異世界なう―No freedom,not a human―

逢神天景@小説家になろう

新井の決意と観察の志村なう

 新井美沙は『氷結者』である。加藤が抜けた今、異世界人の中では最高火力を持つ魔法師だ。氷使いなのに火力とはこれ如何に。
 ますます火力に磨きがかかり、小技も上達した。まだ魔法の制御が甘いと言われるが、昔に比べれば十分すぎる程成長していると言えるだろう。


(強くならなくちゃ)


 あの日――清田君に置いて行かれた日。美沙の心の中に浮かんだ想いはそれだった。
 彼のみが、美沙の力を認めてくれた。
 異世界人の皆は優しい。だけど全員、自分のことで精いっぱいで美沙の気持ちを慮ってはくれなかった。
 しかし、それは美沙も同じこと。他人の事なんて構っている余裕は無かった。
 だからこそ――あの時慮ってくれた清田君は輝いて見えた。


「美沙、こんなところにいたんだ」


「野乃子ちゃん。どうしたの?」


 美沙が紅茶を飲みながらぼんやりとテラスで星を見ていると、同室の宇都宮野乃子が声をかけてきた。
 異世界人は一人一つずつ個室を与えられているのだが、彼女らだけ無理を言って同室にしてもらっていた。まあ無理を言ったのは野乃子なのだが。
 彼女らは幼馴染だ。それも幼稚園の頃から。


「んーん、クッキー焼いたから……食べる?」


「ありがと」


 美沙はクッキーを受け取り、サクサクした食感を楽しむ。こちらの世界では甘い物をなかなか食べられないが、彼女がいればそんなことは無い。


「甘くて美味しい。流石野乃子ちゃん」


「んーん、アタシこれくらいしか出来ないからさ」


 にへへ、と照れたように笑う野乃子。そんな彼女の『職』は『飴使い』。文字通り飴を出すことが出来る能力で、戦闘向きではないが希少性の高い『職』だ。そのおかげで最近の彼女は厨房に引っ張りだこだそうだ。


(選ばれてるん、だなぁ……って、いけないいけない)


 どんよりとした気持ちになりそうな心に喝をいれ、美沙は背筋を伸ばす。


「早く日本に戻りたいね」


 そう言って声をかけると、野乃子はうんと頷いた。そして少し上を見上げる。


「真一……」


 日本に残してきてしまった彼氏の名前を呟く野乃子。真一もまた、彼女らの幼馴染だ。
 幼稚園の頃からの付き合いで――美沙の、初恋の相手。
 とはいえ、それで嫉妬したり取り合ったり……なんてのはもう中学時代に終わらせた。既に気まずい期間も過ぎ、頻度こそ減ったが三人で遊びに行ったりするほどだ。強がりでなく完全に割り切り、いい友人関係を築けている。
 そもそも真一は『サッカーで全国に行く』という夢を諦められず美沙達とは別の高校に進学した。当初は野乃子もその学校に入ろうとしていたのだが……普通に入るには偏差値が高く、惜しくも逃してしまったのだ。
 それが無ければ……野乃子はここにおらず、今頃二人で遊びに行けていたかもしれない。


「早く……戻りたいなぁ」


 野乃子はぼんやりとした口調で呟く。美沙だって帰りたい。お母さんやお父さんに会いたい、弟に会いたい、友達に会いたい。
 でも、そのためには戦わないといけない。戦わなければ戻れない。
 最初は野乃子が戦いに出ると言い張って聞かなかった。はなから戦闘向けの『職』ではなく、ニッチな能力は応用出来無かったのに、帰りたいという一点の気持ちだけで。
 彼女はいつも「こう」と決めると退くことを知らず、それを止めたり誘導したりするのは美沙の役目だった。
 だから今回も美沙が止めた。自分が戦いに行くと言って。
 野乃子の代わりに戦うから、ジッとしていてくれと。
 最初は怖かった。しかし戦いに参加するにつれて……「ああ、野乃子を連れてこなくて良かった」と心底思った。
 美沙は後衛だ。それでも遠くにいる魔物は怖かったし、一人でオークに立ち向かえる気なんてしなかった。
 今でこそ慣れて、一人でアックスオーク程度なら狩れるようになったが……最初の頃は見るのすら怖かった。『魔法が当たれば殺せる』と自分に言い聞かせて言い聞かせてやっと、である。


「ねぇ、井川の転移で日本に戻れないのかな」


「……またその話? 井川君も何度か試してるみたいだけど無理っぽいよ」


「じゃあさ、宇宙船作って大気圏外から脱出してみたら!」


「この世界からは出れるけど……でも日本に着くわけじゃないよね」


 くすっと笑いながら彼女にそう答える。
 野乃子だってわかっていて、「だよねー」と笑う。いつもの「もしかしたらこれで帰れるかも」という会話だ。こういう会話をしていないと「日本に戻る」という気持ちが薄れてしまいそうで……二人で定期的に行ってる。


「そう、そういえば明日、お菓子のコンテストみたいなのがあるらしくってさ。それに参加するんだ」


 無理したような明るい声を出す野乃子。とはいえ内容自体は喜ばしいものなので、美沙は素直に祝福した。


「野乃子ちゃん、凄いね! 応援してるよ」


「うん、ありがとう。……これで成功したら、もしかしたら城下でお店を開けるかもしれないって言われてさ。今スポンサー探してるんだ」


 ズキリ、と胸が痛む。
 彼女はまた、選ばれる。
 彼女はまた、誰かから必要とされる。
 この城でも……希少な『職』として必要とされている。誰かが彼女を欲している。


(私……は……)


 高火力魔法師、ただそれだけ。『氷結者』という珍しい『職』や、清田君が言っていた『捨て身の魔力』は使えるが……だからと言って結果的に『敵を倒すための魔法師』としてみれば換えはいくらでもいる。
 天川君のように勇者じゃない。呼心のように勇者から愛されているわけじゃない。
 誰も、自分を評価してくれない、選んでくれない、守ってくれない。
 だから、強くなりたい。でもこの城は「強い」だけじゃ価値を認めてくれない。だったら、たった一度でも価値を認めてくれた男の元に行きたい。
 もっと強くなって。


「ねぇ、美沙」


 少しトーンを落とした野乃子。その瞳がいつになく真剣で美沙はドキリとする。


「無理……してない?」


「……ちょっと、ね」


「そっか」


 たったそれだけで、ほんの少しだけ心が軽くなる。
 結局のところ、美沙も野乃子もお互いに居心地がいいのだ。普通は恋敵なんて一緒にはいられなくなる。でも、美沙が一歩引いたことも、野乃子がぐいぐい前に出たこともいい方に働いた。ひとつでもボタンを掛け違えば今頃こうして笑っていられなかったかもしれないが――偶然か必然か、二人は掛け違えなかった。
 ぬるま湯のような、朝起きたばかりの布団の中のような「居心地のいい」関係。いつまでもここにいたら後で大変になるのだが、離れる気にならない。
 一人になりたい時は一人にしてくれる。逆に一人ではいられない時は無理してでも踏み込んでくれる。
 それがお互いで、幼馴染という関係性。


「んーん……私も魔法が使えたらなぁ」


「魔力自体はあるんだから、普通の魔法ならすぐ使えるようになるんじゃない?」


「それがねー……私の『職』は特殊過ぎて、他の魔法を使えないんだよ」


 そう言って、彼女は指から『飴』を出す。そして美沙の口に近づけてくるので指ごとしゃぶった。甘さが口の中に広がる。


「ちゅぱぅ、二人きりだからいいけど、人前でやらないでよ?」


 少し非難がましい眼を向けると、野乃子は「あはは、ごめんごめん」と笑った。


「どうも私の魔力ってこっちに全部持っていかれてるらしくてさ。美沙が氷以外の魔法使えないのと一緒だよ」


「なるほど。……不思議だね『職』って」


「そうだね。……じゃあ、私は部屋に戻るね。美沙もあんまり遅くまで起きてない方がいいよ?」


「分かってるよ。おやすみ、野乃子ちゃん」


「おやすみー」


 野乃子が部屋に戻るのを見て、美沙はローブを纏う。
 ――皆が寝静まっている夜中、新井はいつも魔物狩りを行っていた。戦闘経験を積み、一刻も早く清田達に追いつくためだ。


「今日は……あっちでいいかな」


 氷の橋を作り、滑るようにして移動する。城下の森にもそれなりに魔物はいるが、氷の橋をニ十分ほど滑ると街の外に出られるのでそこで狩りをすることが多い。
 夜中にずっと一人で魔物を狩っていたので、最近『夜目』という『職スキル』を覚えた。夜だろうとまるで昼間のように見えるスキルで、野戦には多大なアドバンテージを得たと言える。


「星……綺麗だな。日本にいた頃は見れなかったから少しだけ嬉しいかな」


 街の外に出た辺りでゴブリンの群れを見付けたので、それら全てに氷の矢を大量に落として全滅させる。
 何体かは魔魂石を潰さずに殺せたようで、その場に溶けることなく死体が残った。
 美沙はそれを丁寧に剥ぎ取り、魔魂石を回収していく。将来、清田君の仲間になれた時に少しでもお金の足しになるように。


「これで……三十」


 地面を凍結させ、滑るようにして地面を進んでいく。この高速移動も頑張って練習した結果だ。
 あの時、清田君は平気で空を飛んでいた。流石に飛ぶことは出来ないが……こうして、空中を移動できるようになってはきた。
 上空へ飛びあがるためには跳躍だけでは足りないので、志村君に作ってもらった特製ブーツが火を噴く。文字通り。
 あまり長時間使用できない代わりにかなり出力を上げたブースターのついているブーツで飛び上がり、それを切って氷の橋に着地した後、靴底からはスケートのように刃が出て滑走する。
 流石に近接戦闘出来るほど身体能力は高くないが……


「『霜の力よ! 氷結者の美沙が命令する! この世の理に背き、我が身を護る氷の巨像を! サモン・ザ・ベルゲルミル』!」


 近づいてきた雑魚を払うために氷のゴーレム――ベルゲルミルを背中に出す。
 それの見た目はお世辞にもカッコいいと言えるものではなく、三頭身で関節が五個ある腕が二本付いていて角が二本生えている。両手には剣が握られており、切れ味は抜群だ。異世界人の近接職には敵わないものの、ゴブリンやオーク程度ならこれで防げる。たった一人で魔物を狩るために編み出した新井のスタイルだ。
 これで毎晩、魔力が無くなってぶっ倒れるまで続けている。辛いが……その分、日に日に強くなっているのを感じることが出来る。
 倒せる魔物の数が増える、それだけで自分の力が増していることが分かる。


(――もっと)


 眼下にアックスオークを発見したので、その足元を凍らせて機動力を奪った後、下の氷から槍を出し突き刺す。
 しかしそれではとどめを刺せなかったので、美沙は一気に近づいていき目を凍らせて視界を奪ったあと背後のベルゲルミルで首を斬り飛ばした。
 噴水のように血が出るが、ベルゲルミルで防いで新井には一滴もかからない。


「あ……魔魂石取れる」


 戦闘中は意識が少し「ふわっと」なるので、魔魂石のことをよく忘れてしまう。今回はBランク魔物なので気づけて良かった。
 剥ぎ取り、アイテムボックスに入れる。これでまた少しは足しになるだろうか。
 美沙はもう一度ブースターを起動させて空中を移動する。スケートなんてやったこと無いのにこんなにもスムーズに動けるのは異世界人故のステータスだからか。
 周囲の魔物を粗方倒したところで、魔力が尽きかけていることに気づいた。そろそろ帰らなくては。
 ブーツの別機能を発動させる。高速で飛び上がるのではなく、ゆっくりとであるが消費魔力が少なく移動することが出来る。このブースターブーツは四足目で換えたばかりだが、以前よりも使い勝手が増していることも分かった。
 だから、今日の狩りはお仕舞い。


「あは」


 意図せず笑みが漏れた。血まみれのベルゲルミルを見て、返り血の分このゴーレムも強くなっている気がする。


「会いに行きたい……清田君。会いたいです」


 でもまだダメだ。きっと、今のままじゃ彼に追いついていない。清田君は天川君を倒した。つまり美沙も天川君を倒せるようになれば……晴れて、清田君の仲間入りすることが出来るだろう。


「まだ勝てない、きっと。神器無しでも天川君強くなったから……」


 何が足りないのか、ぼんやりと考える。近接は防げるようになった。詠唱無視を覚えたおかげで多少魔法の速射性も上がった。立ち回りだって昔に比べれば見違えるようだと思う。
 空も移動できる、機動力もある。じゃあ後何が足りないんだろう。


「……神器」


 ハタと気づく。
 神器さえ手に入れれば――きっと、清田も自分を選んでくれるはず。志村君からの情報ではまだ冬子ちゃんは神器を手に入れてない。
 なら、なら――。


「でもそのためには……前衛の人が必要だよね」


 きっと清田君と組めばすぐにでも塔を踏破して神器を手に入れられるだろう。
 しかしそのためには必要なモノは神器というジレンマ。
 もっとそれ以外で……。


「なにか……何か……。待っててください、清田君……」


 きっと、貴方に選ばれるだけの実力を持って――




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「ミリオー? どうしてこんな夜中に外に出てるんですのー? 眠いですのー。もうシャンは寝てたですのー」


「マールが勝手についてきたんだろうが……。何、オレが作ったマシンの調子を確認しているだけだ。簡単な作りだから壊れはしないだろうとは思っているが……」


 新井の狩りの様子を遠くから眺めていた。流石に立ち回りは慣れたものだが、相変わらず索敵は下手なようだ。志村がフォローしてなければ致命傷は無くともかなりの大怪我を負っていたかもしれない場面が数度あった。
 彼女の魔力が尽きかけた瞬間を狙っていた鳥型の魔物を撃ち落とし……ふっ、と銃口を口で吹く。
 隣で眠そうに目を擦ったマールが、ちょいちょいと服を引っ張ってきた。


「むー、ミリオが他の女のことを考えているですの。酷いですのー……。むにゃ」


「眠いなら部屋にいろと言っただろうが……。安心しろ、別にそういう意味で見てたんじゃない」


 これで新井にブーツを作ったのは四足目だ。一足ごとに注文は増えているが、そもそも作ることが好きな志村にとっては喜ばしいことだ。
 一応、命を預ける武器であると言われているのでこうして作り直す度に戦いを見に来るのだが……日に日に、彼女の戦った後が恐ろしいモノになっている。
 倒した魔物の数もそうだが、何より倒し方。まさかアックスオークの首を切断して殺すとは思わなかった。
 しかも彼女が出した氷に触れてみる。硬い。銃で撃っても一発じゃ貫けないかもしれない。


「どれだけの魔力を籠めたらこうなるんだ……。そもそも魔力量も上がってないか?」


 彼女が戦う時間が、どんどん伸びている。しかも毎度彼女は魔力が無くなる寸前まで戦い……ベッドの上で魔力を使い切って寝る、なんて普通じゃない生活をしている。それが魔力量が上がる原因になっているのかもしれない。


「うみゅ? 何言ってるですのー、ミリオー。人族は『職』が変わった時以外、殆ど魔力量は上がらないんですのよー」


「それは分かってるんだが……」


 しかし、そう感じずにはいられない。


「……ステータスプレートなんてものが存在するのだから、相手のステータス値を読み取るツールでも作れないだろうか」


 魔力量を読み取るだけならすぐに作れそうだ。現に魔力を感知する眼鏡は既に作っているのだから。


「ミリオー、そろそろ帰ろうですのー。ここ、氷ばっかりで寒いですのー」


「あ、ああ。そうだな」


 マールが頭をいやいやと振って抱き着いてくるので、志村はよしよしと撫でてやる。


「今日もミリオは一緒の部屋で寝てくれるですの?」


「……もうシャンが増えたんだから……」


「一人は寂しいですの。でも、二人だと心が温まるんですの。三人ならもっとですの!」


 朗らかな笑みを見せながらそんなことを言われては、何も言えなくなる。
 仕方ない、今夜は彼女の言う通りにしてあげるか。


「じゃあ行こう」


 そう言って彼女を抱きかかえる。いわゆるお姫様抱っこなのだが……マールはこの抱かれ方を好んでいる。
 曰く「王子様に抱かれて……! 本物のお姫様になったみたいですの!」とのことだが、お前は本物の姫様だろと言いたい。というか、そもそも会ってないだけで王子もいたはずだ。
 まあ本人が満足しているのならそれでいいのだが。
 なんて思いながら空を飛んでいると……マールが、ポツリと呟く。


「なんでお昼はあんなこと言ったんですの?」


「……聞こえてたのか?」


 少し驚いた声で問い返すと、マールは「ところどころ、ですの」と志村の胸に顔をうずめる。


「ガラに無いことをしたな」


 少しばつが悪いので苦い声が出てしまう。
 そんな志村がおかしかったのか、ころころと愉快そうな声を出してよしよしと志村の頭を撫でてきた。


「いいと思うですの。でも……きっと、彼は潰れかけですの」


 気恥ずかしいが、視界を塞がれるわけでも無いのでなされるがままにする。


「そうなると少し困るんだ。さてどうしたもんか……」


 天川はまだこちら側に・・・・・来るのは早い。こちら側に来るということはあるものを捨てるということ。それはどうしても切り捨てたくないものを守るためにだけ、最後に捨てるものだ。
 それを捨てるにはまだ早いし、捨てないでいいだけの実力がある。


「もっと彼を精神的に支えてくれる誰かがいないもんだろうか」


 世の中はままならない。
 取りあえず腕の中で完全に寝てしまったマールをどうやって寝巻に着替えさせようかと思案しながら……志村は静かに家路についた。



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