異世界なう―No freedom,not a human―

逢神天景@小説家になろう

126話 頼れる男なう

「くそおおおお!!!」


 俺の張った風の結界の中で、異様なほどの光が煌いている。全てキアラの放つ魔力弾の輝きだ。
 ゴーレムアーマーはそれに当たりながらキアラに近づき、剛腕を振り下ろす。
 しかし、キアラはその場から一歩も動かずゴーレムアーマーに横合いから魔力弾を当ててその攻撃をやり過ごした。
 パチン、と無慈悲に鳴るフィンガースナップの音。何十もの魔法陣が展開して同時にゴーレムアーマーに向かって発射される。


「うおおおおおお!?!?!?! な、なんだ、なんなんだこの力は! グルーイ博士の作ったゴーレムアーマーが手も足も出ないだと!?」


「ほっほっほ。……ふむ、もう少し出力を上げても耐えるようぢゃの。これはこれは、厄介なものを作った奴がおったようぢゃ」


 のんびりとした声、戦いの緊迫感というものがまるで感じられない。


「では、とどめぢゃ」


 光の嵐、それが晴れた時ゴーレムアーマーは停止していた。外見上傷は無いけど、中はこんがりって感じかな。
 いやはや、圧倒的だね……。


(ただの魔力弾って非効率なんだよね)


(ソウダナァ。剣で斬るのと砂鉄をぶつけるのを比べるようなモンダナ)


 ……尋常じゃない威力の差だね。なのに魔力弾だけで圧倒。キアラが凄すぎてゴーレムアーマーが弱すぎたようにしか見えない。
 ……実際、弱かっただけかな。


(ンナ分けネェダロウ。ソリャ、この中の誰が戦っても圧勝シタが、無傷で鹵獲スルノハ難しかったハズダゼェ?)


 殺したり壊したりするのは案外簡単だ。最も難しいのは無傷で無力化すること。それをキアラは手を抜いた状態で平然とやってのけた。
 本気で戦ったらどれほどの戦いを見せてくれるのだろうか。


(にしても……なんで指パッチンしてるんだろう)


 キアラは魔法を使う時は指を鳴らしていることが多い。カッコつけているわけじゃないだろうから、何か理由があるはずだ。


(カカカッ! アレはルーチンだゼェ)


 何とはなしに思ったことにヨハネスが答えてくれる。


(ルーチン? ルーチンワークとかそういうのだっけ)


 いや、この場合はスポーツ選手などが試合前に行うアレのことだろうか。決まった動きをすることで本番前の緊張をほぐすために行うとかなんとか。


(厳密にはチゲェケドまあ似たヨウナモンダ。要するに『詠唱』スルト体が勝手に魔法を使う準備に入り意識せずトモ魔法を使える……一流の魔法師ッテノはソウナッテル。キアラはソノ代りに指を鳴らしたダケで使えるヨウにナッテルダケダ)


 つまり、魔法を発動するまでのプロセスである『魔力を集める➝魔法をイメージする➝発動する』という流れを、普通の魔法師は呪文を唱えることによって、俺は全て頭の中で完結させて行っている。
 俺は無詠唱で魔法を使っているけど、詠唱することもある。何らかの理由で集中できない時や、詠唱した方が強くイメージできる場合などだ。よって、魔術も魔法も、正直体の動きよりも速く使うことなんてできない。思考を必要とするからだ。
 そこでキアラは魔法を使うための全ての動きを体にしみこませて詠唱という動作を指パッチンに置き換えているんだろう。反射で思考を使わずに使えるように。


「俺にもできるかな……」


(カカカッ! ……アレは才能だけジャ無理ダゼェ。何度も、何度も、何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も! 練習シテ初めて出来る芸当ダ)


 ヨハネスの声が、何となく誇らしげなものに聞こえる。理由は分からないけど――キアラのことになるとヨハネスは嬉しそうに話す。
 二人――神と悪魔だけど――の間に何があったんだろう。
 っていうか、ホントにヨハネスって悪魔なんだろうか。


(ねぇ、『知りたがりの悪魔』)


(カカカッ、ドウシタ、キョースケ。その名で呼ぶナンテ珍しいジャァネェカ)


(何をそんなに、知りたかったの?)


 つい聞いてしまった、その質問。
 聞いていいのか分からずスルーしていたその質問。


(……カカカッ、マア……言うべき時が来たら言うサ)


(そう)


 今日ばかりは、ヨハネスの姿が見えないことが残念だった日はない。
 こんなにも感情が読み取れない声は初めてだ。




~~~~~~~~~~~~~~~~




「よくやったわね、キョースケ」


 ゴーレムアーマーを鹵獲し、気絶していた黒服&アクドーイを拘束した後オルランドがやってきた。全員分の飲み物を持って。


「マスター、まずは私から」


 リャンがそう言って俺のお茶を一口飲む。相変わらずリャンだけはオルランドのことをいまいち信用していないようだ。
 けどまあ、いいか。オルランドって敵か味方かわからないし。


「取りあえず後の詰めは私に任せなさい。……アクドーイ商会を潰すことが出来て万々歳よ。ボーナスも弾んであげるわ」


 語尾に音符でも付きそうなほど弾んだ声を出すオルランド。ボーナスって、俺はオルランドに雇用されてるわけじゃないんだけどな。


「それじゃあ――早く、彼女のところへ行ってあげなさいな」


 くいっと親指でマリルを示すオルランド。俺は肩をすくめてから、マリルの方へと歩いて行った。


「やっと助けられたよ」


 実は戦いの最中、何度かマリルへ攻撃しようとしていた奴らはいたのだが、全て足をへし折っていたら徐々にマリルを狙おうとする人間は減っていた。まあ誰だって足が粉々になった仲間を見たら躊躇するか。


「ありがとうございます、キヨタさん」


 ペコリとお辞儀するマリル。その動きはあまりに丁寧で、一瞬ギルドの受付嬢の格好をしているようにすら見えた。
 ……こんな人を、奴隷にさせるなんてやっぱりあり得ない。助けられて良かった。


「遅くなっちゃって、ごめんね。その……色々、あってさ」


 鎖を風魔法で断ち切り、彼女の腕を自由にさせる。首の鎖はまた後でいいだろう。


「大丈夫ですよー、キヨタさん。しっかり助けてくれましたから」


 そう言って笑うマリル。
 あとは彼女を国から大金貨400枚で買い戻せば彼女は自由の身だ。もう一度、ギルドの受付に立つことだってできるだろう。
 本当に、良かった。
 俺がホッとしていると、ツー……とマリルの眼から涙がこぼれ落ちた。


「……ごめんね、恐かったよね」


「いえ……違います、キヨタさん」


 嬉しそうな声音。いや、嬉しいとも少し違うのかもしれないけれど、柔らかい声。


「私は……ずっと、助ける側でした。物心ついたころには家族を助けるために働いていましたし、出会った男の人は殆ど私の収入だけで生きていました。皆、私が助けていました。私が助けなきゃいけなかったから。私の方がお金を稼いでいたし、私には生活力があったから」


 おんぶにだっこ、彼女の経歴というか恋愛遍歴はスカパから聞いていたが……彼女は今風に言うならダメンズを引き寄せる体質なんだろう。
 ずっと家族に仕送りをして、それでしかもダメンズを養うって……どれだけ稼いでいたんだか、マリルは。


「だから、初めてなんです。こうして……人から、助けられたのは」


 ぽろぽろと、涙をこぼすマリルさん。俺はその大粒の涙をハンカチで拭ってあげる。


「いいんだよ、マリルさん。――困った時は人に頼れば、さ」


 そう、困った時は頼ればいい。自分一人でできることなんてたかが知れてるんだから。俺だって一人だったら、覇王と戦った時に生き残れてはいないだろう。


「……ずっとずっと、弱音を吐いちゃいけないと思っていました」


「うん」


「ずっとずっと、誰にも頼っちゃいけないって。私が一番お姉さんだから、好きな人に頼られたから、みんな私に頼るから……っ!」


「うん」


 マリルは泣き顔を隠すように俺の胸に飛び込んでくる。腰に回された手に入る力は、まるで赤ちゃんがお母さんに抱き着くようで。


「私は、助けられてもいいんですか?」


「うん」


「私は、弱音を吐いていいんですか?」


「そりゃね」


「これからは……誰かに頼ってもいいんですか?」


「うん。それは誰かから許可を出して貰うようなことじゃないよ。人と人の繋がりなんだから、マリルが助けた分だけ――皆もマリルを助けてくれるよ」


 情けは人の為ならず。巡り巡って我が身のため。
 当り前のことかもしれないけど、当り前が故に


「例えばキヨタさんに――頼っても、いいんですか?」


「もちろん。……どうせ、成り行きとはいえ一度はマリルのご主人様になるわけだし」


 すぐに解放するつもりではあるけどね。
 俺の胸で泣いているマリルは、さらに腕に力を籠めてくる。


「キヨタさん。……私、助けられちゃったせいで前みたいに強く振る舞えるかわかりません」


「別に構わないでしょ」


「だから……これからも、ずっと助けてくれますか?」


「もちろん。俺だって助けられることはあるんだし、お互い様だよ」


「――はい!」


 ニコッ、と。
 涙顔のマリルが見せてくれた笑顔は、今日一番の笑顔で。
 ああ、やっぱり。
 女の子は、笑顔が一番可愛いね。




~~~~~~~~~~~~~~~




 ――さて、マリルを助けることには成功したわけだけどオルランドの目的はあくまでアクドーイ商会を潰すこと。
 役人たちがなだれ込み、全員を捕縛していった後の話は聞いていないが取りあえずアクドーイは犯罪奴隷となり鉱山送りにされるらしい。
 奴隷を扱っていた人間が奴隷になるっていうのはどんな気分なんだろうね。
 それ以外の人たちは殆ど脱税などのことについて知らなかったようなので、職を失ったかもしくは軽微な罰ですんだようだ。
 マリルは一度国の借金奴隷になり、その後俺が買い戻す――という形ではあるものの、なんとか自由の身となれた。
 ……もっとも、彼女は二度とギルドの受付嬢が出来ないようだけど。
 ちなみに、今回の件で「ギルド関係者が奴隷になってしまった場合」について何らかの対策が取られるようになったようだ。マリルを俺が助けられなかった場合は大変なことになっていただろう。


「京助―。こっちのベッドはどの部屋に運ぶんだ?」


「それは……あー、マリルのとこ」


「分かった」


 ギルドの受付嬢は物凄い倍率の試験を突破しなくてはならないらしく、ある意味「エリート」なんだそうだ。
 そして受験資格の中に「一度も奴隷になったことが無い者」というのがあるらしい。奴隷に一度でもなっていた場合、精神面に不安が残るからとかなんとか言われたけど、未だにこのルールにはあまり納得がいっていない。
 そんなわけで、彼女は俺に借金を返すために俺の家の住み込みメイドさんと相成った。
 なんでだよ! というツッコミを入れたいけれど、彼女に頼まれてしまったので否とは言えなかった。「別のところで稼いでキヨタさんに返金するよりも、直接キヨタさんのところで働いた方が効率もいいですし、私も働きがいがあります」とは本人の談。


「マスター、この箱どこに置きますか?」


「物置部屋に取りあえず入れておいて」


 ちなみに今、俺達は館の中に家具を運び入れている。館にあまり家具が無かったというのもあるし、同居人が二人増えたからそのための生活器具もいれなくちゃいけなかったからね。
 ……そう、同居人が『二人』増えたのである。1人は言わずもがなマリル。
 そしてもう一人が――


「ふむ、大変そうだな、ミスター京助」


「そう思うんなら手伝ってもいいんじゃない? タロー」


 リビングでのんびりとコーヒーを飲んでいるタローに声をかける。


「……だからタローと呼ぶのはやめろと。それに家具の大半を買ったのは私だぞ?」


「その大半が全部自分のだからでしょ。……ホント、マジで働いて、じゃないなら部屋に引っ込んで」


 ジトッとした目で睨みつけると、タローはやれやれとでも言いたげに肩をすくめた。


「ふっ、そう怒るな。お前たちが疲れただろうと思ってコーヒーを淹れてやっているんだ。どれ、一休みにしないか? その後私も手伝おう」


 タローがそう言うと、台所の方からいい香りが漂ってきた。どうも彼の木偶人形がコーヒーを淹れてくれたらしい。
 たしかに疲れてきてはいるので休むのには賛成だけど、こいつが主導権を握っている風なのが気に食わない。


「第一、なんでタローも俺の家に住むのさ」


「昨日も言っただろう。……覇王の一件で大分注目されていたのに、アクドーイ商会を潰す一助をしたということで君が特定の貴族に――つまりオルランドだが――肩入れしているのではないかという話になったんだ」


「だからってタローが同じ家に住む必要は無いと思うんだ……」


 俺はタローの対面に座り、コーヒーを一口飲む。美味しいのが悔しいね。


「部屋は余ってるんだからいいだろう。……SランクAGなどの実力者は、ギルドに親族や恋人がいる場合が多い」


 綺麗な所作でコーヒーを飲むタロー。


「人質ってこと?」


「有り体に言えばそうなるな。例えばセブンの奥方は王都のギルドマスターだ。こうしておけば、彼らが何らかの乱心を起こした時に抑えやすくなる」


「……けど、俺の場合は特にギルドに親族がいるわけでも恋人がいるわけでもない」


 仲間たちは強いから、正直AGじゃなくなっても生きていける。俺はならないけれど、この前出会ったスターブのように闇組織の用心棒になってしまう場合だってある。
 だから暴走してしまわないために、何か不穏なことがあった時のために見張りを置いておく。それは分かるけど……。


「よりにもよってSランクAGを配置する?」


「まあそう言うな。どうせ君たちを押さえつけることなんて私も出来ない。君たちは形式だけでも私という見張りがいることにすれば余計な疑いをかけられることもないのだから」


 だとしても見張りというのには不快感がある。
 とはいえ力づくで追い出してしまえば、ギルドと全面戦争だ。マルキムやギルマスを敵に回したくは無いし、セブンとかエースが追いかけてきたら勝てる自信もない。
 結局のところ、この条件を飲むしかないわけだけど……。


「はぁ……ま、宿屋に他のお客さんが泊まってるみたいな感覚でいればいいか」


「ああ。たまにコーヒーを作ることを許してもらえるなら、基本的にリビングの方まで降りて来はしないよ。私だって、人のハーレムの中で暮らすなんて居心地がいいわけじゃないのだから」


「何がハーレムか、まったく」


「だってまた増えたのだろう? ハーレムメンバーが」


「違うよ。彼女は――マリルは、俺への愛情とかそんなんじゃなくここにいるんだから」


 彼女は俺への恩義を果たすためと言っていた。実際、ギルドで働けないのならここで働いてもらった方がいい。どのみちこの屋敷は広すぎるから管理する人は欲しかったところだし、信頼できる彼女がいてくれるなんて願っても無い話だ。


「ふっ……青いな」


 ニヒルに微笑むタロー。
 そして彼は立ち上がると、何体か木偶を出した。


「コイツラに運ばせるのは任せてくれ。私は任務があるから行ってくる」


「……俺を見張るのが任務なんじゃないの?」


「君たちが暴走するとは思えないのでね、ギルドから依頼されている監視レベルは最低ランクのFだ」


「それなら住み込みで監視する必要性無くない?」


 俺のジト目の問いに対しても肩をすくめるだけのタロー。


「ふっ。取りあえず私は行ってくる。窓から出入りするので屋敷の鍵は閉めていてくれて構わない」


 そのまま帰ってこなきゃいいのに。
 タローが出ていくのを見計らって、俺はマリルの方へ行く。


「マリル」


 玄関先にいた彼女に俺が声をかけると、メイド服姿でにへーっと花畑のような笑顔になって振り返ってきた。
 ……彼女がメイド服姿なのは断じて俺の趣味ではないことだけは明言しておく。


「あ、キヨタさん。いい香りですねー、コーヒーですか?」


「うん、タローが淹れてくれたんだ。休憩してきて。俺が交代するから、キアラと冬子とリャンにも言って来て」


 と言っても後はタローの荷物が大半だ。タローの木偶人形がせっせと運び込んでいるし、彼女たちの休憩が終わるころには運び込みは終わってるだろう。後は掃除だけだ。


「はーい。そうそう、お手紙届いてましたよ」


「ん? ああ、ありがとう」


 たしかに手紙だ。……そういえば、こっちの世界の言葉は読めるのにかけない。そろそろちゃんと練習しないとね。
 そう思いながら手紙を開けると……差出人は、とんがり帽子の彼女だった。


『ヨホホ、キョースケさん、お久しぶりデス。お元気デスか? ワタシたちはようやくこっちの生活にも慣れてきたデス。弟は友達が出来て楽しく暮らしているデス』


 へー、よかったねぇ。安息の地を見付けたみたいだ。


『こちらの人々は、最初は警戒していましたがデスが、ワタシたちが村のために働いているうちに徐々に態度も軟化してきたデス』


 それはよかった。
 どうも幸せに暮らせているみたいだね。


『これで、安心して弟を任せられますデス』


 ……ん?


『聞けば、キョースケさんは覇王と戦ったとのことデス。なんと撃退したという話を聞いてワタシは涙が出ましたデス』


 ……いや、よく知ってるね、その情報。


『しかし今後また覇王のように強い敵がいつ現れるか分かりませんデス。なので、ワタシはそちらへ向かうことにしましたデス』


 ……ほへ?


『P.S.マルキムさんから聞きましたデスけど、また傍にいる女性が増えたらしいデスね。今度その話も聞かせてもらいたいデス』


 えっと……?
 何でか知らないけど背筋にぞわっとしたものが走り、俺は苦笑いのまま玄関先で固まるのだった。



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