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異世界なう―No freedom,not a human―

逢神天景@小説家になろう

124話 天井知らずなう

 競売が始まって既に30分ほどが経った。ここまでまだマリルは出てきていない。


『さぁ! 続いての商品はこちら!』


 バサリと幕がとられ、次の奴隷――否、被害者が運ばれてくる。痛々しい鎖などには繋がれていないが、瞳は諦めの色に染まっている。
 クリーンな商売(笑)を謳っているだけあって、奴隷が不当な扱いを受けている様子はない。キアラに尋ねてみたところ、暴力を振るわれている様子も無いようだ。


「まあ今回は美人で教養のある女性……という触れ込みで競売をしているのだろう? ならば傷を作って価値を下げることはあるまい」


「目に見える傷は、のぅ」


 二人が目を細めてそんなことを言う。


(……目に見える傷、か)


 ギリ、と奥歯を噛みしめる。やはり気分のいいモノではない。
 一人一人、人間が売られていく・・・・・・光景。前の世界では見ることは無かったし、恐らく何十年と生きていてもそんな光景を見ることは無かっただろう。
 しかし、この世界では平然と行われている。それが狂っているわけじゃない。常識が違うだけなのだ。


「……ま、キョースケがおらんで良かったと思うしかないのぅ」


「アイツはああ見えて割と奴隷問題に関しては折り合いは付けているようですよ? ……自分だけ声をあげても仕方が無いって理解してますし」


「暴れ出すことは無いぢゃろうが、間違いなく青筋立てておるぢゃろうな」


 キアラの評には苦笑いするしかない。現実的なブレーキがかかっているから暴れていないだけで、奴隷というシステムには腸が煮えくり返る思いだろう。
 不当に奴隷として扱われていたり、今回のように騙されていたりすればその限りではないが、基本的に京助は暴れ出すことはない。
 仕方が無い、というだけではなく「そういう世界だ」と割り切っている風だ。今回の事件だって「奴隷なんて許せない」ではなく「不当に奴隷という身分に落とされたマリルさんを救出したい」という思いの方が強いのだろう。


「……やっぱり京助がこの光景を見たらどう思うか、気になりますね。私は受け入れられません」


「声を荒げることは無いぢゃろうがのぅ」


 この世界でそれなりの期間過ごしているが、やはり慣れない。


(おそらく、この感覚は一生消えないんだろうな)


 倫理観の違い。
 郷に入っては郷に従え――と、言ってしまえば簡単だが住んでいた国の、家の常識というものは人格形成に刻み込まれている。そうそう変えることなんてできはしない。


「京助の割り切り方は凄いですね」


「あ奴は己の世界以外に興味が無いだけぢゃろ」


 ……それもそうか。


「しかしミスター京助はそんなに奴隷が嫌いなのか?」


 タローの問いに、冬子は壇上を見たまま答える。


「奴隷が嫌いというよりそのシステムに関して嫌がっています。アイツのモットーは『人は自由であるべき』ですから」


「ふむ……。自由か。何をもって彼が自由を定義しているのかは分からないが、難儀な生き方だな」


 声に少しだけ哀れみを含めるタロー。


「人とは縛られて生きたい者だというのに」


 ニヒルな笑みを浮かべるタローだが、キアラは鼻で嗤う。


「お主は何者にも縛られておらんぢゃろう?」


「そんなことはないさ。現に私は美しい女性の虜だ。どうかな? 今夜バーにでも」


 キアラはタローの手をパシンと振り払う。
 なんだか気の抜ける光景を見ていると、ざわ、と会場が少しざわめいた。


「何です?」


「どうもゲストの登場のようぢゃな」


『この競売も前半が終わりました。ここでアクドーイ商会の商会長、ドブラック様のご登場です。お願いします!』


 壇上のコーアクトーが叫ぶと、横のところからスマートな男性が出てきた。歳は四十歳手前といったところだろうか。顔にはピッタリと作り笑いがひっついており、今までの人生がうかがえる。


(京助の言葉を借りるなら、『他の人間を喰い物にして生きてきた邪悪』ってやつか)


 アクドーイ商会の商会長ということは彼がアクドーイなのだろう。ドブラック・アクドーイか。なんとも悲惨な名前だ。
 壇上で拡声の魔道具を使ってアクドーイが喋り出す。


『どうも。ドブラックで御座います。本日は我が商会の競売に来ていただいてありがとうございます。後半もお楽しみください』


 ――もう後半か。
 少しだけ気持ちが焦る。
 けれど焦ったところでどうにかなるものではない。マリルが売られる順番が回ってきていないのは不幸中の幸いか。
 まだアクドーイは何かを喋っているが……自慢話ばかりで退屈だ。しかしこの話のおかげで時間が稼げるのはありがたい。


「……京助はまだですかね」


「ふむ……そろそろ予定の時間ぢゃが……。あ奴がしくじることもあるまい。妾たちは万が一に備えるだけぢゃ」


「そう……ですね」


 深呼吸をして心を落ち着ける。焦ってもいいことはない。


『本日の競売が終った後、新商品の発表をいたしますので是非楽しみにお待ちください』


 パチパチという拍手の後、アクドーイが壇上の横の椅子に座った。後ろに数人のお供を連れて。


「新商品とは何なんでしょうか」


「さて。まあ碌な物ではないだろうが」


「そうぢゃのぅ。まあどうせ今日で終わる商会ぢゃ。気にしてもしょうがあるまい」


 ドライなキアラ。まあ冬子も似たようなことを思っていたが。


『さて、それでは次の商品です!』


 コーアクトーがそう言った瞬間、ゾワリと背筋に嫌な予感が走る。
 そしてその予感を裏付けるように、彼女が運ばれてきた。


『続いてはこちら! ギルドで受付嬢をしていた経験もあるマリル・ハイネ! 文字の読み書き、計算も出来ますし何より美人! さあ、大金貨100枚からです! どうぞ!』


 鎖に繋がれたマリル。服装はみすぼらしく、とてもギルドの受付をやっていたとは思えない。
 しかし、その瞳にはまだ諦めていないことが伺える強い光が灯っていた。


「マリルさん……」


 凛々しくギルドで働いていた姿からあまりにかけ離れた痛々しい姿に思わず声が漏れるが、まだ諦めていない彼女に向かってこんな声を出すのはひどく失礼に思えた。


「ほっほっほ。……ふむ。ここからが正念場ぢゃのぅ」


 そうだ。
 ここでマリルさんを誰かに買われてしまっては困る。困るどころかそれだけはあってはならない事態だ。


「いっそ買ってしまってはどうだ? そうすれば金はかかるかもしれないが、他の人に奪われることはない」


「それが出来るならいいんですが……予算にも上限がありますからね」


 その予算を越えられたら文字通り手も足も出ない。


「それに、万が一買ってしまうことで客となり――同時にしょっぴかれたらたまらない、と京助も言っていましたし」


「ふむ……無くはない、のか? それは参加した時点でそうなっているような気がしないでもないが……まあいいか」


「一番マズいのが払えない時です。食い逃げならぬ買い逃げになりますよ」


「確かに……。それは避けねばならんな」


 どう出てくるか……と思っていると、さっそく誰かの手が上がった。


「大金貨120枚!」


 まずは妥当な感じだろうか。
 次々と手が上がっていく。今まで見てきた中で一番客の食いつきがいい。


「なんででしょうね」


「まあ美人なことも大きいぢゃろうが……特筆すべきはギルドの受付嬢をやっていたというところぢゃろう」


 冬子も参加の意思を示すために「大金貨195枚!」と細かく刻んでからキアラの方を向く。


「ギルドの受付嬢っていうのは、そんなにもブランドなんですか?」


「考えてもみたまえ、ミス冬子」


 腕を組んだまま、タローが片目だけ開けて冬子を見る。


「ギルドの受付嬢、ということはAGギルドに詳しいということだ。尋常じゃない量の『強者』の個人情報を持っているAGギルドの情報にな」


「あ……そ、そうか」


 ハタと気づく。ギルドはAGの情報を一手に集めていることになる。そこの内情に詳しい職員なんて、悪用の方法はいくらでもあるわけだ。
 それを奴隷として手に入れられる……なるほど、目の色が変わるのもうなずける。


「さて、そろそろマズいんじゃないか?」


 タローが促すので辺りを見ると、手の数が最初と比べて明らかに下がっていた。


(ま、マズい……時間稼ぎをしないと)


「大金貨350枚!」


 人相の悪い男がとんでもない額を出した。会場からは「おお……」というどよめきが漏れる。
 どうも大金貨を一気に50枚ほど上乗せしたらしい。


「いいのか? このままだとあの悪人面に買われてしまうぞ?」


「いいわけないでしょう。――大金貨370枚!」


 冬子が手を挙げて宣言すると、悪人面もここが勝負所とばかりに手を挙げた。


「大金貨400枚!」


「む……だ、大金貨400枚……だと……!?」


 京助から貰っている予算は大金貨500枚。あと大金貨100枚分しか粘れない。
 恐々と、しかしピンと手を伸ばす。


「だ、大金貨405枚!」


 刻む。もうこうなっては京助が間に合うのを待つしかない。
 買いもせず、かといって買わせもせず……なんて難しすぎる。
 口の中が渇く。
 膝が震える。


「大金貨450枚!」


 悪人面が金額を吊り上げる。……大金貨450枚って、450万円くらいだぞ? そんな金額を払うものなのだろうか。
 かぶりを振り、手を挙げる。


「大金貨455枚!」


「ちまちま上げてるんじゃねえぞー!」


 怒声。だが気にしてはいられない。
 悪人面は余裕ぶった態度で手を挙げる。


「大金貨500枚!」


「――――――――ッ!」


 わっ、と沸き起こる歓声。周囲の人は悪人面に向かって「アンタやるなあ!」みたいなことを言っている。
 悪人面はまんざらでもないのか、少し顔をほころばせた後にニヤリと笑った。


「……くそっ」


 ドクン、と心臓が跳ねる。これ以上は――


「……ふむ」


 キアラが隣で顎に手を当てて薄く笑う。


「トーコよ、もう一押しぢゃ」


「で、でも予算が……」


「キョースケが来るまで時間を稼ぐにはそれ以外あるまい?」


「くっ……だ、大金貨550枚!」


 今度は冬子に向かっておおというどよめきが起きる。
 悪人面は少しだけキョトンとした顔をし、すぐさま手を挙げた。


「大金貨600枚だ」


 どれほど資金があるというのか。


(これでもし――)


 これ以上吊り上げることは容易い。手を挙げてそれ以上の金額を言えばいいだけなのだから。
 でも、それでも――


(そこで相手が下りたら? マズい、マズい……っ!)


 相手の資金だって無限じゃない。京助が間に合う前に降りられたら最悪だ。


(どうする、どうするどうする――ッ!?)


 冷静に、冷静に……と呟くも、思考が空転して思うように考えられない。
 取りあえずとばかりに手を挙げる。


「だ、大金貨……650枚……だ!」


 ――しかしそれが悪手だった。
 なんと悪人面は、「参った」とばかりに肩をすくめたのだ。


(あ……っ)


 その瞬間、悟る。


(マズい……マズい、マズいマズいマズいマズいマズいマズいマズいマズいマズいマズいマズいマズいマズいマズい!!!!!)


 ブワッと汗が噴き出る。辺りの景色が灰色に見える。
 息が荒いことが分かる。やってしまった、やってしまったやってしまった!


「ど、どうし――」


「大丈夫ぢゃ」


 ガクガクと震えていた足がピタリと止まった。キアラが何かしたのだろうか。
 キアラは少しだけ眉根にしわを寄せて、辺りを見渡す。


「……よく引き延ばしたの。ここからは妾に任せよ」


「き、キアラ……さん?」


「キョースケが来るまで、確実にもたせようではないか。……タローよ、万が一誰かが暴れ出した時、真っ先に飛びだすのぢゃぞ」


「了解した。……しかしまあ、貴方は息を吐くように人を使うんだな」


「神ぢゃからの」


 口の端を吊り上げ、決して笑っていない目で冗談めかして言うキアラ。
 何をするつもりだろうか――と思った瞬間、キアラがパチリと指を鳴らした。


「大金貨700枚!」


「「「「えええ!?」」」」


 どこからか声が上がる。悪人面ではない、全く別の声だ。
 それに呼応するようにまた、他の場所から声が上がる。


「大金貨720枚だ!」


「いやこっちは大金貨750枚だ!」


 何故、どうして――? そんな言葉だけが頭の中をぐるぐると回る。
 キアラはニッと笑うと、冬子の頬にそっと触れた。


「お主らはまだまだひよっこぢゃ。困った時は大人を頼るものぢゃよ」


「で、でも何を……?」


「簡単なことぢゃ」


 キアラが煙管を咥え、火を着ける。妙に落ち着いている様子に、冬子の心も引っ張られて少し落ち着く。


「妾はのぅ……辺りにとある魔法を撒いたんぢゃ。お主が時間を稼いでいた間にのぅ」


「ま、魔法……?」


「そうぢゃ。辺りを見て何か気づかぬか?」


 そう言われて周囲を見渡すと……何となく、皆酔っぱらっているような雰囲気だ。
 顔を赤くして、妙にテンションが高い。若干足元が覚束ない人もいる。


「妾が最近作った魔法ぢゃ。水を酒に変える魔法――これで周囲の水分を酒に変えてのぅ。お主らが争っている間に皆酔っぱらってしまったというわけぢゃ」


 空気中の水分を酒に変えたりした……ということだろうか。


「全員が酔っぱらっておれば、さっきまで黙っとった人間がいきなり喋り出してもそこまで違和感はないからのぅ」


「で、でも酔っぱらったくらいでこんなことになるとは……。あと、なんで私たちは無事なんですか?」


「もちろんサクラぢゃよ。もっとも、サクラじゃない人間も数人混じっておるようぢゃが。そして妾たちの周囲には当然結界を張っておるから問題ない」


 そんなことを言っている間にも、金額が上がり続けている。


「ティアールに協力してもらっての。人数をかき集めたんぢゃ。妾が合図をしたら金額をどこまでも吊り上げよとのぅ」


 今では十人ほどの人間が延々と金額を吊り上げている。誰かが欲しがると欲しくなるという心理なのか、何故か少しずつ競売に参加する人が増えて行っている。


「酔っぱらった状態で、しかも周囲が一様に求めている――ように見えるもの。何かあるのかもしれないと思って参加しているアホもおるぢゃろ」


 ニヤニヤと、自らの思い通りになっている状況が楽しいのかずっと笑みを浮かべているキアラ。煙管を咥え艶やかに微笑む姿はなんとも様になっている。
 ……ただ、様になりすぎて冬子の従者には到底見えないが。


「さて……もうここまで来れば大丈夫ぢゃろぅ」


「何故最初からこれをやらなかったのだ? ミスキアラ」


 タローが周囲の熱狂を眺めながら尋ねると、キアラは苦笑いをして――しかし堂々と胸を張った。


天井・・知らずに・・・・なる・・からぢゃ・・・・。見よ、この――」


「大金貨1000枚!」


「大金貨1010だ!」


「天地驚愕の金額を!」


 壇上ではコーアクトーが目を白黒とさせているが、金額がどんどんどんどん上がり続けていく。
 見れば、最初に声を出した人らは徐々に金額をあげなくなっていっていた。
 今、この空間は――見えない何かに支配されている。


「さて……そろそろ、のようぢゃのぅ」


 キアラがのんびりとそんなことを言った瞬間、冬子にも感じ取れた。


「……ああ……そう、ですね」


 ホッとしたからか、一気に力が抜けてしまいキアラに抱き留められる。


「大丈夫かの? ウィンターお嬢様」


「その設定、今思いだしたんですか……」


「そろそろ私は持ち場に戻ろう。彼に見つかったら厄介なことになるかもしれないからね」


 そう言ってタローは影に溶けるように消える。
 周囲が異常だとかえって冷静になるのか、壇上にいたマリルと目があった。
 冬子はそれに向かってそっと微笑みかけ、グッとサムズアップする。
 ――大丈夫だ、と。
 ――もう安心していい、と。
 ――アイツが間に合ったから!


「さて……」


 キアラが呟き、扉の方に顔をむける。
 その瞬間、バン! と大きな音と共に扉が乱暴に開けられた。


「遅いぞ……まったく」


 思わずこぼれた文句。しかし自分が笑っているのが分かる。
 だってそうだろう? はいってきた京助の顔が――あまりにも、自信に満ち溢れていたから。


「――王手チェック


 突然の乱入者に全員の視線が集まる。
 京助はその視線を堂々と受け止めて――バッと『捜査権』を取り出した。


「アクドーイ商会の商会長であるドブラック・カネスキー・エ・ロイ・アクドーイ。お前を奴隷狩りと脱税の容疑で捕縛する」


 ざわ、ざわ……と先ほどまでとは違ったざわめきが広がっていく。京助は堂々と人だかりの中をまっすぐ壇上に向かって歩いて行く。
 まるでモーセのように人垣が割れ……壇上に辿り着いた。


「さあ、アクドーイ。年貢の納め時だよ」

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