異世界なう―No freedom,not a human―

逢神天景@小説家になろう

173話 弟子入りと剣

 ――話は数か月遡る。


「やるで御座るなぁ」


 コーヒーを口に運びつつ、報告書を読む志村。その様子を寝っ転がりながら見ていたマールが、むくりと身体を起こす。


「どうしたんですの?」


 彼女に話しかけられ、フッと口調をいつもの調子から『素』のそれに戻す。


「京助が相当腕を上げているらしくてな」


 その活躍は様々なところから聞こえてくる。SランクAG『黒のアトラ』とも交流があるらしい。


「まったく、凄い男だ」


 ちなみに志村がいる部屋は、マールの部屋の隣に特別に用意された自室だ。護衛だからという名目だが、本当はマールがすぐに会いたいと我儘を言ったからだ。
 実際、志村が用事で城を出たり工房で作業したりする時以外は殆どこの部屋で一緒に過ごす。


(……あとは寝る時くらいか。マールが部屋に戻るのは)


 ちなみにマールの部屋にも志村の部屋にもコンロや簡易的なシャワールームまであり、ワンルームマンションとでも言うべき風情だ。最上階にあるおかげで眺めもいい。
 志村がもう一口飲もうとしたところで、コーヒーが無くなっていることに気づいた。余程集中して読んでいたらしい。
 やむを得ず淹れに行こうと立ち上がったところで――スッと横からコーヒーを注がれた。


「そろそろ飲み終える頃かと思っていましたので」


「……ありがとう、シャン」


「あー! ミリオだけずるいですの! わたくしも欲しいですの!」


「用意してありますのでご安心を」


 ミルクのたっぷり入った甘いカフェオレをマールに渡すシャン。相変わらず気が利くし、よく見えている子だ。
 先日――天川が拾ってきたこのシャンという少女は、前職もそうだったかのように侍女という仕事を見事にこなしている。これで本人に自衛力があれば完璧だが、流石に少女にそこまでは求められまい。


「ところでナイトさん、キョースケさんというのは?」


「友達だ。数少ない俺の親友と言ってもいいかな」


 やや自虐気味に笑みを浮かべるが、二人ともそれには気にせず「ほー」と感心している。


「そんなに凄いんですの?」


「ああ。今はAランクAGだが……すぐにSランクにはなるぞ」


 志村の評に二人が目を丸くして驚く。
 SランクAGは化け物、それはどんな世間知らずでも知っている常識だ。まあSランク魔物を単独討伐出来ないと列されない位置ではあるから当然だが。


「凄いですの! そんな人とお友達なんですの!?」


「マールは会ったことあるぞ。半年以上前に一回きりだが」


 森の中で、お互いの立場を確認し合った日に。
 マールはすぐに思い出せないのかうんうんと唸った後……ハッと手を打った。


「あのちょっと冴えない感じの方ですのね!」


 歯に衣着せぬ、というかいっそ怖いもの知らずな評価をするマール。Bランク以上のAGを冴えないと評せるのは流石王族と言うべきか。


「そう、その冴えない男だ」


「ですがAランクともなれば……冴えない・・・・ことはあり得ないのでは?」


「勿論だ」


 シャンの問いに少しだけ笑みを浮かべて頷く。
 以前会った京助の顔は明らかに死線をくぐった男のそれだった。それも一度や二度じゃない。文字通り「地獄」を見たことだろう。
 スイッチが入った後の京助を見れば、さしものマールも冴えない男とは評せないはずだ。
 ……それでもそう感じるのであれば、彼女は王族だからとかそういうことを除いて真に大物であるということになるが。


「ナイトさんとどちらが強いんですか?」


「わたくしのミリオが負けるわけないですの!」


 間髪入れずシャンの問いに答えるマール。だから志村もゆっくりと頷いて、口の端を上げる。


「オレは『魔弾の射手ナイトメアバレット』。狙った獲物は蜂の巣だ。相手が神だろうが親友だろうがな」


 実際は五分以下だろうが、彼女らの前で『魔弾の射手ナイトメアバレット』がそんな弱音をはくわけにはいかない。


「きゃーっ! カッコいいですの!」


「…………(ぽっ)」


 いつも通り頬に手を当ててうねんうねんと身体を揺らすマール、無表情のままだがやや頬を染めるシャン。
 そんな二人の可愛い姿を見て、和やかな気持ちになりながらコーヒーを一口飲む。


「シャン、もう一杯お願いできるか?」


 飲み干したカップを机に置いて彼女に頼むと、シャンはちょっと困った表情を浮かべる。


「すみません、豆が切れてしまっていて……。その、買い出しに行って来ます」


「ん? そうか、それなら俺が行ってこよう。他に何か欲しいものはあるか?」


 志村がそう尋ねると、マールが元気よく手を上げる。


「じゃあわたくしはクッキーが欲しいですの!」


「お茶っ葉もそろそろ切れてしまいそうなので、そちらもお願いできますか?」


「OK、じゃあ行って来る」


「大丈夫ですの!」


「マール姫は私がしっかり見ておきますので」


 そんなことを言う幼女二人に笑顔を見せてから、志村は部屋を出る。
 食堂で豆を貰うことも出来るが、城下で買う豆の方が好きなのでわざわざ買いに行っている。
 マールのクッキーのついでに一服してこようか、なんて考えながら歩いていると……ふと、殺気に近いモノをぶつけられたことに気づく。


(城の中で?)


 だがこの殺気は明確に自身に向けられている。それが分かる程度には志村も実戦経験を積んでいた。
 志村はふと自分の服を見下ろす。黒いズボンにベルト、ワイシャツというどこからどう見ても学生服だ。


(この格好で迎撃するのは……ちょっと辛いで御座るな)


 志村は本来『非戦闘職』だ。異世界人だから身体能力だけは高いが、戦闘用の『職スキル』も持っていなければ、最適化された動きが出来るわけでもない。
 それを無理矢理パワードスーツで戦っているので、着替えないと戦闘力が大幅に下がる。


「やむを得ない、か。こうなってしまえば俺は……いや、オレ・・はそう甘くないぞ。殺気の正体」


 頭を『俺』から『オレ』に――つまり『素』から戦闘用の『魔弾の射手ナイトメアバレット』のそれに切り替え、同時に強化外骨格パワードスーツ付きの真っ黒なロングコート、ロングブーツをアイテムボックスから出して装着する。


「オレの名前は『魔弾の射手ナイトメアバレット』、近づくものは皆蜂の巣だ」


 そう呟き、志村はその場から走り出す。少なくともマールが巻き込まれる場所で戦うわけにはいかない。
 志村の動きに合わせて殺気の元もまた走り出す。


(やはり何かついて来てるで御座るな)


 この城は本館と三つの別館で構成されており、それらは連絡通路で繋がっている。居住スペースは全て別館なわけだが、マール達のいるここは最も小さい別館だ。
 廊下の端までたどり着き、連絡通路のドアを開けようとしたその瞬間――


「それっ!」


 ――という声と同時に衝撃波がドアをぶっ壊した。
 志村はそれを腕からカマキリのように飛び出た曲刀で切り払い、懐から二丁の銃を抜きそうになり――慌てて止める。攻撃と同時に殺気が失せ、様子見をする空気に変わったからだ。
 そのまま前に突っ込み、剣を振りぬいていた人間に曲刀で斬りかかる。
 ギリリリリリリィィィィィン! と金属と金属がぶつかり合う嫌な音が響き、衝撃波によって生じていた煙が晴れる。
 そこにいたのは――自分より(というかマールとシャンよりもさらに)背の低い少女。一目見てさっきの殺気の元は間違いなくこの少女だと確信する。
 しかし後ろから来ていたはずの殺気の元が、何故前から?


(回り込まれた、んで御座ろうな)


 チラリと見ると、連絡通路にある窓の一つが開いている。
 自身も含めてこの世界の人間に『常識』が適用されないことは知っている。恐らく壁でも走ったのだろう。鍔迫り合いしながら、見たことのある相手かどうか観察する。


(身長は百四十センチほど、赤毛を後ろで一つにくくってる。三つ編み……だったか、あの編み込み方は)


 取りあえず異世界人の誰かでも、知っている騎士団の人間でもない。であれば刺客の類いだろうか。
 体格差を活かし力任せに連絡通路の方へ押し込み、連撃を食らわせる。それをやや粗いながらも捌き、カウンター気味に刃を振るって来る少女。


「シッ!」


 屈んで躱し、伸びあがる力を利用して顔面に拳を叩きこんだ。ブシュッ! と鼻から血が出るが、意に介さずさらに距離を詰めてくる。


「何の真似だ」


 睨みながら尋ねるが、それには答えず代わりにもう一本剣を抜く。付け根部分に穴の開いた奇妙な剣だ。そして柄の部分からも刃が飛び出す。
 それをどう使うのかと思いきや……穴に指を突っ込んでチャクラムのようにクルクルと回し出した。


「シッ!」


 鋭い踏み込みとともに、クルクルと回転させた剣で斬りかかってくる。
 それと切り結び、蹴りを入れて今度は志村が距離を取る。相手もどちらかというとヒットアンドアウェイが主戦法なのか深追いはしてこない。


(そりゃあの剣で鍔迫り合いするわけないで御座るからな)


 二度、三度打ち合って――ヒュヒュッ! と風切り音が。首を傾けて躱すと、何とその回転させた剣から正体不明の何かが飛んできていた。


(今の、なんで御座る!?)


 ヒヤッと背筋に冷たいものが走る。
 抜くか? という思考がよぎった瞬間、少女はニヤリと笑った。


「へぇ……初見でこの武器に対応するってことはやるッスねぇ。流石はマール姫の護衛」


「――ッ」


 志村がマールの護衛であると知っている、それはつまり陽動である可能性が高い。そのことに思い至った志村は即座に目の前の人間を『捕縛』から『殺す』ために頭を切り替える。
 即座にとある武器で決着させようとしたところで――雰囲気が変わったことを察したか、相手が少しだけ顔を引きつらせる。


「あ、姉御ー! 殺される、殺されるッス!」


「増援を許すと思うのか?」


 踵のブースターを発動させて超高速移動。相手がガードしようとしたところに滑り込ませ、頸動脈を切り裂こうと肘のブースターも開いてさらに加速した刃を振るい――


「そこまでだ志村!!」


 ――ギンッッッッッッッッッッッ!!!!! とギリギリのところで止められた。その衝撃波で連絡通路のガラスが何枚も吹き飛ぶ。


「うきゅ」


 コロン……と少女が尻餅をついて転がり、それは気に留めず自分の刃を受け止めた人間を睨みつける。


「天川、か」


 そしてチラリと少女に目をやり、顎をしゃくる。


「どうせお前の女だろう。どういうつもりだ?」


「お、俺の女って……いや俺は関係ないぞ今回」


「騒がせてすまなかったな」


 さらに後ろから出てきたのは、王国騎士最強と言われる女――ラノールだ。背が高く、凛とした様はまさに女騎士。その顔に刻まれた大きな疵が彼女の戦闘力を逆に表している。正直「くっ、殺せ!」とか言いだしそうな雰囲気ではあるが。
 天川に守られてひっくり返っていた赤毛の女は、半泣きでラノールに縋りつく。


「遅いじゃないッスかー! 今、絶対殺されるところだったッス! ホント、そこの勇者サマが助けに入ってくれなかったら間違いなく死んでたッス!」


「少し黙っていろ、ショック。お前が突っかけたいと言ったんだろうが」


「うひぃ、ごめんなさい……」


 ラノールから怒られ、傍目から見ても分かるほど凹む少女――ショック。


衝撃ショックとはまた……名は体を表すってのは本当で御座るな)


 志村は「はぁ」とため息をついてから頭の中を『オレ』から外面用に切り替える。


「何なんで御座る、コレ」


 その『クラスメイト』だった時と同じ口調、雰囲気で話しかけるとやや気を張っていた様子の天川も頬を緩めて話し出した。


「ああー……それがだな。ラノールさんがまずその子をお前に預けたいと言いだしたんだ」


「で、あたしより弱い人間に師事するつもりは無いッスから力試ししたってわけッス!」


 胸を張るショック。
 志村は頭痛がするような気持ちになりながら、天川を睨む。


「やる前に止めて欲しかったで御座る」


「いや……その、すまない。ただ、相手は女性なんだからもう少し優しくしてもよかったんじゃないか……?」


 鼻血を出しているショックを見ながら天川が言うが、志村はやれやれと首を振る。


「……殺さなかっただけ優しいと思ってくれ、で御座る」


 さらにラノールを見ると、彼女はニコッとほほ笑んでから縋りついているショックを引き剥がして近づいてきた。


「直接会話するのは初めてかな、ミリオ・シムラ」


「そうで御座るね、ラノール・エッジウッド殿」


 相手と会ったことは無い。しかし今の挨拶だけで自己紹介が不要であることは察していた。どうせ、調べ尽くされている。お互い様だが。
 しかし相手は一応立場のある人間だからか、一つ笑って背筋を伸ばした。


「私は王国騎士団、第一団長を務めているラノール・エッジウッドだ。そこにいるアキラの妻候補でもある」


「かっ、勝手に妻候補にならないでください!」


「ライバルは多そうで御座るな」


「私が一番強いから、最後は力でもぎ取るさ」


 肉食系女子で女子力(物理)も完備か。なかなか属性の濃い女性だ。
 志村はそう思いながら天川にニヤニヤした笑みを向ける。


「ハーレム系主人公様は大変で御座るなぁ」


「う、うるさい! ……コホン。そんなことよりラノールさん」


「おっと、そうだった」


 そう言って彼女はショックの首根っこを掴むと、猫を持つように持ち上げた。


「こいつは入団試験を受けに来たんだが、その戦い方があまりにもらしく・・・なくてな。どう見てもAGの戦い方なんだ。これじゃ騎士団では使えん」


 確かに、騎士団崩れがAGをやるという話は聞いたことがあるがその逆は知らない。それは騎士の方が強いから――とかではなく、戦い方があまりに噛み合わないからだ。
 騎士団は軍隊である以上、一定以上の規律と互換性が求められる。それが安定的に運用するための常だからだ。
 しかしAGの戦い方というのは総じて『癖』がある。それが数人単位で戦うならいいが騎士団の戦いはそうではない。少人数の連携とは難易度が桁違いになる。


「だが、だからといって有能な人材をそのまま市井に放流するのも勿体ない。そこで思い出したのがお前だ。……お前は男だろう?」


「拙者が実は女の子! とか変化球過ぎて草不可避で御座るよ」


 戦国大名じゃないんだからホイホイ女体化してたまるか。
 そんな志村の心の声を知ってか知らずか、ラノールがさらに説明を続ける。


「マール姫の護衛は確かに君一人で事足りるかもしれないが、何があるか分からないからな。女性の護衛もいるに越したことは無い」


「その程度で護衛で御座るか? ……お話にならないで御座るが」


 チラリとショックを見ると、彼女は不服そうに頬を膨らませる。


「えーっ? あたし、さっきの戦いを見る限りそんなに差は無いと思うッスよ! もう一回やるッスか!」


「黙ってろショック。……確かに護衛にするにはまだ頼りないだろう。だからついでと言っては何だが、鍛えてやってくれ」


 面倒な。志村は顔を顰める。
 今まで……それこそ半年以上護衛の件に口出ししてこなかったのに急に言う辺り、彼女をスパイとして送り込むつもりなのかもしれない。
 マールの魔法は希少だ、彼女がその力を存分に振るえば政界など思うがままだろう。王族に手を出すリスクと、心を読む魔法を手に入れることは十分天秤に乗せる価値があると考えるバカは少なくない。
 マールはその力を決して政治のためには使わない。だがそれを不満に思っている輩もいる。そして騎士団がそいつらと繋がっていないとは限らない。
 志村は思索を巡らせた上で――カチリ、と頭を『魔弾の射手ナイトメアバレット』に切り替える。


「オレはマールのためにしか戦わない『魔弾の射手ナイトメアバレット』だ。人の世話を焼く暇はない」


 薄っすらと酷薄な笑みを浮かべ、懐に手を伸ばす。


「アイツの護衛はオレ一人で充分だ。確実に守り切る。鍛えるなら他を当たってくれ」


 そこでさらに殺気を出す。ラノールはピクリと眉を動かし、天川は剣に手をかけた。
 その反応を見て、「これ以上話すことは無い」とばかりに踵を返す。
 面倒だからと割れてしまった窓から降りようとしたところで――ショックが腕を掴もうとしてきた。それを躱し、怪訝な顔で彼女を見る。


「そ、その! 師匠! 是非稽古つけて欲しいッス!」


「……何?」


「お願いッスお願いッスお願いッス!!!」


 駄々っ子のようにごねるショック。いきなりのことに目を白黒させていると、その場でぴょんぴょんと飛び跳ねだした。


「お願いッス! あたし強くなりたいッス!」


 何故か必死に食い下がるショック。怪しい、なんて次元では無いが……。
 志村は少しだけ目を細めて彼女を観察する。
 護衛にしてくれ、ではなく鍛えてくれ。言葉通りに受け取るのすら難しい。「自分より弱い奴に師事するつもりはない」、「自分と相手は互角である」と言っていたのに、どんな気の変わりようだろうか。
 怪しむ志村に向かって、彼女はグッと瞳に力を籠める。


「さっきの目を見てビビっと来たッス! この人は凄いって!」


 意味が分からない。志村が何も反応出来ないでいると、彼女はさらに腕まで振り回して暴れ出す。見た目通りガキになってしまったかのようだ。
 そんな醜態を見せるショックの後ろに立つと、ゴンと拳骨を落とすラノール。


「っつ~~~~!」


「あー……私が言いだしたことではあるが、一人の人間がここまで醜態をさらしてるんだ。飲んで貰えないか?」


「……いいだろう、美人の頼みだ。ただし謝礼は貰うぞ」


 ショックの方を向いてそう言うと、即座にラノールに土下座しだした。プライドは無いらしい。


「姉御! お願いするッス!」


 図々しい。
 しかしラノールはため息をついてから頷いた。了承するらしい。


「それじゃあよろしく頼む。ロリコンなら慣れてるだろう?」


「オレはロリコンじゃない」


 大事なことなのでキッパリと否定して、天井を仰ぐ。


(厄介なことにならなければいいで御座るが……)


 取りあえず豆を買いに行こう。
 そう思考を切り替えて、志村は窓から飛び降りた。

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