異世界なう―No freedom,not a human―

逢神天景@小説家になろう

158話 報告なう

 目の前に立つオルランドが、俺たちに向かって一歩踏み出してくる。


「頂点超克のリベレイターズ。報告を」


 格好もいつものセンスがいいいのか悪いのか分からない成金ファッションじゃなく、とても綺麗なスーツ。やっぱり黙って立っているとイケメンだね、オルランドは。
 畏まった雰囲気なので……空気を読み、すっと頭を下げてから話し出す。


「……アンタレス付近に出現したSランク魔物、ソードスコルパイダーを討伐してきました」


 そう言って、俺は討伐部位をアイテムボックスから取り出した。
 量保存を無視して現れる巨大物質にどよめきが漏れる。剣と、巨大な尾。ギルドは広いとはいえ……この大きさだとギルドが埋まってしまうので、すぐに仕舞う。


「それが……討伐部位? 二つあるようだったけど」


 少し困惑した様子のオルランドにキアラが答える。


「新種だったようでのぅ。そもそも、お主等もソードスコルパイダーなどという名前を聞いたことはあるまい?」


 キアラの問いに、野次馬のように周囲に集まっていたAGたちが首を振る。そうか、ソードスコルパイダーって新種だったのか。ギギギ――否、ブリーダがそう呼んでいたからそういう魔物がいるものだとばかり。
 ただ、討伐部位が二つという点で疑念を持たれても仕方ない。証拠品としてもう一つのものを取り出す。


「これを見ていただければ分かるかと」


 そう言って見せるのは魔魂石。人の頭二つ分くらいの――尋常じゃない魔力のつまっているそれを。
 オルランドはそれをジッと見た後……後ろに立っていたギルドマスターに目線をやった。
 ギルマスは一つ頷くと、その傍らに控えていた小男に指示を出す。


「おい、鑑定班。はよ鑑定や」


 しかしその指示を出された小男は、フッと片頬をあげて微笑むと首を振った。


「お言葉ですが……ギルドマスター。鑑定するまでも無いかと」


「……せやな」


 その答えに呆れたような、感心したようなため息をついたギルドマスターは、オルランドに向かって堂々と宣言した。


「この魔魂石、並びに討伐部位がSランク魔物のものであることは間違い無いと思われます」


 オルランドも「分かってたけどね」とでも言いたげな顔で頷くと……最後の確認、とばかりに優しく微笑んだ。


「……それはつまり、アンタレスのギルドマスターとしてキョースケ・キヨタをSランクAGとして、そして頂点超克のリベレイターズをSランクチームとして認めるということね?」


「はい」


「……そう」


 オルランドも楽しそうな笑みを浮かべると、バッと腕を開いて宣言した。


「では! ハイドロジェン家の名前において、キョースケ・キヨタがSランクAGとしての実力があると認め、保証人となることをここに誓う!」


 その瞬間、沸き上がる歓声。ギルドの前に出来ていた人だかりも、ギルドの中のメンツも思い思いの言葉で俺たちに祝福を投げかけてくれる。


「やった! キョースケがSランクだ!」


「この街からSランクAGが出たのって初めてじゃない?」


「あいつAGになって一年かそこらだろ!?」


「もうなったのか!」


「速い!」


「キタ! 最強AGキタ!」


「これで勝つる!」


 何と闘ってるの。
 そしてニッコリと微笑んだオルランドは……だだっといきなりギルドの外に出ると、俺を呼びつけた。


「……どうしたんですか?」


 オルランドが屋根の上に跳び上がったので、俺もついて行く。


「ああ、もういつも通りでいいわ。今から私の言うことを拡声魔法でこの街中に届くようにしてちょうだい」


 そう言われるが、流石に俺一人で街中に……となるときつい。キアラも呼んで、二人で拡声魔法を使う。俺は風を利用した魔法、キアラのは原理が分からん。
 発動を確認したオルランドは、大きく息を吸い込むと喋り出した。


「アンタレス市民! 私の領民!! 今日、ここにいるキョースケのおかげで危機は去った! そして彼はSランクAGに任命される! お祝いよ、今夜は無礼講よ!」


 さっきまでとは打って変わってハイテンションなオルランド。


「犯罪はダメよ? でも、ちょっと羽目外すくらいならOK! いくらでも飲み食いしていいわ、お金は全部ハイドロジェン家持ちよ!」


「太っ腹だね」


「さぁ、祝いなさい! 祝福しなさい! 貴方たちは今日、命を救われたの! このキョースケ・キヨタに! 感謝と祝福のアンタレス大パーティーよ!」


 うわぁぁぁぁぁああああああ! と。
 尋常じゃない大歓声が起こる。オルランドは散々叫んですっきりしたのか、一つため息をつくとパーティーの説明を始めた。


「今から四時間後、日没と同時にパーティースタートよ。期限は日の出まで! それまでは飲み食いはすべて無料、全額うちで出すわ。店側はこのパーティーで何が売れたかチェックしておいて。もし食料が足りないって言うなら相談に来なさい。超速で仕入れてくるわ。無礼講だけど、お触りはお互いの合意の上でね」


 その他にも細々としたルールを付け加えると、最後に「さぁ、今夜は盛り上がるわよ! アンタレスで!」と言ってからギルドの屋根から降りた。
 そして街の皆は今からパーティーの準備に取りかかるのか、蜘蛛の子を散らすようにギルド前からいなくなった。まあ、お店側としたら書き入れ時だもんね。
 なんか状況に俺だけ取り残されているような感覚になりながら屋根から降りると、チームの皆も苦笑いしていた。


「周囲が喜びすぎると、自分達が喜ぶのを忘れるな」


「だねー」


「ヨホホ! まあ良いではないデスか。パーティーは楽しいデスよ」


 そう言ってピタッと俺の背にくっつくシュリー。
 冬子はやれやれと首を振ってから「ともあれ、ギルマスが呼んでるぞ」と言って俺の手を引く。


「後始末、いくらでもあるだろうからねぇ」


「大丈夫ぢゃろう。妾たちがせねばならんことはだいぶ少ないはずぢゃ」


「ぶっちゃけ疲れているので、休みたいところですけどね。ああ、マスターは私の膝の上で」


「させませんデスよ」


 何故かバチバチと火花を散らす二人をなだめながら、もう一度ギルドの中に入った。




~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~




 ギルドマスターに呼ばれたはいいものの「すまん、ちょっと先に片づけなきゃならん会議があんねん。もうちょっとだけ待っといてくれ」と言われてしまった。
 仕方が無いので案内された小部屋に入ると……


「あれ? マリル?」


 なんと、そこではせっせと書類整理をしているマリルと、涙目になっているシェヘラが。ちなみにマリルの格好はいつものメイド服(白と黒のスタンダード)ではなく、オレンジ色で花柄のタイプ。家とは違いプリムをつけている。何しているんだろう。
 マリルはクルリと振り向くと、俺の胸に指を突き刺してきた。


「キヨタさんー! まさか七章になってここまで一度も出番がないとは思いませんでしたよー!」


「まさかのメタネタ!?」


「確かに戦闘系じゃないヒロインは戦闘が始まると出番が減りますけど……まさか『三毛猫のタンゴ』の看板娘に出番の早さで負けるとは思いませんでしたよ!」


「マリル、マリル。落ち着いて。言ってることがギリギリ過ぎる。メタネタは好き嫌いが激しいから」


 プリプリ怒っているマリルに、こちらは苦笑いするしかない。
 そんなマリルに「ふぇぇぇえ」と言いながらシェヘラが文句を言う。


「マリル先輩が仕事を手伝ってくれるのは嬉しいんですけど~、もうギルド員じゃないんですからそっちの書類は~! って、ああ! あの書類どこやったんですかぁっ!」


 ……これ文句じゃなくて悲鳴だね。


「いいんですー。というか、シェヘラだけじゃ手が回らないだろうから来てあげたんだから感謝してくださいー。ギルマスには許可をとってますからー。それと、その書類なら既にチェックして直してフィアさんの方に回しました!」


 シェヘラの倍くらいのスピードで書類を整理する様は圧巻の一言だ。流石に事務能力は凄まじい。シェヘラも遅いわけじゃないし……むしろ俺なんかがやるよりも圧倒的に速いんだろうけど、相手が悪い。


「あ、キヨタさんはちょっと座って待っててください。そのうちギルマスが来ると思いますのでー。他の人の分の椅子は今持って来ますねー」


 そう言われたので、事務作業をしている二人の前に座る。俺が座った方は二人掛けのソファになっているので、冬子も隣に座った。


「シェヘラ、この書類を鑑定士のエリンさんに持って行って証を貰って来てくださいー。ついでに椅子も……二脚でいいですか?」


 確認するようにマリルが尋ねる。その目はリャンに向けられている。
 俺もリャンを振り向くと、彼女はいつも通り「私は立っていますので」と言って少し後ろに下がった。


「分かりましたー。じゃあちょっと待っててくださいねー。ほらシェヘラ、急ぎますよー」


「分かりましたよマリル先輩~! うう~……」


 二人はさっと部屋から出て行く。……シェヘラはぽんこつ受付ってイメージだったけど、マリルに及ばないまでもかなりのスピードで書類整理している姿は流石に社会人って感じだった。
 こつん、と俺の肩に頭を乗せてくる冬子。どうも疲れが出たらしい。


「すまん……ギルマスが来たら起こしてくれ」


「ん、了解。って、俺が座っちゃったけど……二人のどっちかが座る? 疲れてるでしょ」


 後ろにいるシュリーとキアラに声をかけるけど、二人ともに首を振られてしまった。


「ヨホホ、大丈夫デス。肉体的には殆ど疲れていないデスから」


「妾も同じぢゃな。妾もリューも裏技で魔力を回復させておる。精神的な疲れが無いではないが、お主らよりはマシぢゃ。そう考えると一番座るべきはピアなんぢゃろうが……」


「私はマスターの従者ですから。特に、こういった人目のある場では特に」


 きっぱりと言い切るリャン。一番疲れてるだろうに……。
 ただ、ここで彼女に謝るのは何か違うだろうということは分かるので、俺は代わりに後で褒めて労うことを心に誓う。
 なんて考えていると、こんこんと部屋の扉がノックされる。
 リャンが扉を開けると――


「あら? マリルたちは?」


 ――ガチャリと部屋に入ってきたのはギルマスじゃなかった。
 ハッと目の覚めるような美人で、緩いパーマのかかった浅黄色の髪と真っ赤な唇と泣きボクロがチャームポイントな三十半ばくらいの女性。
 受付嬢のボス的存在のフィアさんだ。彼女がいないとアンタレスのギルドは回らないと言われる程の実力者だけど……実際に話したことは無かった。彼女は俺の担当じゃないからね。


「さっき椅子を持ってくるといって席を外しましたよ」


「そう……。そういえばキヨタさん、貴方とこうしてしっかり話すのは初めてですね」


 フィアさんは笑顔で一つ頭を下げる。


「知ってくださっているかもしれませんが一応。私はフィア・アロマ。皆からはマドンナって呼ばれているから、それで呼んでくれて構いませんわ」


 自分からマドンナを名乗ったけど、何だか嫌味にもギャグにも感じられない。凄く自然に「自分が美人」って知っている感じだ。キアラと似たタイプだけど少し違う。キアラは自分の美貌に絶対の自信を持っているけど、フィアさんは自分が美人であることが自然過ぎて「誇ることではない」って感じか。


「俺はAランクAG、『魔石狩り』のキョースケ・キヨタ。ここにいる皆は俺のチームメンバーだけど……ちょっと疲れてる人がいるから、紹介はまた今度にさせてもらっても構わないかな」


 苦笑いしながら隣で寝息を立てている冬子を見る。フィアさんもクスリと上品に笑い「構いませんわ」と言って机の上を見た。


「あら……もう、マリルったら仕事は出来る癖に気が利かないんだから。少々お待ちくださいね、今お茶を持ってまいりますので。ギルドマスターはもう少し時間がかかるようですから」


 そう言ってフィアさんは部屋から出て行く。何というかまあ、上品な人だ。
 彼女が出て行った扉の方に視線を置いたままにしていると、後ろからキアラに頭を鷲掴みにされた。そして強制的にキアラの方を向かされる。


「のぅ、キョースケ。妾は美人ぢゃぞ。分かっておるか?」


「え? 分かってるけど……」


「妾が、美人なんぢゃぞ?」


 何故か『が』の部分を強調するキアラ。
 イマイチ理解出来ずに脳内に『?』を浮かべていると、キアラはため息をついてウリウリと俺の頬をつねってきた。


「にゃににゅにゅの」


「これはギルティぢゃの」


 暫くウリウリされていると、フィアさんがお茶を運んできてくれた。それと同時にマリルとシェヘラも戻ってくる。


「キヨタさーん、お待たせしましたー」


「ふぇぇぇぇぇぇぇぇ! なんでフィアさんまで……! もしかしてクビなんですか!? 使えない子過ぎてクビなんですか!? クビにしないでくださいキヨタさぁぁぁぁん!!」


 クビにしてやろうかこいつ。
 涙目で俺に懇願するシェヘラに「大丈夫だよー。キミは使えない子じゃないよー。安心してね、よしよしいい子いい子」と言ってから宥め、マリルから受け取った椅子に皆を座らせる。


「どうぞ。……それにしても、マリル」


 フィアさんがお茶を置いてくれたので一口頂かせてもらう。美味しいけど、飲んだことの無い味だ。
 マリルは少しキョトンとした顔でフィアさんの方を向く。


「いい男を捕まえたみたいね。だから言ったでしょ、最初から彼にしておきなさいって」


「あ、えーと……」


 ちらっとこちらを見たマリルは、照れた顔になりながら頬を掻いた。


「あ、あははは……そうですねー。確かにちょっと遠回りした気はしますー」


「貴方は若いから遠回りするのもいいかもしれないけど……出来れば、早く幸せになって幸せな期間を長くした方がいいじゃない?」


 大人、な雰囲気を漂わせるフィアさん。ギルド受付嬢最年長は伊達じゃないのか、マリルはまるでアドバイスされる娘のようだ。


「キヨタさん、これからもこの子をよろしくお願いしますね。なんでも出来る子ですけど、無茶しがちですから気を付けてあげてください」


 二コリと微笑まれる。……なんで俺は「彼女の母親に出会った彼氏」みたいな気分を味わってるんだ。ただの雇用主なのに。
 まあ下手な返答も出来まい。俺は少しだけ言葉を考えて……結局、月並みなことを言ってしまう。


「むしろ俺の方が助けられてばかりな気がしますが……彼女のことは任せてください。少なくとも金銭面だけは迷惑かけませんので」


「ええ。それだけでも十分です。あの子は金銭面で苦労しっぱなしでしたから」


 それは重々承知してる。
 フィアさんは最後にシェヘラの方を向くと、少しだけ厳しい目になる。


「貴方も早いところいい男を見つけて落ち着きなさい。いつまでもふぇえふぇえ言ってても仕方が無いでしょう」


「ふぇぇぇぇ……いつまでも独身のフィアさんには言われたくないです」


 ボソッと言うシェヘラだけど――俺のところまで聞こえてたくらいだから――きっちりフィアさんの耳にも届いたようで、シェヘラの後ろに回ると見事なジャーマンスープレックスを決めた。
 ゴッ……という明らかに人体から出ちゃいけない音が鳴ったかと思うと、シェヘラが目を回す。そしてタイトで膝丈くらいまでしかないスカートなのに中が見えないような角度でジャーマンを喰らわせるフィアさんはお見事。


「シェヘラ……いい男を見つけたら若いうちに全力で捕まえときなさい。じゃないとこの年齢になっても後輩から揶揄われることになるわよ」


 ジャーマンを解き、涙を拭う仕草をするフィアさん。その言葉からは尋常じゃない説得力が感じられる。彼女の過去に何があったんだろう。


「フィア先輩、シェヘラもう伸びてます。多分話聞いてません」


「最悪、キヨタさんに押し付けるって手もあるわね……」


 なんか物騒なことを呟いているフィアさん。聞かなかったことにしておこう。


「マスター、これ以上増やすのは……」


「俺が聞かなかったことにしてるんだからスルーしよう?」


「ヨホホ、流石にご飯を作る手間が増えてしまうデス」


「しかも気にするのそこなの?」


「妾の酒も減ってしまう」


「それ関係ないよね」


「むにゃむにゃ……」


「寝てるはずの冬子が俺の服を掴んでるのは何故」


 ひとしきり皆にツッコミを入れると、フィアさんが俺に灰皿を渡してくれた。


「ギルドマスターは……あと十五分もすれば会議が終わるようなので、それまでこの部屋でお待ちください」


「はい」


 では、と言ってフィアさんが部屋を出て行く。俺はせっかく灰皿を渡してくれたので遠慮なく活力煙を咥える。
 隣に座ったシュリーが火をつけてくれたので、紫煙を吸い込み部屋の中に甘い香りを漂わせる。


「ヨホホ、キョースケさん。ワタシの煙草にも火をつけてくださいデス」


 ぴとっと俺にくっついてきたシュリーの煙草に『トーチ』で火を灯す。


「というかキョースケさん、勝手に働いていたこと……怒ってますか?」


 俺としては特に怒ることでも無いと思うが……「奴隷が勝手なことをした」と言って怒る人もいるんだろうか。


「別に怒ってないけど、よく許可出たね」


「やー……実はSランク魔物が出た時に居ても立っても居られなくなって……ギルドの付近まで来てたらフィアさんに『手伝って!』って言われたんですよね」


「ふぇぇぇぇ……攻め込まれたとしても、討伐したとしてもこんなに忙しくなるんだからSランク魔物って本当に迷惑です~……」


 事務員二人の嘆きに苦笑する。
 そうこうしていると、こんこんと扉がノックされた。


「すまん、キョースケ。待たせたな」


 扉の向こうからはマルキムの声。


「会議室が開いたから来てくれ」


「ん、了解」


 冬子を起こし、全員で立ち上がる。


「あ、シェヘラも行きますよー」


「ふぇぇぇぇぇ……なんでですかぁ……」


「キヨタさんの担当だからですよー。ほら行きますよ」


 なんか涙目になっているシェヘラを引きずりながら、俺たちは会議室へ向かった。



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