異世界なう―No freedom,not a human―

逢神天景@小説家になろう

天川と白鷺の……なう

 自らの剣を正眼に構える。今日は神器ではなく訓練用の剣だが。
 天川にとってはこの訓練の一回一回が命がけだ。何せ相手は自分とは次元の違うところにいる化け物なのだから――


「いつでも来い」


「お願いします。おおおおおおおおおお!!!」


 ギリリリリリィィィィィン! と激しい金属音が鳴り響く。天川の剣が振るわれる度に、それに応じてラノールさんも両手に持つ剣を動かす。
 バックステップで距離をとり、再び頭を下げて突撃しようとするとそれを読まれていたのか剣が目に向かって飛んできた。


「――――ッ!」


 いくら訓練用に刃引きしてあるとはいえ、目に入ればただではすまない。咄嗟に身を捻って躱すと頭を振った方向からラノールさんの拳が迫ってきていた。
 なんとか額で受けてダメージを最小限にとどめるが、それでも脳が揺れたのか視界が覚束なくなる。


「くっ!」


 しかしそれを気合と根性で捻じ伏せ、首元に一撃を放とうとしていたラノールさんの剣を弾いた。


「ふふ……まだまだ、足元がお留守になっているぞ!」


 軸足にしていた右足を刈られ、ほんの一瞬宙に浮いてしまう。時間にしては0.1秒にも満たなかっただろう、しかしラノールさんは背、首、足を的確に撃ち抜いてきた。


「ガハッ……」


 ビタン、と地面に叩きつけられるが、天川は小声で完成させておいた「ライトレーザー」を放つ!


(これが決定打になるとは思わない、少しでも隙を作れれば――)


 ――と、思って撃った魔法だったが、


「ハァッ!」


 ……なんと避けることもせず気合だけでかき消されてしまった。


「そんな無茶苦茶な……」


「何を言う、私たちの領域じゃ珍しいことじゃないぞ。それに――」


 ゴッ! と腹を蹴り上げられ、そしてもうどこを殴られたか分からないくらいの連打を浴びる。


「魔法よりも先に剣だと言っただろうが、まったく」


 呆れたようなラノールさんの声。


「今日はここまで」


 遠のく意識の中、ラノールさんの声が聞こえてくる。
 何が悪かったのかを考えながら、フッと意識を手放した。




~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~




「明綺羅くん」


「ん……呼心か?」


「うん、私」


 ぱちりと目を覚ますと、傍らにはタオルを持った呼心がいた。窓の外を見ると月が出ている。それなりに長い時間気絶していたらしい。
 お礼を言いながらタオルを受け取り、ため息をついて身体を起こす。


(また……手も足も出なかったな)


 呼心が持ってきてくれていた水筒を受け取り、のどを潤す。極限まで乾いていた体に染み渡る。美味い。
 ――天川はあの日から城に戻ってずっとトレーニングをしていた。すべては清田を見返し、皆を守るために。
 王様に諸々の事情を話し、王城に戻った時は歓迎してもらえた。
 そして――ホンモノの王国騎士最強の人とも一戦交えさせてもらった。もちろん、手も足も出ないどころか神器を使って尚簡単にあしらわれてしまったが。
 それ以来、天川はその人から稽古をつけてもらっている。


「お疲れ様、今日は大分しごかれてたね。ラノールさん厳しいもんね」


「ああ。……まあ、俺は弱いからな。むしろ王国騎士最強から直々に教えてもらえるだけありがたいと思わないと」


 天川以外の――難波や木原など――救世主たちは、他の王国騎士の人と一緒になってトレーニングを受けている。
 それは王城から出ていく前までとは一線を画す本格的なトレーニングで、むしろ何故あれほどぬるい訓練しか受けさせてくれなかったのか疑問に思う程だ。


「私も今日、だいぶ疲れたよ」


「呼心は魔法を習ってるんだよな。……俺も普通の魔法を使えるようになった方がいいかな」


「ダメだよ、明綺羅くんはまずは剣って言われたでしょ?」


「はは、そうだな。さっきも言われたんだった」


 笑い、また一口水を飲む。そこで自分の身体に痛みが無いことに気づく。どうも呼心が治癒してくれたらしい。
 そのまま暫く二人でぼんやりとしていたが、ぼそりと呼心が口を開いた。


「……聞いた?」


 重々しい一言。何のことかは言われなくても分かっているので、黙ったまま首肯する。


「ビックリしすぎて……今日、あんまり何も食べられなかったよ」


「ちゃんと食べておいた方がいいぞ。明日に響く」


「……うん」


 ――その報せが入ってきたのは今日の昼頃だった。
 清田が覇王と接敵、そしてアンタレスのギルドマスターと、BランクAGの三人で戦いボロボロにされてしまったという報せだ。


「俺は……神器を持っていると、普段の何倍、いや何十倍と強い」


「そうだね」


「清田と俺の神器、どちらが強力なのかは分からないが――普通の武器だけでドラゴンと渡り合えていた清田が神器を持って戦ったうえで、ボロボロにされたんだろう? ……どんな化け物なんだ、覇王は」


 仮に、自分たち全員でかかっていったとしても清田をボロボロに出来るイメージは湧いてこない。むしろやられるんじゃないかとすら思う。


(そんな清田が手も足も出ないだって?)


 今更ながら震える。自分はそんな化け物に対して挑もうとしている現実に。


「こんな遅くまで残っているのか、感心だなアキラ」


 澄んだ声。女性としては少し低いハスキーなボイス。
 声の方を振り向くと、コツコツと、石畳に綺麗な音を響かせながらラノールさんが入ってきた。


「ああ、ラノールさん」


「こんばんは、ラノールさん」


 金髪を無造作にくくり白いワンピースを着た美女で、本名はラノール・エッジウッドという。
 碧の瞳には優しさが浮かんでおり、その優美な微笑みからは王国騎士最強だなんて言われているようには見えない。まるで貴族の御令嬢だ。
 しかし整った顔の真ん中を分けるように走る傷や、よく視ると分かる圧倒的なエネルギー量からは風格が漂って来ている。彼女が社交場で会話に花を咲かせている女性ではなく、戦場で血の花を咲かせている騎士であるとい風格が。


「あまり根をつめすぎるな。どうせまだ覇王には届かないんだから」


 あまりにも直球な言葉に天川は苦笑する。呼心はその言い方に少しムッと来たのか、心なしか口を尖らせて彼女に尋ねる。


「それなら、ラノールさんなら勝てるんですか?」


「私か。……先に訊くが、君たち、口は堅いか?」


 突然妙なことを尋ねるラノールさん。意地わるい顔をしていた呼心も「?」といった顔になる。


「特に口が軽いと思ったことはありませんが……」


「私もです」


「そうか、それならいいだろう。では最初に私たちの認識をすり合わせておこうか。まず君たちと同じく異世界から来たキョースケ・キヨタ。彼は王都のギルドで話を聞く限りSランクAGに限りなく近い実力を持っているらしい」


 SランクAG――。
 まさか清田が人族最高峰の戦闘能力を誇ると言われている人たち、それに匹敵する強さにまで成長しているとは。
 それに少しの嫉妬と、対抗心、そして誇らしさを抱く天川。
 さらにその評価に驚くよりも「やっぱりな」という納得の感情が先に湧いてくる自分に苦笑する。


「そしてアンタレスのギルドマスターだが……別に怪我をして引退したとかではなく、子供が出来たから引退しただけで実質殆ど現役時代から力は変わっていない人だ」


 アンタレスという街は知らないが、AGという荒くれものの集団を束ねている人だからさもありなんと言ったところだろうか。


「そして最後に――ここにBランクAGと書かれているが、彼のことは私の師匠からよく話を聞いていてな。元々SランクAG『金色のレオ』と呼ばれていた人物だ。今では様々な事情により『金色』の異名を捨ててBランクAGとして活動しているようだが、当時のSランクAGの中ではトップクラスの実力を持っていたと聞く」


 ゴクリ、と自分でも意図せず唾を飲み込む。


「つまり覇王はBランクAG二人と元Sランクのロートルをボコボコにしたわけじゃない。実質SランクAG三人をまとめてボロボロにしたわけだ」


 見れば、なんとラノールの手が震えている。あれほどまでに強い彼女が。神器を持った自分すら一蹴した、戦闘力だけならSランクAGに勝るとも劣らないと言われている彼女が。


「正直な話、私がSランクAG二人がかりでこられたら、どう逃げようかと算段するくらいだ。まして三人が相手なんて肉片が残っていたらいい方だろう」


 それを、ボコボコにした。
 報告によると、清田によってつけられた傷以外は一切のダメージを負うこと無く。
 いつの間にか足が震えている。なまじっか最高峰と言われる強さに触れたからわかる、分かってしまう。先ほどまでの漠然としたものではなく、明確な強さが。


「さて、ここまで聞いてもらって最初の話に戻ろう。私が覇王に勝てるかどうかだったな? ――否だ。恐らく手も足も出ない。一撃入れば御の字、恐らくは何も出来ず殺されるだろう」


 自分のことにすらはっきりと言うラノールさん。
 だが彼女はすぐににこやかな笑顔になる。


「正直、私たちはもうそこまで爆発的な伸びしろは無い。だからもうお前たちに託すしかないんだ。覇王たちに勝つにはお前たち異世界人が――救世主が覇王たち以上に強くなるしかない。そのために私たちはお前らを鍛えているんだ」


 慈愛に満ちた笑み。
 その顔からは慈愛だけではなく覚悟も感じる。
 天川達を強くするという、覚悟が。


「もちろんです。俺は勇者――皆を守るために、強くなります」


「明綺羅君なら出来るよ」


 グッと小さく握り拳を作る呼心。そのかわいらしい仕草につい頬が緩んでしまう。


「その意気だ。アキラ。……ところで、今夜は暇か?」


「へ?」


 唐突に腕をとられる。すわ関節技か――? と警戒したものの、特に何か起こるわけではない。
 いや、何か起きているといえば起きていた。ラノールの割と豊満な胸がむにゅうと密着して……


「え、えっとその……?」


「もし暇なら私がもう少し稽古をつけてやろうと思ってな。持久力の稽古だ。何、毎晩ヤれば抜群の効果を得られるぞ?」


 稽古、稽古なら――


「だ、ダメです! 明綺羅君は今夜私と……そ、その! わ、私の魔法の訓練に付き合ってもらうんです!」


「そんなもの昼にやれ」


「だ、だったらそっちも昼にやればいいじゃないですかっ!」


 呼心が顔を真っ赤にして叫ぶと、ラノールはちょっと驚いたような顔になり、その後頬を少し赤らめた。


「その……だな、お前たちの趣味は知らないがそういうことは真っ昼間からやるものでもなくて……」


「あー! ほら、やっぱり稽古じゃないじゃないですか!」


「当り前だ。男と女が夜中に二人きりともなればすることは一つだろう。……淑女にこんなことを言わせるな恥ずかしい」


 ふいっと視線を逸らすラノールさん。
 呼心はというと口をわぐわぐとさせてからさらに噛みつく。


「ど、どどどど、堂々と言ってもダメです! ダメなものはダメです!」


「ま、まあまあ、二人とも。……せ、せっかくだし三人で寝るか? な?」


 二人が何を言っているか、流石に分かっているが世界を救うまではそういうことは禁止と自分に戒めている。なのでなるべくわかっていないフリで誤魔化すためにあえて大胆なことを言ってみる。
 しかしそれが良くなかった、何故か二人が「その手があったか」みたいな顔をし出す。


「なるほど……三人か……」


「うー……たしかに初めてだし、それなら誰かと一緒の方が心強いかも?」


「む、お前も初めてなのか」


「え、ラノールさんも? ……ふっ、そんな歳でですか」


 黒い笑みを浮かべる呼心。
 しかしラノールさんは気にした様子も無く腕を組む。


「まあ戦いに明け暮れていたからな。だがそれならヘリアラス様も呼ぼう。彼女なら経験豊富だろうし」


「流石に王女様は呼べませんもんねー」


「え、いや、あの……?」


 何故か話がまとまりつつある二人向かって声をかけると、にこぉ~……と、それはそれは邪念の混じった笑みをむけてくる二人。




「明綺羅くん」


「自分で言ったことの責任はとれよ?」


「あー……その……シッッ!」


「あっ! 逃げたぞ追え!」


「明綺羅くん、逃げ切れると思わないでね……ッ!」


 ――長い長い夜になりそうだ。主に攻防的な意味で。




~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~




「あー……清田すっげぇな」


 ばさり、と情報誌をテーブルに置いてため息をつく。まさかこんなことになっているとは思ってもみなかった。


「そうだねー。君のような万年童貞と違って女の子にもモテモテなみだいだし」


「そっちじゃねえ……って俺はモテねえんじゃねえ! 修行中だから断ってんの!」


「はいはい、娼館一つまともに入れないくせして何言ってるんだか。……で? なんの話?」


「この記事だよ、はいこれ」


 そう言って白鷺は加藤に情報誌を渡す。全ての町でやっているわけではないが、この町では瓦版のような情報誌がAGに無料で配られているのだ。
 書かれていることはAGに関わることだけだが、これが意外と読んでて面白い。


「何々……アンタレスに覇王が襲来。居合わせたAG二名とアンタレスギルドマスターが応戦し、追い返すことに成功。この記事がどうしたの?」


 加藤が興味なさげに読み上げるので、記事の下部分にある関与したAGという欄を指さす。


「戦ったのはBランクAG『魔石狩り』のキョースケ・キヨタ……あー。凄いね、これは。もう彼は亜人族最強って言われてる人と戦ってしかも生き延びたのか」


「だろ? くーっ」「疲れましたw これにて完結です」「俺も戦ってみたかったぜ。っておい、今のなんだ」


「気にしなくていいよ。……それより、白鷺。君が戦ってたら一瞬で蒸発してると思うけど」


「いや蒸発ってなんだよ。太陽にでも近づいたのかオレ」


 というか人間は蒸発しないだろ。焼失はするだろうが。


「まあそれはともかくとして。……んー、だいぶ差、付けられちゃったんじゃない?」


 加藤がバサリと情報誌をテーブルに置いて天井を仰ぎ見る。


「先は越されたな。……けど、まだ清田は覇王のこと倒してないんだろ?」


「そうみたいだね。それで?」


「ならよ」


 白鷺は拳を天高く掲げてニッと笑う。


「俺が先に覇王をぶっ倒す。そっから清田にリベンジマッチだ!」


 その姿を見て、加藤はぼそりと「……そういうところ、気に入ってるんだよね」と呟く。


「……そもそも、君はスタートラインに立ててないことはわかってる?」


「ぐ」


 神器。
 天川と清田が持っている武器であり、超常の力を秘める恐らくこの世界でも最強クラスの装備。
 天川達と別れて以来情報を収集しているが、神器以上の武器というのはそうそうないらしい。そして神器に対抗できるのも神器だけとか。
 つまり、神器を持っている二人と同等なレベルで闘うためには神器を手に入れる必要がある。
 そう、塔を踏破しないといけないのだ。


「だからこうしてこの――アルタイルに来たんだろ」


 アルタイル。緑の多い街で、様々な流派の道場が集まっていることで有名な地だ。
 ここに塔があるという話を聞いて白鷺たちはやってきたのだが……。


「まさか入るのに条件が必要とか思わないだろ……」


 週に一度開かれる格闘大会、それに優勝しないと塔に入ることはできない。そして今週の分は昨日既に行われてしまっていたのだ。
 ……これで、塔を踏破されたことになれば何をしに来たか分からなくなる。


「だから来週まで踏破されないことを祈りつつ――道場破りでもしてるか」


「いつからそんな戦闘民族になったんだ、君は」


 溜息をつく加藤だが、口元はニヤリと歪んでいる。彼も楽しみなのだろう。
 清田と別れてから本当の意味で戦い漬けだった日々、その集大成をぶつけることが。


「毎日何時間戦ってたかな」


「さぁ? 寝る時とご飯食べる時以外は基本外に出て戦ってたでしょ」


「流石に風呂は入ってただろ」


 二人で立ち上がり、コキコキと首を鳴らす。
 他流試合でも構わない。今はただ強い奴と戦いたい。
 自分より強い奴と戦わないと――この拳をどこに叩きつけていいかわからない。


「オレより強い奴に会いに行く!」


「まあそのセリフがこれほど合うシチュエーションも無いけど。にしても目立ってるから音量下げて」


「お、おう」


 そう言いながらギルドの外に向かって歩いて行く。


「で? どの道場から行くの?」


「もちろん、槍使いの道場だ」


「君ならそう言うと思った。……場所はわかってるから行こうか」


「おうさ!」


 ――覇王はあの清田をボコボコにするくらい強いらしい。亜人族最強というのは伊達じゃないのだろう。
 だがそれなら自分たちがそれ以上に強くなればいいだけの話だ。
 自分より強い相手を倒し続ければ、いつかは最強になれる。


「オレたちの戦いはこれからだ!」


「それ打ち切りじゃない?」

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