異世界なう―No freedom,not a human―

逢神天景@小説家になろう

番外編 お正月なう

 ゴーン……ゴーン……。
 近くの教会の鐘が鳴る。この国では年始に神様に祈りをささげるため、ちょうど百回『何かを鳴らす』のが習わしなんだそうだ。
 慣らすものは何でもいいらしく、神様に伝わればそれでいいらしい。もともとは百度お祈りするという行事だったらしいが、大変すぎるので簡略化されて『何かを鳴らす』に落ち着いたんだそうな。
 もちろん熱心な信徒は毎年ちゃんと百度祈りをするらしい。この行事を『サンクトゥティヌス』といい、意味は「主神様へのお礼」だそう。前年のお礼、そして今年もよろしくという思いを兼ねてお祈りするんだそうだ。
 これを七日までに行っておき、七日目に初詣に行くのが習わしだそうだ。神様も六日間はお休みするんだと。


「というわけで……マリトンの弾き初め? だね」


 百度以上鳴らせばそれでいいらしいので、せっかく(元)神様もいるところだからキアラがリクエストした曲を弾いていた。これで百度以上はマリトンを鳴らしたことになるでしょ。


「ふむ、良い曲ぢゃ。お主、本当にそれで食っていけるんじゃないかの?」


「流石に無理でしょ」


 この国に音楽従事者が少ないとはいえ、俺の腕はまだまだ。初めて一年も経ってないのにプロレベルになんてなれやしない。


「私が最初に聞かせていただいた時には既にお上手でしたもんね、マスターは」


 リャンが俺の横で耳をピコピコさせながら褒めてくれる。そう言われると嬉しいけど、まだ彼女と出会った時は一曲通して弾くのが精々だったような。


「京助~……次は私のリクエストを頼む~……」


 ぐでー……っと机に突っ伏している冬子。彼女はどうも部屋の片づけを最近おろそかにしていたようで、お掃除奉行となったマリル監視の元、大掃除の続きをさせられていた。大掃除の時は「掃除した!」と言い張っていたため、マリルに見つかり怒られて今に至る。


「トーコさんは休んでる暇は無いですよー。もう少しですから頑張ってください」


「ああ! ま、マリルさん……後生だ。少しだけ休憩を……!」


「ダメですー。普段は結構ちゃんと片づける人なのに、なんでこんなに汚してるんですかー」


「うう……最近は修行とかで忙しくて……」


 しかも最近物が増えてるみたいだ。もともと凝り性でグッズとかも集めるタイプのオタクだった冬子は、こっちの世界でも本だけではなく小物なんかを買い揃えていて……結果、部屋をだいぶ整理しなくちゃいけないハメになっている。


「きょ、京助~」


「自業自得でしょ冬子。しょうがない、ちょっと手伝って――」


「キヨタさんは手伝ったらダメですー。甘やかすのはトーコさんのためになりませんからー」


「そうですよマスター。トーコさんに甘すぎです。さ、トーコさんのところに行くくらいなら私の膝枕でお休みになってください」


「ヨホホ! ……キョースケさんがトーコさんに甘いのは同意デス。おとなしくこっちで待っている方がよいと思いますデスよ」


 腰を上げた状態で止められた。シュリーとリャンからは左右の腕をがっちり掴まれてるからその場に無理やり座らされてしまう。
 しょうがない、そう思ってその場に座りなおすと、その光景を見ていた冬子が床に突っ伏してしくしくと泣き出した。


「私も……その悪魔の兵器の中に入りたい……」


「そしてあわよくばキョースケの膝の上で眠りたい、と。そういうわけぢゃな?」


「はい……って違います!?」


 キアラがニヤニヤとしながら悪魔の兵器――炬燵の中で、俺の足を甘踏み? してくる。胡坐をかいてその上でマリトンを弾いている状態なので、踏まれるといってもふくらはぎをちょんちょんと突かれるようなものだが。


「炬燵……暖かくていいよね」


「うぐぅ……京助! ……お前まで私をのけ者にするのか!」


「マリルよ、妾たちにミカポンカンをとってくれぬか。六つぢゃぞ、六つ」


「はいはい、分かりましたー。もう、しょうがないですねトーコさん。ちょっとだけ休憩ですよ」


 マリルが苦笑いしながら台所の方へ行く。冬子は嬉しそうに笑い……すぽっと右側の辺に入った。ちなみにミカポンカンというのはミカンに似た果物で、ミカンより大きくて酸味が強い。炬燵によく合う果物だ。


「うう……もう炬燵から出ないぞ私は……」


 まあ一度入ると出たくなくなるよね。なんなんだろうか、この魔力は。


「前の世界……実家にはなかったなぁ、炬燵。あ、ありがとうマリル」


「どうぞー。じゃあ私も休憩しますかねー。はぅ~……暖かいですねぇ、これ」


 マリルもほっこりとした顔だ。暖炉がパチパチと燃え、その前で炬燵に入るという贅沢感。実際は部屋の空調くらい俺でもキアラでもシュリーでも適切な温度に保つことが出来るんだけど、こうして暖炉に炬燵っていうのも風情があっていい。というか、こっちの方がいい。


「冬場は必ず炬燵だったな……。兄が炬燵の出し入れ係だったよ」


「へー。いいなぁ、実家に炬燵あるの。俺はお祖母ちゃんのところにしかなかったから」


 高校生になってからは一度も母さんの実家にも、父さんの実家にも行ってない。また挨拶に行かないと……と思いつつズルズル来てしまった。


「家族か……」


 口の中で呟いて、ちらりと皆を見る。
 妹と生き別れになったリャン。
 獣人の国に騙され、両親を失ったシュリー。
 そもそも家族という概念があるのかどうかすら分からないキアラ。
 大家族で仕送りのために頑張って働いていたマリル。
 そしてもう一度会えるのかどうかすらわからない俺と冬子。
 誰もかれも……地雷臭がする話題だなぁ。
 そんな空気を感じ取ったのか、冬子も「そういえばこの前――」と話をそらそうとしたところで、リャンが「私の家にはこういうものはありませんでしたね」と切り込んできた。


「……というか、そもそも炬燵っていう概念があるの?」


 一応、話が家族の方向に進まないように、キアラの方を向いて問うてみる。


「無いわけではない。しかし、地面に座るという文化が無いからの。専用の部屋を作るのが一般的かのぅ。貴族や豪商など、まあ金持ちの道楽ぢゃよ」


 そういえば、この家は俺と冬子の方針で土足じゃないが、基本的にこの国は土足文化だ。技術的に炬燵を作ることが可能でも、あまり発達するような文化じゃないか。


「獣人族は土足じゃない家もあったので、そこそこ普及していましたよ。ただ技術的に高価だったために、やはり贅沢品といった感じでしたが」


「一家に一台って感じじゃないわけか」


 まあ前の世界でも一家に一台あるわけじゃなかったし、似たような普及率ってイメージかもしれない。


「そういえば、ピアさんはどんなお宅だったんですー?」


 この中でも比較的、家族問題が無さそうなマリルがリャンに尋ねる。
 俺と冬子は一瞬ヒヤッとしたが……リャンは気にした風もなく淡々と話し始めた。


「至って普通の家でしたよ。優しい両親と妹と静かに暮らしていました。ただ……まあ、父も母も人族でいうAGをやっていたため、早くに亡くなりましたが」


「あっ、す、すみません」


「いえ。何年も前の話ですし」


 ズズズ……とお茶を飲みながらのんびりとした声を出すリャン。ふにゃん、とへたれている耳はリラックスしている証だ。


「とはいえ、懐かしいですね。私も父や母と一緒にこうして身を寄せ合ったものです。妹を膝の上に乗せて果物を食べて……」


 しんみりとした空気が流れる。キアラだけは気にせずミカポンカンの白いすじをとっているが。
 そしてしんみりとした空気のまま……リャンは俺にしなだれかかり、抱き着いてきた。切なげな眼差し、若干潤んだ瞳……悩ましい吐息が口から洩れる。


「……ですからマスター、昔を思い出したいのでちょっと今から二人きりで密着しましょう。大丈夫です、三十分くらいで終わります」


「いや雰囲気でいけると思ったら大間違いだからね?」


 ぐいっと引きはがすと、チッと舌打ちするリャン。もうなりふり構ってないね、これは。


「ピア! そこをどけ! 京助の隣はクビだ!」


「ヨホホ! 取り敢えず炬燵から出しましょうデス」


 ズルズルと引きずり出されるリャン。そして開いた俺の隣には冬子が今度は座った。


「あ~れ~……惜しかったです。せめて二人きりならいけました」


「というか、結構重めな空気だしてなかった?」


「先ほども言いましたが、もう何年も前の話です。今の肉親は妹のシャンだけですからね」


 反省の色が見えないリャンはバツとして新しいミカポンカンを取りに行かされた。ちなみに彼女の分のミカポンカンは俺が食べた。白いすじは取らない派なので一口で。


「では続いてワタシの番デス」


 いつのまにターン制になったんだ。リャンが炬燵に戻ってくると同時にコホンと咳払いしたシュリーは、俺の手のひらをくるくると指でなぞりだした。


「ヨホホ……キョースケさん。ワタシのファーストキス……貰いましたデスよね」


「え、あ……う、うん」


 冬子とリャンが「押し付けただけじゃないか……」とか「初めてを主張する女は大抵重いんです」とか言っている気がするけど、シュリーはそれを無視して上目遣いで尋ねてくる。頬に朱が刺し、口元をわずかに緩ませながらトン、と首元に頭を置いてきた。目の前でケモミミがぴょこぴょこ揺れる。


「では次に……ワタシの初めてを――」


「アウト」


「ボッシュートですねー」


 冬子がアウトの判定をくだすと同時に、マリルがシュリーの脇の下から持ち上げ、炬燵からズルズルと引きずり出した。


「直接的な誘惑はNGです!」


「そういうルールだったんデスか……」


 というわけでシュリーはお茶のお代わりを取りに行かされた。なんかいつの間にかルールとかできてる。
 そしてシュリーが抜けたところにはマリルが入る。


「では次は私ですねー」


「やっぱりターン制なんだ」


 っていうかこれは何なんだ。上手いこと童貞を誘惑する選手権だろうか。
 マリルは慣れた手つきで俺の服に手をかけると、プチプチと胸元をあらわにした。
 は? と思っていると、そのまま彼女は自分の胸元を開ける。そして俺を自分の膝に誘導し、すっと顔を覗き込んでくる。


「はーい、いっぱい飲みましょうねー」


 そういって、ふ、服に、さらに手をかけ――


「ヨホホ、強制終了デス」


「破廉恥です! っていうか、直接的な誘惑はNGって言いましたよね!?」


 ――リャンと冬子によって炬燵の外に出されていた。


「男なんておっぱい吸わせておけば大体黙るんですよー」


「過去の恋愛遍歴が特殊すぎる人は黙っててください!?」


「まあその通りではあると思いますが」


「りゃ、リャンは黙ってて」


 そしてマリルの意見には俺はノーコメントで。そんな経験はないので分からない。
 バクバクと心臓が煩い。な、なんかいけない扉を開くところだった。


「おっぱいがない人は黙っててくださいー。部屋の一つも片づけられないくせにー」


「よーし分かった、喧嘩を売ってるんだな? 買おうじゃないか!」


「と、冬子落ち着いて。とりあえず座って……寒いから」


 左右の人が抜けちゃうと、穴が開いて寒いので……結局、キアラが左に、冬子が右に座ることになった。
 ちなみにマリルはミカポンカンの皮を入れる小さいゴミ箱と、ミカポンカンの追加を取りに行かされた。


「では妾ぢゃの」


「え、キアラさんも参加するんですか?」


「当然ぢゃろう。真打登場というやつぢゃよ」


 冬子に対してにやりとした笑みを浮かべるキアラ。何故か自信満々だ。
 どんな勝負を皆がしているのかわからないけど、確かにキアラなら何でも要領よくこなすだろう。


「ではキョースケ、妾の方を見るがよい」


「ん」


 キアラの方を見ると、何故かキアラが先に小さい宝石がついた糸を目の前に垂らしてきた。そしてそれを左右に一定のリズムで降り始める。


「どれ……キョースケ、瞼が重くなってきたのではないかの……?」


 ゆらゆらと揺れる宝石が、だんだんとぼやけてくる。あ、あれ……別に眠くも無いのに、なんだか意識、が……?


「え……あ……」


 なんだか、意識が……遠のく……ふわふわしてて……気持よく……。


「ふふ……ではキョースケ。まずは妾にキスを――」


 あれ……なんだか、キアラの唇に吸い寄せられる、気、が……


「ド外道過ぎませんか!?」


「トーコさん! はやくキョースケさんの頬をはたくのデス!」


「マスター、しっかりしてください!」


「キアラさん! それは卑怯すぎますよー!」


 パンパン! とほほに痛みを感じ、はっと目を覚ます。
 お、俺はいったい……


「京助は精神系の魔法に抵抗力があるはずなのに……」


「今のは催眠術ぢゃ。魔法とはまた別の術理ぢゃよ」


「いや物騒すぎますよ」


 冬子が剣をキアラに突き付けながらそんな会話をしている。いや、どう見ても冬子の方が物騒だけど。


「とりあえずアウトですね。罰は何にしますか?」


「じゃあそうですね……庭をうさぎ跳びで十周とか」


「肉体的過ぎんかのぅ、それは」


 結局、キアラは俺とリャン、シュリー、マリルにちょっとしたお酒を振る舞うことになった。冬子は相変わらずジュースです。


「では最後はトーコか」


「ではトーコさん、早くやって失敗してください」


「どうせオッパイないですしねー」


「ヨホホ……まあ、骨は拾うデスよ」


「皆さん辛辣過ぎやしませんかね……」


 なぜか冬子へ当たりが強い。みんな目がニヤニヤしてるから、揶揄ってるだけなんだろうけど、冬子は頬を膨らませてちょっと拗ねている。かわいい。
 ちなみにマリルは割とガチめに睨んでる。たぶん新年早々に大掃除をする羽目になったことを怒っているのが残っているみたいだ。


「というか、別に私は皆さんと違ってそんな……」


「いや、そういうのいいんで」


「ピア!?」


 リャンに促され、冬子が俺にずいっと近づいてきた。唐突に顔を近づけられ、カッと頬が熱くなるのを感じる。


「と、冬子?」


「……一回しか言わないからよーく聞け」


 ジーっと俺の目を見てくる冬子。彼女の顔はまるでトマトのように真っ赤で、なんか口元もプルプルと震えている。
 俺は何を言われるのかジッと待っていると……彼女は耳元に口をさらに近づけ、ポツリとつぶやいた。


「今年こそ、私だけを見てもらうからな」


「へ? それってどういう――」


「ふ、深い意味はない! そ、そう! えっと、その連携的な意味で! 私とだけ息を合わせて皆からサポートしてもらう方が効率がいいだろう!?」


 めちゃくちゃ早口になる冬子。
 ……まあ、そうなのかな? 確かに俺と冬子がお互いのことだけ見て連携出来る状態ってことは、みんなのサポートがかみ合っている状態だろう。そっちの方が効率的に戦えるかもしれない。


「なんというか……あざといですね」


「ヨホホ……まあ、面目躍如デスね」


「ほっほっほ。まあ妾からすれば甘いがのぅ」


「ヒロイン力の差ですかねー」


 冬子が顔を真っ赤にして「何かおつまみをとってきます!」と言って台所の方へ行ってしまった。


「おつまみ、なんかあったっけ」


「えっとですねー。確か干し肉が」


 マリルがお茶を飲みながらそう答えてくれる。予想通り、冬子は自分の分の飲み物と干し肉を持ってきてくれた。
 では、ということでキアラが全員にお酒をついでくれて……すっと杯を掲げた。


「ではキョースケよ、年始の挨拶を頼むぞ」


「……俺? まあいいけど」


 コホン、と咳払いしてから俺は口を開く。


「去年はありがとう。俺が皆と出会えて、こうしてパーティーを組めたのはとても幸運なことだと思う。……今年はもっと強い敵と戦うかもしれない、もっと辛いことがあるかもしれない。でもきっと、皆と一緒なら乗り越えられると信じてる」


 そして俺はにっこりと笑ってから杯を前につきだした。


「今年もよろしく。乾杯」


「「「「よろしくお願いします。乾杯!」」」」


 カツン、と乾いた音をさせて乾杯する。
 キュッと飲み干すと……うん、美味しい。とても飲みやすいね。のどを通る熱さが、とても心地よい。


「あけましておめでとう」


 今年もよい年になりますように。

コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品