異世界なう―No freedom,not a human―
番外編 マルキム、毛生え薬を手に入れる。他2編
マルキム、毛生え薬を手に入れる
マルキムは目の前の物体の処理に非常に困っていた。
事の起こりは一時間前のこと。いつも通り仕事を終えたマルキムがギルドに顔を出すと、キョースケたちと鉢合わせたのだ。
互いの近況を伝えあいさて帰るか……というところで、リューから福引券をもらったのだ。……魔法師ギルドで行われる福引の。
魔法師ギルドの福引は、福引という名前に喧嘩を売ってるんじゃないかというくらいとにかく禍々しいものが景品となる。その実態は消費期限が切れそうになった魔法薬を消費するために開催されるのだが……その中に割といい薬も混ざっているため、参加したがる人間は魔法師、AG、はては一般人でもいることにはいる。
だからリューは善意でくれたのだろうし、勿論マルキムもありがたくいただいた。
しかしその賞品が問題だったのだ。
「…………はぁ」
くじを引いたらなんと三等。
喜んだのもつかの間、渡されたのは何と毛生え薬だったのだ。
ラベルに『超速攻! どんな長さにでも自由自在!』と眼にチカチカする色で書かれているそれは、異様な存在感を放ちながら机の上に鎮座していた。
「どうしろと」
その時の福引会場の空気に関しては割愛するが、ともかくそれを貰って帰ったマルキムの心境は複雑だった。
何せ毛生え薬だ。自分にはまるきり不要なものなのだ。
「そう……お、オレのこれは自分で剃ってるわけだしな!」
嘘ではない。
最初……『金色』の名を棄てたばかりの頃は、自分の二つ名の由来となったこの髪の毛を二度と人前に晒さないと誓っていた。
戦場を駆け抜けた友や鎬を削り合っていた強敵、一夜限りとはいえ体を重ね合わせた女からも、誰からも褒められた鮮やかな金髪。マルキムの過去の象徴の一つであるこれを棄てることがマルキムにとって何より大切だと思っていた。
そのために必ず剃っていた、毎朝起きたら剃るのが日課とし、気づけば徐々に剃る箇所が減っていった。
「だから今更毛生え薬なんて貰ってもな……」
そう、決してマルキムはハゲではない。薄毛なだけだ。そしてハゲではないから毛生え薬は必要ない。
しかし……しかし、だ。せっかくリューからもらった福引券で手に入れた毛生え薬を使わないというのは何だか違う気がする。
そう、せっかく関係が修復されたというのにこれを使わないのは彼女に対して失礼なんではないだろうか。
「そう……だから、これを使っても問題ない、よな……?」
先ほどから何度呟いたか分からない台詞を再び口に出す。
「だ、第一別に誰かに見せるわけじゃねえ……わけじゃねえから問題ないだろ」
アンタレスにいる人間で、マルキムの髪の毛が金髪だったことを知っているのはアルリーフとシュンリンくらいのものだ。そのアルリーフはキョースケについてシリウスに行ってしまい、シュンリンもキョースケが帰ってくるまではアンタレスにいない。
……誰もいない。
誰もいないなら……少しくらい使ってもいいだろうか。
「…………」
ゴクリ、と唾を飲み込む。
ほんの少し、そう自分に言い聞かせながらそっと瓶の蓋を開ける。白くドロッとした液体が中には入っていた。まるでワックスだ。
ワックスなんてもう何年使ってないだろうか、なんて心の中で少し泣きながら指ですくいあげ、頭頂部に塗ってみる。
ヒンヤリとした感覚が頭に沁みる。そしてゆっくりと塗りこむと、まるで乾いた土にジョウロで水をかけたがごとく頭皮に染み込んでいく気がする。
ラベルを眺める。『超速攻!』と眼に痛い色で書かれたそれは、その存在感とは裏腹に一向に効く様子は無かった。
「……ま、別に期待なんざしちゃいなかったが」
ニヒルに微笑む。念のためもう二、三度塗りこんでみるがやはり効果は現れない。ちらっと鏡を見てみるが、何かが生えてきた様子は無い。
落胆とも安堵ともつかない何とも言えない感情を得ながら、マルキムは毛生え薬の蓋を締めようと蓋を取る。
……と、そこで蓋の裏側に文字が書かれていることに気づいた。何だろうかと読んでみると、この毛生え薬の効果を発揮するための魔法の呪文だった。
「あー……魔法薬だから、そりゃそうか」
となると、いよいよ諦めねばならない。
いや別に毛が生えて欲しいとか微塵も思ってたわけじゃないがちょっとした実験のためというか使ったという事実がある方が福引券をくれたリューに失礼じゃないかもとか思っただけだが!
……ともかく、マルキムは魔法を使えない。人族にしては珍しく一切の魔力が無いからだ。これでも最初の『職』――『剣士』だった頃はまだ少しあったのだが。
その他にも説明文が瓶の裏に書いてあることも見つけた。どうやら、呪文を唱えながら毛を生やしたいところに塗り込むことで効果を発揮するらしい。
「なんだ、最初っからダメじゃねえか」
笑って蓋を絞める。いい笑い話が出来たと思うべきだろうな。
キョースケたちが帰ってきたら一つ聞かせてやるとするか。
何て少しだけ口角をあげながらマルキムは棚に毛生え薬を大切に仕舞った。
……ちなみに、リューに頼んで塗ってもらえば生えてくるんじゃないだろうかという考えに悩まされるのはその翌日になってからだった。
ティアール、拾い物をする
雨音とペンが走る音しか聞こえてこない部屋の中、ティアールは一人執務をしていた。
ティアールは商人として様々な街で主に富裕層向けのホテルを経営している。これでも不動産方面では一角の人物であり、知ってる人が聞けば普通に目を回すほどの大商人なのだが……如何せん、キョースケたちと関わっていると我ながらそれを忘れてしまう。
「さて……今日はこの辺にするか」
ペンを置き、一つ伸びをする。キョースケたちと知り合ってから実は事業を伸ばしており、その中の一つであるAG向けの温浴施設についての書類をまとめていた。
(キョースケの発案だが、需要はあっても果たして採算がとれるかどうか……)
とはいえ、この件にはオルランドまで賛成してくれた。場合によっては出資してもいいとのことだ。
ホテルだけでなく温浴施設も一手に引き受けられるようになれば更に商会は大きくなるだろう。
「ひとまず、休み明けだな後は。レールはいないか?」
呼びかけると、メイド兼秘書のレールが扉を開けた。お盆の上にはお茶が乗っている。気を利かせて淹れてきてくれたらしい。
「お疲れ様です、旦那様」
相変わらずニコリともしないが、出来る人間という雰囲気が出ており、それがかえってティアールには心地良かった。
「ああ、ありがとう。明日、明後日は休みにして墓参りに行く。護衛は……そうだな、あの若造に頼んでくれ。都合がつかないようなら黒服でいい」
「かしこまりました。ただ、只今の期間はキョースケAランクAGはクエスト制限がかかっていたはずです」
まだ十代前半とは思えないほどしっかりした子で、スケジュールなどは任せきりになってしまっている。
「そういえばそうだったな。……ま、訊くだけ訊いてみてくれるか」
「かしこまりました。ではそのように」
「ああ」
お茶を受け取り、一息つく。このお茶も彼女を雇った一因だが、それ以外の理由ももう一つある。
一礼し、部屋から出ていく彼女――の腰辺りからしゅるりと伸びる尻尾。
猫のような耳もぴょこぴょこと動いており、鉄面皮の彼女が唯一感情を伝えてくれる二つのもふもふはティアールでなくとも目がいってしまうだろう。
ティアールは立ち上がり、雨の降る窓の向こうをぼんやりと眺める。
「私が亜人……いや、獣人奴隷を雇うとはな。ヤキでも回ったか」
自嘲が浮かぶ。確かに有能ではあるが、獣人を入れないということを掲げたホテルをいくつも経営している自分が獣人奴隷を雇うなど、信用問題に関わる。
実際のところ、富裕層はよく獣人奴隷を――無論、いかがわしい用途でだが――買っており珍しいことではない。
「なんのつもりなのだろうな、私も」
一人、呟く。
その日もこんな雨の日だった、普段ならそんな日に外出などしないがどうしても翌日の会談のためにその日のうちに自宅へ一時帰らなければならなかった。
たまたまキョースケと連絡が付き、彼と一緒でなければ帰ることなどほぼ不可能だっただろう。
そんな時、だ。震える少女が倒れていたのは。恐らく奴隷商人から逃げてきたのであろうことは一目瞭然だった。
「我ながら無様なものだ」
……娘が生きていたら同い年くらいだろうな。
そう思ったら助けないという選択肢が無かった。キョースケたちがいたからレールはすぐに助かったが、そこでティアールは家に置くという選択肢をとったのだ。
「失礼しますじゃ、旦那様」
老婆の声、もっとも古株メイドのバラードだ。ティアールが何も言わないうちから部屋の中へ入って来たかと思うと、手にお香を持っていた。
「この香りはリラックス出来ますじゃ」
もう腰も曲がった老婆だが、ティアールは彼女には頭が上がらなかった。父の代から勤めてくれている彼女は、もはや二人目の母のようだった。
「……助かる。それにしてもバラード」
「はいはい、なんでしょうか」
「彼女は……レールは良くやっているか?」
「ええ、ええ。リーンはようやってくれてますよ」
レール、本名レレルリーンはティアール以外からはリーンと呼ばれている。
「そうか……。上手くやっているか?」
「ええ、ええ坊ちゃん。そんなに心配なさらずともよろしいですじゃ」
「……ばあや、坊ちゃんはやめてくれ。私ももう一角の人間なのだから」
「ばあやからすれば坊ちゃんは昔から変わっておりませんよ。素直じゃないけど、優しい子ですじゃ」
ニコニコと笑うバラードに、ティアールは恥ずかしくなり視線をそらす。しかしその逸らした視線の先に、妻と娘の写真があった。
「……奥様のことは残念でしたなぁ」
「ああ……そう、だな」
バラードは写真を持ち、目を細める。
「せっかく素直じゃない坊ちゃんを素直にしてくれたんじゃがねぇ」
「ふん、あれがどうしてもというから結婚しただけで、私はまだ独り身でいるつもりだったんだ」
そう言って、バラードの手から写真を取り返す。
「坊ちゃん、もう再婚はなさらないので?」
「何度も言っているだろう、ばあや。私の妻は一人だけだ」
「商会はどうされますのじゃ」
「後継者育成に励んでいる。事業が増えたら各事業をバラケさせて承継してもいいかもしれん」
フッと片頬をあげる。
バラードは少しだけ寂しそうな顔をした後、頷いた。
「……旦那様がそう仰いますなら」
「すまないな、バラード」
相変わらずこの老婆に心配をかけてしまう自身にふがいなさを感じながらも、笑顔を見せる。
「いえいえ」
「それに……な」
実力はあるが危なっかしい若造と、有能だがやはり情緒面にやや問題がある小娘の顔を思い浮かべる。
「愛する妻は一人だけだが……育てる人間は娘だけじゃない」
バラードは少しだけ驚いた顔をした後、くしゃっと笑顔を作った。
「ええ、ええ。良いことじゃと思いますよ、坊ちゃん」
「そうと決まれば今日は寝よう。明日も早い」
お香の香りに癒されながら、執務室を後にする。
確か明日は晴れのはずだ。
白鷺と加藤、名前で呼び合う
「んで、ツネキ。何してるんだい」
とある宿屋で休息をとっていると、何やらこそこそしていた白鷺にゴリガルが声をかけた。
椅子に座っていた白鷺はギョッとしたように背筋を伸ばし、曖昧な表情を浮かべる。
「ああ、ゴリガルさん。いやぁ、ちょっと……」
慌てて椅子から立ち上がると、さっと何かを隠す白鷺。加藤はどうせくだらないことだろうと思いながらも、一応白鷺の後ろに回り込み隠した物を奪う。
「あっ、か、加藤! 返せ!」
「何これ。……魔導書? 魔法を覚えるつもりだったの?」
「ツネキ、魔法ってのはあたしらみたいな脳筋が使うもんじゃないよ?」
「お、俺は脳筋じゃねえ! ……じゃなくて、いやマジで違うんだよ」
白鷺は観念したとでも言いたげな表情になると、とあるページをめくって見せてきた。
「んー……花、を元気にする魔法?」
「おう。いや近所のチビ達が花壇の花に元気が無いとか言いだしてよ……。水やりとか肥料とか、なけなしの知識を披露したはいいんだけどどうしようもなくてな」
「それで魔法に手を出した、と」
加藤はその魔導書の文字を追う。初歩的な魔法……かと思いきや、割と複雑な魔法だった。加藤でも呪文を唱えるだけではどうしようもないだろう。
イメージを固め、脳内でシミュレートしてみる。……出来るだろうが、白鷺にコレは酷だろうというレベルだ。
「俺だってまあ……生活魔法くらいは使えるからよ。異世界人だから魔力もあるし、じゃあいっちょやってみるか! っつって……」
「安請け合い……はぁ、だからバカって嫌だよ」
「だ、誰がバカだ!」
言い返す白鷺の声に元気が無い。
ゴリガルは少し悩んだ表情になると、眉にしわを寄せて白鷺に尋ねた。
「それなら何でサトシに頼まなかったんだい。一発だろう」
「そうだね、ぼくならまあ……五分もあれば使えるよ。何で言わなかったの?」
二人に尋ねられ、少しだけばつが悪そうな顔になる白鷺。しかしジッと見つめられては観念したのか、ため息をついて椅子に勢いよく座った。
「お前に頼むのが気が引けたってわけでも、カッコつけたかったわけでもねえ。コレは分かるな?」
「まあ、キミのことだから何となく察したよ。大方AGとして仕事を受けたんでしょ?」
図星か、白鷺の顔がさらに苦虫を噛み潰したような顔になる。
白鷺は近所のチビ――最近彼が仲良くしているガキ大将連中だろう――達によく自らがAGであることを言っていた。ランク上げに微塵も興味が無く、しかも神器を手に入れてからは余計に目立たないようにしているためDランクのままだが。
どうせお小遣いをチビ達がかき集めてきたから……とでも言うのだろう。
そこまで察した加藤は、ため息をついてから立ち上がる。
「ち、チビ達が小遣いかき集めて俺のところに来てよ……って、おいどこ行くんだ加藤」
「別に? ……何かチームメイトが勝手にクエスト受けちゃったみたいだから依頼人に確認しに行くだけ」
「お、おいコレは俺が勝手に受けたんだから――」
そこまで言いかけた白鷺に向かってその辺にあったクッションを投げつけると、加藤はさっさと部屋を出てしまう。
バカの後始末も大変だ、なんて思いながら加藤は町に歩を進めた。
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「ふーん、なるほど。大体わかったけど……結構な量があるね」
結局ついてきた白鷺と一緒に依頼人のところに向かうと、近所にある公園の花壇の話であったことが分かった。
ここは地域の人間が持ち回りでお世話をしているのだが、ここ最近は子供たちが勉強の一環として世話を任されていたらしい。
しかし大人たちに言われた通りに水をやったりしていたのに元気がなくなる一方で、途方に暮れていたとのことだ。
「白鷺、コレたぶん魔法使ってもその場しのぎにしかならないんじゃない?」
「……俺も思ってるんだよそれは。でもその場でもしのがねえとヤバそうな花もいくつかあってよ」
確かに、もう既にいくつかは枯れそうだ。
加藤はふむと顎に手を当てて考えると……取り合えず『その場しのぎ』を行った。
花壇が淡く茶色に光り、土魔法の系列にある活性化魔法を発動させる。その魔法は瞬く間に広がり、花壇の花全てを元気づけた。
「わぁっ……お、お兄ちゃん凄いね!」
「バカなツネキ兄ちゃんと違って、ホントに魔法使いなんだ!」
「バカ兄ちゃんがどれだけ頑張っても出来なかったのに!」
「サトシ兄ちゃんすげぇ!」
子供たちが口々に絶賛する。……どうでもいいが、白鷺は子供からもバカ呼ばわりされているらしい。
「ねぇ、白鷺」
「……何も言うんじゃねえ……」
明らかに凹んだ様子の白鷺だが、今は煽りたいわけじゃない。
加藤は白鷺の脛を蹴ると、杖で花壇を指さした。
「いてっ、な、何すんだよ」
「うるさい童貞。……そうじゃなくて、魔力の流れ見えない?」
加藤が促すと、白鷺は少しだけジッと見るが……肩をすくめて首を振った。
「さっぱり」
「このバカ。異様に魔力量が低いんだよ、この花壇。これじゃどんな花も育たない」
「……誰かが意図的に?」
「犯人捜しよりも先に対処かな」
白鷺に加藤が目をやると、彼も心得たとばかりに子供たちの前に立つ。一瞬で雰囲気を一変させた二人に子供たちは戸惑うが、加藤は何も気にせず杖を構える。
「……『大賢者の聡が命令する……』」
「えっ、ば、バカ兄ちゃん。どうしたの?」
「ん? あー、心配しなくていいぜ。それに俺はバカ兄ちゃんじゃなくてツネキ兄ちゃんな」
……白鷺は安心させるようににこやかな笑顔で子どもたちに接する。そういう部分は素直に尊敬できるところだ。
加藤が呪文を完成させ、発動すると……ドブッ! とスライムのような魔物が花壇から現れた。
「「「「わあああああ!?!?!」」」」
子供たちの悲鳴が辺りに響く。しかし白鷺と加藤は一切慌てず、そのスライムのような化け物に相対する。
「……Cランクってところか。雑魚だな」
大きさも大したことが無い。せいぜい牛くらいの大きさで、動きもそう素早くなさそうだ。
「街中で強敵とやりあうわけにいかないでしょ。というわけでお願い」
「こういう系統はお前の役目じゃねえの?」
白鷺がそう言うので、チラッと子供たちの方の様子を伺う。
そしてもう一度白鷺を見ると、はぁとため息をついて顎をしゃくった。
「今日はもう面倒なんだよ。さ、行って」
「……分かったよ」
やや腑に落ちない顔になりながらも、白鷺はスライムに向かって一瞬で間を詰める。そしてその拳に加藤が炎を付与してやると、白鷺は獰猛な笑みを浮かべて殴りかかっていった。
スライムが何かしようと動くと、それを敏感に察知して何かする前に動きを封じる白鷺。そして二発、三発と拳を叩き込む。
「うし……とどめ!」
最後にひときわ力強く打ち込まれた右ストレートで、スライムが爆散する。危なげない白鷺の勝利だ。
「「「「うおおおおおおお!!! バカ兄ちゃんすげぇええええ!!!」」」」
「だから俺はツネキ兄ちゃんだ! そう呼べ、さんはい!」
「「「「ツネキ兄ちゃんすげぇええええ!!!」」」」
「うおし!」
子供たちの眼が一気に尊敬の色に染まる。呼び方もしっかり改まった。
それを見て少しだけ口の端を上げていると、一人の少女が加藤の足元へやってきた。
「ねぇ、サトシ兄ちゃん」
「どうしたの?」
「何でサトシ兄ちゃんとツネキ兄ちゃんは名前で呼び合ってないの?」
「え?」
「ああ、そういやそうだな」
特に理由は無かった。しいて言うなら呼び名を変える機会が無かったことか。
今更変えなくとも――と加藤が言おうとしたところで、ニッと太陽のように明るい笑顔を浮かべた白鷺が口を開いた。
「じゃあ今日から聡って呼ぶわ」
一瞬だけ呆ける。
しかしすぐに脳がその意味を理解し、そして遅れて笑いがこみあげてくる。
「……童貞のくせにぼくを名前呼び捨てとか生意気だと思わない?」
「はーっ!? どどどど童貞ちゃうわ! ってか、お前も童貞だろうが」
「も、って言ってる時点で語るに落ちてるよ。常気」
改めて口に出すのは気恥ずかしかったが、いつも通りの会話の流れならなんてことなかった。
白鷺も一瞬だけ呆けるが、すぐにその意味を理解して笑いだす。
「よーしじゃあ、チビども! ギルドまで俺と競走だ! ついてこい!」
「よっしゃ負けねえ!」
「待ってよー」
「ツネキ兄ちゃんー!」
「うおおお!」
盛り上がる子供たちと、ギルドまでダッシュする白鷺。その光景を後ろから眺めながら、加藤はポツリと呟く。
「常気は……ぼくがいなくてどうやって報告するつもりなのやら」
体力バカと違い、自分はのんびりと行こう。
そう思った加藤の足取りは、いつものそれよりいくらか軽やかだった。
マルキムは目の前の物体の処理に非常に困っていた。
事の起こりは一時間前のこと。いつも通り仕事を終えたマルキムがギルドに顔を出すと、キョースケたちと鉢合わせたのだ。
互いの近況を伝えあいさて帰るか……というところで、リューから福引券をもらったのだ。……魔法師ギルドで行われる福引の。
魔法師ギルドの福引は、福引という名前に喧嘩を売ってるんじゃないかというくらいとにかく禍々しいものが景品となる。その実態は消費期限が切れそうになった魔法薬を消費するために開催されるのだが……その中に割といい薬も混ざっているため、参加したがる人間は魔法師、AG、はては一般人でもいることにはいる。
だからリューは善意でくれたのだろうし、勿論マルキムもありがたくいただいた。
しかしその賞品が問題だったのだ。
「…………はぁ」
くじを引いたらなんと三等。
喜んだのもつかの間、渡されたのは何と毛生え薬だったのだ。
ラベルに『超速攻! どんな長さにでも自由自在!』と眼にチカチカする色で書かれているそれは、異様な存在感を放ちながら机の上に鎮座していた。
「どうしろと」
その時の福引会場の空気に関しては割愛するが、ともかくそれを貰って帰ったマルキムの心境は複雑だった。
何せ毛生え薬だ。自分にはまるきり不要なものなのだ。
「そう……お、オレのこれは自分で剃ってるわけだしな!」
嘘ではない。
最初……『金色』の名を棄てたばかりの頃は、自分の二つ名の由来となったこの髪の毛を二度と人前に晒さないと誓っていた。
戦場を駆け抜けた友や鎬を削り合っていた強敵、一夜限りとはいえ体を重ね合わせた女からも、誰からも褒められた鮮やかな金髪。マルキムの過去の象徴の一つであるこれを棄てることがマルキムにとって何より大切だと思っていた。
そのために必ず剃っていた、毎朝起きたら剃るのが日課とし、気づけば徐々に剃る箇所が減っていった。
「だから今更毛生え薬なんて貰ってもな……」
そう、決してマルキムはハゲではない。薄毛なだけだ。そしてハゲではないから毛生え薬は必要ない。
しかし……しかし、だ。せっかくリューからもらった福引券で手に入れた毛生え薬を使わないというのは何だか違う気がする。
そう、せっかく関係が修復されたというのにこれを使わないのは彼女に対して失礼なんではないだろうか。
「そう……だから、これを使っても問題ない、よな……?」
先ほどから何度呟いたか分からない台詞を再び口に出す。
「だ、第一別に誰かに見せるわけじゃねえ……わけじゃねえから問題ないだろ」
アンタレスにいる人間で、マルキムの髪の毛が金髪だったことを知っているのはアルリーフとシュンリンくらいのものだ。そのアルリーフはキョースケについてシリウスに行ってしまい、シュンリンもキョースケが帰ってくるまではアンタレスにいない。
……誰もいない。
誰もいないなら……少しくらい使ってもいいだろうか。
「…………」
ゴクリ、と唾を飲み込む。
ほんの少し、そう自分に言い聞かせながらそっと瓶の蓋を開ける。白くドロッとした液体が中には入っていた。まるでワックスだ。
ワックスなんてもう何年使ってないだろうか、なんて心の中で少し泣きながら指ですくいあげ、頭頂部に塗ってみる。
ヒンヤリとした感覚が頭に沁みる。そしてゆっくりと塗りこむと、まるで乾いた土にジョウロで水をかけたがごとく頭皮に染み込んでいく気がする。
ラベルを眺める。『超速攻!』と眼に痛い色で書かれたそれは、その存在感とは裏腹に一向に効く様子は無かった。
「……ま、別に期待なんざしちゃいなかったが」
ニヒルに微笑む。念のためもう二、三度塗りこんでみるがやはり効果は現れない。ちらっと鏡を見てみるが、何かが生えてきた様子は無い。
落胆とも安堵ともつかない何とも言えない感情を得ながら、マルキムは毛生え薬の蓋を締めようと蓋を取る。
……と、そこで蓋の裏側に文字が書かれていることに気づいた。何だろうかと読んでみると、この毛生え薬の効果を発揮するための魔法の呪文だった。
「あー……魔法薬だから、そりゃそうか」
となると、いよいよ諦めねばならない。
いや別に毛が生えて欲しいとか微塵も思ってたわけじゃないがちょっとした実験のためというか使ったという事実がある方が福引券をくれたリューに失礼じゃないかもとか思っただけだが!
……ともかく、マルキムは魔法を使えない。人族にしては珍しく一切の魔力が無いからだ。これでも最初の『職』――『剣士』だった頃はまだ少しあったのだが。
その他にも説明文が瓶の裏に書いてあることも見つけた。どうやら、呪文を唱えながら毛を生やしたいところに塗り込むことで効果を発揮するらしい。
「なんだ、最初っからダメじゃねえか」
笑って蓋を絞める。いい笑い話が出来たと思うべきだろうな。
キョースケたちが帰ってきたら一つ聞かせてやるとするか。
何て少しだけ口角をあげながらマルキムは棚に毛生え薬を大切に仕舞った。
……ちなみに、リューに頼んで塗ってもらえば生えてくるんじゃないだろうかという考えに悩まされるのはその翌日になってからだった。
ティアール、拾い物をする
雨音とペンが走る音しか聞こえてこない部屋の中、ティアールは一人執務をしていた。
ティアールは商人として様々な街で主に富裕層向けのホテルを経営している。これでも不動産方面では一角の人物であり、知ってる人が聞けば普通に目を回すほどの大商人なのだが……如何せん、キョースケたちと関わっていると我ながらそれを忘れてしまう。
「さて……今日はこの辺にするか」
ペンを置き、一つ伸びをする。キョースケたちと知り合ってから実は事業を伸ばしており、その中の一つであるAG向けの温浴施設についての書類をまとめていた。
(キョースケの発案だが、需要はあっても果たして採算がとれるかどうか……)
とはいえ、この件にはオルランドまで賛成してくれた。場合によっては出資してもいいとのことだ。
ホテルだけでなく温浴施設も一手に引き受けられるようになれば更に商会は大きくなるだろう。
「ひとまず、休み明けだな後は。レールはいないか?」
呼びかけると、メイド兼秘書のレールが扉を開けた。お盆の上にはお茶が乗っている。気を利かせて淹れてきてくれたらしい。
「お疲れ様です、旦那様」
相変わらずニコリともしないが、出来る人間という雰囲気が出ており、それがかえってティアールには心地良かった。
「ああ、ありがとう。明日、明後日は休みにして墓参りに行く。護衛は……そうだな、あの若造に頼んでくれ。都合がつかないようなら黒服でいい」
「かしこまりました。ただ、只今の期間はキョースケAランクAGはクエスト制限がかかっていたはずです」
まだ十代前半とは思えないほどしっかりした子で、スケジュールなどは任せきりになってしまっている。
「そういえばそうだったな。……ま、訊くだけ訊いてみてくれるか」
「かしこまりました。ではそのように」
「ああ」
お茶を受け取り、一息つく。このお茶も彼女を雇った一因だが、それ以外の理由ももう一つある。
一礼し、部屋から出ていく彼女――の腰辺りからしゅるりと伸びる尻尾。
猫のような耳もぴょこぴょこと動いており、鉄面皮の彼女が唯一感情を伝えてくれる二つのもふもふはティアールでなくとも目がいってしまうだろう。
ティアールは立ち上がり、雨の降る窓の向こうをぼんやりと眺める。
「私が亜人……いや、獣人奴隷を雇うとはな。ヤキでも回ったか」
自嘲が浮かぶ。確かに有能ではあるが、獣人を入れないということを掲げたホテルをいくつも経営している自分が獣人奴隷を雇うなど、信用問題に関わる。
実際のところ、富裕層はよく獣人奴隷を――無論、いかがわしい用途でだが――買っており珍しいことではない。
「なんのつもりなのだろうな、私も」
一人、呟く。
その日もこんな雨の日だった、普段ならそんな日に外出などしないがどうしても翌日の会談のためにその日のうちに自宅へ一時帰らなければならなかった。
たまたまキョースケと連絡が付き、彼と一緒でなければ帰ることなどほぼ不可能だっただろう。
そんな時、だ。震える少女が倒れていたのは。恐らく奴隷商人から逃げてきたのであろうことは一目瞭然だった。
「我ながら無様なものだ」
……娘が生きていたら同い年くらいだろうな。
そう思ったら助けないという選択肢が無かった。キョースケたちがいたからレールはすぐに助かったが、そこでティアールは家に置くという選択肢をとったのだ。
「失礼しますじゃ、旦那様」
老婆の声、もっとも古株メイドのバラードだ。ティアールが何も言わないうちから部屋の中へ入って来たかと思うと、手にお香を持っていた。
「この香りはリラックス出来ますじゃ」
もう腰も曲がった老婆だが、ティアールは彼女には頭が上がらなかった。父の代から勤めてくれている彼女は、もはや二人目の母のようだった。
「……助かる。それにしてもバラード」
「はいはい、なんでしょうか」
「彼女は……レールは良くやっているか?」
「ええ、ええ。リーンはようやってくれてますよ」
レール、本名レレルリーンはティアール以外からはリーンと呼ばれている。
「そうか……。上手くやっているか?」
「ええ、ええ坊ちゃん。そんなに心配なさらずともよろしいですじゃ」
「……ばあや、坊ちゃんはやめてくれ。私ももう一角の人間なのだから」
「ばあやからすれば坊ちゃんは昔から変わっておりませんよ。素直じゃないけど、優しい子ですじゃ」
ニコニコと笑うバラードに、ティアールは恥ずかしくなり視線をそらす。しかしその逸らした視線の先に、妻と娘の写真があった。
「……奥様のことは残念でしたなぁ」
「ああ……そう、だな」
バラードは写真を持ち、目を細める。
「せっかく素直じゃない坊ちゃんを素直にしてくれたんじゃがねぇ」
「ふん、あれがどうしてもというから結婚しただけで、私はまだ独り身でいるつもりだったんだ」
そう言って、バラードの手から写真を取り返す。
「坊ちゃん、もう再婚はなさらないので?」
「何度も言っているだろう、ばあや。私の妻は一人だけだ」
「商会はどうされますのじゃ」
「後継者育成に励んでいる。事業が増えたら各事業をバラケさせて承継してもいいかもしれん」
フッと片頬をあげる。
バラードは少しだけ寂しそうな顔をした後、頷いた。
「……旦那様がそう仰いますなら」
「すまないな、バラード」
相変わらずこの老婆に心配をかけてしまう自身にふがいなさを感じながらも、笑顔を見せる。
「いえいえ」
「それに……な」
実力はあるが危なっかしい若造と、有能だがやはり情緒面にやや問題がある小娘の顔を思い浮かべる。
「愛する妻は一人だけだが……育てる人間は娘だけじゃない」
バラードは少しだけ驚いた顔をした後、くしゃっと笑顔を作った。
「ええ、ええ。良いことじゃと思いますよ、坊ちゃん」
「そうと決まれば今日は寝よう。明日も早い」
お香の香りに癒されながら、執務室を後にする。
確か明日は晴れのはずだ。
白鷺と加藤、名前で呼び合う
「んで、ツネキ。何してるんだい」
とある宿屋で休息をとっていると、何やらこそこそしていた白鷺にゴリガルが声をかけた。
椅子に座っていた白鷺はギョッとしたように背筋を伸ばし、曖昧な表情を浮かべる。
「ああ、ゴリガルさん。いやぁ、ちょっと……」
慌てて椅子から立ち上がると、さっと何かを隠す白鷺。加藤はどうせくだらないことだろうと思いながらも、一応白鷺の後ろに回り込み隠した物を奪う。
「あっ、か、加藤! 返せ!」
「何これ。……魔導書? 魔法を覚えるつもりだったの?」
「ツネキ、魔法ってのはあたしらみたいな脳筋が使うもんじゃないよ?」
「お、俺は脳筋じゃねえ! ……じゃなくて、いやマジで違うんだよ」
白鷺は観念したとでも言いたげな表情になると、とあるページをめくって見せてきた。
「んー……花、を元気にする魔法?」
「おう。いや近所のチビ達が花壇の花に元気が無いとか言いだしてよ……。水やりとか肥料とか、なけなしの知識を披露したはいいんだけどどうしようもなくてな」
「それで魔法に手を出した、と」
加藤はその魔導書の文字を追う。初歩的な魔法……かと思いきや、割と複雑な魔法だった。加藤でも呪文を唱えるだけではどうしようもないだろう。
イメージを固め、脳内でシミュレートしてみる。……出来るだろうが、白鷺にコレは酷だろうというレベルだ。
「俺だってまあ……生活魔法くらいは使えるからよ。異世界人だから魔力もあるし、じゃあいっちょやってみるか! っつって……」
「安請け合い……はぁ、だからバカって嫌だよ」
「だ、誰がバカだ!」
言い返す白鷺の声に元気が無い。
ゴリガルは少し悩んだ表情になると、眉にしわを寄せて白鷺に尋ねた。
「それなら何でサトシに頼まなかったんだい。一発だろう」
「そうだね、ぼくならまあ……五分もあれば使えるよ。何で言わなかったの?」
二人に尋ねられ、少しだけばつが悪そうな顔になる白鷺。しかしジッと見つめられては観念したのか、ため息をついて椅子に勢いよく座った。
「お前に頼むのが気が引けたってわけでも、カッコつけたかったわけでもねえ。コレは分かるな?」
「まあ、キミのことだから何となく察したよ。大方AGとして仕事を受けたんでしょ?」
図星か、白鷺の顔がさらに苦虫を噛み潰したような顔になる。
白鷺は近所のチビ――最近彼が仲良くしているガキ大将連中だろう――達によく自らがAGであることを言っていた。ランク上げに微塵も興味が無く、しかも神器を手に入れてからは余計に目立たないようにしているためDランクのままだが。
どうせお小遣いをチビ達がかき集めてきたから……とでも言うのだろう。
そこまで察した加藤は、ため息をついてから立ち上がる。
「ち、チビ達が小遣いかき集めて俺のところに来てよ……って、おいどこ行くんだ加藤」
「別に? ……何かチームメイトが勝手にクエスト受けちゃったみたいだから依頼人に確認しに行くだけ」
「お、おいコレは俺が勝手に受けたんだから――」
そこまで言いかけた白鷺に向かってその辺にあったクッションを投げつけると、加藤はさっさと部屋を出てしまう。
バカの後始末も大変だ、なんて思いながら加藤は町に歩を進めた。
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「ふーん、なるほど。大体わかったけど……結構な量があるね」
結局ついてきた白鷺と一緒に依頼人のところに向かうと、近所にある公園の花壇の話であったことが分かった。
ここは地域の人間が持ち回りでお世話をしているのだが、ここ最近は子供たちが勉強の一環として世話を任されていたらしい。
しかし大人たちに言われた通りに水をやったりしていたのに元気がなくなる一方で、途方に暮れていたとのことだ。
「白鷺、コレたぶん魔法使ってもその場しのぎにしかならないんじゃない?」
「……俺も思ってるんだよそれは。でもその場でもしのがねえとヤバそうな花もいくつかあってよ」
確かに、もう既にいくつかは枯れそうだ。
加藤はふむと顎に手を当てて考えると……取り合えず『その場しのぎ』を行った。
花壇が淡く茶色に光り、土魔法の系列にある活性化魔法を発動させる。その魔法は瞬く間に広がり、花壇の花全てを元気づけた。
「わぁっ……お、お兄ちゃん凄いね!」
「バカなツネキ兄ちゃんと違って、ホントに魔法使いなんだ!」
「バカ兄ちゃんがどれだけ頑張っても出来なかったのに!」
「サトシ兄ちゃんすげぇ!」
子供たちが口々に絶賛する。……どうでもいいが、白鷺は子供からもバカ呼ばわりされているらしい。
「ねぇ、白鷺」
「……何も言うんじゃねえ……」
明らかに凹んだ様子の白鷺だが、今は煽りたいわけじゃない。
加藤は白鷺の脛を蹴ると、杖で花壇を指さした。
「いてっ、な、何すんだよ」
「うるさい童貞。……そうじゃなくて、魔力の流れ見えない?」
加藤が促すと、白鷺は少しだけジッと見るが……肩をすくめて首を振った。
「さっぱり」
「このバカ。異様に魔力量が低いんだよ、この花壇。これじゃどんな花も育たない」
「……誰かが意図的に?」
「犯人捜しよりも先に対処かな」
白鷺に加藤が目をやると、彼も心得たとばかりに子供たちの前に立つ。一瞬で雰囲気を一変させた二人に子供たちは戸惑うが、加藤は何も気にせず杖を構える。
「……『大賢者の聡が命令する……』」
「えっ、ば、バカ兄ちゃん。どうしたの?」
「ん? あー、心配しなくていいぜ。それに俺はバカ兄ちゃんじゃなくてツネキ兄ちゃんな」
……白鷺は安心させるようににこやかな笑顔で子どもたちに接する。そういう部分は素直に尊敬できるところだ。
加藤が呪文を完成させ、発動すると……ドブッ! とスライムのような魔物が花壇から現れた。
「「「「わあああああ!?!?!」」」」
子供たちの悲鳴が辺りに響く。しかし白鷺と加藤は一切慌てず、そのスライムのような化け物に相対する。
「……Cランクってところか。雑魚だな」
大きさも大したことが無い。せいぜい牛くらいの大きさで、動きもそう素早くなさそうだ。
「街中で強敵とやりあうわけにいかないでしょ。というわけでお願い」
「こういう系統はお前の役目じゃねえの?」
白鷺がそう言うので、チラッと子供たちの方の様子を伺う。
そしてもう一度白鷺を見ると、はぁとため息をついて顎をしゃくった。
「今日はもう面倒なんだよ。さ、行って」
「……分かったよ」
やや腑に落ちない顔になりながらも、白鷺はスライムに向かって一瞬で間を詰める。そしてその拳に加藤が炎を付与してやると、白鷺は獰猛な笑みを浮かべて殴りかかっていった。
スライムが何かしようと動くと、それを敏感に察知して何かする前に動きを封じる白鷺。そして二発、三発と拳を叩き込む。
「うし……とどめ!」
最後にひときわ力強く打ち込まれた右ストレートで、スライムが爆散する。危なげない白鷺の勝利だ。
「「「「うおおおおおおお!!! バカ兄ちゃんすげぇええええ!!!」」」」
「だから俺はツネキ兄ちゃんだ! そう呼べ、さんはい!」
「「「「ツネキ兄ちゃんすげぇええええ!!!」」」」
「うおし!」
子供たちの眼が一気に尊敬の色に染まる。呼び方もしっかり改まった。
それを見て少しだけ口の端を上げていると、一人の少女が加藤の足元へやってきた。
「ねぇ、サトシ兄ちゃん」
「どうしたの?」
「何でサトシ兄ちゃんとツネキ兄ちゃんは名前で呼び合ってないの?」
「え?」
「ああ、そういやそうだな」
特に理由は無かった。しいて言うなら呼び名を変える機会が無かったことか。
今更変えなくとも――と加藤が言おうとしたところで、ニッと太陽のように明るい笑顔を浮かべた白鷺が口を開いた。
「じゃあ今日から聡って呼ぶわ」
一瞬だけ呆ける。
しかしすぐに脳がその意味を理解し、そして遅れて笑いがこみあげてくる。
「……童貞のくせにぼくを名前呼び捨てとか生意気だと思わない?」
「はーっ!? どどどど童貞ちゃうわ! ってか、お前も童貞だろうが」
「も、って言ってる時点で語るに落ちてるよ。常気」
改めて口に出すのは気恥ずかしかったが、いつも通りの会話の流れならなんてことなかった。
白鷺も一瞬だけ呆けるが、すぐにその意味を理解して笑いだす。
「よーしじゃあ、チビども! ギルドまで俺と競走だ! ついてこい!」
「よっしゃ負けねえ!」
「待ってよー」
「ツネキ兄ちゃんー!」
「うおおお!」
盛り上がる子供たちと、ギルドまでダッシュする白鷺。その光景を後ろから眺めながら、加藤はポツリと呟く。
「常気は……ぼくがいなくてどうやって報告するつもりなのやら」
体力バカと違い、自分はのんびりと行こう。
そう思った加藤の足取りは、いつものそれよりいくらか軽やかだった。
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