異世界なう―No freedom,not a human―
129話 元気なう
リビングに戻ると、何故かキアラがニヤニヤしていてリャンがワクワクした顔になっていた。なんでだろうか。
「取りあえず冬子は覚醒したから、次はリャンだね」
「……修行のためとはいえ、少し釈然としないものがあるな。まあ最初に私を選んでくれただけでもいいか」
「何か言った? 冬子」
「何でもない。今度甘いモノを奢ってもらう量が増えるだけだ」
なんでやねん。
リャンにもまた似たようなことをするのかと思うと気が滅入るが、仕方が無い。今度こそ心を殺してさっさと終わらせよう。
ちょいちょいと手招きをしてリャンを俺の部屋に呼ぶ。
先に彼女を入れて、どう切り出そうかと思いながら扉を閉めると――
「マスター、どうぞ……」
――胸元をはだけさせたリャンがベッドの上に寝ころんでいた。
「なんで!?」
「マスター、私は確かに初めてではありませんが……その分、トーコさんよりも満足させる自信はありますので……」
彼女はおいで、とでも言いたげに両手を広げるので、俺は思いっきり目を逸らして扉に背をつける。
「OK、冷静に話し合おう。俺たちがすべきことはそうじゃない」
「マスター、いいのですよ? 我慢しなくて。さあ……」
ぽっ、と頬を染めて恥ずかしそうに目を逸らすリャンを見て思わず生唾を飲み込む。
煽情的なムードでその蠱惑的な瞳に吸い寄せられるようにベッドの傍まで寄ってしまい――はっ、と我に返った。
「違うから! 何かたぶんリャンは勘違いしている!」
「勘違いなどしていませんよ? トーコさんは初めてなので満足できなかったのでしょう? だから私が、その……マスターの若さの全てを受け止めてさしあげようと!」
「何言ってんの!?」
「さぁ! 夜想曲の向こう側へ!」
「それ駄目だから! レーティング変わっちゃうから!」
いろんな意味で今日のリャンはヤバい。
俺は一旦リャンをベッドに座らせ、落ち着かせる。
「……あのね、リャン。俺達は今魂を使えるようになるために修業しなくちゃいけないってわかってる?」
「ええ。そのためにはマスターから胸を揉みしだかれる必要があることも」
「違うからね!? いや、ある意味間違っちゃいないんだけど、そうじゃないっていうか、その……」
俺はもごもごと口ごもる。冬子の時は冬子の時で困ったけど、リャンはリャンで反応に困る。何故こうも俺をからかうのか。
童貞が珍しいのかこの世界は。
「ふう、いい? リャン。胸に確かに手は当てるけど、その……。別に揉みしだいたりするわけじゃないからね?」
「ですがマスター。トーコさんに手を出していたから彼女の嬌声が聞こえてきたのでしょう?」
「へ?」
嬌声……?
「ずっとトーコさんの喘ぎ声が聞こえてきたのはてっきりそういうことかと――」
「アレは違うから! そうじゃないから!」
俺はカッと顔が熱くなるのを感じながらリャンの口をふさぐ。
「……取りあえず、魂の修行のためだったから、俺と彼女の間には何もなかった」
「はい。……むぅ、もう少し押せばいけた気はします」
何か末恐ろしいことを呟いているけど、聞こえないふり。
俺は集中して右手に魂を纏い、彼女の胸に手を伸ばす。
(…………)
彼女の格好はいつものマントではなく、緑色の……村娘とかが着ていそうなエプロンで素朴な感じが出ている。
そのせいで逆に彼女の女性としての肉感が強調されており、なんか冬子の時とは違う意味で「いけないこと」をやっている感覚だ。
頭を振って雑念を消し去り、俺は彼女の胸に触れる。
ふにゅん、と指が沈む。それにビックリして思わず手を握ってしまった。
「ま、マスター……積極的ですね」
「わっ、ち、違う! 違う違う違う!」
俺は慌てて手を離し、再度触れる。
……マシュマロ、というよりも水風船のようなみずみずしさと弾力。なのにさっき不覚にも握ってしまった時は手が包み込まれるような柔らかさだった。枕にしたら気持ちよさそう。
(って何を想像している俺!?)
いかん、無心になれ。リャンをそういう眼で見たらダメだ。彼女は、忘れがちだけど変則的な奴隷契約のようなものを結んでいるから、俺に抵抗できない。そんな状況の彼女にこんな邪な気持ちを抱くなんて男として最低だ。
そもそも、奴隷にしか求愛出来ないってそれ、自分に男としての魅力がないって言ってるようなものじゃないかな。
……よし、関係ないことを考えて自分の気持ちをコントロール。大丈夫、俺は無心。
「んっ……こ、これは確かに」
ビクンッ、と身体を震わせるリャン。口からは熱い吐息が漏れている。彼女は体や声は我慢しているようだけど、さっきからずっと耳がぴくぴくと動いていて、それが何ともまた艶めかしい。俺はケモナーだった……?
なるべくそれらを気にしないようにしてリャンの身体に魂を流し続ける。
「んっ……はぁっ、んっ、なんか、体が熱い……です、ね」
くねくねと、何かを我慢するように身もだえして俺の方にリャンが手を伸ばしてきた。
「マスター……なんだか、切ないです」
「が、我慢して。もう少しだと思うから……」
うっとりとした表情で俺を見つめるリャン。上気した頬は、冬子とはまた違った色気を醸し出しており、これが「大人の色気」ってやつなのか……と戦慄する。
「マス、ター……すみません、分かっているんです」
彼女の潤んだ瞳から目を離せない。それをしたらきっと後悔する――そう、思わせるような何かが彼女にあった。
俺の頭を掴み、胸を押し付けるようにして彼女が近づいてくる。そのせいで俺の指が再び食い込み、柔らかく包み込まれる。
「マスター……失礼します」
そのまま、彼女の唇が徐々に徐々に近づいてきて――
「って、ダメだってば!」
――俺は水の魔法で彼女の動きを封じる。
「マスター、何故私の身体を縛るのですか」
もじもじと身をよじるリャンだけど、割と強めに縛ったから身動きが取れていないようだ。
「ああもう……魂が覚醒するまでその状態で我慢してね」
そう言いながら魂をゆっくりとリャンの体内に流し込む。
……今、俺はケモ耳美人の奴隷(体外的には)の身体の動きを封じて胸を触ってるのか。
なんだろう、自分が最も嫌悪する人種と似たようなことをしている状況になって割と泣けてきた。
「んっ、はっ、んっ」
目の前のリャンは先程とは打って変わって艶めかしい視線を向けてくることは無くなった(声は出てるけど)。むしろ体内に感覚をむけているようだ。
……ただ、何故かチラリと俺を見る瞳に拗ねた雰囲気を感じる。なんでだろうね。
「ん……んぁっ、はぁっ……んんんっ!」
ビクビクッ、と身体を震わせて彼女の身体から魂が吹きあがる。彼女も覚醒したらしい。
俺はふうとため息をついて手を離し、リャンも糸が切れた人形のようにベッドに倒れ込んだ。俺もその横に転がる。
「ああ……これが新しい力ですか」
「そうだね。俺も疲れた」
いろんな意味で。
そのことに文句の一つでも言ってやろうかと思ったけど、その元気すらなかったから軽く睨みつけるだけにとどめる。
そんなリャンは魂を出したり引っ込めたりしながら、俺の顔をジッと見つめてきた。
「マスター」
「どうしたの?」
リャンがコロンと転がって俺に近づいてきたので、また何か変なことを言うのか――と思ったら、つぼみがほころぶようにとても嬉しそうな微笑みを浮かべた。
「また、貴方の力になれる。ありがとうございます」
ドキッ、と。
俺の心臓が跳ねたのは魂を使った副作用だ。きっとそうに違いない。
そんな表情でそんなこと言われたら……何もかも許すしかないじゃん。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
『んっ、あんっ』
リビングにリャンの喘ぎ声が微かに聞こえてくる。何故か全員が必要以上に静かにしているせいで、否が応でもその声を聞くしかない。
というか、もしかすると自分の声も聞こえていたのではないか? と想像すると大ダメージを喰らいそうになるので俯いて耐えるしか無かった。
「嬢ちゃん」
そんな空気の中、唐突にマルキムが話しかけてきた。
「な、なんですか?」
気恥ずかしくてマルキムの顔を見れずに返事をすると、彼の方は平然とした雰囲気で尋ねてくる。
「ちょっと剣を振ってみてくれねえか?」
「剣……私の、ですか?」
「ああ、この前戦い方を見た時に違和感があってな。それを解消したいんだ」
違和感、と。
マルキムは冬子の剣をそう評価した。
(――なるほど)
やはりこの人は達人だ、とそう感じる。
「分かりました。では庭でやりましょう」
そう言ってサッと立ち上がり庭へ向かうと、マルキムさんもそれに続いて出てくる。
庭は大分広く、剣を振るくらいは問題ない。ただ、殺風景なので今度何か花でも育てようかと京助と話していたところだ。
「型でいいですか?」
「ああ。頼む」
冬子は剣の柄に手をかけ、すり足で右足を踏み込むと同時に剣を抜いた。正眼の位置に構え、切っ先が弧を描くように降ろし腰の下に持ってくる。そして一閃。下段から左斜め上へ跳ねるように斬り上げた。
一度納刀。一歩下がり右足のみを前に出して再び抜刀。今度は正眼の位置ではなく上段に構えた。息を吐くと同時に振り下ろし、手首を返して膝のバネで跳ね上げるように振り上げ、正眼に構え直す。
「ふぅ」
そして右手を――
「ああいや、もういい。ありがとよ」
――そこで止められた。
「大体わかったが……嬢ちゃん、武器が合ってないだろ」
マルキムが鋭い瞳で冬子の持つ両刃の直剣を見つめる。
RPGとかでいうところのショートソードのようなものだろうか。他の異世界人が持っているそれよりは長いものを選んだつもりだが、それでもやはりしっくりこない。
「……よく分かりましたね」
「そりゃ見ればわかる。明らかに片刃の剣で戦う動きだからな。嬢ちゃんは……キョースケと同郷で、この世界の人間じゃなかったよな、確か」
冬子は頷き、その辺に落ちていた木の枝で地面に絵を描く。
「私の習っていた剣術は、『刀』と呼ばれる武器で戦うことを前提に作られていました。刀というのはこういう形状で――」
木の枝なのであまり細かい部分は書けなかったが、だいたいの形は描けた。
「反りがあり刀身の片側に刃がある剣です。切れ味を重視した武器で、重さで断ち切るのではなく技ですぱっ、とやるのが主流ですね。何にせよ、この世界ではこれと似た武器を見付けられなくて、やむを得ずこの直剣で戦っていました」
特に銘は無いと言われたが、とてもよく斬れる直剣なので重宝している。京助が神器を手に入れる前に使っていた槍と、恐らく作者は同じだ。
「片刃ってことは、これじゃダメなのか?」
そう言ってマルキムが見せてきたのは、前の世界ではマチェットとか言われるナイフが大きくなったような形状をしている剣だった。強いて言うならば青龍刀が近いだろうか。
「そうですね……。その手の武器は何度か見たんですが、どれもいまいちで」
頬を掻いて苦笑いをする。弘法筆を選ばず――なんて言葉があるが、冬子はどちらかというと武器を選びたい人間だった。
昔、とある野球選手がインタビューで言っていた言葉。
『弘法筆を選ばず? バカ言っちゃいけません。弘法だからこそ筆を選ぶ、最高のアイテムを使ってこそ、最高のパフォーマンスが出来るんです。そのために私は何よりもグローブを大切にします』
現実の弘法大師だって実際には無茶苦茶筆には気を使っていたらしいし。
ともあれ、こっちの世界で一番最初に出会ったこの武器が最も使いやすかったからこれを使っていたまでのこと。
「ふむ……なんでそれをキョースケに言わなかった?」
「京助は……なんというか、武器には頓着している様子が無かったので言いだしづらくて。勿論、私が欲しいと言えばどうにか調達しようとしてきてくれたのでしょうが、最近忙しかったですし」
というか、アンタレスに来てからずっと事件事件で息つく暇が無かった。唯一のんびりしたのは王都だが……その時は、諸々の事情で戦闘のことは頭から抜けていたし。
「ふーむ……まあ、分かった。ともあれ、オレが本格的に稽古をつけてやるのはその……カタナ? を作ってからだな」
何とは無しに言うマルキムに少し驚いて聞き返す。
「刀……作れるんですか?」
「ん? そりゃお嬢ちゃんの世界にあった奴と寸分たがわないモンを作るのは不可能だろうさ。嬢ちゃんが作り方を一から十まで知ってるならまだしもな」
刀を作るのは高等技術だ。スマホで検索したくらいで作れるようなものじゃないし、スマホもない。
だからこそのセリフだったのだが、マルキムは少しキザに指を振った。
「だから全く同じモンを作るんじゃねえ。お嬢ちゃんの専用の剣を作ればいいだけだ」
「私専用の?」
「オーダーメイドって奴だな。……というか、それこそキョースケに言えば出てきたアイデアだろうに」
(オーダーメイド――その手があったか)
手に馴染む武器が無いなら自分専用に作ればいいということか。
「そもそも、Bランク以上のAGでオーダーメイド以外の武器を使ってる奴はあまり聞いたこと無いな。勿論俺の武器も特注だ。Cランカーでも腕の立つ奴は専用武器であることが多いな」
「そうだったんですね」
「おう。そうそう、ヘルミナには会ったな? アイツならどんな人間にだってピッタリの武器を作ってくれるさ。値段は少し張るかもしれないが……」
そこまで言ってチラリと館の方を見る。
「アイツにもそのくらいの甲斐性はあるだろ」
「そうですね」
冬子も頷いて館の方を見る。
ひとまず、自分の方針は決まった。
魂を使いこなすこと。
剣技をもっと進化させること。
そして――相棒を見つけること。
「おっ、魂が膨れ上がった。ケモ耳の嬢ちゃんも覚醒が終わったみてえだな。戻るか」
「はい。……これから、ご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いします」
「おう」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「さて、取りあえず三人とも魂に覚醒は果たしたようだな」
俺は右手だけ、冬子とリャンは最初から全身に魂を纏うことが出来るようになった。
……彼女らの方が、才能があるという点には納得してはいるものの、自分が少し情けなくなる。
「まあ、京助はどうせすぐに全身に纏えるようになる。嬢ちゃんたちは魂を使っての身体能力強化の方法とか、オンオフじゃなくて強弱の付け方とかな。あとは魂を体から放出して撃ちだせるようになれば完璧だ。そこから先は俺の指導無しでも上手く使えるようになる」
最終的にはドラ〇ンボールを目指せ、と。Z戦士なら覇王に勝てるかな。
「覇王が空を飛んでたのって舞〇術なのかな」
「アレはまた別の技術だろうな。少なくとも魂の応用では空を飛べないはずだ」
残念、冬子とド〇ゴンボールごっこが出来るようになったと思ったのに。
「京助……今の私たちは既に人外の実力を持っているんだから、やろうと思えばドラゴン〇ールごっこだろうがナ〇トごっこだろうが出来るだろう」
まあね。
「というわけで、明日からお前ら全員魂の修行をスタートだ。それ以外は各々の師匠に任せる。嬢ちゃんはオレが、キョースケはシュンリン爺さんだな。今日はちょいとオレもシュンリン爺さんも用事があるから明日だな」
明日から修行か。
「ふぇっふぇっふぇ。取りあえずワシャらはAGギルドに行ってアルの坊主と会わんといかんからのぅ」
ギルマスも坊主扱いか。
その後、皆で軽くお茶をしてから二人はギルドへ行った。
「ふぅ~……魂が目覚める時、結構疲れるよね」
俺の場合は別の要因で疲れた気はするけど。
「そうですね、マスターの指使いに骨抜きにされそうでした」
「ッ!? きょ、京助!? 何をしたんだ!?」
「何もしてないのはわかるでしょ。……冬子と同じことをしただけだよ」
くたっとテーブルに突っ伏す。思いだしたら俺の色々がヤバい。俺の『パンドラ・ディヴァー』が神器解放してしまう。
「揉みしだかれましたけどね。……ああ、トーコさんは揉めるものが無い、と」
「表に出ろ! 二人まとめてたたっ切って殺る!」
「……なんで俺も?」
冬子が顔を真っ赤にして抜刀したので、リャンも立ち上がった。その手にはナイフが握られている。どこに隠してたんだろ。
「ふん、持たぬ者の嫉妬ですかトーコさん」
胸を張ってどや顔をするリャン。冬子は悔しそうに顔を歪めながら……しかし、俺の一部に目をやってから首を振ってリャンに言い返した。
「くっ……だがキョースケは十分私に欲情していた! 大きさなんて関係ない!」
なんでそうなる。
「と、冬子? 俺が欲情していたかどうかなんてそんな分かるわけ――」
とそこまで言いかけて皆――リャン、冬子、キアラ、マリルの視線が俺の一部分に集まっていることに気づいた。
俺の一部分……マルキムから魂を当てられたあそこである。
「ほっほっほ。……まあ、若い証拠ぢゃ」
「その……キヨタさんも男性なんですね。ちょっと安心しました」
「だからもう一押しだと思ったというのに……」
「わ、私は何も見えてないから安心しろ京助!」
「――っ!!!」
俺はダッシュで家から飛び出した。
……もう、暫くみんなの顔をまともに見れる気がしない。
「取りあえず冬子は覚醒したから、次はリャンだね」
「……修行のためとはいえ、少し釈然としないものがあるな。まあ最初に私を選んでくれただけでもいいか」
「何か言った? 冬子」
「何でもない。今度甘いモノを奢ってもらう量が増えるだけだ」
なんでやねん。
リャンにもまた似たようなことをするのかと思うと気が滅入るが、仕方が無い。今度こそ心を殺してさっさと終わらせよう。
ちょいちょいと手招きをしてリャンを俺の部屋に呼ぶ。
先に彼女を入れて、どう切り出そうかと思いながら扉を閉めると――
「マスター、どうぞ……」
――胸元をはだけさせたリャンがベッドの上に寝ころんでいた。
「なんで!?」
「マスター、私は確かに初めてではありませんが……その分、トーコさんよりも満足させる自信はありますので……」
彼女はおいで、とでも言いたげに両手を広げるので、俺は思いっきり目を逸らして扉に背をつける。
「OK、冷静に話し合おう。俺たちがすべきことはそうじゃない」
「マスター、いいのですよ? 我慢しなくて。さあ……」
ぽっ、と頬を染めて恥ずかしそうに目を逸らすリャンを見て思わず生唾を飲み込む。
煽情的なムードでその蠱惑的な瞳に吸い寄せられるようにベッドの傍まで寄ってしまい――はっ、と我に返った。
「違うから! 何かたぶんリャンは勘違いしている!」
「勘違いなどしていませんよ? トーコさんは初めてなので満足できなかったのでしょう? だから私が、その……マスターの若さの全てを受け止めてさしあげようと!」
「何言ってんの!?」
「さぁ! 夜想曲の向こう側へ!」
「それ駄目だから! レーティング変わっちゃうから!」
いろんな意味で今日のリャンはヤバい。
俺は一旦リャンをベッドに座らせ、落ち着かせる。
「……あのね、リャン。俺達は今魂を使えるようになるために修業しなくちゃいけないってわかってる?」
「ええ。そのためにはマスターから胸を揉みしだかれる必要があることも」
「違うからね!? いや、ある意味間違っちゃいないんだけど、そうじゃないっていうか、その……」
俺はもごもごと口ごもる。冬子の時は冬子の時で困ったけど、リャンはリャンで反応に困る。何故こうも俺をからかうのか。
童貞が珍しいのかこの世界は。
「ふう、いい? リャン。胸に確かに手は当てるけど、その……。別に揉みしだいたりするわけじゃないからね?」
「ですがマスター。トーコさんに手を出していたから彼女の嬌声が聞こえてきたのでしょう?」
「へ?」
嬌声……?
「ずっとトーコさんの喘ぎ声が聞こえてきたのはてっきりそういうことかと――」
「アレは違うから! そうじゃないから!」
俺はカッと顔が熱くなるのを感じながらリャンの口をふさぐ。
「……取りあえず、魂の修行のためだったから、俺と彼女の間には何もなかった」
「はい。……むぅ、もう少し押せばいけた気はします」
何か末恐ろしいことを呟いているけど、聞こえないふり。
俺は集中して右手に魂を纏い、彼女の胸に手を伸ばす。
(…………)
彼女の格好はいつものマントではなく、緑色の……村娘とかが着ていそうなエプロンで素朴な感じが出ている。
そのせいで逆に彼女の女性としての肉感が強調されており、なんか冬子の時とは違う意味で「いけないこと」をやっている感覚だ。
頭を振って雑念を消し去り、俺は彼女の胸に触れる。
ふにゅん、と指が沈む。それにビックリして思わず手を握ってしまった。
「ま、マスター……積極的ですね」
「わっ、ち、違う! 違う違う違う!」
俺は慌てて手を離し、再度触れる。
……マシュマロ、というよりも水風船のようなみずみずしさと弾力。なのにさっき不覚にも握ってしまった時は手が包み込まれるような柔らかさだった。枕にしたら気持ちよさそう。
(って何を想像している俺!?)
いかん、無心になれ。リャンをそういう眼で見たらダメだ。彼女は、忘れがちだけど変則的な奴隷契約のようなものを結んでいるから、俺に抵抗できない。そんな状況の彼女にこんな邪な気持ちを抱くなんて男として最低だ。
そもそも、奴隷にしか求愛出来ないってそれ、自分に男としての魅力がないって言ってるようなものじゃないかな。
……よし、関係ないことを考えて自分の気持ちをコントロール。大丈夫、俺は無心。
「んっ……こ、これは確かに」
ビクンッ、と身体を震わせるリャン。口からは熱い吐息が漏れている。彼女は体や声は我慢しているようだけど、さっきからずっと耳がぴくぴくと動いていて、それが何ともまた艶めかしい。俺はケモナーだった……?
なるべくそれらを気にしないようにしてリャンの身体に魂を流し続ける。
「んっ……はぁっ、んっ、なんか、体が熱い……です、ね」
くねくねと、何かを我慢するように身もだえして俺の方にリャンが手を伸ばしてきた。
「マスター……なんだか、切ないです」
「が、我慢して。もう少しだと思うから……」
うっとりとした表情で俺を見つめるリャン。上気した頬は、冬子とはまた違った色気を醸し出しており、これが「大人の色気」ってやつなのか……と戦慄する。
「マス、ター……すみません、分かっているんです」
彼女の潤んだ瞳から目を離せない。それをしたらきっと後悔する――そう、思わせるような何かが彼女にあった。
俺の頭を掴み、胸を押し付けるようにして彼女が近づいてくる。そのせいで俺の指が再び食い込み、柔らかく包み込まれる。
「マスター……失礼します」
そのまま、彼女の唇が徐々に徐々に近づいてきて――
「って、ダメだってば!」
――俺は水の魔法で彼女の動きを封じる。
「マスター、何故私の身体を縛るのですか」
もじもじと身をよじるリャンだけど、割と強めに縛ったから身動きが取れていないようだ。
「ああもう……魂が覚醒するまでその状態で我慢してね」
そう言いながら魂をゆっくりとリャンの体内に流し込む。
……今、俺はケモ耳美人の奴隷(体外的には)の身体の動きを封じて胸を触ってるのか。
なんだろう、自分が最も嫌悪する人種と似たようなことをしている状況になって割と泣けてきた。
「んっ、はっ、んっ」
目の前のリャンは先程とは打って変わって艶めかしい視線を向けてくることは無くなった(声は出てるけど)。むしろ体内に感覚をむけているようだ。
……ただ、何故かチラリと俺を見る瞳に拗ねた雰囲気を感じる。なんでだろうね。
「ん……んぁっ、はぁっ……んんんっ!」
ビクビクッ、と身体を震わせて彼女の身体から魂が吹きあがる。彼女も覚醒したらしい。
俺はふうとため息をついて手を離し、リャンも糸が切れた人形のようにベッドに倒れ込んだ。俺もその横に転がる。
「ああ……これが新しい力ですか」
「そうだね。俺も疲れた」
いろんな意味で。
そのことに文句の一つでも言ってやろうかと思ったけど、その元気すらなかったから軽く睨みつけるだけにとどめる。
そんなリャンは魂を出したり引っ込めたりしながら、俺の顔をジッと見つめてきた。
「マスター」
「どうしたの?」
リャンがコロンと転がって俺に近づいてきたので、また何か変なことを言うのか――と思ったら、つぼみがほころぶようにとても嬉しそうな微笑みを浮かべた。
「また、貴方の力になれる。ありがとうございます」
ドキッ、と。
俺の心臓が跳ねたのは魂を使った副作用だ。きっとそうに違いない。
そんな表情でそんなこと言われたら……何もかも許すしかないじゃん。
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『んっ、あんっ』
リビングにリャンの喘ぎ声が微かに聞こえてくる。何故か全員が必要以上に静かにしているせいで、否が応でもその声を聞くしかない。
というか、もしかすると自分の声も聞こえていたのではないか? と想像すると大ダメージを喰らいそうになるので俯いて耐えるしか無かった。
「嬢ちゃん」
そんな空気の中、唐突にマルキムが話しかけてきた。
「な、なんですか?」
気恥ずかしくてマルキムの顔を見れずに返事をすると、彼の方は平然とした雰囲気で尋ねてくる。
「ちょっと剣を振ってみてくれねえか?」
「剣……私の、ですか?」
「ああ、この前戦い方を見た時に違和感があってな。それを解消したいんだ」
違和感、と。
マルキムは冬子の剣をそう評価した。
(――なるほど)
やはりこの人は達人だ、とそう感じる。
「分かりました。では庭でやりましょう」
そう言ってサッと立ち上がり庭へ向かうと、マルキムさんもそれに続いて出てくる。
庭は大分広く、剣を振るくらいは問題ない。ただ、殺風景なので今度何か花でも育てようかと京助と話していたところだ。
「型でいいですか?」
「ああ。頼む」
冬子は剣の柄に手をかけ、すり足で右足を踏み込むと同時に剣を抜いた。正眼の位置に構え、切っ先が弧を描くように降ろし腰の下に持ってくる。そして一閃。下段から左斜め上へ跳ねるように斬り上げた。
一度納刀。一歩下がり右足のみを前に出して再び抜刀。今度は正眼の位置ではなく上段に構えた。息を吐くと同時に振り下ろし、手首を返して膝のバネで跳ね上げるように振り上げ、正眼に構え直す。
「ふぅ」
そして右手を――
「ああいや、もういい。ありがとよ」
――そこで止められた。
「大体わかったが……嬢ちゃん、武器が合ってないだろ」
マルキムが鋭い瞳で冬子の持つ両刃の直剣を見つめる。
RPGとかでいうところのショートソードのようなものだろうか。他の異世界人が持っているそれよりは長いものを選んだつもりだが、それでもやはりしっくりこない。
「……よく分かりましたね」
「そりゃ見ればわかる。明らかに片刃の剣で戦う動きだからな。嬢ちゃんは……キョースケと同郷で、この世界の人間じゃなかったよな、確か」
冬子は頷き、その辺に落ちていた木の枝で地面に絵を描く。
「私の習っていた剣術は、『刀』と呼ばれる武器で戦うことを前提に作られていました。刀というのはこういう形状で――」
木の枝なのであまり細かい部分は書けなかったが、だいたいの形は描けた。
「反りがあり刀身の片側に刃がある剣です。切れ味を重視した武器で、重さで断ち切るのではなく技ですぱっ、とやるのが主流ですね。何にせよ、この世界ではこれと似た武器を見付けられなくて、やむを得ずこの直剣で戦っていました」
特に銘は無いと言われたが、とてもよく斬れる直剣なので重宝している。京助が神器を手に入れる前に使っていた槍と、恐らく作者は同じだ。
「片刃ってことは、これじゃダメなのか?」
そう言ってマルキムが見せてきたのは、前の世界ではマチェットとか言われるナイフが大きくなったような形状をしている剣だった。強いて言うならば青龍刀が近いだろうか。
「そうですね……。その手の武器は何度か見たんですが、どれもいまいちで」
頬を掻いて苦笑いをする。弘法筆を選ばず――なんて言葉があるが、冬子はどちらかというと武器を選びたい人間だった。
昔、とある野球選手がインタビューで言っていた言葉。
『弘法筆を選ばず? バカ言っちゃいけません。弘法だからこそ筆を選ぶ、最高のアイテムを使ってこそ、最高のパフォーマンスが出来るんです。そのために私は何よりもグローブを大切にします』
現実の弘法大師だって実際には無茶苦茶筆には気を使っていたらしいし。
ともあれ、こっちの世界で一番最初に出会ったこの武器が最も使いやすかったからこれを使っていたまでのこと。
「ふむ……なんでそれをキョースケに言わなかった?」
「京助は……なんというか、武器には頓着している様子が無かったので言いだしづらくて。勿論、私が欲しいと言えばどうにか調達しようとしてきてくれたのでしょうが、最近忙しかったですし」
というか、アンタレスに来てからずっと事件事件で息つく暇が無かった。唯一のんびりしたのは王都だが……その時は、諸々の事情で戦闘のことは頭から抜けていたし。
「ふーむ……まあ、分かった。ともあれ、オレが本格的に稽古をつけてやるのはその……カタナ? を作ってからだな」
何とは無しに言うマルキムに少し驚いて聞き返す。
「刀……作れるんですか?」
「ん? そりゃお嬢ちゃんの世界にあった奴と寸分たがわないモンを作るのは不可能だろうさ。嬢ちゃんが作り方を一から十まで知ってるならまだしもな」
刀を作るのは高等技術だ。スマホで検索したくらいで作れるようなものじゃないし、スマホもない。
だからこそのセリフだったのだが、マルキムは少しキザに指を振った。
「だから全く同じモンを作るんじゃねえ。お嬢ちゃんの専用の剣を作ればいいだけだ」
「私専用の?」
「オーダーメイドって奴だな。……というか、それこそキョースケに言えば出てきたアイデアだろうに」
(オーダーメイド――その手があったか)
手に馴染む武器が無いなら自分専用に作ればいいということか。
「そもそも、Bランク以上のAGでオーダーメイド以外の武器を使ってる奴はあまり聞いたこと無いな。勿論俺の武器も特注だ。Cランカーでも腕の立つ奴は専用武器であることが多いな」
「そうだったんですね」
「おう。そうそう、ヘルミナには会ったな? アイツならどんな人間にだってピッタリの武器を作ってくれるさ。値段は少し張るかもしれないが……」
そこまで言ってチラリと館の方を見る。
「アイツにもそのくらいの甲斐性はあるだろ」
「そうですね」
冬子も頷いて館の方を見る。
ひとまず、自分の方針は決まった。
魂を使いこなすこと。
剣技をもっと進化させること。
そして――相棒を見つけること。
「おっ、魂が膨れ上がった。ケモ耳の嬢ちゃんも覚醒が終わったみてえだな。戻るか」
「はい。……これから、ご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いします」
「おう」
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「さて、取りあえず三人とも魂に覚醒は果たしたようだな」
俺は右手だけ、冬子とリャンは最初から全身に魂を纏うことが出来るようになった。
……彼女らの方が、才能があるという点には納得してはいるものの、自分が少し情けなくなる。
「まあ、京助はどうせすぐに全身に纏えるようになる。嬢ちゃんたちは魂を使っての身体能力強化の方法とか、オンオフじゃなくて強弱の付け方とかな。あとは魂を体から放出して撃ちだせるようになれば完璧だ。そこから先は俺の指導無しでも上手く使えるようになる」
最終的にはドラ〇ンボールを目指せ、と。Z戦士なら覇王に勝てるかな。
「覇王が空を飛んでたのって舞〇術なのかな」
「アレはまた別の技術だろうな。少なくとも魂の応用では空を飛べないはずだ」
残念、冬子とド〇ゴンボールごっこが出来るようになったと思ったのに。
「京助……今の私たちは既に人外の実力を持っているんだから、やろうと思えばドラゴン〇ールごっこだろうがナ〇トごっこだろうが出来るだろう」
まあね。
「というわけで、明日からお前ら全員魂の修行をスタートだ。それ以外は各々の師匠に任せる。嬢ちゃんはオレが、キョースケはシュンリン爺さんだな。今日はちょいとオレもシュンリン爺さんも用事があるから明日だな」
明日から修行か。
「ふぇっふぇっふぇ。取りあえずワシャらはAGギルドに行ってアルの坊主と会わんといかんからのぅ」
ギルマスも坊主扱いか。
その後、皆で軽くお茶をしてから二人はギルドへ行った。
「ふぅ~……魂が目覚める時、結構疲れるよね」
俺の場合は別の要因で疲れた気はするけど。
「そうですね、マスターの指使いに骨抜きにされそうでした」
「ッ!? きょ、京助!? 何をしたんだ!?」
「何もしてないのはわかるでしょ。……冬子と同じことをしただけだよ」
くたっとテーブルに突っ伏す。思いだしたら俺の色々がヤバい。俺の『パンドラ・ディヴァー』が神器解放してしまう。
「揉みしだかれましたけどね。……ああ、トーコさんは揉めるものが無い、と」
「表に出ろ! 二人まとめてたたっ切って殺る!」
「……なんで俺も?」
冬子が顔を真っ赤にして抜刀したので、リャンも立ち上がった。その手にはナイフが握られている。どこに隠してたんだろ。
「ふん、持たぬ者の嫉妬ですかトーコさん」
胸を張ってどや顔をするリャン。冬子は悔しそうに顔を歪めながら……しかし、俺の一部に目をやってから首を振ってリャンに言い返した。
「くっ……だがキョースケは十分私に欲情していた! 大きさなんて関係ない!」
なんでそうなる。
「と、冬子? 俺が欲情していたかどうかなんてそんな分かるわけ――」
とそこまで言いかけて皆――リャン、冬子、キアラ、マリルの視線が俺の一部分に集まっていることに気づいた。
俺の一部分……マルキムから魂を当てられたあそこである。
「ほっほっほ。……まあ、若い証拠ぢゃ」
「その……キヨタさんも男性なんですね。ちょっと安心しました」
「だからもう一押しだと思ったというのに……」
「わ、私は何も見えてないから安心しろ京助!」
「――っ!!!」
俺はダッシュで家から飛び出した。
……もう、暫くみんなの顔をまともに見れる気がしない。
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