異世界なう―No freedom,not a human―
174話 過去の勇者と剣
天川明綺羅は優等生だ。それは異世界に来ても変わることはない。
日々、自身の実力を上げるために研鑽を繰り返している。肉体的にも頭脳的にも。
天川の父親は『強い人』だった。戦闘力なら既に追い抜いてしまっているだろうが、そんな今でも父には勝てる気がしない。
それは知識量であり、纏う自信であり、威厳であり……総括するにはあまりにも数多い『強さ』を持っていた。
幼い頃の天川にとって、自身の父親の『強さ』の源は理解しえなかったし、未だに分かっているとは言い難い。今になれば、先に知るべきはそこだったんじゃないかと思う。
昔から……それこそ小学生、いや幼稚園の頃から同年代の中では頭一つ抜けて優秀だった天川は人から頼られることが多かった。
友から、後輩から、先輩や時に教師からも頼られることは気持ちよかった。嬉しかった。最初は。
徐々に重たくなっていった。何故自分に頼るのか。それくらい自分でどうにかしようとは思わないのか。
そんな疑問や悩みを、天川は『強い』父に相談した。天川の父は多くを語る人間では無かったので、たった一言答えてくれた。
「お前が、『強い』からだ」
不思議と、その言葉は天川の心に染み入った。確かに天川の父は多くの人から頼られていた。
……いつしか天川は頼られることを「当然である」と思うようになっていた。それこそが『強者』たる自身の義務なのだから、と。
何故なら自分は『強い』から。あの『強い』父の息子である自分が『弱い』わけが無いから。
父であれば誰も見捨てない。全て助けるはずだ。何故なら『強い』から。それが出来るから。父のようになりたい、その想いが天川を動かしていた。
――ある日、燃え盛る業火によって焼き払われるまでは。
自身の身が竦み、一つも身動きできなかったあの瞬間。
たった一人、あの槍使いだけは冷静に動き、敵を蹴散らしていった。
確かに彼はこの世界に来た時、動揺が少なかった。きっと自分と一緒に皆を率いる人の一人になってくれるはずだと感じた。『強者』として呼ばれた自分たちが『弱者』を守るために、一緒に戦うために。
しかしそれは勘違いで――結局彼も、自分の守るべき人間の一人になったとそう思っていた。
なのに、あの日。
槍を振るい、炎と風を纏って乱舞するあの男はその場にいた誰よりも『強』かった。
そして自分は『弱』かった。
衝撃を受けた。自分の『弱さ』に。そして清田の『強さ』に。
だから、きっと彼がともに戦ってくれるなら……と、そう思って声をかけた。
でも、答えはノーだった。
それは自分の弱さに原因があるんだと思った。
だから力を磨くために修業している。
そして、自分に実力がついてきた……と感じる度に想うのだ。
『強さ』とは、一体なんなのだろう、と――
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「それで……話とは?」
修行を終え、部屋で寛ごうとしていたところでラノールに声をかけられた。
いつもならば「部屋で夜のプロレスでもしないか?」みたいな色気の無い冗談めかした誘いなのだが、今日は少し違う。真剣な、一人の『大人』としての雰囲気が漂っていた。
「ああ、座ってくれ」
言われた通り座ると、ラノールはお茶を用意すると天川の前に置いた。彼女の私物なのか、これまで嗅いだことの無い香りだ
改めて通された部屋を観察すると、いつものラノールの部屋ではない。
教室の半分ほどの広さが本で埋め尽くされている。真ん中にあるテーブルと椅子は、本来であれば客をもてなすためではなくこの部屋の持ち主が本を読む用なのだろう。よく見れば、ラノールの座っている椅子と天川の座っている椅子は雰囲気が違う。
天川のその視線をどう受け止めたのか、ラノールは苦笑しつつ少しだけ頬を染める。
「私が陛下から借り受けている部屋の一つだ。ふふ、私のような無骨者には書籍は似合わないか?」
「……いいえ、そんなわけありません。むしろ好ましいですよ」
「そうか」
普段からこうしてくれていればいいのに。
穏やかな笑顔を浮かべる彼女にそんな感想を抱くが、どうせそんなことを言っても普段の態度を改めるとは思わないのでやめておく。
「ゆっくりお茶をしたいところだが……確か、今夜は皆で晩御飯だったな。それまでに話をすませるか」
そう言ったラノールは一冊の本を棚から取り出すと、天川の前に置いた。
「勇者……アルタイルの冒険」
「ああ、知っているか?」
ラノールの問いに頷く。
この世界で最も有名な英雄譚で……恐らく歴史上で最強だったであろうと言われる男の伝記。
ここに置かれているのは子ども用の脚色された『英雄譚』の色が濃いものではなく、大人用の『伝記』としての側面が強いものだ。
「何度も読みました。何か答えが見つかれば、と思って」
「そうか。しかし何度も読んだのなら疑問に思ったことは無いか?」
何が、と問う前にラノールが口を開く。
「青年前期の描写が他の年代に比べて圧倒的に少ないことに」
「――――」
言われて、思い返す。
正確に比べたわけではないが、確かに少ない。この世に生を受けたアルタイルが故郷で幼年時代を過ごし、一人立ちするまで修行に明け暮れる少年時代。一人立ちし、様々な人と出会う青年時代。そして晩年、老人となったアルタイルが自身の生について考える……そういった章構成で書かれていたが、青年期の前半のみページ数が目に見えて少なかった。
修行の期間であると書かれていたため納得していたが、改めて問われると違和感がある。
「まず前提として……この本は青年後期くらいしか史実に忠実な部分は無い。老年期はとある『女性』のことが隠され、幼年期~青年前期は彼の後年のイメージから描かれた『創作』に近い。もっとも討伐した魔物などは史実通りだがね」
衝撃的な事実に、天川はしばしポカンとする。
伝記である以上そういった部分が少なからずあるだろうということは想定していたが、まさかそれほどとは。
「道理であまりに勇者らしすぎると思っていました」
「ああ。非の打ち所がない完璧な『勇者』だろう? アルタイル・ブレヴァーは」
自信ありげに、自慢げに胸を張るラノール。いつもの彼女とは少し違う感覚に天川は首を傾げる。
「それで、これが――初期型。最初に世に出回った『勇者アルタイルの冒険』だ」
そして出されたそれは、現在出回っているそれと違い上下巻に別れていた。パラパラとめくっていくと、言われた通り前半から既に違う。
言動も粗野で野蛮、女にだらしなくてプレイボーイ。喧嘩っ早くてすぐに熱くなる。しかし義理人情に厚く、弱い者いじめは許さない正義漢。……と後年のイメージとは一切違う、まるでヤンキードラマの主人公のよう。
「こちらも面白そうですね」
素直にそう言うと、ラノールは少しだけ意外そうな顔になる。
「そうか? 大分イメージと違うだろう」
確かにイメージとは違うが……。勇者らしさは無くなった一方で『人間らしさ』には溢れている。この元版の方が天川は好きだった。
読み物としても十分面白そうだが、如何せん長そうな物語なので二、三日では読み切れまい。
「しかし『勇者』のイメージが先行している人たちには不評でな。イメージ通りに書き換えられたものが現在出回っている『勇者アルタイルの冒険』だ」
天川は苦笑しつつ更にページを捲っていると……ラノールが固い表情で話し出した。
「言っておくが……やはりそれも、彼が本当に送った人生とはやはり違うものだ。ただ、これは読者受けがいいか否かではなく……不都合な真実を隠蔽するために行われた修正だ」
不都合な真実。
確かに、勇者アルタイルの半生を見る限り……何の犯罪もしていないとは思い難い。暴力は日常茶飯事だったようだ。
しかし『勇者』という『職』を手にしてから使命に目覚めた辺り、そうマズいことをしているとは思えない。
では一体何が消されたのだろうか。
「彼の妻と子についてだ」
現在出回っているそれには、一人の妻を終生愛し続けたと書いてあった。子はおらず、二人きりだったと。
「本来、彼は三人の妻と一人ずつ子をもうけた。そして……もう一人、正妻となった女性がいた。初期型では子についてと、正妻についての描写が省かれている」
子についてと、正妻について。
「そしてこれが……妻たちが残した手記。勇者アルタイルの冒険の原型となった、本当にあった出来事を記した書物だ」
ラノールが本棚から三冊の本を置く。
改定版、初期版ときて……手記、か。
「……正確には手記を清書してまとめたものではあるがな。言っておくが、それは禁書だ。誰にも見せるなよ」
禁書扱いになるほどのものなのか。
「それを……何故俺に?」
至極当然な疑問をぶつけると、ラノールは二つの指を立てた。
「説明したいことが二つあるからだ。一つはその手記に書かれている……『勇者』が本当の『勇者』になった瞬間の葛藤。これは君にとって有用な知識になるはずだ」
ドクン、と。
心臓が暴れる音がする。今まさに天川明綺羅が欲していた知識だ。
何のために『勇者』などという『職』を与えられたのか。
何のために『勇者』などという『力』を与えられたのか。
確かに、清田京助も志村実理男も――天川明綺羅の数歩先にいるだろう。精神的にも実力的にも。
しかし、それは何もせず手に入れられた力なのだろうか。
きっと、彼らは何かを手放した。特に志村はそれが顕著だろう。羞恥心とか。
(だが……俺は……)
修行していないわけじゃない。
何もしていないわけじゃない。
しかし天川明綺羅が手放した物は何もない。最初からあった『力』だ。
「持ち帰って読んでもいいですか?」
「無論だ。そのために出したんだから」
天川は手記を大事に抱えると、アイテムボックスに仕舞う。
「そしてもう一つの……お話は?」
「先ほど、勇者アルタイルには四人の妻、三人の子どもがいるという話をしたな」
頷く。
「その三人の子どもは後に三つの家を興した。ベルビュート、アトモスフィア、そしてエッジウッドだ」
生憎、ベルビュートだけは聞いたことが無いが……他二つはよく知っている。
「王家と……そしてラノールさんは勇者の血を引いているんですか」
道理で強いわけだ。
感嘆の息を漏らし、ラノールの顔をジッと見る。刀傷の付いた凛々しい彼女の瞳を。
ラノールはその天川の視線をどう思ったか、やや苦笑いして目を逸らした。
「……私たちエッジウッド家は、代々王家を守るためにこの剣を捧げている」
剣に手を置くラノール。
「だが……それは万全とは言えない。私たちエッジウッド家は何故か代々女しか産まれんのだ」
女しか産まれない血族。現代人の感性で考えるならば遺伝子異常やもしくは病気などが考えられるが……ここは剣と魔法の世界。何らかの呪いや魔法的な異常なのかもしれない。
エッジウッド家がそうならば、アトモスフィア家にも何かあるのだろうか。
天川の考察をよそに、ラノールは少し苦しそうな顔を作る。
「……女では力を継承出来ないとは微塵も思わん。しかし、女では子を生せる数には限界がある。だから必要なのだ、新しい才能と力が」
そこまで言われて、やっと彼女が何を言いたいのか伝わってきた。
エッジウッド家は代々勇者の力を継承してきた家である。
しかし代々女しか産まれないため、子を生せる数には限界があり家としての広がりにも限界がある。
よって、新しい『勇者』の血が必要だ。
天川明綺羅という『勇者』の『職』を持つ男の血が。
そこまで察した上で、天川はあえてはぐらかすように肩をすくめる。努めて何を言っているのか微塵も理解出来ていないという風に。
「……それで、俺は何をすれば? 代々女性しか産まれない謎でも解明するんですか?」
それはそれで面白そうではある。
しかしラノールは清々しいまでに天川の『知らぬふり』を無視し、首を振ってその長い髪を揺らした。
「それはそれで是非頼みたいところではあるが……分かるだろう?」
凛々しい顔をそのまま近づけるラノール。いつもの雑な色仕掛けではない、鷹が獲物を狩るような本気の目だ。
本気で彼女は、天川明綺羅を欲している。
「エッジウッド家としても、ラノール・エッジウッドという個人としても……お前は魅力的だ、アキラ。殺してでも奪い取りたい――この感情に名前をつけるなら、お前はどうする?」
殺気にも似た感情をぶつけてくるラノール。尋常じゃない美人からの、あまりにも情熱的なラブコールに、さしもの天川もひやりとくる。
「……そうですね。それほど何かを欲したことが無いので何とも」
無駄だとは分かっていつつも、決して明言しない。そんな天川の姿を見て愛おしそうに瞳に炎を灯すラノール。
「ふふ……じゃあこういうのはどうだ。そろそろ果実も熟れてきた。もっと強くなりたくないか? アキラ。エッジウッド家に伝わる……『技』、受け継ぎたいだろう?」
エッジウッド家に伝わる『技』。
その言葉に心惹かれる自分がいることを自覚する。自覚はするが、流されてはいけないこともしっかりと分かる。
天川は一つ深呼吸してグッと足に力を籠める。しかしその瞬間、右手首を掴まれ壁に押し付けられていた。
(しまっ――)
油断。
天川が驚いて顔を上げた瞬間、ラノールに顎を掴まれる。そして唇に柔らかいものが触れた。
「――――っ!」
「ふふっ、どうだアキラ。私も成長しているだろう」
頬を染め、しかし得意げに笑うラノール。なるほど確かに、練習の成果がよく分かる手際だった。その色香にクラクラきている自分がいることがはっきりとわかる。
先ほどまでの殺気じみた感情の放射は消え、穏やかな空気が流れる。天川は左手の甲で口を拭おうとして、止めた。
代わりにラノールの右手を掴む。
「……ラノールさん、俺は、その」
女性にここまでさせておいて何も言わない――それは、天川には出来なかった。鈍感にはなり切れない。
人間の関係性というのは、ちょうど腕二本分だとか。どちらかが手を伸ばしても決して縮まることの無い距離感。
しかしだからといって……伸ばされた手に対して不誠実になることは出来ない、してはいけない。男としても、人間としても。
彼女との関係性に未練はある。いつまでもとはいかないまでも、もう少し心の準備が出来るまでは『ただの師弟』という距離感でいたかった。
だが、縮められた。関係のアップデートを迫られた。ならば、答えねばならない。
そう覚悟した上で開いた口を、ラノールにふさがれた。そっと、人差し指で。
「分かってる。皆まで言わずともいい」
ラノールの目はどこまでも真っ直ぐ天川を見つめていた。碧の瞳からは、揺るぎない覚悟を感じる。気高い、覚悟を。
「ちゃんと外堀を埋めて逃げられないようにしてからもう一度迫るさ」
前言撤回、ヤバさのグレードがアップしただけだった。微塵も気高くない。
だがその言葉のおかげで、何となく空気がほぐれる。今日はお終い、とでも言うように。
「……しかし、アキラ。戦乱無き世での身の振り方は考えておけ」
唐突に寂しげな表情になるラノール。
「大きすぎる力は必ず身を滅ぼす。言われなくても分かってるだろうが、な」
言葉の意味は分かるが、それを言った意図が分からない。
やや混乱しつつ、天川は右手をそっと振りほどくと首を傾げて口を開く。
「……覇王が攻めてきて、王都には魔族が入っていたと聞いています。戦乱は近いのでは?」
「かもな」
はぐらかすように言ったラノールは、机に並べていた他の本を棚に戻すとニコリとほほ笑んだ。
「それにしてもアキラにも性欲はあるんだな。安心した」
はぐらかす、どころでは無い今までの流れからは一切関係ないワードが出てきて混乱する。
「……なっ、ど、どういう?」
素で動揺すると、ラノールは顔をやや赤くしたままうんうんと頷いた。
「あと結構大きいんだな」
ますます混乱していると、ラノールの視線が下に向いていることに気づいた。
下……そう、ちょうど腰の部分……。
「あっ……い、いやこれは……」
思わず前かがみになり抑える。もうなんか恥ずかしくて仕方が無い。ここにきて女性経験の少なさが露呈してしまった。
「私もあまり経験豊富なわけじゃないが、案外初心だな」
ラノールがクスクスとお姉さんのように――実際年齢はお姉さんなんだが――笑うので、もう恥ずかしさが臨界点を突破した天川は逃げるように部屋を飛び出した。
ああ、あああ。
顔が熱い。
日々、自身の実力を上げるために研鑽を繰り返している。肉体的にも頭脳的にも。
天川の父親は『強い人』だった。戦闘力なら既に追い抜いてしまっているだろうが、そんな今でも父には勝てる気がしない。
それは知識量であり、纏う自信であり、威厳であり……総括するにはあまりにも数多い『強さ』を持っていた。
幼い頃の天川にとって、自身の父親の『強さ』の源は理解しえなかったし、未だに分かっているとは言い難い。今になれば、先に知るべきはそこだったんじゃないかと思う。
昔から……それこそ小学生、いや幼稚園の頃から同年代の中では頭一つ抜けて優秀だった天川は人から頼られることが多かった。
友から、後輩から、先輩や時に教師からも頼られることは気持ちよかった。嬉しかった。最初は。
徐々に重たくなっていった。何故自分に頼るのか。それくらい自分でどうにかしようとは思わないのか。
そんな疑問や悩みを、天川は『強い』父に相談した。天川の父は多くを語る人間では無かったので、たった一言答えてくれた。
「お前が、『強い』からだ」
不思議と、その言葉は天川の心に染み入った。確かに天川の父は多くの人から頼られていた。
……いつしか天川は頼られることを「当然である」と思うようになっていた。それこそが『強者』たる自身の義務なのだから、と。
何故なら自分は『強い』から。あの『強い』父の息子である自分が『弱い』わけが無いから。
父であれば誰も見捨てない。全て助けるはずだ。何故なら『強い』から。それが出来るから。父のようになりたい、その想いが天川を動かしていた。
――ある日、燃え盛る業火によって焼き払われるまでは。
自身の身が竦み、一つも身動きできなかったあの瞬間。
たった一人、あの槍使いだけは冷静に動き、敵を蹴散らしていった。
確かに彼はこの世界に来た時、動揺が少なかった。きっと自分と一緒に皆を率いる人の一人になってくれるはずだと感じた。『強者』として呼ばれた自分たちが『弱者』を守るために、一緒に戦うために。
しかしそれは勘違いで――結局彼も、自分の守るべき人間の一人になったとそう思っていた。
なのに、あの日。
槍を振るい、炎と風を纏って乱舞するあの男はその場にいた誰よりも『強』かった。
そして自分は『弱』かった。
衝撃を受けた。自分の『弱さ』に。そして清田の『強さ』に。
だから、きっと彼がともに戦ってくれるなら……と、そう思って声をかけた。
でも、答えはノーだった。
それは自分の弱さに原因があるんだと思った。
だから力を磨くために修業している。
そして、自分に実力がついてきた……と感じる度に想うのだ。
『強さ』とは、一体なんなのだろう、と――
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「それで……話とは?」
修行を終え、部屋で寛ごうとしていたところでラノールに声をかけられた。
いつもならば「部屋で夜のプロレスでもしないか?」みたいな色気の無い冗談めかした誘いなのだが、今日は少し違う。真剣な、一人の『大人』としての雰囲気が漂っていた。
「ああ、座ってくれ」
言われた通り座ると、ラノールはお茶を用意すると天川の前に置いた。彼女の私物なのか、これまで嗅いだことの無い香りだ
改めて通された部屋を観察すると、いつものラノールの部屋ではない。
教室の半分ほどの広さが本で埋め尽くされている。真ん中にあるテーブルと椅子は、本来であれば客をもてなすためではなくこの部屋の持ち主が本を読む用なのだろう。よく見れば、ラノールの座っている椅子と天川の座っている椅子は雰囲気が違う。
天川のその視線をどう受け止めたのか、ラノールは苦笑しつつ少しだけ頬を染める。
「私が陛下から借り受けている部屋の一つだ。ふふ、私のような無骨者には書籍は似合わないか?」
「……いいえ、そんなわけありません。むしろ好ましいですよ」
「そうか」
普段からこうしてくれていればいいのに。
穏やかな笑顔を浮かべる彼女にそんな感想を抱くが、どうせそんなことを言っても普段の態度を改めるとは思わないのでやめておく。
「ゆっくりお茶をしたいところだが……確か、今夜は皆で晩御飯だったな。それまでに話をすませるか」
そう言ったラノールは一冊の本を棚から取り出すと、天川の前に置いた。
「勇者……アルタイルの冒険」
「ああ、知っているか?」
ラノールの問いに頷く。
この世界で最も有名な英雄譚で……恐らく歴史上で最強だったであろうと言われる男の伝記。
ここに置かれているのは子ども用の脚色された『英雄譚』の色が濃いものではなく、大人用の『伝記』としての側面が強いものだ。
「何度も読みました。何か答えが見つかれば、と思って」
「そうか。しかし何度も読んだのなら疑問に思ったことは無いか?」
何が、と問う前にラノールが口を開く。
「青年前期の描写が他の年代に比べて圧倒的に少ないことに」
「――――」
言われて、思い返す。
正確に比べたわけではないが、確かに少ない。この世に生を受けたアルタイルが故郷で幼年時代を過ごし、一人立ちするまで修行に明け暮れる少年時代。一人立ちし、様々な人と出会う青年時代。そして晩年、老人となったアルタイルが自身の生について考える……そういった章構成で書かれていたが、青年期の前半のみページ数が目に見えて少なかった。
修行の期間であると書かれていたため納得していたが、改めて問われると違和感がある。
「まず前提として……この本は青年後期くらいしか史実に忠実な部分は無い。老年期はとある『女性』のことが隠され、幼年期~青年前期は彼の後年のイメージから描かれた『創作』に近い。もっとも討伐した魔物などは史実通りだがね」
衝撃的な事実に、天川はしばしポカンとする。
伝記である以上そういった部分が少なからずあるだろうということは想定していたが、まさかそれほどとは。
「道理であまりに勇者らしすぎると思っていました」
「ああ。非の打ち所がない完璧な『勇者』だろう? アルタイル・ブレヴァーは」
自信ありげに、自慢げに胸を張るラノール。いつもの彼女とは少し違う感覚に天川は首を傾げる。
「それで、これが――初期型。最初に世に出回った『勇者アルタイルの冒険』だ」
そして出されたそれは、現在出回っているそれと違い上下巻に別れていた。パラパラとめくっていくと、言われた通り前半から既に違う。
言動も粗野で野蛮、女にだらしなくてプレイボーイ。喧嘩っ早くてすぐに熱くなる。しかし義理人情に厚く、弱い者いじめは許さない正義漢。……と後年のイメージとは一切違う、まるでヤンキードラマの主人公のよう。
「こちらも面白そうですね」
素直にそう言うと、ラノールは少しだけ意外そうな顔になる。
「そうか? 大分イメージと違うだろう」
確かにイメージとは違うが……。勇者らしさは無くなった一方で『人間らしさ』には溢れている。この元版の方が天川は好きだった。
読み物としても十分面白そうだが、如何せん長そうな物語なので二、三日では読み切れまい。
「しかし『勇者』のイメージが先行している人たちには不評でな。イメージ通りに書き換えられたものが現在出回っている『勇者アルタイルの冒険』だ」
天川は苦笑しつつ更にページを捲っていると……ラノールが固い表情で話し出した。
「言っておくが……やはりそれも、彼が本当に送った人生とはやはり違うものだ。ただ、これは読者受けがいいか否かではなく……不都合な真実を隠蔽するために行われた修正だ」
不都合な真実。
確かに、勇者アルタイルの半生を見る限り……何の犯罪もしていないとは思い難い。暴力は日常茶飯事だったようだ。
しかし『勇者』という『職』を手にしてから使命に目覚めた辺り、そうマズいことをしているとは思えない。
では一体何が消されたのだろうか。
「彼の妻と子についてだ」
現在出回っているそれには、一人の妻を終生愛し続けたと書いてあった。子はおらず、二人きりだったと。
「本来、彼は三人の妻と一人ずつ子をもうけた。そして……もう一人、正妻となった女性がいた。初期型では子についてと、正妻についての描写が省かれている」
子についてと、正妻について。
「そしてこれが……妻たちが残した手記。勇者アルタイルの冒険の原型となった、本当にあった出来事を記した書物だ」
ラノールが本棚から三冊の本を置く。
改定版、初期版ときて……手記、か。
「……正確には手記を清書してまとめたものではあるがな。言っておくが、それは禁書だ。誰にも見せるなよ」
禁書扱いになるほどのものなのか。
「それを……何故俺に?」
至極当然な疑問をぶつけると、ラノールは二つの指を立てた。
「説明したいことが二つあるからだ。一つはその手記に書かれている……『勇者』が本当の『勇者』になった瞬間の葛藤。これは君にとって有用な知識になるはずだ」
ドクン、と。
心臓が暴れる音がする。今まさに天川明綺羅が欲していた知識だ。
何のために『勇者』などという『職』を与えられたのか。
何のために『勇者』などという『力』を与えられたのか。
確かに、清田京助も志村実理男も――天川明綺羅の数歩先にいるだろう。精神的にも実力的にも。
しかし、それは何もせず手に入れられた力なのだろうか。
きっと、彼らは何かを手放した。特に志村はそれが顕著だろう。羞恥心とか。
(だが……俺は……)
修行していないわけじゃない。
何もしていないわけじゃない。
しかし天川明綺羅が手放した物は何もない。最初からあった『力』だ。
「持ち帰って読んでもいいですか?」
「無論だ。そのために出したんだから」
天川は手記を大事に抱えると、アイテムボックスに仕舞う。
「そしてもう一つの……お話は?」
「先ほど、勇者アルタイルには四人の妻、三人の子どもがいるという話をしたな」
頷く。
「その三人の子どもは後に三つの家を興した。ベルビュート、アトモスフィア、そしてエッジウッドだ」
生憎、ベルビュートだけは聞いたことが無いが……他二つはよく知っている。
「王家と……そしてラノールさんは勇者の血を引いているんですか」
道理で強いわけだ。
感嘆の息を漏らし、ラノールの顔をジッと見る。刀傷の付いた凛々しい彼女の瞳を。
ラノールはその天川の視線をどう思ったか、やや苦笑いして目を逸らした。
「……私たちエッジウッド家は、代々王家を守るためにこの剣を捧げている」
剣に手を置くラノール。
「だが……それは万全とは言えない。私たちエッジウッド家は何故か代々女しか産まれんのだ」
女しか産まれない血族。現代人の感性で考えるならば遺伝子異常やもしくは病気などが考えられるが……ここは剣と魔法の世界。何らかの呪いや魔法的な異常なのかもしれない。
エッジウッド家がそうならば、アトモスフィア家にも何かあるのだろうか。
天川の考察をよそに、ラノールは少し苦しそうな顔を作る。
「……女では力を継承出来ないとは微塵も思わん。しかし、女では子を生せる数には限界がある。だから必要なのだ、新しい才能と力が」
そこまで言われて、やっと彼女が何を言いたいのか伝わってきた。
エッジウッド家は代々勇者の力を継承してきた家である。
しかし代々女しか産まれないため、子を生せる数には限界があり家としての広がりにも限界がある。
よって、新しい『勇者』の血が必要だ。
天川明綺羅という『勇者』の『職』を持つ男の血が。
そこまで察した上で、天川はあえてはぐらかすように肩をすくめる。努めて何を言っているのか微塵も理解出来ていないという風に。
「……それで、俺は何をすれば? 代々女性しか産まれない謎でも解明するんですか?」
それはそれで面白そうではある。
しかしラノールは清々しいまでに天川の『知らぬふり』を無視し、首を振ってその長い髪を揺らした。
「それはそれで是非頼みたいところではあるが……分かるだろう?」
凛々しい顔をそのまま近づけるラノール。いつもの雑な色仕掛けではない、鷹が獲物を狩るような本気の目だ。
本気で彼女は、天川明綺羅を欲している。
「エッジウッド家としても、ラノール・エッジウッドという個人としても……お前は魅力的だ、アキラ。殺してでも奪い取りたい――この感情に名前をつけるなら、お前はどうする?」
殺気にも似た感情をぶつけてくるラノール。尋常じゃない美人からの、あまりにも情熱的なラブコールに、さしもの天川もひやりとくる。
「……そうですね。それほど何かを欲したことが無いので何とも」
無駄だとは分かっていつつも、決して明言しない。そんな天川の姿を見て愛おしそうに瞳に炎を灯すラノール。
「ふふ……じゃあこういうのはどうだ。そろそろ果実も熟れてきた。もっと強くなりたくないか? アキラ。エッジウッド家に伝わる……『技』、受け継ぎたいだろう?」
エッジウッド家に伝わる『技』。
その言葉に心惹かれる自分がいることを自覚する。自覚はするが、流されてはいけないこともしっかりと分かる。
天川は一つ深呼吸してグッと足に力を籠める。しかしその瞬間、右手首を掴まれ壁に押し付けられていた。
(しまっ――)
油断。
天川が驚いて顔を上げた瞬間、ラノールに顎を掴まれる。そして唇に柔らかいものが触れた。
「――――っ!」
「ふふっ、どうだアキラ。私も成長しているだろう」
頬を染め、しかし得意げに笑うラノール。なるほど確かに、練習の成果がよく分かる手際だった。その色香にクラクラきている自分がいることがはっきりとわかる。
先ほどまでの殺気じみた感情の放射は消え、穏やかな空気が流れる。天川は左手の甲で口を拭おうとして、止めた。
代わりにラノールの右手を掴む。
「……ラノールさん、俺は、その」
女性にここまでさせておいて何も言わない――それは、天川には出来なかった。鈍感にはなり切れない。
人間の関係性というのは、ちょうど腕二本分だとか。どちらかが手を伸ばしても決して縮まることの無い距離感。
しかしだからといって……伸ばされた手に対して不誠実になることは出来ない、してはいけない。男としても、人間としても。
彼女との関係性に未練はある。いつまでもとはいかないまでも、もう少し心の準備が出来るまでは『ただの師弟』という距離感でいたかった。
だが、縮められた。関係のアップデートを迫られた。ならば、答えねばならない。
そう覚悟した上で開いた口を、ラノールにふさがれた。そっと、人差し指で。
「分かってる。皆まで言わずともいい」
ラノールの目はどこまでも真っ直ぐ天川を見つめていた。碧の瞳からは、揺るぎない覚悟を感じる。気高い、覚悟を。
「ちゃんと外堀を埋めて逃げられないようにしてからもう一度迫るさ」
前言撤回、ヤバさのグレードがアップしただけだった。微塵も気高くない。
だがその言葉のおかげで、何となく空気がほぐれる。今日はお終い、とでも言うように。
「……しかし、アキラ。戦乱無き世での身の振り方は考えておけ」
唐突に寂しげな表情になるラノール。
「大きすぎる力は必ず身を滅ぼす。言われなくても分かってるだろうが、な」
言葉の意味は分かるが、それを言った意図が分からない。
やや混乱しつつ、天川は右手をそっと振りほどくと首を傾げて口を開く。
「……覇王が攻めてきて、王都には魔族が入っていたと聞いています。戦乱は近いのでは?」
「かもな」
はぐらかすように言ったラノールは、机に並べていた他の本を棚に戻すとニコリとほほ笑んだ。
「それにしてもアキラにも性欲はあるんだな。安心した」
はぐらかす、どころでは無い今までの流れからは一切関係ないワードが出てきて混乱する。
「……なっ、ど、どういう?」
素で動揺すると、ラノールは顔をやや赤くしたままうんうんと頷いた。
「あと結構大きいんだな」
ますます混乱していると、ラノールの視線が下に向いていることに気づいた。
下……そう、ちょうど腰の部分……。
「あっ……い、いやこれは……」
思わず前かがみになり抑える。もうなんか恥ずかしくて仕方が無い。ここにきて女性経験の少なさが露呈してしまった。
「私もあまり経験豊富なわけじゃないが、案外初心だな」
ラノールがクスクスとお姉さんのように――実際年齢はお姉さんなんだが――笑うので、もう恥ずかしさが臨界点を突破した天川は逃げるように部屋を飛び出した。
ああ、あああ。
顔が熱い。
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