異世界なう―No freedom,not a human―

逢神天景@小説家になろう

150話 昂りと剣

「やれやれ……だが、迷ってる暇はあとどれくらいあるんだろうか。それくらい教えてもらえますか? ヘリアラスさん」


 彼女を見ると、フッと片頬を上げるだけで何も言ってくれなかった。
 苦笑を浮かべて天井を仰ぐ。
 そんな天川をジッと見ていたヘリアラスは……目をふにゃん、といつものやる気がないものに戻した。


「ああ、疲れたわぁ」


 そして口調を元に戻したヘリアラスは一つ欠伸をする。
 流石に気が抜けた天川も、腰を下ろして彼女を見上げた。


「その……すみません。うだうだ悩んでいて」


「いいのよぉ。……力に溺れてない、って示してくれただけでも今日は遊んだ甲斐があるってものよぉ」


 さっきの戦いは遊びだったらしい。
 へらり、と人好きのする笑顔を浮かべた彼女は、ふらふらと天川に近づいてきた。


「それはそうとぉ……」


 ヘリアラスは天川から手渡された服を横合いに投げ捨て、両手を開いてずいっと顔を近づけてきた。
 驚くも、座っていたせいで逃げられない。慌てて首を振ってそっぽを向くが……何故か視界がクリアになりばっちり見えてしまった。




『職スキル』、『音速振り向き』を習得しました。
『職スキル』、『猛禽の瞳』を習得しました。




 何故このタイミングで。嬉しくない。しかも後者は普通に動体視力を上げるスキルらしい。役に立ちそうなのがムカつく。
 天川は急いで周囲の岩石を吹き飛ばそうと神器に手をかけるが、それ以上の速度でヘリアラスに抱き着かれる。


「ちょっ、ちょっ……へ、ヘリアラスさん!?」


「うふふ……二人きりねぇ……」


 ヘリアラスの目を見ると、先ほどとは別の意味でらんらんと輝いている。頬は上気し、吐息は甘い。
 上裸の美女が、頬を紅潮させて抱き着いてくるという状況で落ち着ける男は生殖機能を失っているかそもそも女性が性的対象じゃないだろう。


「へり、あらすさん……は、離れ……!」


「ダァメよ。……アキラぁ? アタシ、さっきまで戦ったわよねぇ?」


「は、はい……」


 蛇に睨まれたカエルのように、体を思うように動かせない。頭は離れろと身体に命令を出しているのに、心がこの状況を楽しめと命令を出す。即ち、動けなくなる。


「アタシねぇ……戦うとぉ、昂っちゃうのぉ・・・・・・・


 ゾワリ、と。背筋に何かが走る。彼女から目を逸らせない。その瞳に自分の姿を映していたい。
 立場、肩書、状況――全てを忘れて身をゆだねたくなるような、まるで蜂蜜のような甘く、荊のように危険な呼びかけ。


「た、昂る……って?」


 とぼける。ここで相手の言葉を察せてしまえば取り返しがつかない。鈍感なフリをしなくてはならない。
 いくらヘリアラスでも、ストレートに言うことはあるまい。少しでも口ごもればそこから逆転する目もあるはずだ。
 言いにくい答えを用意し、


「発情って言った方が分かりやすいかしらぁ? 要するにぃ……服を脱げってことぉ」


 無理でした。というか襲われる。
 ガシッッと腕を掴まれ、そのまま押し倒される。受け身も取れず無様に地面に倒れ込み、その上にヘリアラスが乗ってくる。
 なんとか抵抗しようと体を動かすが、びくともしない。純粋な腕力で押し負けている。
 これが枝神――って、なんでこんな状況で戦慄しなくてはならないのか。さっきまでのシリアスを返してほしい。


「ああ、アキラ。抵抗しても無駄よぉ?」


 完全に動きを封じられた天川に、心底愉しそうに笑うヘリアラスが唇を近づけてくる。最後の抵抗に、天川は顔を逸らしながらリクエストする。


「さ、最初は呼心とって心に決めてるんです……!」


 口に出すとややこしいな、なんて現実逃避気味に考えるが、ヘリアラスさんはその辺を気にしないようでさらに顔を近づけてくる。


「ダ・メ・よぉ? 男の初めてなんて年上に奪われるって相場が決まってるんだからぁ」


 ダメだ話が通じない。こうなったヘリアラスを止めることが出来るのは呼心、ティアー、ラノールなどの限られた女性陣だけだ。男性陣では少なくとも不可能。
 こうなったら覚悟を決めるしかない、そう感じた天川が目を瞑り――


「ふ、ざ、け、ないでくださぁーい! ヘリアラスさん!」


 ――ふっ、と。
 恐らく井川の魔法だろう。皆が転移して岩のドームの中に入ってきた。その中には当然呼心もいて。
 助かった……と、天川が思う間もなく呼心はぷりぷりと怒りながらヘリアラスに服を叩きつけた。


「なにしてるんですか!?」


 そして同時にヘリアラスにタックルして天川の上から彼女をどかせる。


「なにって……見れば分かるでしょぉ? お互い合意の上で襲ってるのよぉ」


「あ、天川君はどうみても嫌がってるじゃないですか……!」


 追花も追随する。二人からキャンキャンと攻められてヘリアラスは若干面倒そうな顔になる。
 一方、天川も加藤と難波からメンチを切られる。


「おう天川ァ……テメェ、い~い思いしてんじゃねぇかぁ……! この○○○○ピーーーがよぉ!」


 放送禁止用語で罵倒してくる阿辺。流石に少し品が無いと思う。


「ちっと面貸せや、ああん? ……そして、阿辺。言い過ぎ」


 難波は少し楽しそうに肘で小突いて見せた。
 そんな二人に苦笑いを返し……ヘリアラスが服をしぶしぶ着たことを確認して、天川は井川に微笑みを向ける。


「そろそろ帰ろう」


「了解」


 浮遊する感覚と共に、地面から足が離れる。
 様々な想いを胸に――こうして、初めての盗賊討伐はそれなりの成功を収めた。




~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~




 あれから数日。
 いつも通り訓練などを終えた天川は……午後の訓練に出かける前に、ご飯を持って地下に来ていた。


「その……ご飯を持ってきた」


 そこにいるのは、先日助けた亜人族の少女。
 ――亜人族の少女を連れて城に戻ると、流石に怪訝な顔をされたが檻の中にしっかり入れるという条件で彼女を城に置いておくことが許された。
 自腹でご飯を用意し、こうして持ってきてはいるのだが……彼女の態度が軟化することは無い。今日も天川が中に入るとギロリと殺気の籠った瞳で睨みつける。
 少女は出されたご飯を受けとると、一つ礼をしてから無言で食べ始める。


「あー……今日も、名前は教えてくれないのか?」


「はい、あり得ません。確かに私は生きなくてはなりませんが、名を教えるくらいなら死を選びます。食べ物には感謝していますが、それでも人族に名乗る名はありません」


 食べている彼女に問いかけるが、取り付く島もない。
 名前に関しての問いかけ以外は基本的に無視され、かといって名前に関して尋ねてもこれだ。
 彼女が受けてきたであろう仕打ちを想像すれば、こうなることは理解できないことも無い。出来ないことも無いが……。


「ありがとうございました。これでまた今日も生きられます」


 綺麗に食べ終えた少女が、皿を返す。毎日ご飯を三食食べているからか、保護した時よりはある程度肉付きがよくなり元気も出てきた様子ではある。


「その……何か、望みはあるか?」


 毎度、バカの一つ覚えのように天川は同じことを問う。名前の件以外で数少ない彼女が返事をしてくれる問いかけだ。
 ……最も、やはり毎度まったく同じ答えが返ってくるのだが。


「姉に会えるまでは、死にたくないです。それだけです」


「お姉さんは……その、やはり亜人族の国にいるのか?」


 ギラリ、と。
 尋常じゃない眼差しで睨みつけてくる少女。そして口を真一文字につぐみ、天川に背を向けた。これ以上話すことは無いとばかりに。


「…………」


 天川はやむを得ず食器を手に持ち、その場から立ち去った。




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 夜、彼女へのご飯を運んできた後、天川は自室に呼心を呼び出していた。


「すまないな、夜に」


 紅茶を出し、二人で同じテーブルに座る。


「ううん、平気。それにしても……困ったね」


 呼心が渋い顔をする。持ち物――と言っても唯一纏っていたぼろきれのような服――にも何も書いておらず、名前すらわからない亜人族の少女。回復魔法をかけたはずなのに、傷がいくらか残っているというのも不思議だった。


「ああ……」


 亜人族の国に返せれば……と王様に相談してみたが、そんなことを一度でもしたら他の亜人奴隷も返さなくてはならなくなるのでダメだと言われてしまった。
 だからと言って放っておくわけにはいかない。彼女の奴隷契約を解くわけにもいかず、かといって奴隷として扱うわけにもいかず。結果として今までよりはマシかもしれないが、立場を何か変えることは出来ていない。


「コミュニケーションが取れない状態ではな……」


 彼女が酷い虐待を受けていたことは十分理解出来た。身体に付いていた傷は治せても、心まではどうすることも出来ない。
 人族、亜人族、魔族が敵対していることは知っていた。そしてお互いが憎み合っていることも。しかし、ここまでだとは思っていなかった。
 年端も行かない少女を拉致し、虐待し……


「くそっ」


 ――ドン、と。思わず机を叩く。その様子を見ていた呼心が心配そうに、天川の手を両手で包み込んだ。


「明綺羅君……。その、えっと……」


 さしもの呼心も伝える言葉を持っておらず口ごもるだけだが……腕に伝わるその温もりに、少し心が落ち着く気がする。


「取りあえず……もう暫く、頑張ってみよう」


 彼女の食事は天川の自腹で出しているわけだが、自腹と言っても少女一人の食費くらい大した額では無い。だから問題ないのだが……それでもやはり、塵も積もれば山となる。それに、このまま続けていけば王様たちからの心象も悪くなるかもしれない。
 そもそも、天川達の奴隷にすることが出来ない最大の理由は、『勇者が亜人族の奴隷を丁重に扱っている』という悪評・・がたってはならないと呼心から言われたからだ。
 敵対している亜人族に情けをかけるだけならまだしも、平等に扱っていてはあまり快く思われない。一般の人にはいいかもしれないが、貴族受けは悪いんだそうだ。


「明綺羅君は、なんであの子にそんなに拘るの?」


 呼心が少し非難するような目線を向けてくる。確かに、冷静に考えれば彼女はそのまま奴隷商に売り飛ばすのが最もクレバーな考え方だ。奴隷商が嫌であれば、それなりの筋である商人に直接任せるなどしてもいい。
 だが、それは……それでは、今まで彼女と接してきた人たちと何ら変わらないのではないだろうか。


「……放っておけないから……だろうな、やっぱり」


「……そっか」


 その少女を放っておけないのは天川のエゴかもしれないが……それでも、そのままにしてはおきたくない。いずれ、彼女を亜人族の国に返してあげたい。
 呼心は微笑み、天川の手をさらに強く握った。


「それが明綺羅君のやりたいことなら……私、応援するよ。大丈夫、後ろは任せておいて。なんとか立場が悪くならないように立ち回るから」


「……ありがとう」


 心強い仲間だ。自分のことを助けてくれる存在がいるというのは、それだけで力になる。


「しかしどうしたもんか」


 天井を仰ぎ、何とはなしに呟く。
 コミュニケーションを拒絶されていると、向こうがして欲しいことすらわからない。それをどうするべきなのか……。


「俺達で出来ることは限られているし……」


「京助に頼んだらどうだ?」


 返事を期待しないで呟いた言葉に、予想もしない方向から返事が来る。
 慌ててそちらを振り向くと……なんと、そこには志村が立っていた。いつも通り黒いコートで、銀縁眼鏡を中指で持ち上げている。
 その傍らにはマール姫も一緒におり、どうも一緒に入ってきたようだ。


「不用心だな。窓が開けっぱなしだったぞ」


「……ここは三階だぞ」


 親指で後ろを指さしながらそんなことを言う志村。口調がいつもと違うようだが……隣のマール姫がキラキラとした瞳で志村を見ているので、野暮なことを訊くのは躊躇われた。
 なので、最初の質問に戻ることにする。


「清田に頼むというのは……どういう、ことだ?」


「言葉通りの意味だ。京助のパーティーに預ける、あいつはどうもそれなりの人脈があるようだし、そもそも奴隷は二人連れている。うち一人は亜人族だ。今さら一人や二人増えたところでどうということもあるまい」


「詳しいな」


 ぺらぺらと清田の近況が語られる。
 よく知っているな……とは思ったが、志村と清田は友人同士。何らかの手段で連絡を取り合っているのかもしれない。


「お前が届けられないならオレが届けてやらんことも無い。どうする?」


 腕を組みそっぽを向いたまま、片目だけ開けてこちらを見てくる志村。やっぱりマール姫がキラキラした目で見ているので突っ込まない方がいいのだろう。
 数瞬迷ったが……天川は首を振る。


「……いや」


「いいよ。……そこで、清田君に頼るのは違うと思うから」


 呼心も同じことを思っていたらしい。そう、こんな時だけ頼るのは虫が良すぎる。ここで頼るのは躊躇われる。


「――そうか。残念だ」


 まったく残念じゃなさそうな顔で頷く志村。そしてズイッとマール姫を押し出す。


「だがまあ、それならそれで……マールを連れてきた甲斐があるってもんだ」


 ニヒルに微笑んだ志村と、無邪気に胸を張るマール姫は何だかとてもいいコンビに見えた。
 だが……そのために、とはどういうことだろうか。


「お前らも知ってるだろう? マールの『職』と、その魔法を」


「……ああ」


 マール姫の『職』は『思考感応術師』。それは「人の思考を読む」魔法を使うことが出来る『職』だ。
 その魔法のせいで彼女は城の人間から多少疎まれていたと聞いている。幼いが故の無知、無遠慮で人の秘密を暴いていてはそうもなるだろう。
 一時は今の彼女からは考えられないくらい無口だったようだが……天川は詳しいことは聞かないようにしている。


「わたくしの魔法を使って、その亜人族の子の思考を読めば、少なくとも名前くらいは分かるはずですの! そして彼女が何をされていたかもわかれば、少しは心を近づけられるはずですの!」


 えっへんと胸を張るマール姫とは対照的に、天川と呼心は無意識に構えてしまう。彼女が何の理由もなく心を読むわけではないと知っているが、それでも割り切れない部分がある。
 ……なんて態度が露骨だったのか志村の目が少し細まるので、慌てて居住まいを正す。


「だが……その、マール姫の魔法がどういう理屈かは分からないが、心を読んだことでトラウマになったりしないだろうか」


「今さら人の闇を覗いたところでどうということは無いですの」


 天川の懸念に、まだ少女とは思えない程の大人びた表情で言うマール姫。普段の無邪気さとのギャップで少し背筋が凍る思いがする。


「で、でも……」


 呼心もそれが不安なのか、眉根を寄せる。
 天川達があまり乗り気じゃないからか、志村は少しだけ困った顔をしてから天川の耳もとに顔を寄せてきた。


「……このことはマール姫本人が言ってきたんで御座る。彼女の覚悟を汲んでやってほしいで御座るよ」


 いつもの口調と、ヘラッとした顔で言われてしまうと何も言えない。
 天川はため息をついて……マール姫に向き直る。


「では、お願いしてもよろしいだろうか」


「構いませんですの! それに何かあっても、必ずミリオが守ってくれるですの! ね! ミリオ!」


「ああ、任せておけ」


 フッと片頬を上げてマール姫の頭を撫でる志村。もうなんか勝手にやっていてくれといった感じだが……。


「ロリコン」


 ぼそっと呼心が呟く。
 それを耳聡く聞きつけた志村が、泣きそうな顔で呼心の方を向いた。


「……それだけは言わないで欲しいで御座る」


「そうですの! ミリオとわたくしは六歳差! 余裕で『アリ』な年齢差ですの! 特に貴族ならばわたくしくらいの年齢で婚約者がいる人もいるんですのよ?」


 確かに大人になれば六歳差くらい『アリ』だろう。かの有名なクレヨンで嵐を呼ぶ五歳児が出てくるアニメのご両親は六歳差だ。
 だが、現年齢で志村が彼女に懸想していた場合は……彼は小学生に欲情する変態ということになり……。


「婚約者、ねぇ?」


 ニヤっと呼心が悪い笑みを浮かべると、志村も流石にイラッと来た様子で懐に手を入れる。


「ハチの巣にされたくなかったらこの話はここまでだ」


 今にも銃を抜きそうな殺気を叩きつけてくる志村。天川と呼心はホールドアップして、曖昧な笑みを浮かべる。


「コホン。……とにかく、マールを連れて行ってやってくれ。彼女にも考えがあるんだ」


「分かった。じゃあ……行くか」


 これ以上断るのも失礼かと思い、天川は頷いた。


「というか、武装解除して行ったらどうだ? 無闇に警戒させる必要も無いだろ」


「それもそうか」


 天川は剣を仕舞い、よしと気合いを入れて呼心、志村、マール姫を連れて部屋を出た。
 ……今度から窓の鍵は必ず閉めようと誓いながら。

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