座るが」
「そっか。……今日は勇者のお仕事も無いし、どうしようかな」
また鍛練……いや、狩りに行くつもりだろうか。あの隙だらけな、見ていて危なっかしい狩りを。
最近はドローンで監視、サポートするようにしているが……。
「そういえば、言い忘れてたんだけど……志村君」
「なんで御座るか?」
「なんで、私のことずっと見張ってるの?」
「……何のことで御座る?」
バレるようなヘマをしたつもりは無い。彼女の索敵範囲内にドローンや自身が入るようなミスをした覚えも無い。
何故、気づかれた。
「何となく、そう思ったの。……違ってたらごめんね」
少し緊張しながら、頭を回転させる。
(感覚で御座るか……成長速度が速いで御座るな)
志村はやむなく新井に振り向き、柔和な笑みを顔に貼り付ける。
この手の感覚というのは、常にギリギリの戦いに身を置かないと身に着かない。少なくとも異世界人で持ち得ているのは志村と京助くらいだろう。
彼女の成長を見誤った自分を恥じつつ、誤魔化すために口を開く。
「よく分からないで御座るが……拙者は街中に情報収集用のドローンを飛ばしているで御座るからな。それじゃないで御座るか?」
これは嘘じゃない。
相手を騙すコツは、嘘と真実を織り交ぜること――とは誰が言っていた台詞だったか。
「そう……なのかな」
自信なさげな新井。まだ『感覚』を自覚出来てはいないようだ。
そのことにホッとしつつ――それを表に出さず――肩をすくめた。
「じゃ、なるべく急ぐで御座るよー。ジェットブーツ……名前を変えてアクセルブーツ何かにするのも面白いかもで御座るな」
ヒラヒラと手を振り、その場から去る。
魔法ステルス……を、開発するのも面白いかもしれない。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
口の中がジャリジャリするような感覚。
世では「前を向いて進むしかない」と言うセリフがあるようだが、自分にとっての前とは一体どちらの方向なのだろうか。
(強く……強く……それがやるべきことだと思っていたが)
ラノール、ティアーと話したことはまた考えさせられるような内容だった。そして同時に、やっと「強くなる」だけじゃいけないということにも気づけた。
「あぁ、やっと見つけたわぁ……アキラ。ふぁ……ふぅ」
あくびをしながらゆらゆらこちらへ近づいてくるヘリアラス。
「ヘリアラスさん。……珍しいですね、こんな朝早く。それとも鍛練に付き合ってくれるんですか?」
今日はラノールが仕事で出払っているので、一人で鍛練だ。
だから付き合ってくれるなら……と思って声をかけたのだが、ヘリアラスは違うらしく眠たそうな目で首を振るだけだ。
「たまたま目が覚めただけよぉ。それよりもアキラぁ……最近、どうしたのぉ?」
眼をこすり、天川にしなだれかかるように抱き着いてくるヘリアラス。本当に彼女は朝が弱い。
しかしどうしたと言われても今から鍛練に向かうとしか言えない。
困惑していると、ヘリアラスはグリグリと天川の胸に頭を押し付ける。
「また悩んでるでしょぉ?」
「……確かに、悩んでいますが」
なかなか答えが見つからない。手が届くところにあるのかすら分からない。努力の方向が見当たらない。
しかし普段はなるべく表に出さないようにしているのだが……今日ばかりは余程顔に出ていたのかもしれない。
(ヘリアラスさんは……ボーっとしているようで気づく時は気づく人だしな)
「ちょっと疲れが溜まってるわねぇ……いい? アキラ」
ゆったりとした動作で、天川の腕を絡み取るヘリアラス。そして壁の方へ押し付けると、ぐにぐにと天川の腕、肩を揉みだした。
「休息も一つの鍛練よぉ。効率よく自身の実力を上げたいなら、休む時と動く時のメリハリをつけて行動すべきねぇ。疲れてると思考もドンドン狭まっていくからぁ」
何てこと無いように、のんびりとした声をかけるヘリアラス。肩や腕のコリも解されていってるような気がする。
思考が狭まる……というのは、ヘリアラスに言われるまで意識していなかった。今の自分が果たして思考の袋小路に入っていないかと問われれば自信は無い。
急用、休息……そういえばまともに休みをとったのはいつだろうか。
「せっかくだし、一緒に寝る?」
とろん、と。
更に目を眠たげなモノにするヘリアラス。心なしか、腕や肩を揉む手から力が抜けている気がする。
……この話をするために無理して早起きしてくれたのかもしれない。そう思うと少し微笑ましい気持ちになり、少し抱き締めたくなる。
「……それは遠慮しておきます。でも、ちょっと今日は休もうと思います」
なるべく優しく彼女の肩を掴み、安心させるよう微笑みかけるがヘリアラスは眠そうなままスリスリと頬ずりしてくる。
「そぉ? それならぁ……あたしのおっぱいを枕にして寝る?」
「だから遠慮します!」
このままじゃマズい。
天川はヘリアラスの腕を振り払って逃亡の体勢に入る……が、彼女の力は強くて振り払えそうにない。だから枝神の能力をこんなところでフルに使わないでいただきたいんだが。
「は、離して下さい!」
「嫌」
一文字の端的な拒絶。
そしてそのままむぎゅー……っと、背骨が折れそうな勢いで抱き締められる。ヤバい、死ぬかもしれない。
尋常ならざる膂力をもって締め上げてくるヘリアラス。王城に戻り、修行の日々に入って久しく感じていなかった『死』が足音を立ててこちらへ近づいてくる、
……だから枝神の能力をフルに発揮しないで欲しい。
「た、助け……くきゅっ!?」
ミシリ。
人体が鳴らしてはいけない音が腰から発生する。もはや一刻の猶予も無い。天川はスキルを発動しようとして――
「ふみゅう」
――ずるり、とヘリアラスの身体から力が抜けた。どうも寝てしまったらしい。
「た……助かった」
何故、王城で命の危機を感じねばならないのか。それも寝ぼけた味方に襲われて。背骨が完全に逝くところだった。
たぶん呼心の魔法で治るだろうが、それでも痛いのはあんまり好きではない。
「取りあえずヘリアラスさんを部屋に運ぶか」
彼女を抱き上げ、痛む腰をさすりながら廊下を歩きだす。
取りあえず今日は休養日にしようと決めながら。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「何なんだよ……何なんだよ何なんだよ、クソッ!」
ガン! パリン!
廊下に置いてあった台座を蹴飛ばす。流石に台座そのものは壊れなかったが、置いてあった花瓶は地面に落ちて割れてしまった。
それを踏みつけて壊しながら、どこにもぶつけられない怒りに震える。
(どうなって……どうなってやがるんだ、クソッ、クソッ!!)
天川がモテるのは分かる。しかしそれでも、自分のところに女がやってこないのはおかしい。何故なら自分は救世主で、選ばれた人間としてこの世界に呼ばれているはずだからだ。
「アイツら……俺が、教えてやったのに曖昧に笑いやがって……クソが!」
先ほど、厨房に行って日本の技術をいくつも教えてやった。いわゆる知識チートというやつだ。
どうも天川達は日本の技術や考え方を教えていない。異世界モノの小説を読んだことが無いんだろう。読んでいれば知識チートは当然のように考えつくはずだからだ。
だから率先して餡子の作り方や、マヨネーズの作り方を教えてやった。以前は石鹸の作り方だって教えてやった。
「なのに……なのにアイツら! なんで俺を崇めないんだよ! 特にあの厨房にいたメイド……俺が目をかけて声かけてやったのに! 何なんだよ、何なんだよ本当に!」
ガンガンと、地団太を踏み続ける。
「どいつもこいつも……俺をバカにしやがって!」
ちょうど近くにメイドがいたため、花瓶を片付けさせるために呼びつける。
「おい! ……花瓶が割れてた、すぐに片付けろ!」
「は、はい……」
オドオドと、少し伏し目がちにこちらへ近づいてくるメイド。
……顔立ちは悪くないが、胸があまり大きくない。それでも処女っぽいから八十点をやろうか。
そんなことを考えながら、膝をついて花瓶の破片を集めるメイドを眺めていると、嗜虐心が湧いてくる。
……だが、ここで何か下手なことをやって好感度を下げる必要が無いことくらいは分かる。イライラを鎮めるならばコイツ相手にやる必要は無い。
阿辺はその場を離れ、城下に行って手近な『悪人』を探すことにする。
(ああ……クソッ!)
どうなってやがる、俺の異世界生活は。
「よろしくで御座る。えーっと、ショット?」
「違うッス! ショック・ポンド!」
翌朝、早朝。
トレーニング場にショックと志村は立っていた。
普段は一人で鍛練を行っている時間だが、逆に言うならこの時間であればマール達に邪魔をされず稽古をつけることも出来る。
「それにしても師匠、珍しい服を着ているンスね」
「これで御座るか?」
自身の学生服を指さすと、ショックが頷いた。志村は毎日学生服を着ている。白シャツに黒のパンツというかなり地味な格好だ。これで寒ければ学ランを羽織ることになる。
着替えるのが面倒――というわけではなく、実はマールにせがまれていつもこの格好をしている。そのために同じ形の物をわざわざ特注したのだ。
彼女曰く「こういう普通の格好から戦闘モードに切り替わるのがカッコいいんですの!」とのことだ。
その気持ちは十分わかるので、TPOさえ合っていれば基本的にこの格好で通している。流石にシャツの形や眼鏡、ベルトは毎日変えているが。
「珍しくも無いで御座ろう?」
学ランを着ていなければ見た目はただの黒いズボンだ。
しかしショックは首を振り、くいっと志村のズボンを引っ張る。
「生地、こんなの見たこと無いッスよ」
「あー……」
よく見れば、今日着ているのはこの世界で作ったそれではなく、元の世界から持ってきたものだった。ポリエステルなんてこっちの世界には無いのだろう。
「色々あるんで御座るよ。さ、無駄話はこの辺で終わらせるで御座る」
志村は誤魔化すように彼女から距離を取ると、黒いコートとブーツに着替える。ショックもニヤリと笑い、剣を抜いて構えた。
距離は数メートル、お互い一歩で潰せる距離だ。
頭を『魔弾の射手』に切り替えると、腕から曲刀を出して足を開いて半身になる。
「いつでもいいぞ」
「じゃあ行かせていただく……ッス!」
ひゅるるる……と剣を回転させながら突っ込んでくる。志村は曲刀でそれを受け止め弾き、ローキックで足をねらう。
ショックはそれを透かすように後ろへ飛び、離れ際に数発の鉄球を撃ちだしてきた。首を傾けて躱し、さらに踏み込んで距離を潰そうとした瞬間――左の曲刀が弾かれる。
曲刀は強化外骨格から出ているから取り落とすことは無いが――一緒に腕までもっていかれてしまう。
「隙あり!」
得意げな声を出すショック。何も言わずスパッといけばいいのに――と思いつつ、志村は苦笑を浮かべる。
「あると思うか?」
空いた左から伸び上がるように首を狙うショック。志村は足のブースターを開くと、ノーモーションで右にスライドしてそれを回避する。
「そんなんありッスか!?」
「隙ありだ」
叫んだショックの顔の前に手のひらを。一瞬だけ目隠しになったそれのせいでボディのガードが空いたのでそこに腹パンをたたき込む。
ズン、と振動が通り膝から落ちるショック。流石にフィクションじゃないから一撃で気絶したりはしないが、足にはきたようだ。
「う、ぐ……吐く」
からからん、と剣を取り落としてうずくまるショック。手は口元に当て、顔が真っ青になっている。近接戦でこうまで押し勝てるとは思わなかった。
よくこれで互角だ何だと言えたものだ。
「ほら」
エチケット袋を渡し、ショックが落とした剣を拾う。人の武器を眺めるのはマナー違犯だが、あまり気にせず観察する。
穴に指をいれ、魔力を流すとゆっくりと回り出した。
「風か」
どうやら魔道具のたぐいだったらしい。見ただけでは分からなかったところも、志村の『職』ならば触るだけで解析出来る。
「ふむ……回すことで魔力を得られ、その魔力で刃の回転を加速させてさらに魔力を産む。一定以上の速度で回るようになると風弾を撃ちだせる……」
志村が受けた謎の攻撃の正体は風弾だったらしい。回転する刃から放たれるせいで出所が分からず、しっかり見れなかったのが勘違いの原因か。
「なかなかいい魔道具だな」
(いや……)
いい、どころじゃないか。下手したらオーパーツに片足突っ込んてるんじゃないだろうか。
(今度更に詳しく解析したいものだ)
剣を彼女の横に置いてやると、エチケット袋に顔面をつっこんだショックが尻を突き出して土下座するような体勢になっていた。
「うえええ……お、お褒めにあずかり光栄ッス……」
……見ないでやるのが優しさだろうか。
志村はシガーを咥えて火をつけ、煙を吸い込む。苦みと香りが肺に広がる。
「ふぅ~……それじゃあ耳だけこっちに向けていろ。まず戦いながら喋るな」
「……師匠は割と喋ってないッスか?」
「お前とはスタイルが違うからな。攪乱したり精神を揺さぶったり……考えながら戦うならいいが、お前のように行き当たりばったりな奴は黙ってる方がいい」
咥えたシガーのフィルターに手を当てながら、彼女の剣をちらりと見る。
「トリッキーな武器を使うんだから、気を逸らさせるのは正解だ。だが、やり方がよくない。まずは黙って戦闘に集中しろ」
懇々と説明しつつ、ショックが回復するのを待つ。射撃訓練は午後にやるしかないか、なんて思っているとショックが勢いよく立ち上がる。
「うし、じゃあ続きをお願いするッス!」
「その前に袋を捨てて来い」
目の前にいるのは本当に成人女性だろうか。
志村はため息をついて、ダッシュする彼女の後ろ姿を見送った。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
汗を流し、さっぱりした状態で廊下を歩く。
(近接戦のトレーニングくらいにはなりそうだな)
ショックとの模擬戦は無駄な時間ではないが、かといって有益かと言われると微妙なラインではある。
一応引き受けた仕事である以上はそのまま続けるつもりだが、一回目で既に煩わしさが出てきている。
(さて、今日はマールに予定が無いで御座るから拙者の時間として使えるで御座るな)
マールは幼いと言えど姫。王族であるが故の公務があり……それに赴く際は必ず志村がついて行くことになる。
ボディーガードの仕事だから当然だが、結構忙しいため自分の時間を作りづらい。
「あの、志村君」
なんて、考えていたら躊躇いがちな声をかけられる。
誰かと思えば新井だ。いつも通りオドオドしつつ、伏し目がちに見つめてくる。
「どうしたんで御座る? ああ、新しいブーツで御座るか」
これで六足目だろうか。新しい物を頼まれる度に改良しているので、これほど作り甲斐のあるアイテムも無い。
どんな機能を追加するか早速脳内で考えていると、新井はフルフルと首を振った。
「う、うん。それもお願いしたいんだけど……実はもう一個お願いがあって」
「もう一個、で御座るか」
珍しいこともあるものだ。
「その……私、後衛職だからさ。近づかれた時にベルゲルミルを発動するまでにちょっと隙が出来ちゃうんだ」
ベルゲルミル、確かス〇ンドを発動する魔法だったか。
そもそも彼女は後衛職だから近づかせないために前衛職の人がいるんだが……。
(新井殿は一人で戦えるようにと修業しているんで御座るな)
その気持ちの源泉が何か、なんて分かっている。京助だ。アイツの隣に並びたいという想いで、勝手に自分から追い込まれていっている。
見ていて痛々しくなる程。
「となると、接近された時に自らを守れるような武器で御座るな」
しかしそれを止めない。否、否定できない。
何故なら……新井はこちら側だと思うからだ。
天川のように犠牲を払わないで強くなれるタイプじゃない。何かを代償に強さを得ないといけないタイプだ。
志村は誰よりもそれが分かる以上、絶対に止められなかった。人が強さを得たいという理由はそれぞれだ。しかし、どんな理由であれ『それ』だけが自身の現状を打破できる唯一無二の手である以上、何にも代えて追い求めなくてはならない。
それが『強さ』だから。
「バリアを張るのでもいいで御座るが、どうせならカウンター出来る方がいいで御座るなぁ」
「魔法でバリアは張れるんだけど……それだと崩しづらいから……」
やや要領を得ない言い方だが、バリアのような消極的な解決方法でなくカウンターするなど積極的に攻めて行きたいというところだろうか。
志村はふむと顎に手を当てて考えつつ、ニコリと笑みを作る。
「じゃ、そういう方向で考えておくで御座るよ。あ、ジェットブーツの改良案について何かあるで御座るか?」
「もっと速くても平気だよ。でも、ちょっと加速がキツイかな」
自動加速だときついか。
それならば自動車のようにギアチェンジ機能を付けるとその辺は楽になるだろう。そういった形で作るか。
志村はそこまで考え、頷いて踵を返す。
「じゃ、明後日には渡すで御座る」
「ありがとう。……ねぇ、志村君」
背中にやや沈んだ声をかけられるので、そちらを振り向かず足だけ止める。
「何で御座る?」
「清田君……今、どうしてるのかな」
新井の心にいるのは、やはり京助だ。強くなるための動機。
どういう心境で彼女がここまで京助に執着するようになったのかは知らない。また聞く気も無い。
だから答えられる範囲でなるべく答えてやることにしていた。
「そうで御座るなぁ……以前とあまり変わってないようで御座るが」
「そっか。……今日は勇者のお仕事も無いし、どうしようかな」
また鍛練……いや、狩りに行くつもりだろうか。あの隙だらけな、見ていて危なっかしい狩りを。
最近はドローンで監視、サポートするようにしているが……。
「そういえば、言い忘れてたんだけど……志村君」
「なんで御座るか?」
「なんで、私のことずっと見張ってるの?」
「……何のことで御座る?」
バレるようなヘマをしたつもりは無い。彼女の索敵範囲内にドローンや自身が入るようなミスをした覚えも無い。
何故、気づかれた。
「何となく、そう思ったの。……違ってたらごめんね」
少し緊張しながら、頭を回転させる。
(感覚で御座るか……成長速度が速いで御座るな)
志村はやむなく新井に振り向き、柔和な笑みを顔に貼り付ける。
この手の感覚というのは、常にギリギリの戦いに身を置かないと身に着かない。少なくとも異世界人で持ち得ているのは志村と京助くらいだろう。
彼女の成長を見誤った自分を恥じつつ、誤魔化すために口を開く。
「よく分からないで御座るが……拙者は街中に情報収集用のドローンを飛ばしているで御座るからな。それじゃないで御座るか?」
これは嘘じゃない。
相手を騙すコツは、嘘と真実を織り交ぜること――とは誰が言っていた台詞だったか。
「そう……なのかな」
自信なさげな新井。まだ『感覚』を自覚出来てはいないようだ。
そのことにホッとしつつ――それを表に出さず――肩をすくめた。
「じゃ、なるべく急ぐで御座るよー。ジェットブーツ……名前を変えてアクセルブーツ何かにするのも面白いかもで御座るな」
ヒラヒラと手を振り、その場から去る。
魔法ステルス……を、開発するのも面白いかもしれない。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
口の中がジャリジャリするような感覚。
世では「前を向いて進むしかない」と言うセリフがあるようだが、自分にとっての前とは一体どちらの方向なのだろうか。
(強く……強く……それがやるべきことだと思っていたが)
ラノール、ティアーと話したことはまた考えさせられるような内容だった。そして同時に、やっと「強くなる」だけじゃいけないということにも気づけた。
「あぁ、やっと見つけたわぁ……アキラ。ふぁ……ふぅ」
あくびをしながらゆらゆらこちらへ近づいてくるヘリアラス。
「ヘリアラスさん。……珍しいですね、こんな朝早く。それとも鍛練に付き合ってくれるんですか?」
今日はラノールが仕事で出払っているので、一人で鍛練だ。
だから付き合ってくれるなら……と思って声をかけたのだが、ヘリアラスは違うらしく眠たそうな目で首を振るだけだ。
「たまたま目が覚めただけよぉ。それよりもアキラぁ……最近、どうしたのぉ?」
眼をこすり、天川にしなだれかかるように抱き着いてくるヘリアラス。本当に彼女は朝が弱い。
しかしどうしたと言われても今から鍛練に向かうとしか言えない。
困惑していると、ヘリアラスはグリグリと天川の胸に頭を押し付ける。
「また悩んでるでしょぉ?」
「……確かに、悩んでいますが」
なかなか答えが見つからない。手が届くところにあるのかすら分からない。努力の方向が見当たらない。
しかし普段はなるべく表に出さないようにしているのだが……今日ばかりは余程顔に出ていたのかもしれない。
(ヘリアラスさんは……ボーっとしているようで気づく時は気づく人だしな)
「ちょっと疲れが溜まってるわねぇ……いい? アキラ」
ゆったりとした動作で、天川の腕を絡み取るヘリアラス。そして壁の方へ押し付けると、ぐにぐにと天川の腕、肩を揉みだした。
「休息も一つの鍛練よぉ。効率よく自身の実力を上げたいなら、休む時と動く時のメリハリをつけて行動すべきねぇ。疲れてると思考もドンドン狭まっていくからぁ」
何てこと無いように、のんびりとした声をかけるヘリアラス。肩や腕のコリも解されていってるような気がする。
思考が狭まる……というのは、ヘリアラスに言われるまで意識していなかった。今の自分が果たして思考の袋小路に入っていないかと問われれば自信は無い。
急用、休息……そういえばまともに休みをとったのはいつだろうか。
「せっかくだし、一緒に寝る?」
とろん、と。
更に目を眠たげなモノにするヘリアラス。心なしか、腕や肩を揉む手から力が抜けている気がする。
……この話をするために無理して早起きしてくれたのかもしれない。そう思うと少し微笑ましい気持ちになり、少し抱き締めたくなる。
「……それは遠慮しておきます。でも、ちょっと今日は休もうと思います」
なるべく優しく彼女の肩を掴み、安心させるよう微笑みかけるがヘリアラスは眠そうなままスリスリと頬ずりしてくる。
「そぉ? それならぁ……あたしのおっぱいを枕にして寝る?」
「だから遠慮します!」
このままじゃマズい。
天川はヘリアラスの腕を振り払って逃亡の体勢に入る……が、彼女の力は強くて振り払えそうにない。だから枝神の能力をこんなところでフルに使わないでいただきたいんだが。
「は、離して下さい!」
「嫌」
一文字の端的な拒絶。
そしてそのままむぎゅー……っと、背骨が折れそうな勢いで抱き締められる。ヤバい、死ぬかもしれない。
尋常ならざる膂力をもって締め上げてくるヘリアラス。王城に戻り、修行の日々に入って久しく感じていなかった『死』が足音を立ててこちらへ近づいてくる、
……だから枝神の能力をフルに発揮しないで欲しい。
「た、助け……くきゅっ!?」
ミシリ。
人体が鳴らしてはいけない音が腰から発生する。もはや一刻の猶予も無い。天川はスキルを発動しようとして――
「ふみゅう」
――ずるり、とヘリアラスの身体から力が抜けた。どうも寝てしまったらしい。
「た……助かった」
何故、王城で命の危機を感じねばならないのか。それも寝ぼけた味方に襲われて。背骨が完全に逝くところだった。
たぶん呼心の魔法で治るだろうが、それでも痛いのはあんまり好きではない。
「取りあえずヘリアラスさんを部屋に運ぶか」
彼女を抱き上げ、痛む腰をさすりながら廊下を歩きだす。
取りあえず今日は休養日にしようと決めながら。
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「何なんだよ……何なんだよ何なんだよ、クソッ!」
ガン! パリン!
廊下に置いてあった台座を蹴飛ばす。流石に台座そのものは壊れなかったが、置いてあった花瓶は地面に落ちて割れてしまった。
それを踏みつけて壊しながら、どこにもぶつけられない怒りに震える。
(どうなって……どうなってやがるんだ、クソッ、クソッ!!)
天川がモテるのは分かる。しかしそれでも、自分のところに女がやってこないのはおかしい。何故なら自分は救世主で、選ばれた人間としてこの世界に呼ばれているはずだからだ。
「アイツら……俺が、教えてやったのに曖昧に笑いやがって……クソが!」
先ほど、厨房に行って日本の技術をいくつも教えてやった。いわゆる知識チートというやつだ。
どうも天川達は日本の技術や考え方を教えていない。異世界モノの小説を読んだことが無いんだろう。読んでいれば知識チートは当然のように考えつくはずだからだ。
だから率先して餡子の作り方や、マヨネーズの作り方を教えてやった。以前は石鹸の作り方だって教えてやった。
「なのに……なのにアイツら! なんで俺を崇めないんだよ! 特にあの厨房にいたメイド……俺が目をかけて声かけてやったのに! 何なんだよ、何なんだよ本当に!」
ガンガンと、地団太を踏み続ける。
「どいつもこいつも……俺をバカにしやがって!」
ちょうど近くにメイドがいたため、花瓶を片付けさせるために呼びつける。
「おい! ……花瓶が割れてた、すぐに片付けろ!」
「は、はい……」
オドオドと、少し伏し目がちにこちらへ近づいてくるメイド。
……顔立ちは悪くないが、胸があまり大きくない。それでも処女っぽいから八十点をやろうか。
そんなことを考えながら、膝をついて花瓶の破片を集めるメイドを眺めていると、嗜虐心が湧いてくる。
……だが、ここで何か下手なことをやって好感度を下げる必要が無いことくらいは分かる。イライラを鎮めるならばコイツ相手にやる必要は無い。
阿辺はその場を離れ、城下に行って手近な『悪人』を探すことにする。
(ああ……クソッ!)
どうなってやがる、俺の異世界生活は。
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