異世界なう―No freedom,not a human―
168話 山ん中、なう
草原でご飯を食べるという、この年になるとしっかりと準備しないと出来ない経験をした後再び旅路に着いた。
何度か見張りを交代しつつ数時間、俺たちがハダルの街に着いたのは日没ギリギリの時間だった。
「山……の中、だな」
冬子がぽつりと感想を漏らす。まあ、確かにそれ以外の感想は俺にも浮かばない。草原から徐々に木々が増えてきたと思ったら坂道になり、そして山の中腹辺りで唐突に街が現れたのだ。
台地のようになっているのか、それとも山の中腹に切り拓いて作ったのかは分からないけどともあれ山の中にある街だ。
「ここがハダルか……」
街に入る手続きをオルランドの部下がしている間、馬車から降りて周囲を観察する。といっても山の中であること以外はそんなにアンタレスとは変わらないが……
「いや、妙だね」
「どうした? 京助」
俺の呟きに冬子が反応する。違和感の確認をとるために魔法を発動させるけど……やっぱり、魔物の気配が無い。
「魔物がいないの? この辺り」
「魔物がいない……? そんなことあるのか?」
「現に今、どこにも魔物の気配が無い。動物の気配はするんだけどね」
木々の中から魔力を感じられない。俺たちがそんな話をしていると、ギルマスが「お前らは相変わらず非常識やな」と呆れを滲ませた声をかけてきた。
「この山はメイオール山っちゅうんやけどな。未だに原因は不明やが、魔物がおらんねん」
「へぇ……」
魔物がいない山、か。なるほど、事前情報としてAGがいないことは聞いていたけど……魔物がいないならAGも必要無いだろう。内部の治安は領主の私兵辺りが守っているのかもしれない。
そんなことを考えていると……ガサガサと木々が揺れた。
「マスター、何らかの巨大生物です。警戒を」
「え? 魔物はいないんじゃ――」
そう俺が言おうとした瞬間、現れたのはクマ。ただし、体長は十メートルくらいありそうだ。
俺は地面から水の縄を生やし、それらでそのクマを拘束する。しかし俺が魔力をイマイチ込めていないこともあって、拘束を破られてしまった。
「ありゃ」
舐めプをしたつもりはない、普通の動物なら今ので十分抑えられたはずだ。
……同じ大きさの魔物並みの膂力があるぞ、このクマ。
「ありゃじゃないぞ京助。油断しすぎだ!」
「ガァァァア!」
構える冬子、マリルを守るように前に出るリャン。シュリーとキアラは馬車やティアール、オルランドたちを守るように陣形を整える。
……まあ、魔物だと思ってしまえば意外でも何でもない。今度こそしっかりと魔力を込めて拘束結界を発動、クマの動きを完全に封じ込める。
「ガァッ、ガガァッ!」
身動きを封じられたクマが暴れるが……強さ的にCランク魔物くらいだろう。ちゃんと張った結界を破れるわけもない。
「動物だから……と思って殺さなかったけど、冷静に考えたら害獣だよね。人間に躊躇なく襲い掛かってきたし」
そう言って槍を構え、脳天を突こうとしたところでギルマスに止められた。
「いや、キョースケ。お前の判断は正しいで、殺さん方がええ」
「そうなの?」
「ああ、この街はハンターっちゅう存在が守っとる。……勝手に猛獣を殺したら怒られるんや。たとえAGでもな」
……ふむ、他の街だとAG以外が魔物を殺しても怒られることは無い。危ないことをしてはいけないと注意はされるけどね。
何だか少し違和感を覚えつつも、俺は魔力を当ててそのクマを気絶させるだけにとどまる。
「中に入る手続きが完了しました……って、何をなさってるんです?」
オルランドの部下、ティルナが少し呆れた声を俺たちにかける。いきなりクマがぶっ倒れてればそういう反応にもなるか。
俺は「何でもないよ」と言って彼女に伴われて街の中に入る。
一日だけとはいえ、滞在する街だ。失礼のないようにしないとね。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「じゃあ私たちはこの街の領主のところに行くわ。明日の朝、領主舘の前まで来てちょうだい」
「ん、了解」
街に入るや否や、オルランドとは別行動になった。まあ、貴族同士だから挨拶とかやらないといけないこともあるんだろう。
俺たちも行った方がいいのかと聞いたら「むしろそんな目立つことはしない方がいいわ。明日の朝、顔つなぎ程度に軽く挨拶するだけでいいわ」と言われてしまったのでやることも無い。
「ギルマスはどうするの?」
「ああ……知り合いがおるから、そっちに行くわ。ほな、また明日」
「ん、了解。じゃあまた明日」
ということでギルマスもふらふらと雑踏の中に消えていったので、俺たちのパーティーとティアールたちだけが残る。
「じゃあティアール……悪いんだけど、お願いしていい?」
「……仕方があるまい。キミは彼女を一人、厩舎に入れることはしたくないだろうしな」
そりゃそうだ、リャンをそんな目に合わせるわけにいかない。
ティアールはため息をつくと、取り合えず俺たちにどこか店に入るように言う。
「私が口利き出来るホテルが一つある、今夜そこの部屋を貸してやるが……バレないようにチェックインして貰わんと困るからな。それに、話をつけたり諸々あるから少し待っていろ」
「了解、じゃあ先に晩御飯すませちゃおうか」
俺がそう言うと、ティアールは「そうそう」と何かを思い出したように俺たちを呼び止める。
「武装はしまっておけ。出来ることなら服装も変えた方がいい。さっきも言われただろうが、AGはあまりいい顔をされんからな」
……それは馬車の中で言って欲しかったかな。いやでもあの時は外だから武装解除したらまずいか。
「あと、ハダルでは山菜料理が有名だ。もしも食事するならそういう店を探すといい」
「ありがと。じゃあ山菜料理でも食べに行きますか」
今度こそティアールたちとも別れて俺たちだけになる。
「マスター、ご迷惑をおかけして申し訳ありません」
「大丈夫だよ。むしろこういう時にコネなんて使わないと」
申し訳なさそうに頭を下げるリャンの耳をモフる。触り心地が……凄く、いいんだよね。
「で、店にってことだがどうする?」
「ヨホホ……正直、アンタレスと違って普通のご飯を食べるのも一苦労な気はしますデス」
王都の時は案外すんなり入れたけど、さてこのハダルではどうか。
「取り合えず着替えようか。チェンジ!」
俺はそう言って自らの体に暴風を纏い、視界を遮断してから素早く着替える。まあ武装をアイテムボックスにしまって服を着るだけだからものの数秒ですむ。
「おお! 何か変身っぽくてカッコいいぞ京助!」
「でも掛け声は何のためだったんです? マスター」
「ノリと勢い」
流石に彼女たちにこの早着替えをやらせるわけにもいかないので、どうしたものかと思案していたら「上空まで飛んで結界を張ればよい」というキアラの提案に乗っかる形で着替えてもらった。
「京助……今度から筋斗雲に暖房をつけないか……?」
「……炎の結界で出来ないことはないかもだけど、なんで?」
「マスター……上空は寒いです」
ああ、なるほど……。
ちょっと二人には申し訳ない気持ちになりながらも、さてとお店探しに戻る。
腹が減っては戦は出来ぬ、というか……せっかくだし山菜料理も食べたいし。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
翌朝、目覚めると天井がいつもと違っていた。そして俺の腕にズッシリと重みが。二つともモフモフな耳がついている。
「なんで二人が俺のベッドに……って、今日はハダルにいるんだったか」
シュリーとリャンを起こさないようにそっと布団から抜けると、隣のベッドではキアラが寝ていた。マリルと冬子の姿は無い、もう起きてるのか。
「あー……そういえば、リャンとシュリーがじゃんけんで勝って俺の隣で寝たんだっけ。何で俺の隣で寝たがるのか……襲われるとか思わないのかな? ……思わないんだろうなー、舐められてるんだろうか、男として」
ちなみに昨夜は、ティアールが一部屋しか用意してくれなかったので全員同じ部屋で寝た。ベッドは二つあったがかなり狭かったのでぎゅうぎゅうになって寝るしかなかった。
一部屋しか……とは言ったけど、逆に獣人も泊まれるように一部屋しっかり融通してくれたと言うべきか。とにかく、彼には大分迷惑をかけてしまった。
(……皆が寝てる隙に着替えるか)
昨夜は何と俺だけ結界を張って着替えたので、今朝はそれをやらなくてすむかと思うと少し楽だ。
俺はいつも通り上に着ている服に手をかけ――
「いや……やっぱり結界張るか」
「ちっ」
「リャン、舌打ちは聞こえないようにやろうねー。チェンジ!」
俺が結界の中で早着替えをしていつもの服になると、冬子が洗面スペースから出てきた。
「おはよう、冬子」
「ああ、おはよう京助。珍しいな、ピアより早く起きるなんて」
「どうも起きてるみたいだよ、彼女」
「……何?」
冬子がズカズカとリャンの方へ歩き布団を剥がす。剥がされたリャンは不服そうな顔で冬子を睨みつけた。
「起きたなら準備を手伝ってください。マリルさんが朝ご飯を買いに行ってくれてますから、その間に武器の点検とかすませますよ」
「……はい。リューさん、貴方も一緒にですよ」
「ヨホホ……バレてましたデスか」
マリルは朝ご飯を買いに行ってるのか。俺は鎧の点検を彼女らに任せ、マリルを手伝いに行くことにする。
窓から朝靄のかかる街に降り立ち、マリルのケータイを鳴らした。
『あ、キョウ君。駄目ですよー、アンタレス以外でこんな目立つものを使っちゃ』
「大丈夫でしょ。どこにいるの? 一人だと危ないよ」
『ご飯の買い出しに出てるだけですよー。流石に皆さん朝早いですね、もうお店が出てますよー』
俺はマリルの居場所を尋ね、彼女に追いつく。
「他の皆はどうしたんですー?」
「キアラは熟睡、他の皆は武器とかの点検。……やや喧嘩しつつだけど」
苦笑いしながら言うと、マリルはコロコロと愉快そうに笑う。
「そうですかー。昨日の夜は山菜の天ぷらでしたし、軽いものでも買って帰りましょうか」
「そうだね。何がいいかな」
二人で歩いていると、ちょんちょんと手の甲をツツかれた。
何だろうと思って手を見ると、マリルの手の甲がツンツンと当たっていた。
当たっちゃったのかな、と思いながら俺が活力煙を咥える。しかしマリルがヒョイと取り上げてしまった。
「女の子と二人なのに、歩きタバコは無粋ですよー、キョウ君」
「……なんで?」
「片手は女の子の荷物を持つために開けるんですよー」
……まあ確かにご飯を買ったら俺が持つつもりだったけど。
「じゃあもう片方は?」
「そんなの当然、女の子を守るためにこうするんですよー」
きゅっ、と。俺の左手に右手をかぶせるマリル。いわゆる恋人つなぎで、手のひらに彼女の体温が伝わってくる。山の中の早朝、肌寒いはずなのに彼女と触れあっている部分だけえらく熱い。
「……えっと、その」
「あー、暖かいですねー。キョウ君、あのお店に行ってみましょうか」
何でもないことのように――いや実際なんでもないことなんだろう――平然と歩き出すマリルに面食らう。
……これが大人の距離感って奴なんだろうか。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
悪い大人に騙されて彼女の分だけちょっと豪勢になった朝ご飯を終え(なお冬子とリャンから睨まれた)、さてと領主の館の前までやってくる。
「アンタレスの領館は大概悪趣味だけど……こちらはまた、なんとも質素な」
貴族の館なのだから当然普通の家に比べれば十分大きいし、我が家と比べてもまだ大きい。でも、オルランドの館に比べれば大分小さく感じる。
「ハダルの領主は私服を肥やす方ではないからな。趣味は農業と言っていたかな」
そういう人もいるのか。
顔つなぎ程度、とは言われていたけど少し興味が沸いたね。
「なぁ京助、明日は野営なんだよな? ……貴族に野営させてもいいものなのか?」
「……さぁ。でもオルランドの提案だしね」
「多少遠回りになっても途中の村などで一拍するのが基本だが」
そりゃまあ当然か。今度から気をつけよう。
「やはり強くとも経験が浅いのだな」
「まあね」
微笑ましいものを見るようなティアールの表情にややイラッとくるものの、事実が故に言い返せない。
「ところで気になるのだが……キミはいままでどれくらいのクエストを解決した?」
「……どれくらいって、まあ木っ端なのも含めたら結構だよ」
俺は派手なクエストばかりするので(自分で言ってれば世話無いが)、たまにちゃんと仕事をしてるのかと仲間のAGから言われたりする。
しかし、こちとら養う人が五人もいるので(しかも一人は大酒のみで働きもしない)悠々自適とはいかない。多少蓄えはあれど、仕事はしている。
「ハーレムを抱えていると大変だな」
「だからハーレムじゃない」
「そうですっ、私とマスター二人の蜜月です」
「リャン、話がややこしくなるからちょっとそっちでお座りしてようねー」
「そういうプレイがお好きなので?」
「なっ、は、破廉恥だぞ京助!」
「ヨホホ……ペットプレイを獣人族にさせるとは……業の深い……」
「キョウ君、まだ朝も早いんですから駄目ですよー。ちゃんと夜私がしてあげますからー」
「ほっほっほ、相変わらずお主らは面白いのぅ」
「話がややこしくなるから黙ってて!?」
一瞬で騒がしくなった女性陣を一旦ちょっと黙らせて、ため息をつく。
「……とまぁ、見ての通りハーレムじゃないよ」
「客観視出来ないというのはツラいものだな。刺されたら香典くらいは出してやる」
「刺されることを前提にして話すのやめない?」
活力煙を咥えて火をつける。煙を吸うと同時に火が朱く光った。
灰を落とし、空を仰ぐ。
「ティアールは、そっちの方どうなの? もう再婚とか考えてないの?」
「ああ、私の愛は妻にのみ捧げると決めている。仕事もあるし、危なっかしい若造の面倒も見ねばならんからな。暇もない」
へぇ、危なっかしい若造って誰だろう。俺以外にも何か親交のあるAGでもいるのかな。
なんて俺たちが雑談していると、館の門が開いて中からオルランドとその付き人達、そして恐らくハダルの領主であろう人物が出てきた。
「ではオルランド伯爵、私はここで」
「ええ、また帰りに寄るわ。その時はもう少ししっかり彼らのことを紹介するわね。キョースケ、いらっしゃい」
オルランドに呼ばれ、ハダル領主の前まで行く。
「今度Sランカーになるキョースケ・キヨタよ。キョースケ、こちらがハダル領主のチラス・ノベーグよ」
チラスは柔和な笑みを浮かべて頭を下げる。どうもオルランドの方が家の格みたいなのは上に見えるね。
俺も軽く会釈して、微笑みと同時に名乗る。
「俺はキョースケ・キヨタ。『魔石狩り』なんて呼ばれることもある。よろしくね」
「よろしくお願いします。私はチラス・ノベーグ。ハダルの街はどうです?」
「……山菜料理はとても美味しかったよ。是非とも次に来る時はもう少し回りたいかな」
「そうですか、それは良かった。お帰りの際はお立ちよりください、ご案内させていただきます」
えらく低姿勢な人だ。領主というくらいだから位も上の方だと思うんだけど。何となく、田舎のおばあちゃんちに行った時のような雰囲気を感じる。
「じゃ、今日はもう時間が無いから行きましょう」
「ええ、ではお気をつけて」
領主二人の挨拶が終わり、チラスがこちらにも一つ礼をするので俺も軽く頭を下げる。やはり腰の低い人だ。
「ところでオルランド、今日は馬車に乗らないんだよね」
「ええ、山越えをするからね。……言っておくけど、これ私だから成り立つルートだからね? 普通の貴族がいる時はやっちゃダメよ」
「商会の長もいるんだけど」
「彼はタフだから大丈夫よ」
ティアール、南無。まあ文句を言ってるわけじゃないので、平気なのだろう。年齢は俺達の中で一番上だけど、衰えは感じられないし。
「というわけで、ハンターの集会所に行くわよ。既にクエストは出してあるから、合流するだけね」
「ん、了解」
そういうわけで俺達はハンターの四人と合流し、入ってきた時とは逆方向の門の方へ行く。
四人のハンターの人たちは……やはりAGとは少し違う。何せ全員が剣を持ち、その上で各々の武器を持っている。槍、盾と片手剣が二人、弓矢か。
その中でもナマズひげの男がリーダー格のようで、咳払いをしてから説明を始めた。
「あー、オレがナマドだ。まずこの山では絶対服従してもらおう、仮に貴族であろうが商会の長であろうが――AGだろうがな」
ギロリと睨まれる。何かAGに恨みでもあるんだろうかってくらいの眼光だ。
「武器も使うな、魔法も使うな。メイオール山での戦闘はすべてオレたちが行う。いいな?」
俺達が持っている武器を見てしまうように言うナマド。他のハンターも同意なようで、一緒にこちらをにらんでくる。
「Sランクだろうが何だろうが、山の中でオレたちより動けるはずもねえんだ。いいから従ってもらう」
リャンがピクリと指を動かす。冬子もややムッとした顔になり、俺とて少し思うところが無いではない。
「キョースケ、いったん従っておきなさい。この山を私たちだけで超えるっていうのは不可能なんだから」
確かに知らない土地、しかも山の中をガイド無しでってのは無理か。
俺はため息をついて武器を仕舞い、他の皆もそれに従う。
満足したか、ナマドは一つ頷いてクルリと門の方へ向かった。
「それでは出発だ。遅れないようについてこい」
なんとも傲慢な雰囲気のガイドに連れられ、俺達はハダルの街を後にした。
何度か見張りを交代しつつ数時間、俺たちがハダルの街に着いたのは日没ギリギリの時間だった。
「山……の中、だな」
冬子がぽつりと感想を漏らす。まあ、確かにそれ以外の感想は俺にも浮かばない。草原から徐々に木々が増えてきたと思ったら坂道になり、そして山の中腹辺りで唐突に街が現れたのだ。
台地のようになっているのか、それとも山の中腹に切り拓いて作ったのかは分からないけどともあれ山の中にある街だ。
「ここがハダルか……」
街に入る手続きをオルランドの部下がしている間、馬車から降りて周囲を観察する。といっても山の中であること以外はそんなにアンタレスとは変わらないが……
「いや、妙だね」
「どうした? 京助」
俺の呟きに冬子が反応する。違和感の確認をとるために魔法を発動させるけど……やっぱり、魔物の気配が無い。
「魔物がいないの? この辺り」
「魔物がいない……? そんなことあるのか?」
「現に今、どこにも魔物の気配が無い。動物の気配はするんだけどね」
木々の中から魔力を感じられない。俺たちがそんな話をしていると、ギルマスが「お前らは相変わらず非常識やな」と呆れを滲ませた声をかけてきた。
「この山はメイオール山っちゅうんやけどな。未だに原因は不明やが、魔物がおらんねん」
「へぇ……」
魔物がいない山、か。なるほど、事前情報としてAGがいないことは聞いていたけど……魔物がいないならAGも必要無いだろう。内部の治安は領主の私兵辺りが守っているのかもしれない。
そんなことを考えていると……ガサガサと木々が揺れた。
「マスター、何らかの巨大生物です。警戒を」
「え? 魔物はいないんじゃ――」
そう俺が言おうとした瞬間、現れたのはクマ。ただし、体長は十メートルくらいありそうだ。
俺は地面から水の縄を生やし、それらでそのクマを拘束する。しかし俺が魔力をイマイチ込めていないこともあって、拘束を破られてしまった。
「ありゃ」
舐めプをしたつもりはない、普通の動物なら今ので十分抑えられたはずだ。
……同じ大きさの魔物並みの膂力があるぞ、このクマ。
「ありゃじゃないぞ京助。油断しすぎだ!」
「ガァァァア!」
構える冬子、マリルを守るように前に出るリャン。シュリーとキアラは馬車やティアール、オルランドたちを守るように陣形を整える。
……まあ、魔物だと思ってしまえば意外でも何でもない。今度こそしっかりと魔力を込めて拘束結界を発動、クマの動きを完全に封じ込める。
「ガァッ、ガガァッ!」
身動きを封じられたクマが暴れるが……強さ的にCランク魔物くらいだろう。ちゃんと張った結界を破れるわけもない。
「動物だから……と思って殺さなかったけど、冷静に考えたら害獣だよね。人間に躊躇なく襲い掛かってきたし」
そう言って槍を構え、脳天を突こうとしたところでギルマスに止められた。
「いや、キョースケ。お前の判断は正しいで、殺さん方がええ」
「そうなの?」
「ああ、この街はハンターっちゅう存在が守っとる。……勝手に猛獣を殺したら怒られるんや。たとえAGでもな」
……ふむ、他の街だとAG以外が魔物を殺しても怒られることは無い。危ないことをしてはいけないと注意はされるけどね。
何だか少し違和感を覚えつつも、俺は魔力を当ててそのクマを気絶させるだけにとどまる。
「中に入る手続きが完了しました……って、何をなさってるんです?」
オルランドの部下、ティルナが少し呆れた声を俺たちにかける。いきなりクマがぶっ倒れてればそういう反応にもなるか。
俺は「何でもないよ」と言って彼女に伴われて街の中に入る。
一日だけとはいえ、滞在する街だ。失礼のないようにしないとね。
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「じゃあ私たちはこの街の領主のところに行くわ。明日の朝、領主舘の前まで来てちょうだい」
「ん、了解」
街に入るや否や、オルランドとは別行動になった。まあ、貴族同士だから挨拶とかやらないといけないこともあるんだろう。
俺たちも行った方がいいのかと聞いたら「むしろそんな目立つことはしない方がいいわ。明日の朝、顔つなぎ程度に軽く挨拶するだけでいいわ」と言われてしまったのでやることも無い。
「ギルマスはどうするの?」
「ああ……知り合いがおるから、そっちに行くわ。ほな、また明日」
「ん、了解。じゃあまた明日」
ということでギルマスもふらふらと雑踏の中に消えていったので、俺たちのパーティーとティアールたちだけが残る。
「じゃあティアール……悪いんだけど、お願いしていい?」
「……仕方があるまい。キミは彼女を一人、厩舎に入れることはしたくないだろうしな」
そりゃそうだ、リャンをそんな目に合わせるわけにいかない。
ティアールはため息をつくと、取り合えず俺たちにどこか店に入るように言う。
「私が口利き出来るホテルが一つある、今夜そこの部屋を貸してやるが……バレないようにチェックインして貰わんと困るからな。それに、話をつけたり諸々あるから少し待っていろ」
「了解、じゃあ先に晩御飯すませちゃおうか」
俺がそう言うと、ティアールは「そうそう」と何かを思い出したように俺たちを呼び止める。
「武装はしまっておけ。出来ることなら服装も変えた方がいい。さっきも言われただろうが、AGはあまりいい顔をされんからな」
……それは馬車の中で言って欲しかったかな。いやでもあの時は外だから武装解除したらまずいか。
「あと、ハダルでは山菜料理が有名だ。もしも食事するならそういう店を探すといい」
「ありがと。じゃあ山菜料理でも食べに行きますか」
今度こそティアールたちとも別れて俺たちだけになる。
「マスター、ご迷惑をおかけして申し訳ありません」
「大丈夫だよ。むしろこういう時にコネなんて使わないと」
申し訳なさそうに頭を下げるリャンの耳をモフる。触り心地が……凄く、いいんだよね。
「で、店にってことだがどうする?」
「ヨホホ……正直、アンタレスと違って普通のご飯を食べるのも一苦労な気はしますデス」
王都の時は案外すんなり入れたけど、さてこのハダルではどうか。
「取り合えず着替えようか。チェンジ!」
俺はそう言って自らの体に暴風を纏い、視界を遮断してから素早く着替える。まあ武装をアイテムボックスにしまって服を着るだけだからものの数秒ですむ。
「おお! 何か変身っぽくてカッコいいぞ京助!」
「でも掛け声は何のためだったんです? マスター」
「ノリと勢い」
流石に彼女たちにこの早着替えをやらせるわけにもいかないので、どうしたものかと思案していたら「上空まで飛んで結界を張ればよい」というキアラの提案に乗っかる形で着替えてもらった。
「京助……今度から筋斗雲に暖房をつけないか……?」
「……炎の結界で出来ないことはないかもだけど、なんで?」
「マスター……上空は寒いです」
ああ、なるほど……。
ちょっと二人には申し訳ない気持ちになりながらも、さてとお店探しに戻る。
腹が減っては戦は出来ぬ、というか……せっかくだし山菜料理も食べたいし。
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翌朝、目覚めると天井がいつもと違っていた。そして俺の腕にズッシリと重みが。二つともモフモフな耳がついている。
「なんで二人が俺のベッドに……って、今日はハダルにいるんだったか」
シュリーとリャンを起こさないようにそっと布団から抜けると、隣のベッドではキアラが寝ていた。マリルと冬子の姿は無い、もう起きてるのか。
「あー……そういえば、リャンとシュリーがじゃんけんで勝って俺の隣で寝たんだっけ。何で俺の隣で寝たがるのか……襲われるとか思わないのかな? ……思わないんだろうなー、舐められてるんだろうか、男として」
ちなみに昨夜は、ティアールが一部屋しか用意してくれなかったので全員同じ部屋で寝た。ベッドは二つあったがかなり狭かったのでぎゅうぎゅうになって寝るしかなかった。
一部屋しか……とは言ったけど、逆に獣人も泊まれるように一部屋しっかり融通してくれたと言うべきか。とにかく、彼には大分迷惑をかけてしまった。
(……皆が寝てる隙に着替えるか)
昨夜は何と俺だけ結界を張って着替えたので、今朝はそれをやらなくてすむかと思うと少し楽だ。
俺はいつも通り上に着ている服に手をかけ――
「いや……やっぱり結界張るか」
「ちっ」
「リャン、舌打ちは聞こえないようにやろうねー。チェンジ!」
俺が結界の中で早着替えをしていつもの服になると、冬子が洗面スペースから出てきた。
「おはよう、冬子」
「ああ、おはよう京助。珍しいな、ピアより早く起きるなんて」
「どうも起きてるみたいだよ、彼女」
「……何?」
冬子がズカズカとリャンの方へ歩き布団を剥がす。剥がされたリャンは不服そうな顔で冬子を睨みつけた。
「起きたなら準備を手伝ってください。マリルさんが朝ご飯を買いに行ってくれてますから、その間に武器の点検とかすませますよ」
「……はい。リューさん、貴方も一緒にですよ」
「ヨホホ……バレてましたデスか」
マリルは朝ご飯を買いに行ってるのか。俺は鎧の点検を彼女らに任せ、マリルを手伝いに行くことにする。
窓から朝靄のかかる街に降り立ち、マリルのケータイを鳴らした。
『あ、キョウ君。駄目ですよー、アンタレス以外でこんな目立つものを使っちゃ』
「大丈夫でしょ。どこにいるの? 一人だと危ないよ」
『ご飯の買い出しに出てるだけですよー。流石に皆さん朝早いですね、もうお店が出てますよー』
俺はマリルの居場所を尋ね、彼女に追いつく。
「他の皆はどうしたんですー?」
「キアラは熟睡、他の皆は武器とかの点検。……やや喧嘩しつつだけど」
苦笑いしながら言うと、マリルはコロコロと愉快そうに笑う。
「そうですかー。昨日の夜は山菜の天ぷらでしたし、軽いものでも買って帰りましょうか」
「そうだね。何がいいかな」
二人で歩いていると、ちょんちょんと手の甲をツツかれた。
何だろうと思って手を見ると、マリルの手の甲がツンツンと当たっていた。
当たっちゃったのかな、と思いながら俺が活力煙を咥える。しかしマリルがヒョイと取り上げてしまった。
「女の子と二人なのに、歩きタバコは無粋ですよー、キョウ君」
「……なんで?」
「片手は女の子の荷物を持つために開けるんですよー」
……まあ確かにご飯を買ったら俺が持つつもりだったけど。
「じゃあもう片方は?」
「そんなの当然、女の子を守るためにこうするんですよー」
きゅっ、と。俺の左手に右手をかぶせるマリル。いわゆる恋人つなぎで、手のひらに彼女の体温が伝わってくる。山の中の早朝、肌寒いはずなのに彼女と触れあっている部分だけえらく熱い。
「……えっと、その」
「あー、暖かいですねー。キョウ君、あのお店に行ってみましょうか」
何でもないことのように――いや実際なんでもないことなんだろう――平然と歩き出すマリルに面食らう。
……これが大人の距離感って奴なんだろうか。
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悪い大人に騙されて彼女の分だけちょっと豪勢になった朝ご飯を終え(なお冬子とリャンから睨まれた)、さてと領主の館の前までやってくる。
「アンタレスの領館は大概悪趣味だけど……こちらはまた、なんとも質素な」
貴族の館なのだから当然普通の家に比べれば十分大きいし、我が家と比べてもまだ大きい。でも、オルランドの館に比べれば大分小さく感じる。
「ハダルの領主は私服を肥やす方ではないからな。趣味は農業と言っていたかな」
そういう人もいるのか。
顔つなぎ程度、とは言われていたけど少し興味が沸いたね。
「なぁ京助、明日は野営なんだよな? ……貴族に野営させてもいいものなのか?」
「……さぁ。でもオルランドの提案だしね」
「多少遠回りになっても途中の村などで一拍するのが基本だが」
そりゃまあ当然か。今度から気をつけよう。
「やはり強くとも経験が浅いのだな」
「まあね」
微笑ましいものを見るようなティアールの表情にややイラッとくるものの、事実が故に言い返せない。
「ところで気になるのだが……キミはいままでどれくらいのクエストを解決した?」
「……どれくらいって、まあ木っ端なのも含めたら結構だよ」
俺は派手なクエストばかりするので(自分で言ってれば世話無いが)、たまにちゃんと仕事をしてるのかと仲間のAGから言われたりする。
しかし、こちとら養う人が五人もいるので(しかも一人は大酒のみで働きもしない)悠々自適とはいかない。多少蓄えはあれど、仕事はしている。
「ハーレムを抱えていると大変だな」
「だからハーレムじゃない」
「そうですっ、私とマスター二人の蜜月です」
「リャン、話がややこしくなるからちょっとそっちでお座りしてようねー」
「そういうプレイがお好きなので?」
「なっ、は、破廉恥だぞ京助!」
「ヨホホ……ペットプレイを獣人族にさせるとは……業の深い……」
「キョウ君、まだ朝も早いんですから駄目ですよー。ちゃんと夜私がしてあげますからー」
「ほっほっほ、相変わらずお主らは面白いのぅ」
「話がややこしくなるから黙ってて!?」
一瞬で騒がしくなった女性陣を一旦ちょっと黙らせて、ため息をつく。
「……とまぁ、見ての通りハーレムじゃないよ」
「客観視出来ないというのはツラいものだな。刺されたら香典くらいは出してやる」
「刺されることを前提にして話すのやめない?」
活力煙を咥えて火をつける。煙を吸うと同時に火が朱く光った。
灰を落とし、空を仰ぐ。
「ティアールは、そっちの方どうなの? もう再婚とか考えてないの?」
「ああ、私の愛は妻にのみ捧げると決めている。仕事もあるし、危なっかしい若造の面倒も見ねばならんからな。暇もない」
へぇ、危なっかしい若造って誰だろう。俺以外にも何か親交のあるAGでもいるのかな。
なんて俺たちが雑談していると、館の門が開いて中からオルランドとその付き人達、そして恐らくハダルの領主であろう人物が出てきた。
「ではオルランド伯爵、私はここで」
「ええ、また帰りに寄るわ。その時はもう少ししっかり彼らのことを紹介するわね。キョースケ、いらっしゃい」
オルランドに呼ばれ、ハダル領主の前まで行く。
「今度Sランカーになるキョースケ・キヨタよ。キョースケ、こちらがハダル領主のチラス・ノベーグよ」
チラスは柔和な笑みを浮かべて頭を下げる。どうもオルランドの方が家の格みたいなのは上に見えるね。
俺も軽く会釈して、微笑みと同時に名乗る。
「俺はキョースケ・キヨタ。『魔石狩り』なんて呼ばれることもある。よろしくね」
「よろしくお願いします。私はチラス・ノベーグ。ハダルの街はどうです?」
「……山菜料理はとても美味しかったよ。是非とも次に来る時はもう少し回りたいかな」
「そうですか、それは良かった。お帰りの際はお立ちよりください、ご案内させていただきます」
えらく低姿勢な人だ。領主というくらいだから位も上の方だと思うんだけど。何となく、田舎のおばあちゃんちに行った時のような雰囲気を感じる。
「じゃ、今日はもう時間が無いから行きましょう」
「ええ、ではお気をつけて」
領主二人の挨拶が終わり、チラスがこちらにも一つ礼をするので俺も軽く頭を下げる。やはり腰の低い人だ。
「ところでオルランド、今日は馬車に乗らないんだよね」
「ええ、山越えをするからね。……言っておくけど、これ私だから成り立つルートだからね? 普通の貴族がいる時はやっちゃダメよ」
「商会の長もいるんだけど」
「彼はタフだから大丈夫よ」
ティアール、南無。まあ文句を言ってるわけじゃないので、平気なのだろう。年齢は俺達の中で一番上だけど、衰えは感じられないし。
「というわけで、ハンターの集会所に行くわよ。既にクエストは出してあるから、合流するだけね」
「ん、了解」
そういうわけで俺達はハンターの四人と合流し、入ってきた時とは逆方向の門の方へ行く。
四人のハンターの人たちは……やはりAGとは少し違う。何せ全員が剣を持ち、その上で各々の武器を持っている。槍、盾と片手剣が二人、弓矢か。
その中でもナマズひげの男がリーダー格のようで、咳払いをしてから説明を始めた。
「あー、オレがナマドだ。まずこの山では絶対服従してもらおう、仮に貴族であろうが商会の長であろうが――AGだろうがな」
ギロリと睨まれる。何かAGに恨みでもあるんだろうかってくらいの眼光だ。
「武器も使うな、魔法も使うな。メイオール山での戦闘はすべてオレたちが行う。いいな?」
俺達が持っている武器を見てしまうように言うナマド。他のハンターも同意なようで、一緒にこちらをにらんでくる。
「Sランクだろうが何だろうが、山の中でオレたちより動けるはずもねえんだ。いいから従ってもらう」
リャンがピクリと指を動かす。冬子もややムッとした顔になり、俺とて少し思うところが無いではない。
「キョースケ、いったん従っておきなさい。この山を私たちだけで超えるっていうのは不可能なんだから」
確かに知らない土地、しかも山の中をガイド無しでってのは無理か。
俺はため息をついて武器を仕舞い、他の皆もそれに従う。
満足したか、ナマドは一つ頷いてクルリと門の方へ向かった。
「それでは出発だ。遅れないようについてこい」
なんとも傲慢な雰囲気のガイドに連れられ、俺達はハダルの街を後にした。
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