異世界なう―No freedom,not a human―

逢神天景@小説家になろう

142話 半年ぶりなう

「ふぅむ……だいぶ上達してきたのぅ」


「だいぶかかりましたけどね」


 日記を見ないと正確な日数は分からないが、まあ半年は経っただろうか。
 毎日千本の素振り、それから基礎練。流石に俺にも『武術』というのが分かるようになってきた。いや、流石に真髄のような部分に触れているわけじゃなく、基礎も基礎だけど。
 確かに『理にかなった』動きをしているのだろう。以前よりも疲れにくくなっている。それは体力がついたからではなく――いや体力もついたのだろうが――俺が以前以上に疲れない・・・・動きをしているからだ。


「ぬしゃはワシャが思っておるよりも才があるようじゃ。技が身に付けばぬしゃはもっと強くなれると思っておったが……」


「何ですか?」


 背筋を伸ばして振り返ると、シュンリンさんはふむと顎に手を当てて俺をジッと観察していた。
 仕方のないことだと理解はしているけど、じろじろと品定めされるような視線にはやはり慣れない。


「開花に必要なのは技だけじゃ無かったようじゃの」


 ぼそり、と呟いたシュンリンさん。
 うまく聞き取れなかったが、何やら思案している様子だ。


「今日のところはこれまでじゃ。ぬしゃは少し息抜きをして来い」


 おや、と思う。いつもならお昼前までずっとぶっ通しなのに。千本の素振りが早く終わるようになったからだろうか。
 不思議そうな顔をしていたのに気づいたのか、シュンリンさんは「ふぇっふぇっふぇ」と朗らかに笑った。


「構えの矯正もそろそろ終了じゃ。そろそろ次の段階じゃよ」


 なるほど、だからか。
 しかし次の段階に入る時はちゃんと休息を与えてくれるというのは嬉しいものだ。


「ワシャはこれから酒でも飲みに行ってこようかの」


 じゃあキアラでも誘ってください、とでも言おうと思ったけど、彼女はリューと修業している間はどこかに隠れている。どうも魔力結界のような雰囲気を家の方から感じるから、その中で修業してるのかもしれない。


「じゃあお言葉に甘えて」


「そうせい。じゃあの」


 ヒラヒラと手を振ってアンタレスの方へ戻っていくシュンリンさん。いったん家に帰ろうかな。
 ふわりと浮遊して家まで戻ると……何故か、家の方が騒がしかった。
 扉の前に立ったところでいきなりバン! とリャンが飛び出してきたので、慌てて抱き留める。


「どうした?」


 何かトラブルかと思い魔力を活性化させると、リャンは焦った様子で「違います!」と俺にそのまま抱き着いた。


「ち、違うんです、マスター。今日はマルキムさんに用事があるとのことで午後の修行が無くなった旨をマスターに伝えたくて……」


「あ、ああ。そうだったの」


 俺を放すように言うと、何故か彼女はすりすりと胸に顔をこすりつけてきた。
 なんか妙に恥ずかしいんですけど。


「はぁ……」


 しかもなんかため息ついてるし。


「どうしたの?」


「失敗しました……これで『いきなり虫が出て!』とか言えばきっとマスターは騙されて撫でたり励ましてくれたりしたはずでしたのに。一生の不覚です」


「……それ言っちゃダメでしょ。ってかそもそも、リャン虫平気じゃん」


「何度も野宿していますからね」


 しれっと言うリャン。それでいいのか。


「まあいいや、それじゃあ今日はフリーになるわけだね」


 それならどうするか……いつも通りのルーチン的な魂の修行をしてもいいし、日帰り旅行とか行ってもいいかもしれない。
 彼女らにも用事はあるだろうから一人旅になるかな。
 なんて思いながら中へ入ろうとすると……何故か、リャンが俺を中に入れてくれない。


「どうしたの、リャン」


「いえ、マスター。今日は……お暇、なんですよね?」


「まあ、そうだね」


「では以前の約束通り、ダンジョンへ行きませんか? 日帰りで良いので」


 日帰りダンジョンってあるのかな……?
 とはいえ彼女があると言うんであればあるのだろう。確かにたまの暇でも無いとそんなのなかなか行けるもんじゃないからね。
 大分遅れちゃったけど、約束だったし、行くのも少し楽しみだ。


「いいよ、じゃあお昼ご飯食べたら行こうか」


「いえ、ダンジョンに行くのであれば今から出立しましょう。じゃないと間に合いません」


「へ? 日帰りできるんじゃないの?」


「ああいえ、その、えっと……」


 何故か少ししどろもどろになるリャン。いつも冷静な彼女にしては珍しいね。
 そこで後ろからマリルが出てきた。


「どうしたんですかー、キョースケさん、早かったですねー」


「ああ、マリル。いやリャンがなんでか中に入れてくれなくて」


 俺がそう言うと、彼女はポンと手を打ってにこやかな笑顔になった。


「ああ。今、私が中でちょっと臭いがキツイものぶちまけちゃいまして……暫く人を入れたくないんですよ。だからキヨタさんは外でお昼を食べてきてくださいー」


「ありゃ」


 マリルにしては珍しいことだ。彼女は家事を滅多なことじゃミスしないし。照れたように頬を掻くマリルに苦笑いを向けてから俺はクルリと振り返る。


「マリル、今からリャンとダンジョンに行こうかなって思ってるんだけど……クエストを制限されている時に行ってもいいものなの?」


「あまり高レベルダンジョンだと勘弁してほしいと言われるかもしれませんが、既に攻略済みで簡単なダンジョンなら特に何も言われないと思いますよー。流石に半年とかクエスト制限していると、中にはお金が無い人も出てくると思うので……。まあ、一度ギルドに顔を出した方がいいとは思いますけどー」


 まあ死なないで欲しい、ってだけだからね。死ぬ危険が薄ければ問題ないってことか。


「ん、了解。じゃあ行こうか」


「は、はい。マスター。では、マリルさん。後はよろしくお願いします」


「大丈夫ですよー。そうですね、お日様が沈む頃に帰ってきてください」


 お日様が沈むまでに、ではなくお日様が沈む頃に?
 何か少し違和感があるが、まあ気にするほどでもないかと思い俺はリャンを連れて街の外へ向かって歩き出す。


「リャンの準備はいいの?」


「はい。私はちゃんとマントを着ていますので」


 そう言えば、彼女がいつも戦闘の時に来ているマントを既に身に着けている。なるほど、最初からダンジョンアタックに行くつもりだったっていうことか。
 それにしても、ダンジョンか。


「どんな感じなの? やっぱモンスターがわんさか出てきて、罠がたくさんあるみたいな感じなのかな」


 ゲームや小説にある知識を引っ張り出して問うと、リャンは頷いて説明を始めてくれた。


「まずダンジョンはランク分けされています。Dランクダンジョンなら、Dランクパーティ―が最深部に到達できるという感じですね。そしてソロで攻略するならランクが二つ以上高くないと不可能と言われています」


 難易度がランク分けされていて、それはパーティー単位のランクだということか。


「内部は所謂『魔力の濃い場所』らしく、質の良い鉱石なんかが取れます。ただ魔物は基本的に中にはおらず、殆どダンジョンモンスターという独自の生物が中に闊歩しています」


「へぇ」


 ダンジョンモンスターか、なんかTRPGとかで出てきそうだね。


「魔魂石が無く、死ぬとダンジョンにそのまま吸収されてしまいます。なのでダンジョンは魔物を討伐してお金を稼ぐ場所じゃありません。鉱石を回収したり、あとは宝箱から出てくる魔道具や武器ですね」


「宝箱?」


「はい。どうもダンジョンモンスターの一種らしいですが、人族、獣人族のように魔力があまりなくても使える、魔法武器だったりします」


「へぇ……」


「さらに、普通に魔魂石などを使ってダンジョンウェポンは強化出来るそうです。マスターが以前話していたSランクAGセブンの武器は、ダンジョンウェポンへ魔魂石などでエンチャントしているんじゃないでしょうか。確証はありませんが」


 ああ、なるほど。あの大剣……大きさが自由自在だったからな。ハンマーオーガの魔魂石は分かったけど他のが分からなかった。それは元がダンジョンウェポンとやらだったからだろう。
 一つ謎が解けたところで、俺達は『三毛猫のタンゴ』の前を通りかかった。


「ちょうどいい、ここでお弁当頼んでいこうか」


「そんなサービスやってるんですか?」


「リルラに頼めばやってくれるさ」


 実際、お弁当くらいなら作ってくれる店は多い。どこのお店も金を積めばある程度融通を聞かせてくれることが多いからね。個人商店が多いからだろう。
 なんてことを言いながら中に入ると……


「ありゃ」


 見慣れない男がいた。年頃は中学生くらいだが、俺より背が高い。ひょろいがそれなりに鍛えているようだ。AGって雰囲気でもないし、さて誰だろうか。
 お盆を持って前掛けをしており、少し長い金髪を後ろで無造作にくくっており、目つきがあまり良くない。
 少なくとも、『三毛猫のタンゴ』では見たことが無いね。
 基本的に『三毛猫のタンゴ』の常連さんとは仲良くしているので、初めて店に来た人だろうか。それにしては配膳を手伝っているようだけど……。
 奥から出てきたリルラが「あ! キョースケさん!」と笑顔で駆け寄ってくる。


「お久しぶりです、キョースケさん。また槍捌きを見せてください!」


「構わないけど、今日はリャンがナイフ術を見せてくれるよ」


「本当ですか!?」


「構いませんが、的でもあるのですか?」


「じゃあそこのテーブルを――」


「じゃ、ねぇだろリルラ! テーブルを的にしたらおふくろさんに怒られっぞ!?」


 と、俺たちが話していると金髪ボーイがリルラを怒鳴った。彼の言い分は至極真っ当なものだったが、彼女はテヘペロ、とした後金髪ボーイの方へ行く。


「あ、紹介しますね、キョースケさん。この子はジョージア・ビトーって言って……わたしの、未来の旦那さんです。キャッ、言っちゃった」


 お花をほわほわとまき散らしながらそんなことを言うリルラ。なるほど、前に言っていたちょっとヘタレな彼氏って彼のことか。
 ……どう見てもDQNな見た目してるけど。
 紹介されたジョージアはじろじろと俺のことを見て……ハッ、と鼻で嗤った。


「フン、いつもリルラが凄い凄い言うわりには大したこと無さそうだな」


 えらく生意気なことを言うジョージア。自信があるようで何より。
 俺が何も言わないからビビったとでも勘違いしたのか、それとも何か他に理由があるのか、ジョージアはぺらぺらと喋り続ける。


「こんなんでBランクAGになれるってことはAGってのは大したことねぇのか、それともこいつはズルしてるんだろ。アレを使ってるとかさ。ひょろいし、なんかヘタレそうだし、きっとそうだ。だったらオレならすぐにAランク……いや、Sランクになれ――」


 次の瞬間、ピタリとリャンのナイフがジョージアの首元に突き付けられていた。背後に回り、頸動脈にぴったりとナイフをつけている。


「もう一度言ってください。言えるものなら」


「………………っ」


 パクパクと口を動かすジョージア。少しナイフから身を引こうとしているようだが……ぴったりとくっついているし、よく見たらリャンに右手首を極められている。アレは動こうとしたら余計に痛むだけだね。
 ジョージアの額には脂汗が浮いている。あれだけの殺気を叩きつけられて一応失神していないのだから、AG見習いとしてそれなりに鍛えている証拠だろう。ただ、戦意は完全に失われているようだ。右手も青くなっちゃってるし。
 一方、リャンの眼は……ガチで怒っている。もう静かに怒ってるとかじゃなくてマジ切れだ。リルラの彼氏じゃなかったらもう今頃流血騒ぎだろう。


「彼女さんの前でカッコつけたかったのですか? ……ハッキリ言って、かっこ悪いですよ」


 リャンは言う度に少しずつナイフを押し当てていっている。
 流石にこれ以上はマズいと思い、俺は彼女を制止する。


「りゃ、リャン。ちょっと落ち着いて。子ども相手に大人げないよ?」


「しかしマスター……」


「いいから、戻っておいで」


「……承知いたしました、マスター」


 リャンが俺の方へ戻ってくると、へた……とジョージアがその場にへたり込んだ。ちなみにお店はお昼前ということでそこそこ人はいたのに、全員が黙り込んでしまっている。
 営業妨害しちゃったかなー……と思いつつ、俺はジョージアに手を差し伸べる。


「確かにAGってのは舐められたら終わりの商売だ。だから虚勢も張るし、ハッタリも使う。睨まれて目をそらしてたらそいつはすぐに死ぬ」


 だけど、と俺は一度言葉を区切ってほほ笑む。


「弱い犬程よく吠える、って言うでしょ。強い人はわざわざ相手に噛みつかない。だって相手は脅威でも何でもないんだから」


 言外に自分が脅威にならないと言われて、少しだけ目の中に火が戻るジョージア。悔しさが怒りに変わったのか、「ちくしょおおおお!」と叫んで俺に殴りかかってきた。
 それを躱し、脚を引っ掛けてその場に転ばせる。


「マスター、とどめは私が」


 ジャキン! とナイフを四本出してリャンが構えたので、俺はそれをやんわりと止める。


「刺さなくていいから。……喧嘩を売る相手は慎重に選びな。リルラを守るんでしょ? くだらないプライドのために無駄死にしちゃダメだよ」


 そこまで言ってから、ジョージアを引っ張って立たせる。口の中を切ったようだけど、足元はふらついていないから脳震盪なんかは起こしてないだろう。
 ジッと俺を見るその眼は、明らかに怯えている。自分から喧嘩を売っておいてこの態度じゃ……なるほど、ヘタレってのはこの辺なのかもしれない。
 とはいえ、その態度の下には僅かな不満、そして苛立ちのようなものも感じられる。やはり年長者に対する態度じゃないけど、中学生くらいならそんなものか。
 俺は少しだけため息をついてから、リルラに向き直ると、彼女はガバッとジョージアの頭を無理矢理下げさせた。


「す、すみませんキョースケさん! あのその、えっと、ほら! ジョージアも謝って!」


「………………すんません」


 不満たらたら、という表情でぼそりと言うジョージア。その様子を見てまたリルラが「すみません、すみません!」と何度も謝ってきた。
 俺自身も別に怒っているわけじゃないから「いいよ別に」と言って、リルラに向き直る。


「それよりもリルラ、お昼ご飯のお弁当をお願いしてもいいかな。メニューはそちらに任せるし、ちゃんとお金も出すよ」


 唐突にそんなことを言われたからか、一瞬だけリルラは呆けてから「あ、少々お待ちください」と行って奥へ引っ込んでいった。
 こうして残されたのは、俺とリャン、そして項垂れて何も言わないジョージアの三人のみ。


「くそっ……俺も、アレがあれば……」


 何事か呟くジョージア。
 アレ……とは、なんだろうか。何か劇的に強くなれるアイテムでもあるのだろうか。俺に思い当たる節と言えば――


(……ゴーレムアーマー?)


 一瞬頭に浮かんだ考えを、バカバカしいと一蹴する。仮にあれがあったとしても別にそんなに強くないしね。


「AGになりたいんだって?」


 黙っているのもどうかと思い問いかけるが、やはり反応が無い。本来ならばタローのように彼を導くべきなのかもしれないけれど、コミュニケーションを拒む相手に話すことも無いので俺はリャンと一緒に近くの椅子に座る。
 そもそも、偉そうに何か言える立場じゃないしね、俺。
 リルラがお弁当を持ってくるのを待っていると、数分も経たずに彼女が戻ってきた。そしてジョージアを店の中へと下がらせた。


「……えっと、その、本当に申し訳無いです……」


「別にいいよ」


「普段はあんなこと言わないんですけど……なんででしょうか」


 てっきり普段からあんなふうに噛みついているのかと思いきや、そういうわけではないらしい。


「なにか焦るようなことがあったのかもね」


「何にせよ、マスターに喧嘩を売っておいて命があるだけ運がいいと思ってほしいですね」


「リャン、それ悪役のセリフだから……」


 苦笑いして彼女に言うと、小首をかしげて俺に尋ねてくる。


「バカにされたのがマスターではなく、私やトーコさん、キアラさん、リューさん、マリルさんのうちの誰かだった場合どうしますか?」


「相手は子どもだからね。肋骨の二、三本で許すよ」


 即答する。そりゃそうだ。自分の侮辱には寛容になれるけど、仲間をバカにされるのは許しがたい。


「キョースケさぁん……それ許してないですよぉ」


 若干涙目になるリルラ。流石に冗談が過ぎたか。


「……冗談はさておいても、俺らだからアレですんだけど、DランクとかのあまりうだつがあがっていないAGとかにあの態度だと袋叩きにされるかもしれない。気を付けるようにね」


 流石に殆どの人が子どもの戯言と思って受け流せるだろうけど、プライドだけ肥大した人とかも中にはいることはいる。そういう人にあんな態度だったら殴られてもおかしくない。多分にビビらせたからもう迂闊なことは言わなくなるだろう。


(カカカッ! テメェもピアもヤリスギダゼェ? 相手はまだガキダロウにヨォ!)


 よりによってヨハネスからお叱りを受けてしまった。
 暫く活力煙を吹かして待っていると、リルラがお弁当を持ってきてくれたので俺はそれを持ってリャンと共に店を出た。
 さて、ダンジョンアタックだ。

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